26 放浪個体
毎度の事だが、宿を探すというのは案外難しい。
いい宿って言うのは大抵常連が長期的に借りていて、空き部屋が少ない。
賢い人間は早い時間帯に街に着く前にあたりをつけていたり、ツテで泊まれそうな宿に行き部屋を取っているもの……らしい。俺は毎回昼から夕方にかけて当てもなく土地勘の無い街を右往左往しながら宿を探す、だから大体イイ宿って奴に泊まれない。
今回は……まあまあだな。あんまり広くないが逆に広くないからこそ何か落ち着く、一人暮らしの男なんてベッドと書き物が最低限出来る机さえあれば後はどうでもいい。個室なだけマシだ。
どうせ迷宮に旅立つし、上等な宿なんて金の無駄だ。
決して宿探し競争に負けたわけではないのだ……ないのだ。
折角金も手に入ったしワングレード上の宿に泊まりたかった何て事は決して無いのだ。
楽な服装になって、お湯で塗らした布で身体を拭く。
そしてスッキリした後、ベッドに入り目を閉じる。
そんな時にふと思い出すのだ。
やり忘れていたことを。
(やばいな……シャウラに声かけるのを忘れていた)
何か迷宮から手に入れた宝だの魔物の素材だのの目利きをする専門家が決まり次第連絡をするから、宿を教えろと言われていた気がする。まあ、宿は今さっき決まったから冒険者ギルドに居た際には答えようが無かった訳だが。それにしたって二言三言彼女に声をかけるべきだった気がしなくもない。
(まあいいか、一日二日ぐらい。誤差だろ)
もう自分の身体は完全に寝る体勢に入っていた。
この時間でも冒険者ギルドは普通に開いているだろうが……正直行く気がしない。
明日の朝報告すればいい、あとドレッドノートの為にいくらも探さないとな。見つかるかな?
掛け布団をひっかけてごろごろしながら、ぼーっと考えに耽っていたが、気付けば安らかな睡魔に誘われて眠りに落ちていた。
「……(無言の圧力)」
『すいませんでした……』
翌朝、シャウラを呼び出して貰い先日と同じ部屋に通された後からこんな調子だった。
話し合った翌日には宿に関する連絡が来ると思ったら全くない。
それどころか街にすら居らず、履歴を見てみれば迷宮で消化出来る依頼を受けている。
いつ帰ってくるのか、そもそも一人で迷宮に行ったとしたら……無事に帰ってこれるのかと心配になる。
そして五体満足で冒険者ギルドに帰ってきたと思ったら……自分に何の連絡もせずさっさと出て行く。
そりゃあ怒られても仕方ない……気もしなくもないな。
「バルさんは普段一人で活動されているようなので中々難しいのかもしれませんが、連携して仕事をしている場合は連絡が取れなくなる前に事前に伝えてください。未発見だった迷宮の情報も、そこで手に入った宝などの探索の成果もバルさんが持っているんですから……急にいなくなってしまったらうちの職員みんなが困ってしまいます」
『はい』
「あと、あんまり命懸けの迷宮探索をされるのも本当は困ります。何で平然とソロで迷宮攻略してるんですか! 迷宮って本来表層ならともかく最深部なんて徒党を組んでも綿密に計画を練って攻略をするものなのに……現地を碌に見ずに素潜りって、前から思ってましたがその内ぽっくり死んじゃいますよ?」
『死ぬ時はどれだけ準備してたって死にますよ』
「何屁理屈言ってるんですか! 私は本気で心配してるんですよ?」
顔を真っ赤にしながら怒るシャウラには悪いけど、まだ何だかんだ余裕あるからなあ。
仲間を募るにはまだ早い。ただ、シャウラの言い分も分からなくも無い。
(本当はそろそろ二桁階層も潜ってみようかと思ったけど、一桁で我慢しておこう)
迷宮に一人で潜ることは辞められないけど、そのぐらいの妥協はしておこう。
未発見だった迷宮──第三夢幻回廊で手に入れた品々を現金化するまでの辛抱だ。
それに二桁階層まで行かなくても、中々腕試しに良い迷宮がここらには多いからな。
さすが小規模迷宮群と呼ばれる地帯なだけあるって感じだ。
これからだ。
迷宮巡りはここからが本番なのだ。
「そういえば、受付をしているロロから聞いたのですが黒牙討伐の報告を済ませたようですね」
『はい』
「魔術師ギルドのギルドマスターから依頼を受けて、彼女も同伴して冒険者ギルドに来たみたいですけど……この街の魔術師ギルドと冒険者ギルドは水と油なのであんまり今回のような事はしない方がいいですよ」
『そうなんですか?そういえば、何か騒いでましたね』
「まあ、ギルドマスター同士が物凄く仲が悪かったり、過去に色々因縁があったりするようで……他所の土地から来たバルさんをそのいざこざに巻き込むのは申し訳ないのですが、少し気をつけるようにして下さい」
『大丈夫です、地上にほとんど居るつもりはないですから』
「バルさ~ん?さっきの話聞いていました?」
『冒険者に迷宮に潜るなってのも無理な話でしょう』
「むしろ迷宮探索者の方が珍しいぐらいですけどね」
『地上の旅もそれはそれで悪くないとは思いますが、護衛とか面倒そうなので避けたいですね』
「……青から赤への試験は護衛依頼の達成にしましょうか、高位貴族の面倒そうなのを」
『横暴過ぎるのでは?』
そんな昇格試験を用意されたら一生昇格出来る気がしない。
ちなみに青から赤への昇格試験は赤石級の依頼の中から試験管の選んだ三つを達成だから……本当に護衛依頼になる可能性も0ではないのだ。
「そうだ、迷宮探索といえば……バルさんは餓獣の迷宮で白いかまきりの魔物を倒したそうですね」
『結構強かったですね、不意さえ打たれなければそこまででもなかったですが』
「結構強かったで済む強さなはずが無いんですが……幼体だったのですかね?」
『かなり大きかったですよ?』
「まあ、バルさんは割と無自覚に異常なので、ものさしにならないですしね。ともかく、本来餓獣の迷宮にはかまきりの魔物はいないわけです、というか獣以外出ないんですよ」
『蛇も居ましたけど』
「え?蛇ですか?」
『はい、うちの使い魔に焼かれてすぐ死にましたけど』
「……」
どうやらあの白いかまきりと……瞬殺されてた蛇はイレギュラーだったのかな?
本来はいないはずの魔物だったみたいだ。
「こほん、えーとですね、本来その迷宮に出現しない魔物が迷宮に現われた場合は、逃げて冒険者ギルドに報告するのが基本なんです」
『何でですか?』
「それは、彼らが放浪個体と呼ばれる危険な個体である可能性があるからです。放浪個体は冒険者のように様々な迷宮を彷徨い──冒険者や魔物を食らって無尽蔵に強くなるようなのです」
なるほど、無尽蔵に強くなる上に様々な迷宮をふらふらと移動する。
かなり厄介な魔物なわけだ。
それなら冒険者ギルドに情報を持ち帰れと言われるのも頷ける。
「今回は個人でも相手が出来る個体だったようですが……過去には魔法石級の三パーティーを返り討ちにするような化物も確認されています、無闇に手を出しちゃダメですよ?」
『ちなみにどんな魔物だったんですか?』
「ドラゴンですよ、紫毒竜の放浪個体で、土地を汚染しながら各地を荒らし回ったらしいです。その竜が通った後には必ず常軌を逸した凶悪な毒の沼が出来て……迷宮と迷宮を一筆書きのようになぞって行くわけです。その途中に街道があった場合なんかは、近郊の神殿から聖職者が総出で何週間も沼を浄化して、そのあと妖精魔法で沼を埋めたりしないといけなくて大変だったそうですよ」
『竜は流石にやばそうだな……』
そこまで行くともはや災害だ。
やばそうな魔物には無闇に触らないようにしよう。
俺は冒険者であって勇者や英雄ではないのだ。
無茶な戦いなんて避けれるなら避けてこそ、冒険者らしい立ち回りと言えるだろう。
「そういえば、その放浪個体は石箱を持ってましたか?」
『え?いや、そもそも解体してないですよ。それに石箱は迷宮主しか持っていないでしょう』
「放浪個体であるなら双角錐型の不思議な石箱を胸に秘めている筈です、確かめてみては?」
なんだって?
『よし、早速試してみましょう』
「待って下さい!!さっき大きいって言ってたじゃないですか!!こんな部屋で出さないで下さい!」
『……それもそうですね』
俺もシャウラも気になって仕方がなかったので、かまきりと蛇を解体してみる事にした。
俺が素材買取カウンターに近付いた時にシェリル(買取カウンターのお姉さん)が露骨に引いているのを見てちょっと傷ついたが、場所を貸して欲しいだけと言ったら快く貸してくれた……場所代はもちろん請求されたが。
『かなりデカイので離れていてください』
「そんなにですか?」
『見れば分かりますよ……行きますよ?』
白かまきりを袋から取り出したいと思いながら魔法の袋を搾り出す。
すると、巨大で不気味な白いかまきりの頭が出てきた。
「ヒィッ……!!」
シャウラの悲鳴が聞こえてくる中、断ち切られた首とそこへ繋がる薄桃色を帯びた白い胴体が延々と出てくる。四メートル越えの化物かまきりが横倒しの状態で作業部屋内に現われた。近くで作業をしていた男達も、呆然とした顔で白かまきりを見ていた。普通びっくりするよね、こんなのが袋から出てきたら。
『胸……かまきりでも胸なのかな?主要な器官は腹部とかそっちの方にありそうなイメージだけど』
「流石にかまきりの身体の構造は……私には分からないですね」
『かまきりの素材なんて大した役にも多々なそうだし適当にやるか』
「ちょっとまて、本当にそうか?」
俺は無軌道な解体をしようかと計画していたが、同じ部屋に居た本職の男達にはそれが許せなかったようだ。結局部屋に居る作業員達に手伝って貰って大解体ショウが始まる事になった。
「すげぇ……こんな質の高い魔力石が身体にあるなんて。恐ろしい品質の杖や魔法の指輪が作れそうだ」
「瞳の近く、顔の部分か。瞳自体も何か使えそうだよなあ。」
「この鎌も凄まじい切れ味ですよ!ところでもう片方の鎌は?」
『魔法で消し飛ばした』
「「「何て事を……!!!!」」」
「そっちに驚くんですか……、私はその恐ろしい鎌を魔法で跡形もなく消し飛ばせた事の方が驚愕に値すると思うんですが」
どうやら、白かまきりはここの男達からすれば宝の宝庫らしい。
正直、俺は超個人的にあの白カマキリの身体で作った道具なんて使いたくないけどね。
何だか呪われてしまいそうだ。
それからしばらく楽しい解体ショウは続き──とうとう目当ての物が見つかったようだ。
「やべぇ……よ、鎧の兄ちゃん!!!こっちにあったぞ!石箱だ!!」
「ようやく見つかりましたか、中々探すの大変だったんですね、石箱って」
『いやー、普段迷宮主から抉る時はそうでもないですよ?』
「は、早く来てくれ!」
『はいはい』
何故か急かすシルバーに手招きされた先には、話に聞いていた通りの双角錐型の──
『え?』
双角錐型の……虹色の石箱。
最も希少で価値のある物が入っていると言われている、虹色の石箱がそこにあったのだ!!




