38 紫氷竜の迷宮③
「神速となりて仇敵を滅せよ」
ティアの短い詠唱に呼応して腰に佩いた鞘が青い燐光を放つ。
瞬時に接敵すると共に抜き放たれた剣の刃が、鞘の内側に刻まれた魔法文字をなぞる事によって魔法を帯びる。鞘と同様の青い光を帯びた剣が、凄まじい速さで煌き巨大な泥獅子の胴体を真っ二つに切り裂いた。
彼女は三十階層を越えると同時に使う剣を変えた。
いわゆる奥の手、普段は使わないここぞという時に使う剣なのだろう。
純粋な剣技ではなく特殊なギミックを搭載した剣による剣技、彼女曰く魔法剣技という物の一種らしい。
紫氷竜の迷宮も三十階層を越え、いよいよ目標とする階層も近付いてきた。
三十階層からは今までとガラリと周囲の環境が変化してきた。
まず大きく変わったのは迷宮の構造だ。
今までは曲がりなりにも平坦な地形が続いていたが、三十階層以降は回廊の途中で傾斜のある坂道が現われた。そして一見ただの坂道かと思いきや巨大な魔物がその雪山の中に潜んでいて襲い掛かってきたりなどの環境的な罠も増えてくる。
魔物は数ではなく質で勝負してくるようになった。
泥のような不思議な表皮を持つ巨大な獅子、泥獅子。
紫色の不気味な毛で覆われた巨大なイエティ、紫大猿。
以前、ティア達と出会った際にも戦った事もあるライカンスロープ等が主な魔物だ。
これらの大型の魔物が階層毎に縄張りを持ち襲い掛かってくる。
数自体はそれ以前の階層に比べれば比較的少数、しかし一戦毎の難易度は確実に上昇していた。
鳴り響く猛吹雪の中でも微かに拾える足音。
そして気配。吹雪という壁の向こうからこちらに向かってくる視線を敏感に感じ取りランタンを投擲する。
投擲用のランタン「鮟鱇ランタン」は深く降り積もった雪に触れると同時に大きな光を放った。
五日間の休息日の間に俺がドレッドノートに作るのを依頼した魔道具のひとつだ。
その光はホーくんが足で持つランタンを遙かに凌駕して周囲を眩く照らし出す。
普段光の無い環境に生息している迷宮産ライカンスロープの目をその光が刺し貫いた。
もはや太ももにまで達しそうなほどの深い雪の中から強引に抜け出し、八王竜の外套を翼に変えて一気に肉薄する。その過程で流星の剣身に聖気を帯びさせる。人狼には魔力より聖気を込める方が効きが良い。顔を覆い隠し目くらましからの回復を図っていた人狼の首を、顔を覆っていた腕ごと斬り飛ばした。しかし、人狼はとにかくしぶとい。首を飛ばして満足せず心臓に思い切り剣を突き立てた。そこまですると、流石の人狼も動かなくなる。
当然ながら敵が都合良く単体で現われると言う事は無い。
周囲には多くの人狼が居り、ティアやアリアが交戦している。
ドレッドノートとホーくんに守られながら詠唱していたアリアの魔法が戦況を大きく変える。
<氷像>の魔法だ。
鮟鱇ランタンによって充分な視界を得た事によって使用可能になったアリアの大魔法だ。
周囲に満ちる氷に属する魔力にも負けない凄まじい冷気が、極寒の環境にも適応出来るだけの寒さへの耐性を持つはずの人狼達の身動きを阻害する。最初はそれでもどうにか動こうと試みていた人狼達だったが、やがて誰一人動けなくなり雪原に立ち尽くす氷像へと成り果てた。そして動けなくなった人狼達を俺とティアがひとつひとつ止めを刺していく。人狼を相手にする際にはこの連携が非常に安定する。
相手が泥獅子のような巨体で凄まじく暴れまわるタイプだとここまでの大魔法を使うのは難しい。
その際はアリアは逃げ回りながら小刻みに詠唱の短い魔法を放って前衛を援護していく。
ホーくんも攻撃に回り、ドレッドノートがアリアへの攻撃をカバーして防ぐ立ち回りだ。
紫大猿はアリアの天敵で、何故か冷気系の魔法が全く通用しなかった。
その際には炎を伴なう魔法を使うが、炎の魔法ならドレッドノートの方が優れている為基本回避に専念している感じだ。他の人間に任せられる部分は頼っても良い。無理に全て自分で対処しなくて良い、パーティーを組む利点のひとつだ。
もうこの迷宮に挑み続けて一ヶ月以上の月日が経過している。
ここまで来ると十の区切りの階層を越えた後に連携を練り直して、そのまま次の区切りの階層まで至る。
そのパターンが定着していて大した波乱も無かった。良く言えば安定、悪く言えば若干退屈な探索だ。
振り返ってみれば今までが独りで無軌道な探索を繰り返していたので、本来迷宮探索とはこうあるべきなのかもしれないが。
◆◆◆◆◆◆
<ティア視点>
寒い。暗い。辛い。そして本当に寒い。
周囲は地獄の底の様に暗闇に満ちていて、そんな中を頼りないランタンの明かりのみで進んでいく。
猛烈な吹雪であっと言う間に髪はぐしゃぐしゃに、頬を打つ氷の粒が集中力を削いでいく。
下半身がほぼ雪に埋まるような環境にミニスカートで挑むのは──防寒の魔道具を使っているとはいえ無謀過ぎたかも知れない。それでも私の中に微かに残る女性としてのプライドが見栄えを無視した服装を拒んだ。
二十階層まではそれでもそれほどの影響は出なかった。
だけど、二十階層を越えてからは防寒の魔道具でも凌ぎきれない極寒が私達を蝕んだ。
震えるような寒さの中、雪を掻き分けつつ魔物を屠るのはかなりの重労働。
普通に魔物と戦うのに比べて、かなりの負荷が身体を襲う。
速さで戦う私のような女性剣士の場合、この迷宮の環境は最悪だった。
バルくんが二十一階層を越えた後に休息を提案してくれたのは救いだった。
あそこでいつも通りの進行をされていたら私の心は完全に折れていたと思う。
それと同時に自分から休息を提案しなかったのは冷静さを欠いている証拠でもあった。
私達は彼の足を引っ張りたくないという思考に捕らわれ、迂闊な探索をしていたと思う。
そう、この中規模迷宮で求められている成果は宝石つららなんていう素材ではない。
奇跡も魔法も使える。しかも、強力なマジックアイテムの数々を所持しているバルくんを本格的に仲間にする事。最初からそれだけが私達の目的だった。彼が居ると居ないとでは私達の今後の明暗が大きく変わってしまう。アリアちゃんをけし掛けてでも絶対に仲間に引き吊り込まないといけない。
ベアヘッドでの失敗は痛恨と言わざるを得ない痛手だった。
アリアちゃんが思いがけないフォローをしてくれたおかげで今に繋がったのは奇跡と言っていい。
もう私達には……より正確に言えば私には後が無かった。
だからこそ、今回の紫氷竜の迷宮探索は失敗が許されない。
三十階層に達し、いよいよ普段使いの剣では魔物の相手が困難になった所でアリアちゃんにずっと預けたままだった宝剣を空間魔法の収納から取り出してもらった。
──「導きの剣」私にとって忌むべき存在であり、冒険者に身を落とすきっかけにもなった剣。里ではちょっと武術が上手なだけだった私に、「星核の守護者」なんていう厄介な役目を押し付けた元凶。
強力な武器であると同時に、剣士としての技量を身につけるだけで向上させてしまう。
そのため、常用していると私自身の素の剣の腕が磨かれないので普段使いには向かない。
しかし、一度抜いてしまえば圧倒的な全能感と共に敵を屠れる必殺の武器でもあった。
久々に抜いた導きの剣の性能は圧倒的だった。
吹雪の向こう側にいる巨躯の魔物の動きが手に取るように分かる。
短い詠唱で発動する魔法剣技は長い期間をかけて鍛え上げた剣技の鍛錬を馬鹿にするような鋭さで魔物の厚い毛皮、脂肪や筋肉、そして骨すらも熱を帯びた刃物でバターを切り取るかのように瞬時に切り裂いた。
癖になってしまいそう。
この剣の性能に溺れ、巨人にでもなったかのように驕ってしまいそうだった。
でもそんな私の思考を冷静にさせるのがバルくんの剣だ。
明らかにおかしい、その身に纏う外套や鎧に隠れがちだけどあの剣もおかしい。
私の剣と遜色ない切れ味で次々に魔物を屠っていく。その剣に優れた技巧は見受けられない。
速さと重さはあるものの……力任せなオーガやコボルドにも近い剣の腕に見える。
どう考えても剣の性能によるものだった。
ああ、私だけが特別じゃないんだ。
もしかしたら彼も私の様に面倒な宿命を約束されているのかもしれない。
そう考えると、ほんの少しだけ私の心は救われるのだった。
そんなこんなで非常に苦しい思いをしつつも私達は目的の三十五階層に到達しました。
周囲は相変わらず暗く、回廊の壁に挟まれ乗り越える事を強いられる丘を登り下りしながら目的の物を捜し求める。こんな暗闇の中、どうやって目的のつららを見つけるのかと疑問だったけど、意外にも目的の物はかなりド派手に頭上で煌いていました。
黄色。青色。紫色。赤色。
様々な色に光り輝く不思議なつらら。
宝石つららが暗闇と猛吹雪にすら負けない凄まじい光量で頭上を照らしていました。
「ふわぁ……綺麗……」
思わずそう呟いてしまうほどの絶景。
様々な色に光り輝くつららの数々はまるでこの迷宮という夜空を照らす星々のよう。
この光景を見る為に迷宮を下ってきたとすら思える、息を呑むほどの絵だった。
うん、そこまでは良かったんだよね。
問題はそれを入手する難易度。遙か頭上に輝く光り輝くつららを普通の冒険者は如何にして採取するのか?答えは運良く落下したつららを持ち運ぶのが正攻法らしいです……馬鹿なんじゃないかな?魔法で落とせばいいと普通の人なら思うだろうけど、魔法には強い耐性があるらしくそれも現実的じゃないみたい。
宝石つららに照らされる中、私達はつららの下で待機しつつバルくんを待ちます。
この猛吹雪の中、外套を長大な翼と化したバルくんが弾丸の様につららに飛んで行きつるはしで採掘する事になりました。そんな事可能なの?と思いましたが意外や意外、さくさくとつららの根元をつるはしで削り魔法の袋に収納していく。あのつるはしも何らかのマジックアイテムなのかな?
ずっとそんな様子を眺めて居たかったけど、ここは迷宮。
宝石つららという光源に照らし出された獲物をいつまでも放置してくれるほどこの迷宮の魔物は優しくないみたい。飛来する氷塊を瞬時に避け魔物との戦闘に突入します。
「また君かー、面倒だなー」
紫大猿、紫色のへんてこな毛で覆われた大きなイエティ。
その紫色の毛の下には巌のようなごつごつとした筋肉。
もしその手に掴まれでもした日には一瞬で八つ裂きにされてしまいそう。
「捕まったら、だけどね」
雪から抜け出すのに一歩、二歩。
そこから雪に沈む前に足を前に出し紫大猿に肉薄する。
バルくんに少し習って足裏で魔力を操作するのにも慣れた。
一度雪上に出てしまえば、後はある程度この環境でも自由に動ける。
髪を振り乱し、吹雪を掻き分け、紫大猿の腕の間合いに入り込む。
その大振りな殴撃は私に半歩届かない。
鋭く振りぬかれた右足も同様。
伸ばされた四肢を冷静に切りつける、猛吹雪の轟音にも負けない怒りの咆哮が周囲に鳴り響いた。
紫大猿と私の体躯の差は二倍以上。
無駄な冒険はしない。堅実に弱らせて……焦りすぎたね、お終いだよ。
私がわざと作った隙に誘われて身体を前かがみにする程の大振り。
紫大猿の拳を受け、降り積もった雪が爆散する。ただでさえ悪い視界が、より深い白で覆われた。
一筋の銀閃がその白を切り裂いた。
紫大猿の太い首が宙を舞い、赤黒い血が一瞬身体と首を繋ぐかのように舞い散った。
見慣れた魔物を淡々と処理していく。
そんな作業をこなしている間、頭上を照らしていたはずの宝石つららの光はひとつ、ふたつと次々にバルくんの魔法の袋に収納されていく……完全に根こそぎ持って行くつもりみたいだね、魔法の袋って凄いなあ。バルくんみたいな冒険者に一番持たせちゃいけない魔道具だと思います。
そんなこんなで宝石つららと、あと良く分からない青い花を採取した後三十六階層に向かう為の階段へ向かい、階層間を繋ぐ階段の踊り場でいつもの野営の準備です。
……ここに来たって事は多分そういう事なんだと思います。
私達もバルくんの今までの迷宮探索について道中で聞いていたからある程度覚悟していたんだけどね。
『提案なんだけど、思いの他余裕だし迷宮主に挑んでみないか?』
うーん、これですよ。
この迷宮のどこに余裕要素があったのか。
バルくんが対等な立場だったらほっぺたぺちーんってはたいてるかもしれないレベルだよ!
「えっ?う、うーん?」
アリアちゃんが困った顔でこっち見てるけど、ここでNOとは言えないのです。
ここまで特にいい所もなかった私達は、迷宮主戦で活躍でもしない限り本来の目的を達成出来ないだろうからね!その為に導きの剣まで握っているんだから。
「アリアちゃん?私達ばっかりわがまま言ってちゃだめだよね?偶にはバルくんのお願いも聞いてあげなきゃ」
「ぐう……、そう言われるとそうね。色々付き合ってもらっちゃったんだし」
『何か無理を言うようで悪いな。でもこんなチャンス中々無いから』
「私達と正式なパーティーを組めばいつでも中級以上の迷宮に潜り放題だよ~?どうかな?」
『……そうだなあ』
おや?思いの他抵抗が無い?
これは案外押せば行ける予感?
……何か決定打さえあれば持っていけそうな気がするなー。
長くなり過ぎたので分割




