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34 襲撃



 治療を終えた後、ガリレオと共に王城区を後にした。

 俺の役割はここまでで、後はガリレオの方で何とかしてくれるらしい。

 貴族との話し合いや駆け引きなんてものにはまるで興味が無いし経験も無い。

 ガリレオがやるって言ってくれてるなら、丸投げしてしまうのが正解だろう。


(死ぬほど眠い)

(だけど夜は明けている、今日も仕事か)


 信じ難い事に今日も当然冒険者ギルドで仕事がある。

 寝る間も惜しんで治療した後にまた仕事。


 頭がおかしくなりそうだ。

 今回の件が終わったら迷宮にも冒険にも行かず、思い切って休むのもありかもしれない。

 

『行くか……』


 気は進まないが今回の仕事は俺一人で行っているわけではない。

 俺の体調が優れないからと欠席してしまえば作業が滞ってしまう。

 眠気と戦いながらも重い足を気合で引き摺り、冒険者ギルドへ向かう事にした。


◆◆◆◆◆◆



 先日と同様、冒険者ギルドで淡々と仕事をこなし暗殺者ギルドへ戻った。

 隠れ家風のバーを模したギルドエントランスではギルドメンバーが酒を飲み交わしていた。


 ……なるほど。

 先日彼らが街中を飛び回っていたのだとすれば、今はその必要が無くなった。

 つまり情報収集などの仕事に一段落がついたのだろう。それは吉兆に思えた。

 相変わらず薄過ぎる衣装に身を包んだ受付嬢に一声掛けた後、ガリレオの部屋へと向かった。


「昨晩の活躍のおかげで相手の貴族に圧力をかける事には成功した。やけにあっさり引いて拍子抜けって感じだが……貴族としての格が違い過ぎるから仕方がないのかもな」


『へぇ……』


「お前本当に貴族に興味ないのな?売った恩を生かそうとか思わないのか?」


 ガリレオが杯を片手につまらなそうに問い掛けてくる。

 彼としては驚きを共有したい、もしくは大物と話をつけた事を自慢したかったのか?


『貴族の名にも階級にも興味が無い。それに変に関係を持てば治療薬代わりに傍に置きたがるだろ』


「いいじゃないか、命懸けの冒険をしなくても幸せに暮らせるんじゃないか?」


『そんな物を求めているなら冒険者になんかならない』


「ふーん……」


 器用にフォークで高そうなハムをくるくる巻き取っている。

 ガリレオは目を細め少し考えた後に口を開いた。


「まあ、そういう人種だよな。迷宮探索者ってのは」


『俺以外の迷宮探索者もそうなのか。生憎会った事がないんだよな』


 この世界では。

 そう口にしたいが出来ない事がややもどかしい。


「なんていうか、狩りに似ているらしいな。困難を打ち破って財宝を持ち帰って帰還する。そこに浪漫を感じるのは……分からなくはないかな」


『なかなか楽しいぞ』


「バッカ!やめろよな?俺は腐ってもこのギルドのマスターなんだぞ。そっちの道に引きずり込むんじゃねえよ」


『迷宮には面倒なしがらみもない、迷宮はいいぞ』


「あはは……本当に仕事が上手くいかなくてどうしようもなくなったら考えとくわ」


『そうしろ』


 俺は深く頷きながら勧めておいた。

 地上に幸せは無い、地下にこそ幸せはあるのだ。


「さてさて、俺の破滅した後のエスケーププランは置いておいて。今回の事件、どうやら件の貴族を煽った黒幕がいるようだ……と言ってもこっちは大体予想がついてるんだがな」


『正直、俺も独りになり考える時間を得て色々思い当たる事があった。問題は……』


「向こうに隠れる気が一切無い事だな。あまりにも堂々とし過ぎている。罠か何らかの秘策があるのか……それともただの馬鹿なのか」


 ガリレオが難しそうな顔で唸る。

 実際、相当前から検討はついていたのだろう。

 今まで言い出さなかったのは相手の態度があまりにも不審だったから。

 そして俺に先走って行動させない為だろう。


「実は錬金術師ギルドと獣使いギルドから協力要請が来てる」


『そりゃああんな事になればな』


 錬金術師ギルドと獣使いギルドは二週間前のあの日、暗殺者ギルドを襲撃した。

 そもそもこの二つのギルドは戦闘向けのギルドではない。

 そんなギルドに襲撃するよう要請があるというのは異常事態だった。


 当然、相手が普通の相手であれば優しく他所のギルドで依頼を出すよう促すのだが……。

 ギルドに出資していた貴族からの要請と言う事で渋々請け負い、実際に現場へ行ってみれば……襲撃を予期していた暗殺者ギルドメンバーと俺に返り討ちにあったのだ。


 そんな事件が起きれば当然彼らは事の経緯をより詳細に調べる。


 当たり前過ぎる話だ。


 むしろ事前に調べるべきだと思うが……碌に準備期間も与えられずに、決行当日に無茶振りされたりしたんだろうか?俺の立場では知りようがないけど。


「それでだ、錬金術師ギルドのじじいが証拠をきちんと掴んだらしい。恐ろしいよな……あいつらのインチキ魔道具は。こういう分野に関しては最強なんじゃないか?」


『その状況で俺らに話を持ってくるって事は武力衝突を想定してるのか』


「だろうな。それ以外にわざわざウチに話を持ってくる理由が無いし。とりあえずギルドとしては話を受けるつもりだ。明日、より詳細を詰めてくる」


『いよいよだな』


「実際に相手と話をつける際にはお前も来い」


『面倒だな。面倒だが……今回ばっかりは俺もサボれないだろうな』


 何せ俺に対して刺客を送ってきた事が一連の事件の発端なのだ。

 その罪を問う場に俺がいなければ彼らも格好がつかないだろう。


「明日お前も自分のギルドでの仕事を数日休めないか話をして来い。恐らくそれほど間を空けず決行する事になるだろう」


『ああ』


 翌日、シャウラ達に事情を話し暇を貰った。

 スコリアも渋らず理解を示してくれた。

 アリアは泣いて喜んでいた……。

 そんなに辛かったのか。流石に罪悪感が沸いてくるな。

 アリアにこの仕事が終わった後どんなフォローをするか考えつつ、その日の作業を進めていった。


◆◆◆◆◆◆



 準備が整い、黒幕の潜む場所──魔術師ギルドへ襲撃を掛ける事になった。

 メンバーは俺とガリレオ、そして獣使いギルドのマスターであるルドルフだ。

 濃紫の外套付きローブ、腰には短剣を挿した小柄な老人で如何にも熟練の強者といった井出達の男だ。

 獣使いギルドは非戦闘系ギルドと聞いていたが、戦う事が出来ないと言う訳ではなさそうだ。


「さて、派手に暴れるとしようか」


 ルドルフがにやりと笑うと彼の足元から魔法陣が瞬時に生まれ、彼の獣魔が現われた。


「食い荒らせ、スティーブン」


 彼に呼び出された獣は青い燐光を纏う黒色の犬だ。

 その体躯は大柄で、ちょっとした狼よりも大きいほどだ。


 獣魔が魔術師ギルドの扉を蹴破り暴れまわっていく。

 魔術師ギルドの中から絶叫が響き渡る。


 獣魔の後に続き俺達も魔術師ギルド内に侵入した。

 魔術師ギルド内は阿鼻叫喚の大騒ぎだ、魔術で獣魔に抵抗使用とする者も居たが彼らの魔術は獣魔へ干渉しようとした瞬間に霧散していく。


(魔術師殺しの獣魔か、恐ろしいのを連れているな)

(それとも、今回の為にわざわざ調達してきたのか?)


 スティーブンとかいう獣魔が暴れまわっている隙に俺達はギルドマスターの部屋へ向けて階段を上っていく。幸いこちらに気付き階段を駆け上がってきたり妨害をしてくるギルドメンバーはいなかった──恐らくそこまで気が回らなかったのだろう。彼らからすれば今回の襲撃は青天の霹靂。完全なる不意打ちだったはずだ。


「これは……迷宮化の魔術か何かでしょうか」


「恐らく侵入者が現われた際に最深部に到達出来ないよう発動する罠か」


 どうやらルドルフとガリレオには目の前の景色が俺とは違った風に見えるらしい。

 俺には流星の特殊性能のおかげか一般的な通路の様にしか見えなかった。


『幻術の類が仕掛けられているようだ、俺が先導する』


「ん?対抗するマジックアイテムを持って来てたのか?」


『そんな所だ、行くぞ』


 俺が先導して通路を歩いていく。

 途中で他にも罠があったが、魔力を視れる者なら簡単に回避する事が可能だった。

 恐らくは魔術師以外の人間を対象にした罠だろう。


(それにしても、一般的なギルドならここまでやらないだろう)

(やはり攻め込まれる事を予見していたか)


 物証や状況証拠から分かっていた事だが。

 今回の騒動の黒幕はやはり……魔術師ギルドのマスターであるメーティスで確定のようだ。



「はあ、私のギルドで随分と好き勝手暴れまわってくれたようだね?」


 魔術師ギルドの最上階、最奥の部屋でメーティスは静かに俺達を待っていた。

 こちらに対して強い警戒を示す事もなく、その様子はとても落ち着いていた。


「何故襲われたのか……心当たりはあるんだろ?」


 ルドルフが短剣を片手に尋ねる。

 仲間を暗殺者ギルドにけしかけられ、中には命を落とした者も当然居る。

 隠し切れない殺意が言葉から漏れている。


「いやいや、まるでないよ。一体何故我々がこのような報いを受ける必要があったのか、まるで理解出来ないね」


「シラをきるつもりか。お前がロウウッド家をそそのかし、バルの手に入れた虹箱の中身を奪うよう持ち掛けた事は分かっている」


「……私はちょっと彼と話をしただけさ。無名の冒険者が虹箱から出てくるような強力なマジックアイテムを持つ事の危険性、そしてそれを持つべき者が持てばどれほど有用かについてね」


 肩を竦めて語るメーティスに悪気は全く感じられなかった。

 ……ムカつく女だ。だがまだまだ彼女には聞くべきことがあり、短気を起こすのは不味かった。


「お前の本当の目的は冒険者ギルドの疲弊だろ?……魔術師ギルドと冒険者ギルドは昔から対立する事が多いのは知っていた。それは分かっていたがここまでする必要は無かっただろう?」


「……はあ、これだから無能共は。冒険者ギルド、遺跡荒らし共がどれほど劣悪な害虫か理解していないのか」


 ルドルフの問いを聞いた瞬間、メーティスの雰囲気が変わった。

 これまでの飄々とした態度とは違う。イラつきを隠そうともせずに語り始める。


「奴らは当然の権利の様に古の魔術師が生み出した──芸術的とも言える迷宮の数々を荒らしていく。それぞれの迷宮には生み出された意図があり、そこに残された理由があった。遺棄された物ではないのだよ、魔術師の生み出した迷宮というのは。にも拘らず、遺跡荒らし共はそれらの機能的で美しい迷宮を探し出し、荒らし、まるで英雄譚の英雄の様に誇らしげに喧伝するのだ。隠された我らの偉大なる先祖が生み出した迷宮を!!!!」


 メーティスの周囲に魔力が渦巻いていく。

 それは何らかの魔術を使用する意図で渦巻いているのではなく、感情に起因した動作だろう。

 その魔力の流動をもって怒りを体現しているようにも思えた。


「そもそも……イーストエデンとは本来魔術師にとっての楽園。偉大な先祖が生み出した東の楽園(イーストエデン)なのだ。後からのこのこやって来てそれを簒奪した愚かな王家共は「自分達の城が先にここに築かれ、後に城塞都市が築かれた」なんて戯言を吐いているがな。ここは魔術師以外が踏み入るべき土地ではないのだ」


『おいおい、王族批判かよ』


 呆れた。

 わざわざ死刑を免れない証言を吐くなんて。

 どうやら彼女にとってこの話題は理性を無くすのに充分なほど触れてはいけない話題だったようだ。


「簒奪者を批判して何が悪い?奪われた者には嘆く権利すら与えられないとでも?」


『お前の言っている事が事実かどうかは俺には判断が着かない、学者でもなんでもないからな。だが、たとえどの様な過去があったにせよ、当事者でもないお前がこの都市の住民を害していい理由にはならないだろ?』


「私が市民を害した?一体いつ?」


『害しているだろう、だって──』


 それはとある暗殺者達が死んだ理由。

 そこに起因して判明した事実。


『お前こそがこのイーストエデンを長年苦しめてきたコボルド達、そして狼人を扇動していた首魁。この地域を長年苦しめてきた邪教徒の一人なんだからな』


 俺の指摘を聞いてメーティスは……獰猛な笑みを浮かべ表情で肯定を示した。

 それは暗躍の日々、語りたくても語れなかった栄光の日々を吐露する機会を得た故の喜びから来るものだろうか?その豹変は俺にはとても不気味に思えた。



「へぇ……そこまで辿り着いていたのかい?参考までに聞きたいのだが何故気付いた?」


 まるで初めて見る玩具を目にした子供の様に目を輝かせながらメーティスが問う。

 彼女なりに、これまで上手く暗躍していたはずだ。

 それがどのようにして破られたのか、自分の考えの及ばぬどのような理由でそこに至ったのかが気になったらしい。


『まず始まりは俺を襲撃してきた刺客が身に着けていたイヤリングだ。それがどのような経緯でお前達に渡ったか、暗殺者達がどのような任務を受けている最中に殺されたかって所からだ。これはギルドマスターに確認すればすぐ調べる事が出来た』


「まあ、そうだろうね。だがそれだけでは証拠に成り得ないのでは?たまたま巡り巡ってそのイヤリングが刺客に渡った可能性だってあるだろうに」


 確かに彼女の言うとおりだった。

 このイヤリングに瞳石のような機能のひとつでもあれば特定も余裕だったかもしれないが、暗殺者ギルドはその仕事柄誰を探っていたか?何を探っていたかについてシンボルに情報が残らないようになっている。

 これはあくまで状況証拠のひとつ程度の価値しかないのだ。


『ともあれ、数年前に起きた邪教徒による冒険者達謀殺の件について調査・可能であれば始末を命じられていた暗殺者達の遺品がまず第一の手掛かりになったわけだ』


「で?他にもあるのかな?」


 メーティスとしてもここまでは有り得る範囲の話だったんだろう。

 静かに話を聞いている。


『次に引っかかったのがダイモスの迷宮で見つけた魔法陣だよ』


「……」


 メーティスの眉がぴくりと動いた。

 恐らく先ほどの話の通り、偉大なる先代とやらが築いた迷宮に足を踏み入れられたのが気に食わないのだろうか。それにしても……俺が踏み入った事に気付いてなかったのか?それとも俺があの迷宮の魔法陣を発見した事が意外だったのか?彼女の能力(・・)は俺の予想と違ったのだろうか?


『コボルドという種族は魔法や魔術をはじめとした神秘的な技術への適性が比較的低いとされる種族だ。にも拘らず、供物を捧げて目的の物を得るような高度な魔法陣をどうして描く事が出来たのか?どうしてそれを行使するすべを知っていたのか?……答えは簡単だ。協力者が居る以外に有り得ない。それも高度な魔法に精通した人間がね』


「……なるほど、だがそれだけでは私だと特定出来ないんじゃないか?」


『出来るさ、その魔法陣は非常に高度で近隣地域では使い手がいないと言っても過言じゃない。そもそも……メーティス、あなたが魔術師ギルドで評価されるきっかけになった魔法陣の応用だからな。この答えに辿り着く為にらしくない勉強をさせられたよ。魔法陣は専門外だからな』


 実際は瞳石で読み取った記憶を元に九割方シャウラに調べて貰ったが。

 そこにツッコミを入れるような人間はここには居なかった。


『まとめようか。冒険者ギルドと長きにわたりいざこざがあり、冒険者ギルドを害する動機があった点。最初の襲撃で邪教徒の捜査をしていた暗殺者達の遺品を偽装として持たされていた点。暗殺者ギルドに匿われていた俺を襲撃しに来た有力ギルドのメンバーの中に何故か(・・・)魔術師ギルドのメンバーが居なかった点。魔術師によって生み出された迷宮の奥底に何故かあなたぐらいにしか使えない魔法陣があり、適性の薄いコボルド達がそれを使用出来るよう指導出来るほどの能力がある魔術師があなた以外にいない点。そしてあなたが関与した貴族の自白ですよ。全ての証拠があなたの犯行を指し示している』


「君は就く仕事を間違えたんじゃないか?探偵にでもなった方がいい」


 そんな訳無い。

 そもそもメーティスは今回の犯行を本気で隠す気なんて無かったはずだ。

 彼女の行動は表向き犯行を秘匿しているように見えて、実際はガバガバだ。

 特に暗殺者ギルドへの襲撃に関しては露骨だ。


 バレてもいい(・・・・・・)

 気付き挑むならいつでも掛かって来いとでも言わんばかりだ。


「まあ、そうか。これだけ足跡(そくせき)があればバレもするだろうな。やはりらしくない(・・・・・・)事なんてすべきじゃないねえ?魔術師とは堂々と構えてるもんだ。暗殺者の様にこそこそしてる奴とは違う」


 気配を完全に消し不意を打った筈のガリレオの短剣が不可視の障壁に阻まれた。

 最初からある程度証言を引き出したら相手の手札を見る為(・・・・・・・・・)に襲い掛かる手筈だったのだ。


「守りが堅すぎるぜ。そんなんだから処女ババアなんだよ」


 軽口を叩いたガリレオへ風の刃が迫る。

 しかし、ガリレオも柳の様にその刃をかわしていく。


「話は終わりかな?ならば知るが良い!本物の魔術師の力というものを!!」


 メーティスが立ち上がり杖を振るうと壁や床に隠されていた魔法陣が発光し魔法を紡ぐ。

 暴風が吹き荒れ部屋中の小物や書類が凶器となって俺達を襲う。

 全身鎧を纏っている俺とインチキ染みた回避の腕前を持つガリレオはともかくルドルフが危険だ。

 俺は咄嗟に盾を構え彼を庇う。


『ルドルフさん、後ろを頼みます』


「分かっている」


 俺の後方から強い魔力の気配を感じた。

 恐らくは俺と始めて会った時同様、使い魔を介して背から魔法を放つつもりだろう。


「スティーブン、来い」


 魔術師ギルドの一階で暴れていた獣魔が瞬時に呼び出され、メーティスの使い魔であるねずみと争い始める。樹の蔓を生み出し捕縛しようとするねずみの魔法を、踏み砕き猛追していく。


 メーティスはガリレオと戦っていた。

 不可視の障壁と風の刃を巧みに操りガリレオと近距離で戦っている。

 ……魔術師にも拘らず凄腕暗殺者と近接戦闘、メーティスも伊達でギルドマスターの地位についている訳では無さそうだ。そして、彼女の周囲の魔力が不自然に足元に吸われている事から推測して彼女はガリレオと戦いつつも何らかの秘策を用意しているのは明らかだった。


『ルドルフさん、ちょっと加勢してきます』


「ああ、こっちは大丈夫だ」


 ルドルフの足元に再び魔法陣が点り、大盾を持ったアンデッドが現われた。

 ……そんな便利な獣魔が居るなら最初から呼び出して欲しい物だ。

 そうすれば俺がここで無駄に守る必要も無かったのに。


「一歩遅かったわね、終りよ」


 彼女の宣言とほぼ同時に、ガリレオの上半身を分かつかのように描かれた軌跡の延長線上の全てが斬り飛ばされた。


 何事かと彼女の背を見てみれば、そこには恐るべき異形が居た。

 黄色く不気味な色をした蛇の顔、その瞳は比喩でなく赤い宝石で出来ていた。

 巨大な手には鈍くギラつく分厚いサーベルが握られている。

 背には黒い片翼、腕には分厚くごわごわとした剛毛が生えている。

 時折ちらつき視界に入る尻尾は牛のような鞭状のものだ。


「驚いた?きっとあなた達は夢にも見た事がないでしょうね?あなた達は彼らを……悪魔と呼び、信仰する人々を迫害してきたのだから」


「上級悪魔の召喚?!正気か?」


 驚愕するルドルフ、彼の常識からすれば有り得ない事なのだろう。

 俺としては……思っていたよりはまとも(・・・)な手札で安心した。


「優れた魔術師は悪魔とすら契約を交わす事が可能なのよ?彼らは契約を違えない。愚かな人間よりよっぽど信頼出来る危険な友達なの」


 信頼出来ると危険は相反する言葉に思えたが、そんな冷静なツッコミをする余裕は無かった。

 俺は魔法の袋から幸運剣を取り出す。忘れがちだが、この剣は魔獣に対して効果的という効果の他に悪魔に対しても有効な効果を持っている。対魔王を想定されていた剣だ。ここで抜かない理由が無い。


 俺が幸運剣を抜くと、その刃に危機感を覚えたのか片翼悪魔が反応する。

 しかし、メーティスはその様子に気付かないようだ。


「実は最近ようやく規定の贄を捧げる事が出来てね。後はどのタイミングでやるか迷っていたんだけど……そう考えれば今回は丁度良い機会だったわ。このまま王城区の簒奪者、そして魔術師以外の愚か者共を全員血祭りにして──この地を再び東の楽園に生まれ変わらせるの!!」


『なるほど、その奥の手があったから俺達が襲い掛かってきても冷静だったのか』


「ははは、そうよ!この力さえあれば全てが覆るの!全てを変える事が出来るのよ!!」



 そうかそうか。

 この程度(・・・・)の手札で俺達は悩まされていたのか。


『メーティス』


「何かしら?」






『あんたはいい加減夢から覚めるべきだ(・・・・・・・・・)



 俺の放った言葉をきっかけに世界が暗転していく。

 風の魔法で荒らされたメーティスの部屋。

 斬り飛ばされ二つの肉片と化したガリレオ

 全てが遠ざかっていった。 



「うっ……一体何が……こ、これはどういう事?!」


 メーティスの叫び声で俺の意識もはっきりしてきた。

 ここはメーティスの屋敷の寝室だ、まだ周囲は暗闇に包まれている。

 朝は遠そうだ。


 ベッドの上では魔封じの鎖と異能封じの縄と……これでもかと相手の逃亡と反撃を阻止する為のマジックアイテムで縛られている女が暴れている。まるで凶悪な人食いサメやワニでも拘束しているかのような手厚い巻かれ方だ。恐らくよっぽど強力な魔物でもなければこの状況で戒めから逃れるのは不可能に思えた。


「まだ気付かないのか、お前はワシらにハメられたんだよ」


 錬金術師ギルドのマスターである老人、ファビアンがニヤリと笑った。

 そう、このインチキ錬金術師が今回の策の発案者だ。

 他人の夢への侵入とそこで紡がれた夢の記録。

 そんな御伽噺でも聞いた事のないような馬鹿げたマジックアイテムを僅かな時間でこの日のためだけに(・・・・・・・・・)作り上げた呆れるほどの天才である。


『明らかに待ち構えてる相手にわざわざ何の手も無く挑む訳無いだろ?あんたは魔術師ギルドのマスターで邪教徒だ。あんたが思ってる以上に俺達は警戒し準備を重ねてきたんだよ』


「ぐっ、卑怯者!このようなだまし討ちがお前らのやり方か!お前らの方がよっぽど邪悪だ!」


 こいつは馬鹿か?

 よりによって俺達にそれを言うのか?


『生死をかけた状況、宝物を得る為に取れる事はなんだってするのが冒険者だ』


「俺らが相手にするのは重犯罪者だぜ?殺す為なら何だってするに決まってるだろうが」


 俺とガリレオはニヤリと笑ってそう答えた。

 その後ろでファビアンが「こいつらおっかないねえ」とか戯言を呟いていたがどう考えても一番卑劣で恐ろしいのはあんただと言ってやりたかった。


 ともあれ、長く続いた虹箱を発端とするいざこざは魔術師ギルドマスターメーティスの逮捕によって幕を閉じる事になった。

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