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33 スコリア



 冒険者ギルドへ向かい、受付嬢にシャウラを呼んで貰う。

 すると、既にいつもの部屋で待っている為すぐに向かうよう促された。

 もはや通い慣れた通路を通り、扉を開ける。


「あ、きたきた。久しぶりね」


 すると、中にはシャウラの他に見覚えのある黒髪魔法使いの少女と赤髪剣士少女。

 それから見覚えの無い女性の集団が座って待っていた。



 俺は何も言わず扉を閉めた。



「って!!なんで扉を閉めるのよ!!」


 バーンと勢い良く扉を開け放ち──ベアヘッドにいたはずのアリアが通路に飛び出てきた。

 なんで彼女がこんな所に……?

 あまりにもびっくりしてしまい、思わず扉を閉めてしまったよ。


『久しぶりだな、元気にしてたか?』


「え?まあ、それなりにね」


『そうか、ところで何でここにアリアとティアがいるんだ?』


「それについては私から説明させていただきます」


 シャウラがタタタっとこちらに駆けてきて事情を説明してくれた。

 彼女によると、前回の話し合いで言っていた宝や魔物の素材を並べる秘密の部屋。

 その部屋を空間魔法によって生み出す魔法使いとしてアリアは呼ばれたらしい。


(そういえば、アリアはそういう魔法が使えるんだったか)


 正直覚えていない。

 アリアが空間魔法を使ってる場面なんて食材やテントを取り出す際に数回見た程度だ。

 今となってはそれほど印象に残っていなかった。


 アリア達との邂逅やその後の話し合いについての思い出はかなり曖昧だ。

 その後の迷宮巡りにおける濃密な出来事の数々によって、すっかり薄れてしまっていた。


「次に会うのは約束してた……遊びに来る時だと思ってたんだけどね」


(遊び……?何の話だ?)


「大きな仕事だって聞いてこっちに来たら、まさかバルと出会うだなんてね」


(約束……約束?何の約束をしていたっけ?)


(まあいいか、とりあえずそれっぽい事を言っておいて誤魔化しておこう)


『そうだな、でも久々にアリアとティアの顔が見られて嬉しいよ』


「えへへ、まあ私はただの付き添いなんだけどねー」


「またよろしくね、バル」


「あーー……そろそろ私達も紹介してくれると嬉しいんだけど?」


 部屋の奥にいた、大きなトランクを持った女性の集団のひとりが声をかけてきた。

 この人達が噂の王都から来たマジックアイテムの専門家だろうか。


『シャウラさん、この方達は?』


「はい、この方達が商業ギルド一の鑑定眼を持つと言われている「アンタレス商会」の皆様です!」


「ご紹介に(あずか)りました。アンタレス商会代表のスコリアです。今回はよろしくお願いします」


 若葉色の髪を靡かせた小柄な女性だ。

 非常に若く、商会の代表にはとても見えない。

 もしかしたら見た目通りの年齢ではないのかもしれないな。


『冒険者ギルド青石級冒険者のバルです、よろしくお願いします』


「え?バルくんって敬語で話せたの?」


「私達……仮にも先輩なのに、いつもタメ口なんだけど?」


 初対面の時の印象のせいか、この二人に敬語で話す気は起きない。

 突然カンガルーみたいに肩組んで蹴り合いの喧嘩をしだすような先輩達だし……。


「あはは……顔合わせもとりあえず済みましたし、部屋への扉を出して頂いてもよろしいですか?」


 ぐだぐだした空気になりかけたところでシャウラが切り出してくれた。

 どうやら予め(あらかじめ)部屋を作ってあったようだ。


「……分かりました」


 シャウラの提案を承諾したアリアが短杖を顔の前へ構え魔力を練り出す。

 詠唱が不要なのか、念唱しているのかは俺には分からない。


 アリアの目の前に編まれた魔法は扉状に凝固し、彼女がそっと手で触れた瞬間に静かに開かれた。


「ふう、どうぞ中へ」


 アリアに先導されて中へ入っていく一同。

 俺も一緒に入ろうとしたが、シャウラに入り口で止められた。

 

「バルさんは誓約の魔法をかけてないのでまだ入れないですよ!これにサインするだけで大丈夫です」


 そう言って、シャウラに薄紫色のスクロールを渡された。

 内容としてはこれから入る部屋内の物品を不当に持ち出す事の禁止など、禁則事項が書かれている。


 そういえば、この部屋の中に出す物品を盗めないように誓約を立てる魔法をかけるんだったか。

 これって俺も書かないといけないのか?そもそも俺が持ってきた物だろうに。


「誓約を交わした者しか部屋に入れない仕組みになっているそうなので……お願いします」


『それなら仕方ないですね……これでいいですか?』


 一応中身を流し見した後にサインをしてシャウラに渡す。

 するとスクロールが発光した後、空中で溶ける様に消えていった。

 魔法が成立したのだろう。


「それでは行きましょうか、楽しみですね!」


 シャウラと共に扉の向こうへ歩いていく。

 扉に入ってすぐ部屋に出る……というわけではないようだ。


 扉の先には光り輝く文字で描かれた回廊が続いている。

 高さは先ほどまで居た部屋と同程度、広さは大人が両手を限界まで伸ばして三人並べそうなほどだ。

 描かれている文字は未解文字(アート)ではなく、数字や関連性のわからない文字の羅列だ。

 その光り輝く文字以外の部分は暗闇が覆っている。

 意図しているかは不明だが、壁中に描かれた文字が第三夢幻回廊での探索を連想させた。


(もしわざとだとしたら、結構洒落ている演出だな)


「この回廊部分が、誓約を交わしていない者を弾く為の区画らしいですよ」


 周囲を見回し興味深げに見ていた俺にシャウラが補足してくれた。


 なるほど。

 そういうものを作る魔法が存在するのか。

 眺めてみてもまるで真似出来る気がしない。

 おそらく相当高度な魔法なのだろうな。


 途中で何度か通路の分岐が存在したが、俺には何故か正解が分かった。

 恐らく、これも誓約を交わさずにこの通路を通ろうとした者を篩い落とすための仕掛けのひとつだろう。


 それからしばらく進むとひとつの部屋に出た。

 大きさ的に言えば先ほど居た部屋九個分程度の大きさなのだが……。


『これでは全然広さが足りないぞ』


「え?」


『おそらく龍の死骸だけでも広げればこの部屋が埋まってしまう』


「龍?!というかどのぐらい広くすればいい?」


『多分十倍広がっても足りないと思う』


「……ちょっとまって、段階刻んでいい?一気にそこまで増やすには魔力が」


 アリアが短杖を床につきたて、一言二言口ずさむと部屋が徐々に大きくなっていく。

 しかし、その速度はそれほど速くない。とてもゆっくりとした動きだ。


「はあはあ……その滅茶苦茶大きい龍?は後回しでいいかな。流石にいきなり十倍はきついわ」


 肩で息をし、額に汗を浮かべるアリア。

 俺は彼女の肩にそっと触れる。


 <魔力譲渡>

 自分が持っている魔力を相手に譲り渡す汎用魔法。

 俺の身体を流れる魔力が、指を伝ってアリアへ流れ込んでいく。


『これで大丈夫』


「魔力が回復した……?つまり続きをやれって事?」


『そうだ』


「ちょっと待って、一息つかせてよー!」


 床にへたり込み絶叫するアリア。

 大袈裟だな、魔力の枯渇から解放されて大した疲労も残ってないと思うけど。


「バルくん!こんな大衆の面前でそういうプレイはやめてよ!」


『……ややこしくなる、ティアは少し静かにしてて』


 三人で居る時だったらそういうノリでもいいのだが。

 今ここにはシャウラやアンタレス商会の方々もいるので面倒だ。

 普段は狂犬のようにつっこむアリアがへたれこんでいるので尚更だった。

 シャウラとスコリアさん、そしてアンタレス商会の方々が白い目でこちらを見ていた。


『とりあえず出せる物から出していきますね』


 俺は魔法の袋から次々と青く輝くお宝達を取り出し並べていく。

 一瞬魔法の袋を逆さに構え、ジャラジャラと床に宝物達を落とそうとしたのだが……スコリアさんの笑顔から静かな殺意が放たれていた。仕方ないのでひとつひとつ手で持ち床に並べて行く事にした。



◆◆◆◆◆◆



「今全体のどのぐらいですか?」


『うーん、大きさも均等でないので大体ですが、十分の一にも満たないぐらいですね』


「宝物だけでもですか……これは本当にかなりの長期戦になりそうですね」


 魔法の袋から青く輝く像を取り出しつつシャウラと会話する。

 アンタレス商会の人達は宝に何やら魔法をかけながら、その魔法で読み解いた宝物の正体と予想売却価格を紙に書き宝の正面に置いていく。その紙もまた何らかのマジックアイテムのようで、床に置かれるとピタリと貼りついて動かないようになっているようだ。


「本来なら増援を呼びたいところですが……」


『何かあったんですか?』


「ええまあ、ちょっとギルド内でいざこざがありまして。バルさんも不思議に思いませんでしたか?メンバーが全員女性だなんて」


 それは最初から不思議に思っていた。

 何故女性しかあの部屋に居ないのかと。

 ただの偶然だと思っていたが、どうやら違うようだ。


「うちの冒険者ギルドには厄介な方が居まして、その方の息が掛かったメンバーは退場して頂いたのです」


『もしかしてギルドマスターが……?』


 二週間前、ギルドマスターが虹箱の件で干渉してきた。

 今回も彼が口を出してきたと思ったのだが……。


「え?いいえ、違いますよ。確かにギルドマスターも口を挟もうとしてきましたが……それは事前にお断りしてましたし」


『冒険者ギルドの職員なのにギルドマスターに意見出来るんですか……?』


 それは何と言うか。

 少し不自然に思えた。

 普通ならギルドマスターの意向に従わざるを得ないと思う。


「不思議ですか?」


『はい、変だと思います』


「私は少しだけ他の職員と立場が異なりますので」


 気になるセリフを言うだけ言ってシャウラは他の人達の様子を見に離れていった。

 いや、そのどういう風(・・・・・)に他の職員と違うのかが気になったんだけど……。

 もしかしたら答え辛い内容なのかも知れず、結局その日にシャウラから答えを聞く事は叶わなかった。



「舐めていた……まさかここまで疲れる仕事だったなんて」


 床に手をつきアリアが倒れ込んでいた。

 空間魔法というのも、中々疲れる魔法のようだ。


「アリアちゃんおつかれさまー、これから毎日ちょっとずつ広げていこうね」


「あんたは見てるだけでいいから楽よね……まあ、一度大きくしたらそれ以上の拡張は無いわよね?」


 縋るような目でアリアは見つめてくるが……。


『分からないな。大きな部屋に山の様に積まれていた宝を、この部屋に平面状に置いていくから……どのぐらいのスペースが必要になるやら。だからこそ空間魔法に頼ってるんだけど』


「ああああああ!もう!もうちょっと加減して持ち帰ってきてよ!」


『そう言われてもな……』


 目の前に山のような宝があり、それを持ち帰る手段があるにも拘らず宝を放置する輩が居るだろうか?

 絶対いないし、そんな奴は冒険者を辞めた方がいいと思う。


「うんうん!それじゃあ美味しいご飯でも食べてパーッと行こう!バルくんの驕りで!」


「当然よね!」


 アリアとティアが期待に満ちた目でこちらを見つめて来る。

 だが、俺には先約があるのだ。


『悪いけど、しばらくそういうのは無理だ』


「「えー、なんで?」」


『こっちにも色々あるんだよ』


 暗殺者ギルドに寄ってかないといけない。

 それに、虹箱騒動が終息するまでは誰かと仕事以外で関わるのは避けた方がいいだろう。


「まさか……女か!この!裏切り者!」


「私達とは遊びだったの……?ベアヘッドではあんなに尽くしたのに?」


『人聞きの悪い言い方をするな!』


 シャウラとアンタレス商会の人達が聞き耳を立ててるから!


『埋め合わせはするから、しばらく時間をくれ』


「埋め合わせかあ……何して貰っちゃおうかなあ?」


「ふふふ、私達に隙を見せた事を一生後悔させてあげなくちゃね」


「「ふふふふふ……」」


 怪しげな笑みを浮かべるアリアとティアに一抹の不安を覚えたものの、そろそろ日も暮れる時間だ。

 アンタレス商会のメンバー達は徹夜で作業をしたいと言っていたが、一日二日の徹夜でどうにかなる量でもない。シャウラの説得の甲斐もあって、その日の作業はそこでお開きとなった。


◆◆◆◆◆◆



 冒険者ギルドを出た後は暗殺者ギルドへ向かった。

 遊びのつもりなのかアリアとティアが面白半分に尾行してきたが、撒くのにそれほどの時間は掛からなかった。久々に訪れた暗殺者ギルドのホール、というより隠れ家風のバーは以前より静かだった。人が出払っているようだ。


「とりあえず、各ギルドに話を持っていってる貴族には目星がついた」


『へえ、流石暗殺者ギルドだな』


「逆に言うと、お前を狙ってる貴族の目星程度しかつけられなかったんだがな……王城区の貴族に探りを入れるのはやっぱり中々厳しい物がある」


 ガレリオの表情は優れない。

 思った以上に敵に隙が無いのだろう。


「そこでだ、お前に頼みがある」


『頼み?』


「そうだ、お前にある人物を治療して貰いたい。どうしても必要な味方を引き込むために必要だ」


 俺に治療を頼む。

 つまり奇蹟で誰かの病または呪いを癒せという事だろうな。

 それはいいのだが。


『俺が奇跡を使えるとどこから漏れた?軍には口止めした筈なんだが』


「さあな?向こうから接触してきたからそこまでは分からないが……信用出来るはずだ。奴らは病気を治す為ならコボルドにさえ魂を売りそうなほど困っている。こちらが助ければ、必ずや最強の味方になってくれるさ」


 治療が困難な病人を抱えている貴族か。

 面倒な事になりそうだな。

 最悪イーストエデンを捨てて他の街へ向かえばいいか。


 第三夢幻回廊で得た宝については熱り(ほとぼり)が冷めた後にまた見てもらえばいい。

 シャウラには滅茶苦茶起こられそうだが、仕方のないことだ。


『それで?俺はどこに向かえばいい?』


「行けるのか?それなら今から行くか。治せるならいつでも来いって言われてるからな」


『おいおい、もう真夜中だぞ?』



「関係ないさ、行くぞ」



 俺は貴族の家に真夜中に来訪する事に危機感を覚えたが、ガリレオ曰く問題が無いらしい。

 仮にもギルドマスターをやってるような人間の判断だ。

 ここは大人しく従っておくことにする。

 

 夜闇を掻き分けるように走っていくガリレオの背を追う。

 速い。それでもついけていけない速度ではない。

 ガリレオのやや後方を問題なくついていく。


 すると突然、こちらを振り返りガリレオがニヤリと笑った。

 

 その次の瞬間、ガリレオが更に加速した。


──おいおい、遊びじゃないんだぞ。


 そう思いつつも本気で追い駆ける。

 何とか見失わずにいられる位置にいるが、とても追いつけそうも無い。


 単純な脚力の差ではない気がする。

 俺と彼の違いは何だ……?


 腕の振り?体重移動?フォーム?

 足運び?足を巻く速さか?


 それとも、魔力を使った未知の技術か何かか?



「ついたぞ」


「え?」


 ガリレオの背を追いつつも思考の海に沈んでいた意識が浮上する。

 気付けば何故か周囲には空が広がっていて、普段生活しているイーストエデンの街区が見下ろせた。

 どうやら気付かぬうちに王城区の端に辿り着いていたようだ。

 

(俺はいつの間に上空にある王城区に来たんだ?)



「何ぼーっとしてるんだ?行くぞ?」


『ああ……』


 色々と気になる事はあるが、まずは治療をして最強の味方とやらの協力を得なければならない。

 俺は再びガリレオの背を追い、王城区の館のひとつに入っていく。



 館の前の門、そして館内には当然の様に人が居た。

 こんな真夜中にも拘らず、ご苦労な事だ。


 彼らはガリレオの顔を見ると、何も言わず道を塞ぐ事もしなかった。

 事前に話が通っているのか、それとも普段から顔パスなのかは定かではない。 


 ガリレオは我が物で館内を歩いていく。

 途中で意味の無いように思える場所を行ったり来たりしていて、その動きは意味不明だ。

 「黙って俺の真似をしろ」と言われたので仕方なく従った。

 もしかして、何らかの意味のある行動だったのだろうか?


「ここだ」


 重厚な扉の前でガリレオの足が止まった。

 どうやら目的地に到着したようだ。


 ガリレオが扉をノックすると、すぐに世話係の女性が出て来て入室を許可された。

 既に話が通っているというのは本当だったらしい。


 中に入ると途轍もない大きさの太ったオークが居た。

 いや、オークではないのか。これが件の病人だろう。


 皮膚は黄色に変色し、体臭は凄まじい。

 呼吸が辛いのか、息が荒くとても苦しそうだ。

 よくよく見てみれば、足が不自然に萎びている……一体どれほどの恨みを買えばこれほどエグい呪いをかけられるのか。俺には皆目見当もつかなかった。


「お前がギルドマスター殺し……消し飛ばした足をも瞬時に治す奇蹟の使い手か?」


 オークがこちらを見据えて問い掛けてきた。

 ギルドマスター殺し……殺した覚えは無いが、ガバームの足を飛ばした時の事を言っているのか?


 確かに、フロンテラの人々には全く口止めなどしていない。

 どうやらそこから俺の話が漏れたようだ。それなら仕方がないか。

 イーストエデン軍は無実だったな。


「俺を本当に治せるのか?治せるとしたら……一瞬でも早く治して欲しい、もうこの醜悪な身体には耐えられないのだ」


 オークは両手で頭を押さえながら、震えた声で語り続ける。


「十年以上、この身体と戦い続けている。俺にとっての永久に近い戦いの果てで、俺は最早自分本来の顔や身体を忘れかけているほどだ……!!分かるか?この苦しみが!分かるか?この無力さが!今ならこの燃え滾る憎しみだけで魔王すら殺せてしまいそうだ!!」


『分からないです。俺はあなたではないですから。……どれだけ理解しようと思い悩もうと、あなたの苦しみを理解出来る人間なんてこの世にはいないでしょう。あなたの苦しみも怒りも、あなただけの物だ』


「そうだ!誰も分かってくれなかった!分かって貰えるよう千の言葉を尽くしても……どれほど彼らに伝わっただろうか?恐らくは半分も伝える事が出来なかっただろう!この苦しさは誰にも理解出来ないはずだ!」


 興奮し、よだれを垂らしながらも思いを叫ぶオーク。

 積年の想いが、思わず口から溢れ出てしまったのだろう。


「治せるのか?この病を?あらゆる癒し手や霊薬をもってしても治せなかったこの病を」


『治せますよ。少し大変ですけどね』


 このオークさん(仮)に掛かっているのは異常なレベルの濃さと深さを誇る呪いの数々。

 しかもその内容が悪質だった。生かさず殺さず、ただ苦しみ続ける事だけを考えた呪いだ。

 その身体は醜悪な獣人、しかも被術者が最も嫌がる獣人に近いものと化す。

 今回の場合だったら、オークがそれに当たる。

 息はドブのように臭く、体臭は例える言葉が見つからないほどの凶悪な物だ。

 呼吸は乱れ、足は萎びる。これでは部屋から出る事も困難だろう。


 これらの要素からして、この呪いを掛けた人間はこの人が外に出たり他者と関わる事を恐れた。

 若しくはこのオークさん(仮)が昔はよほど人と関わるのが好きで──それを阻止する事によって深い絶望を与えたかったのか。どちらにせよ信じ難いほどの悪辣な呪いだ。


 半端な呪いの場合ならまとめて消し飛ばしてしまうのだが、今回のような場合は時間が掛かる。

 十年もの間身体を蝕み続けた呪いだ。本人は病気だと思っているようだが。


 単純に通常の呪いよりしつこく、並の力量では解呪出来ないほどの深さで身体を侵食している。

 俺の場合はおそらく解呪出来るだろうが、一般的な呪いの解呪よりはるかに時間を要する筈だ。

 

 そして長期間身体に根を張っている呪いの場合、急に呪いが抜けると身体能力の落差で混乱してしまう。

 異常な状態を正常な状態だと身体が誤認してしまっているのだ。緩やかで段階を踏む治療が必要だった。


 解呪の奇蹟<浄化の光>でひとつひとつ呪いを解いていく。

 普段に比べてかなり緻密な作業になる、思わず額に汗が浮かんだ。


 そもそも、奇蹟とは神に祈りを捧げ、施しを与えて貰う術である。

 人間の手で干渉し、本来あるべき術の内容に働きかけるのは邪道であった。

 <浄化の光>であれば、被術対象の呪いを無差別に打ち砕く奇跡だ。

 今の様に細かな制御を行うというのは通常の用途とは異なる。


 それ故にそんな離れ業をするのには相応の技術と負担が使用者に要求される。

 聖気の量はともかく、手や頭への負担は中々大きい。

 必要があれば、途中で中断し自分に奇跡を施した。


 最初は一時間程度を想定していた。

 しかし、実際には夜明け頃まで掛かることになった。


 口臭。体臭。呼吸に体色。そして萎びた足。

 ここまでは想定外の時間が掛かったが、よりにもよって最後の最後が強敵だった。


(糞が!なんてしつこい呪いなんだ!)


 自らの最も嫌っている獣人と化す呪い。

 オーク化の呪いが途轍もなくしつこい。

 よほどの憎悪を元に生み出され、長い期間を経て身体に根を張っているようだ。


 オークさん(仮)の視線を感じる。

 見上げなくても分かる、期待と不安が入り混じった視線を俺に向けているだろう。

 不安?俺の行使する奇跡を見て?


 舐めるなよ。

 どこの陰湿な呪術師に呪いをかけられたのかは知らないが。

 冒険者としてなら兎も角、こっちの分野では並じゃないんだよ!!




 視線が狭まり、呪いのみに注視する。

 深く……より深く集中して……施術する必要がある。

 思考より先に手が動く。

 手より先に口が動く。

 口から呟かれる祈りに応じて奇跡が編まれる。

 編まれた奇跡は手を介して被術者の呪いに干渉する。

 ……普段通りの施術では何度試行しても無駄と判断。

 <浄化の光>じゃ駄目だ。それなら……。


 呪いがこの人の身体を深く蝕み、侵食しているというのなら。

 その呪いを俺の聖気で侵食し打ち砕いてしまおう。


『万物に安らぎを与える闇の神、弱者に眠りを、強者から隠れ潜む安寧を与える慈愛の神よ。彼の者を蝕む呪縛を食らい、救いを与え給え──聖歌(チャント)


 白み始めた夜明けの空にも負けないほどの光が室内を眩く照らし出した。

 手から零れた聖気の雫が呪いを蝕み犯していく。

 その勢いは静かに、しかし着実に広がっていき肉体に変化を与えていく。

 腕や足が、常識的な太さに戻っていく。

 信じがたいほど膨れていた腹はへこみ、人間らしいフォルムを取り戻した。

 そして醜悪だった豚面はその面影を無くし、美しい少女のものへと変わる。



 ん?



「『女だったのかよ!!!』」


 徹夜明けの高揚感のせいもあり、ついガリレオと声を合わせ叫んでしまうのであった。 

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