25 メーティス
餓獣の迷宮からフロンテラに戻り、地図を頼りに魔法使いの女に指示された建物へ向かう。
イーストエデン軍の兵士達の治療と黒牙討伐の報告を一緒にしてもらわないと困るからね。
雑踏にまみれながら進むと、杖の看板が掲げられた建物が見えてきた。
地図はここを示しているみたいだ。
建物の中に入ると、中にはローブに長杖を持った魔法使いが数名。
そして冒険者ギルドの様に受付カウンターがいくつかあり、順番待ちの魔法使いが列を作っていた。
うーん、魔術師のギルド……とかなのかな?
(とりあえず並んで、あの女を呼んでもらうか)
俺はあの魔法使いの女の名前を聞いていなかったのだが、ご丁寧に地図に注意書きがあった。
恐らく、俺がこの建物で彼女を呼び出す際に困る事を想定して書き足してくれたのだろう。
それなりに並ばされたが、ようやく俺の番が来たようだ。
『すまない、ここで会う約束をしているのだがメーティスという人を呼んで貰えないか?』
「メーティス様ですか……? 分かりました。確認してまいりますので、少々お待ち下さい」
受付嬢が駆けて行き、それほど掛からずに白ローブの女──メーティスが上の階から下りて来た。
「久しぶり、と言うほど間は開いてないわね。昨日来ると思ったら来なくてすっぽかされたかと思ったわ」
『明日以降とは言ったが、明日来るとは言ってなかったろう』
「そうね、とりあえずちゃっちゃと用事を済ませてしまいましょうか」
『ああ』
俺はメーティスと共に冒険者ギルドへ向かった。
その際に何故か周囲がザワついたが、メーティスは有名人か何かなのだろうか?
受付嬢も何故か様付けだった。
もしかしたら、彼女はギルドマスターかそれに類する立場なのかもしれないな。
冒険者ギルドへ入ると、何故か周囲の冒険者達がギョッとした目でこちらを見てきた。
……一体何なんだ?
冒険者ギルドでも受付に並ぶ羽目になると思われたが、既に昼を過ぎている為空いていた。
基本的に冒険者ギルドは朝と晩に依頼の報告や素材の売却が頻繁に行われる時間に込み合う。
昼時は冒険者ギルドの待ち合いスペースにわざわざ食事を取りに立ち寄っている者達がいる程度だ。
あと、こっちでは参加した事が無いけど教習なんかはこの時間からって場合もあった気がするな。
まあ、まとめると昼過ぎのこの時間は比較的空いているのだ。あくまで比較的だが。
「いらっしゃいませ、本日はどうされましたか?」
『依頼の報告に来た』
「私からギルドを介さずに出した依頼二件と……あと別の依頼もあったんでしたっけ?」
『納品依頼を三つ達成したが、先にあんたの依頼を処理した方がいいだろう』
「ギルドを介していない依頼ですか……?」
受付嬢の表情が訝しげな物に変わった。
ギルド側からすれば自分達を交えないで勝手に依頼を受けたことが不満なのか?
しかし、ギルドエンブレムからの依頼受注以外に、突発的に言葉やスクロールを介して依頼を受ける事は一般的ではないが違反には当たらない。これは貴族や王族の護衛依頼や緊急性の高い依頼では稀にある出来事らしいからな。今回の場合緊急性が高い依頼だったと言えるし問題ない筈だ。
「依頼内容はこのスクロールにまとめてあるわ、確認して?」
「……お預かりさせて頂きます」
メーティスからスクロールを受け取った受付嬢は苦虫を噛み潰したような表情でそれを読んでいる。
何か納得のいかない部分があるんだろうか?
『……何か問題があるのか?』
「多分あれのせいでしょうね」
『あれ?』
メーティスの指差す先には……黒牙や黒毛の指名手配書が貼り付けられていた。
先日討伐したと軍が発表したのだから取り外されていても良さそうな物だが、単純に外し忘れていたのだろう。黒牙が金貨百枚で黒毛が一体につき金貨五枚……?高過ぎて驚くが、探し出す所から始めるなら案外妥当な値段なのか……?まあ、冒険者ギルドからしたら高い金を出して追っていた魔物を軍に取られて、おまけにそれに協力した冒険者が居たとなれば面白くないのか?この元々の褒賞金も冒険者ギルドというより領主的な人が出してそうだけどなー、となれば単純に手柄が欲しかったのか。
「スクロールの内容は把握しました。納品依頼は予め報告されてる三件でよろしいですか?」
『ああ、問題ない』
「それではエンブレムを預からせていただきます」
俺がギルドエンブレムを受付嬢に渡すと、いつもの通り銀の杯にそれを入れ瞳石の情報を読み取る作業に入っていく。
「は?」
『どうかしたか?』
「いえ、大丈夫です……」
この受付嬢は中々感性が豊かというか、実務経験が浅いのか分からないが瞳石の読み取り中に何度か声をあげ作業を中断していた。時に肩をわなわなと震わせながら……何となく嫌な予感がして早く次の迷宮に向かいたくなったが、まだ報酬を貰っていない。何が悪いかは分からないが説教を喰らう覚悟を決めつつ受付嬢の仕事が終わるのをじっと待った。
「確認させていただきました」
「正直、つっこみ所しかありませんでしたが……依頼が達成されている事は確かですね」
受付嬢は物凄く納得いかなそうな雰囲気をしつつもそう答えた。
何か言うかと思われたが、彼女は詳しく語らず、不機嫌の理由は分からないままだった。
俺は納品物三種を、メーティスはずっしりと重そうな金貨が入った袋をカウンターに置く。
受付嬢はカウンター上に置かれたそれらの品々をマジックアイテムで確認後、俺に報酬分の金貨を袋に入れて渡してくれた。
重い。
ぎっしり詰まってやがる!
苦労した甲斐があったってもんだ。
これだけあれば、ちょっとくらい贅沢をしても良さそうだな。
「それじゃあ、私はそろそろ御暇させて貰うよ? こう見えて案外忙しいからね」
『そうか』
「愛想の無い子だなー、まったく。じゃあね」
『ああ』
そう言ってメーティスは去っていった。
……使い魔をけしかけて、人を強引に呼び止めるような女に振り撒く愛想なんてないんだよなあ。
流石に本人も気付かれてないと考えるほど馬鹿じゃないと思うけど。
その後、餓獣の迷宮でたまった魔物の素材を売る為に素材買取カウンターへ向かった。
素材買取カウンターのお姉さんは暇なのか、ダルそうに報告書のような物を書いている。
『すまない、素材の買取をお願いしてもいいか?』
「へ? ああ! 大丈夫です、大丈夫ですよー! 素材は外の荷車とかに積んでる感じですか?」
俺が手ぶらなのを見て、彼女は俺が外に素材を置いてきていると勘違いしたようだ。
確かに、魔法の袋が無ければそういう事もあっただろうな。
『いや、魔法の袋の中に入っている。解体してないので広い場所を用意して貰えると助かる』
「解体手数料とか掛かっちゃいますよ?」
『問題ない、あんなの一人で解体する気がしないからな』
「あー……もしかして結構量がある感じですか?」
『量も質もたっぷりだな』
「はぁー、なんとなーく嫌な予感がしてまいりました。とりあえず行きましょうか」
『ああ』
素材買取カウンターの脇の通路をしばらく進むと、大きな作業場のような場所に出た。
如何にも一芸に秀でている職人ですって顔の作業着姿の男達が、大型の魔物の解体をしている姿があちこちで見られる。恐らく俺の様に解体をギルド任せにする怠惰な冒険者が他にも居るんだろう。
「おう、どうした? 新規か?」
「新規ですねー、結構多くてデカイみたいですよ」
「へぇ……確かに強そうな兄ちゃんだな。俺は解体長のシルバーだ、よろしく頼むぜ」
全身鎧を着た状態だから、ちょっぴり強そうな印象を与えてしまったみたいだ。
やはりこの格好だと初見の大人にも侮られずに済むからなんだかんだ都合がいい。
『ああ、よろしく頼む』
「それじゃあ早速運び込んだ魔物を見せてもらえるか?」
『分かった』
俺は人の出入りの邪魔にならなそうな場所で袋から魔物を出す事にする。
……最初に大きくて面倒なのを出した方がいいか。
小型から中型の魔物の山を出した後に大型の魔物を出すと訳が分からなくなりそうだしな。
そうしよう。
俺は魔法の袋から大狼ホクレアの死体を取り出した。
「「は?」」
素材買取のお姉さんと……シルバーだっけ、解体長の人が驚く声が聞こえた。
結構大きい狼だからね、でもまだ六匹いるんだよなあ。
『あ、目測を誤ったか……二匹しか横に並べられないか』
「……ちなみになんだが、ホクレア様の死体がまだあるのか?」
『あと五匹分の死体があるぞ』
「はあああああ・・・・・・」
シルバーの表情筋が死んだ。
さっきまであんなに男らしい表情だったのに!
「えーーーっと、狼以外に大型の魔物っています?」
『白いかまきりの魔物と蛇も結構大きかったかな?銀獅子とかは中型だろうし』
「全部解体せずそのままですか?! お兄さんはソロっぽいですし量はそこまでないです……よね?」
『狩り次第突っ込んでるから自分でもあまり把握してないけど、この部屋は普通に埋まるぐらいあるぞ』
「ああああああああああああああああああああああああああああ」
買い取りカウンターのお姉さんが頭を抑えながら叫びだした!
シルバーは「この部屋が埋まる……?何十日かかるんだ……?」と混乱している。
しょうがない。
本当は面倒な事は一気に終わらせたかったんだけど。
解体所を利用するのは俺だけじゃないし、人員も場所も限られているだろうからな。
ここは妥協しておくか。
『一度に全て売るのは厳しそうだな。今回はこの二体だけでいい』
「本当ですか?! 何かすいません!」
「それなら……寝なければ一晩でいけそうだな」
『やっぱりこのぐらい大きいと本職でも大変なのか』
「というより、大狼の素材丸ごとなんて普通持って帰るのが不可能だからな……魔法で雑に解体とか出来ねーし、素材の品質に影響しそうなマジックアイテムも使えねえ。ほぼ全て手作業だな。作業員総出で」
「査定も時間掛かりそうですねえ、品数もそうですし、この品質の出品自体がほぼないでしょうから」
『適当でいいぞ』
「あなたが良くても上が怒るんですよぉ!!」
そんな事言われてもな。
俺としてはむしろ早く現金化してしまいたさがある。
端的に言って邪魔なのだ、素材の山が。
第三夢幻回廊の素材も丸々残ってるからな。
大狼でこれなら──竜を丸ごと出したらシルバーは心臓止まるんじゃないだろうか?
買い取りお姉さんが叫ぶのは間違いないな。
『まあ、なんだ、頼んだぞ?』
俺はめんどくさくなったので全て投げる事にした。
解体+査定に時間が掛かるので以前貰ったような木札を貰った。
【シェリル ②】と書いてある、あのお姉さんはシェリルさんというのか。
とりあえず冒険者ギルドですべき事は終わった。
……終わったよな?
何かを忘れているような気がしたが、思い出せないという事はそれほど大した事でもないだろう。
俺は足早に冒険者ギルドから立ち去った。




