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24 餓獣の迷宮



 地図があるとはいえ必要な物を買い揃えるにはそれなりの時間が掛かった。

 買い物を終える頃には日が沈みかけ、更には小雨が降り始めていた。

 今から街を出た場合、急いでも迷宮に着く頃には日が暮れているだろう。

 そして、迷宮で一夜を過ごす事になる。

 たまにはそんな日があってもいいだろう。

 俺はイーストエデンの南から、記憶している迷宮への道を駆けた。


 イーストエデンから南にかけての街道は、ぎりぎり街道と呼べる程度のでこぼこ道で、今まで見て来た道に比べると同じ街と通じているとは思えない程杜撰(ずさん)な出来だ。恐らく、イーストエデンから見て西から北にかけてのコボルドとの戦いに必要な街道の整備が、ずっと優先されてきたんだと思う。普段森の木の上を走ったりしている俺からすれば、これでも充分上等な道だけどね。


 パラパラと降っていた雨はやがてバケツを引っくり返したかのような雨へと変わった。

 風が吹き荒れ、雷鳴が轟き、木々が風に吹かれぶつかり合う音も聞こえてくる。

 ただでさえ凸凹(おうとつ)の目立つ道が雨のせいで酷くぬかるみ、非常に歩き辛くなった。

 これは堪らぬと、あえて街道から外れ街道脇の草地を駆けた。

 五十歩百歩だが、こちらの方が幾分マシに思えた。


 周囲の光景が丘や草原から森へと移り変わってきた。

 そろそろ見えるはずだと期待した矢先に、見上げるほどの広葉樹、そして丸太のような木の根の近くに空く巨大な(うろ)。ココこそが俺の目指していた迷宮「餓獣(がじゅう)の迷宮」の入り口だ。


 迷宮に入る前に、転移魔法をマーキングする為にドレッドノートを呼ばないと。

 胸に手を当て彼女の名前を呼ぶ、今日は機嫌がイイと良いが……。


──来い、ドレッドノート!!


 何も無い中空から銀色の鮭が唐突に現われる。

 今日は機嫌が良さそうだ、雨が降っているから活性が良いのだろうか。


『よう、今日も迷宮に潜るぞ。新しい所だ』

[その前にー……、私に渡す物があるわよね?]

『何の事かな?』


 挨拶もそこそこに例のブツ(・・・・)を要求して来た相棒にすっとぼけてみる。

 すると、お嬢様鮭の機嫌が周囲の天気の様に急激に悪くなっていく、これは少し危険そうだ。

 今まで見た事のないような魚顔をしてやがる……。


『冗談だよ、冗談。でもいくらが中々見つからなくってね、明日以降また探してみるけど』

[えーっ、何なの?じゃあ、今日はご褒美無しなわけ?これだけ期待させておいて?]


 怒りというより失望を感じさせる声でドレッドノートが唸る。

 結構根気良く探しては見たのだが、今日は彼女の一番食べたかった物は探しても見つからなかった。

 だが一応相棒だし、機嫌を損ねないよう一応準備はして来たのだ。


『もちろん、代わりになる物を用意してきたよ。だが、それは休憩時間になったらのお楽しみだ』

[……何よ、焦らすわね。まあいいわ、ここにマーキングして迷宮に潜ればいいわけね?]

『そうだ、いつも通り頼むよ』


 ドレッドノートが木の洞の入り口に身体を擦りつけマーキングしていく。

 ──この時つけた匂いを頼りに後で転移するのだ、これも必要な行程だ。



 ランタンを片手に木の洞へ入っていく。

 空気はまどろみ微かに生ぬるい。

 頬を撫でる風が気持ち悪く、不快だ。

 床や壁は石造りではなく、絡み合った(つる)で出来ている。

 なので、歩き心地はあまり良くない。先ほどの街道よりは多少マシな程度の不安定さがある。

 要は足場が悪いのだ。


 周囲は深い闇に包まれている。

 所々に点在する蛍火花──光る花が周囲を仄かに照らすが、その光だけを頼りに探索するのは難しいだろう。俺の場合は愛剣の特殊性能のおかげで問題なく活動出来そうだが、ドレッドノートは俺と同じ様に動けない。結局ランタンは必要だ、きちんと周囲を照らしつつ探索を進めていこう。


『おっ、あったあった』

[何を見つけたの?]

『「(ビースト)の紅(・レッド)」っていう赤い花だよ、獅子のたてがみのような赤い花。今回これを三本採取する依頼も受けてるからな』

[そう、さっさと摘んじゃいなさいな]

『まあ、そう急かすな。摘んでる間周囲の警戒を頼む』


 壁際の床、入り組んだ蔓の合間に赤い花が見えている。

 近付いてみると結構生えている、5本ぐらいか。

 今回は黄石級の時とは違い、3本を三日以内に納品する依頼だ。

 無駄に何本も採取する必要は無いが……ちょっと試してみたい事があったから全部採取しておく。

 水とかげの迷宮で手に入れたはさみで花の部分だけ切り取った、花びらしか使わないみたいだからね。

 こうしておけばまた生えてくるかもしれない。一応、ハンドブックに書いている地図に×印で場所を書いておいた。


『あとは氷雪狐の氷舌をひとつと、依頼は受けてないけど蟹猿(かにさる)っていう珍しい魔物と出会えたら、そのハサミの中身が依頼で出てたから達成出来るんだよなー』

[なんで事前に受けておかないの?]

『滅多に現れないらしいからな。見つからなくて依頼未達のペナルティーを受けるより、納品できる状態で受けたほうが賢いでしょ。他のは割と頻繁に見つかるらしいから、先に受注してたけど』

[ふーん、結構めんどくさいのね]


 まあな。

 依頼を先に受けておかないと、他の冒険者に先を越されて依頼自体が無くなったりするけど。

 達成出来る見込みの薄い依頼を欲張って受注すると、冒険者ギルドからの信頼を失う。

 そこらへんの匙加減(さじかげん)は経験を積んで覚えていかないといけないだろうな。


 ランタンを片手に迷宮の奥へ進んでいると。

 天井がきらりと光った。

 足を止め、天井の光った部分をよく見てみると

 ──ランタンの光を受けてギラリと光る獣の眼光が見えた。


 天井を覆う蔓の壁の向こう側に、魔物が隠れられるスペースがあるようだ。

 あの瞳の持ち主は、獲物が何も知らずに通りかかるのを待ち構えているのだ。


『ドレッドノート、上だ。蔓の天井の上に魔物がいる』

[私の魔法を使う?]

『いや、俺の魔法で炙り出す。もし突っ込んできたら<銀壁>で受けて動きを止めてくれ』

[……分かったわ]


 自分が同時に展開出来る最大数、十五本の<雷槍>が俺の周囲に生まれ、天井を次々と穿っていく。

 敵は一匹だと思っていたが、どうやら思いの外大きな空間が蔓の天井の向こうに空いていたようだ。

 五匹ほどの(かに)のハサミと猿の身体を持つ異形が奇声を上げながら天井から降ってきた。


[……滅多に現われないんじゃなかったの?]

『軽口は後だ、行くぞ』


 俺は背中から緑色に光る剣、魔獣に対する特攻を持つ幸運剣を抜き放った。

 この剣は流星に比べて大分軽い、使用感を学ぶ為にもここらで使い慣れておくのがいいだろう。

 <雷槍>で足や胸を穿たれ、混乱している蟹猿に幸運剣を振るう。

 ……戦い辛い。異形の猿達は床の上を転げまわっている。

 床に寝転んだ相手に剣を振り下ろそうとしても中々上手く行かない。

 剣の性能が良過ぎるのか撫でるような刃の当たり方でも倒せてしまうが、これでは次に繋がらない。


 三体目に止めを刺す頃に、相手の背を足で踏みつけ、真上から突き刺して殺すという方法を思いついた。

 考えが至れば「こうするのが最適だ」と納得出来るが、意外とすぐには思いつかないものだ。


 蟹猿に止めを刺してすぐに依頼を受注した。

 これで後は冒険者ギルドの受付でハサミを渡せば良いだけだ。


 ……出現が稀と言われている魔物が群れて現われる。

 どうにもキナ臭い。

 魔物や動物というのは環境の変化に敏感だと言われている。

 この迷宮に、普段とは違う何らかの異変が起きているのかもしれない。


 それは吉兆なのか凶兆なのか。

 この迷宮に初めて訪れる俺に分かるハズが無い。

 どちらにせよ……進んでみれば分かる事だ。

 ランタンを掲げ俺達は更に奥へ足を進めた。



◆◆◆◆◆



 蔓で編まれた螺旋階段を二度抜け、第三階層に辿り着いた。


 二階では銀色の美しい体毛と裏腹に、禍々しい凶悪な顔つきの氷雪狐の群れ。

 金色の神々しい体毛と可愛らしい顔つきをしている癖に、集団で火を吐いてくる火炎狐の群れ。

 遠距離攻撃をしてくる嫌らしい狐達に大分手間取らされた。


 だが、ブレスの射程外から少しずつ着実に削り殺した。

 やり方さえ分かれば時間は掛かれど事故は無く、問題なく依頼に必要な舌を手に入れる事が出来た。


 第三階層はそれ以前の階層に比べて蛍火花が多く、それなりに明るい。

 妖精ちゃんが興味深そうに花に近付き、一本の花を抜いてきた。

 そして、その花に向けて指をくるくる回すと一瞬にして輝く花輪が出来上がった。

 それを頭に被るとこちらに向けてウィンクをしながらポーズを取って「どう?似合う?」とでも言いたげだ。言葉が通じているのかどうかも分からないので、とりあえず頭を撫でておいた。どうやら俺の行動は正解だったようでくすぐったそうに微笑んで楽しげだ。


 周囲が充分明るくなったので俺はランタンを魔法の袋に仕舞い、神秘盾を左手に構えた。

 また、第三階層は事前の調べによるとワーウルフという二足歩行の狼や、銀色の毛を持つ獅子が出るらしい。四足歩行をする獣と接近戦をする場合、魔法の援護なしで剣で戦うのは中々難しい。事前に<石化>を二本発動待機状態にしてストックしておき、使用したらその都度ストックを補充していこう。


 しばらく道なりに進むと前方から凄まじい速さで何かが駆けてきた。

 漆黒の体毛に二メートルを越える体躯を持つ人型の狼だ。

 恐らく件のワーウルフだろう。

 俺はすかさず発動待機させていた<石化>の魔法をワーウルフに向かって放つ。

 <石化>の影響を受けバランスを崩したワーウルフが前に転がる、俺はすかさず幸運剣で首を刺そうと試みた。ワーウルフは<石化>の影響を受けつつも、まだ僅かに動く腕を振るい抵抗しようとした。


 迫るワーウルフの爪が唐突に失速した。

 いや、遅く見えるようになった?

 その爪がどのような軌跡を描き俺に迫ろうとしているかが、手に取るように分かる感覚。

 唐突な変化に戸惑ったが、俺は自分の感覚を信じ爪を掻い潜った後にワーウルフの首を幸運剣で穿った。

 相変わらず意味不明な切れ味。

 いや、むしろ何らかの不可思議な魔法を使ったかのようにワーウルフの首が消し飛び、止めとなった。


 今の不自然な感覚は何だったのか。

 大抵俺の周囲で摩訶不思議な事が起きる場合は流星に特殊性能が増えた事による場合が多い。

 一応確認してみるも特殊性能は何も増えていない。そもそも総階層数は八十二と半端な数字だ。

 次に何らかの特殊性能が増えるとしたら総階層数が百に達した時や迷宮主を倒した時だろう。


(まあいいか)


 考えても分からない事はどれだけ時間をかけても分からない。

 そもそも、この現象が原因で助かることはあれど困る事は無さそうに思えた。

 いつか分かる時が来るだろう。俺は気軽にそう考える事にした。


 それから何度かワーウルフと戦った。

 ワーウルフは流星の特殊性能である身体強化・猫で強化された俺の感覚よりも優れた気配察知能力を持っているようだ。大抵相手のほうが先に気付き、俺達はそれを迎え撃つ形の戦闘が続いた。


 ワーウルフは時に二手に別れ挟撃してきたり、戦闘中に他のグループが参戦したりと中々厄介だった。

 そう言った場合は数匹を<石化>で足を止めさせ、動きの鈍っていない個体から相手にして数を減らす。

 又はドレッドノートに何匹か受け持ってもらって、着実に数的不利を解消しつつ戦っていった。

 このように説明すると楽勝に思えるかもしれないが、相手も馬鹿ではない。

 俺との戦闘で明らかな時間稼ぎをして、仲間の<石化>からの復帰を試みたりと中々小賢(こざか)しい。そういう場合は先に動きが鈍っている方を殺し、諦めて逃げようとするワーウルフの背を<雷槍>で穿った。


 第三階層での戦闘も大分慣れてきた頃合だった。

 蔓で出来た道の先に部屋らしきものが見えてきた。

 普段通り注意深く床や壁を見るが特に罠らしきものは無い。

 罠を探す視線の動きは……今まで散々罠で痛い目を見そうになってきた経験から培われてしまった。

 罠を警戒する割りに肝心な所で見落とし、ドレッドノートには見る目が無いと怒られがちだが。


 特に罠も見当たらなかったので俺は気軽に部屋に入った。

 何も無い、普通の空き部屋に見えた。

 俺に続いてドレッドノートと妖精ちゃんが部屋に入り


──唐突に上から迫る恐ろしい程の殺気。


 そして呪いの気配。

 俺はその呪いの気配を避けるように前へ転がり避けた。


[ああ……っ]


 急いで振り返り見上げてみると、天井から逆さに釣り下がるように巨大な白いカマキリがおり──その恐ろしく鋭く、死の呪いを込めた鎌でドレッドノートを捕らえていた。


『ドレッドノート!!!』


 思わず叫ぶ。

 ドレッドノートは捕らえられた後に<銀壁>を使用したようだ。

 鎌の棘が刺さる様は非常に痛ましいが、鎌の刃傷だけで死に至る事は無さそうに見えた。


 問題はその鎌に込められた驚異的な呪いだ。

 あの呪いは不味い、一刻も早く処置をしなければ明日の朝日は拝めないと思われるほどの呪いだ。

 今まで多くの人や道具、時には土地が呪われた様子を見てきたが──ここまで濃い呪いは初めてかもしれない。


 呪いには濃さと深さという物がある。

 濃さがその呪いに込められた思いの丈、憎悪の量を表し魔法で言う所の威力に相当する。

 深さとはその呪いがどれほど強く身体に定着しているか、治療の困難さや症状の進行具合を指す。

 あの白カマキリの憎悪の濃さは異常だ、一体何があればこんな呪いを使えるようになるのか。


 この状況で最適な魔法はアレしかない。

 俺は慎重に魔法を詠唱する。


『我が手の平で踊るに踊れ』


 妖精が見せた手本を思い浮かべる。

 あの時の魔力の流れ、そして動きを正確に真似る。

 緊迫した状況で研ぎ澄まされた感覚のおかげか、魔法は無事に成立する。


 <悪霊の手>によってドレッドノート(・・・・・・・)が俺の手元に呼び出される。

 俺は呼び出したドレッドノートを抱き抱え来た道を引き返そうとした。

 しかし、白カマキリも黙って俺を見逃すはずも無い。その鎌を掲げこちらを捕まえようと振り下ろした。しかし、唐突にその凶刃が弾き飛ばされた。妖精ちゃんが先ほどの<悪霊の手>を真似したのか、それともたまたま気が向いたのか、カマキリの恐るべき鎌を弾いてくれたようだ。


『ありがとう!!』


 俺は妖精ちゃんにお礼を告げると通路を爆走した。

 とりあえず邪魔が入らないだろうと思われる程度の距離を取った後、早速治療に移る。

 ドレッドノートの美しい銀色の皮に空けられた傷口に手を当て、神の奇跡を(こいねが)う。


『慈悲深き我らが主よ。仇敵に穢され傷つきし英雄へ、施しの光をお与え下さい』

『<浄化の光>』


 身体に満ちる聖気が、俺の祈りに呼応して目の前の呪いに作用していく。

 周囲に光が満ち、ドレッドノートの身体を蝕む呪いを浄化しようと試みる。

 しかし、白カマキリの呪いは安全を確保するまでの僅かな時間でドレッドノートに根深く侵食したようだ。

 アリアに対する治療のように、一瞬で浄化するには至らなかった。

 呪いを打ち砕こうとする<浄化の光>により一層多くの聖気を込める。

 身体の奥の奥、僅かな痕跡すらも残さない様に徹底的に呪いを殲滅するイメージ。

 いつの間にか頭の上に乗り、興味深気に見つめて来る妖精ちゃんに見守られながら……時間は掛かったものの無事呪いを解く事は出来た。


 しかし、ドレッドノートは凶悪な鎌で捕らえられた時の刃傷、そして呪いに蝕まれた事により疲労と傷を負っている。俺は再び神に祈りを捧げ、今度は傷の治療をした。無事治療を終えた後、身体中から力が抜けるような感覚を味わった。極度の集中状態から解放された解放感からなのか、ドレッドノートの命の危機が去った安心感からなのか、それともその両方なのか。このままベッドにでも飛び込んで寝てしまいたい所だが……ここは危険な迷宮の中だ、階層間を繋ぐ階段でもなければ結界を張っても安息は手に入らない。それに、どうしても殺さなければ気がすまない相手が出来た。寝ている場合ではないだろう。


[うっ……]

『ドレッドノート、少しだけここで休んでろ……すぐに敵を取ってくるからな』


 俺はドレッドノートを外套のフード部分に入れ、幸運剣を鞘に戻し静かに流星を抜いた。

 流星が蛍火花の光を受け、ギラリと光った。まるで俺に任せろとでも言っているようだ。

 俺は詠唱待機していた魔法を切り替え、ギラついた気持ちを出来る限り押さえつつも白カマキリのいた部屋を目指した。


 感覚を研ぎ澄ませ、音だけを頼りにするな。

 さっきは強化された耳だけを頼りに索敵を行い、息を潜め待ち構えていた白カマキリに気付けなかった。

 呪いの気配だけに頼るのもいけない。先ほどの戦闘で、鎌を振るう一瞬まで呪いの気配を奴は見せなかった。常に鎌に呪いを纏わせている訳ではなく、狩りをするその一瞬まで呪いの気配を隠すことが可能だと考えるべきだ。


 音も呪いの気配も当てに出来ない。

 恐らく今の俺ではどう注意していても先手を譲ってしまうだろう。

 それなら、後手に回って尚相手を上回る動きをするしかない。

 流星を握り締める右手に力が篭る、勝負は最初の一撃を防げるかどうかで決まるだろう。

 


 先ほど襲われた部屋に戻った。

 辺りを見回してみても白カマキリの気配は無い。

 どうやら移動してしまったようだ。奴は基本相手を待ち構える戦闘スタイルなのだろう。

 位置がばれているのにここに留まる理由もなかったはずだ。

 俺は奴を探すべく第三階層を彷徨(さまよ)う事になる。

 

 途中で何度も銀獅子やワーウルフを屠った。

 もはや数を数えるのもあほらしい。

 屠り、無造作に魔法の袋に突っ込み、また探索に戻る。

 奴は何処だ、俺が奴なら──どこで俺を待ち構える?

 収まらない殺意を胸に秘めつつ、俺はひたすらに迷宮を進んだ。


 やがて、ひとつの部屋に行き着いた。

 部屋の先にはこの迷宮の終着点、第四階層へ続く階段が見えた。

 普通の冒険者なら安堵の息をつきつつ仲間と微笑みあいながら次の階層を目指すだろう。


 ココダナ。

 俺ならここに罠を張る。

 迷宮の最深部へ行く為に必ず通らなければならない部屋。

 これほど罠を張るのに適した場所が他にあるだろうか?いや、ないだろう。


『万物に安らぎを与える闇の神、弱者に眠りを、強者から隠れ潜む安寧を与える慈悲の神よ』


 一言一言に想いを込め、神の秘蹟を希う。

 仇敵を討つ為の力を求めて。


『その恩寵を我が剣へ与え給え──祝福(ブレス)


 俺が信仰する闇の神の恩寵が流星に宿り、ギラリと輝いた。

 こころなしか、今までとは比べ物にならないほどの神威を感じる気がする。

 神は言っている、ここで奴を狩れと。

 俺にはそう思えてならなかった。


 息を潜め、部屋に足を踏み入れる。

 研ぎ澄まされた思考が、強襲が上から来るとは限らないと囁いて来た。

 この迷宮は床も壁も天井も、絡み合った蔓で出来ている。

 そして、その蔓の奥には──魔物が潜むスペースが存在している場合があるのだ。


 頬が疼き、危険を察した。

 どう避ける?前か?横か?それとも後ろか?

 もちろん前だ、避けられるとしたら後ろか横に飛ぶと奴は考えるだろう。

 人は逃げる際自然と元来た道へ逃げ込もうと考えるし、初見の時にあいつは俺が部屋の中ほどに入るまで誘い込んできた。奴は──白かまきりは俺の後方の床に潜んでいる以外有り得ない。


 俺は一瞬の思考の末迷い無く前へ向かって跳んだ。

 俺の元居た位置ならば、胴を刈り取れたであろう軌道を鎌が高速で通っていく。

 計算違いがあるとすれば、奴は俺の真下にいた。

 六本の足を使い蔓の床を突き破り、その巨体が姿を現した。


 凄まじい巨体だ。

 先ほどは天井に張り付いていたせいか、少し距離があった為これほど大きいと分からなかった。

 体高四メートルを越える巨体、その身体は白く、俺の知るカマキリより丸みを帯びた姿をしている。

 もう少し可愛らしいサイズをしていれば──花に擬態でもしていそうなカマキリだ。


 もはや不意打ちは諦めたのだろう、その鎌に呪いを帯びさせ、退路を塞ぐかのように立ち塞がる。

 俺はその太い胴体に指を向ける、発動待機状態にしていた魔法のひとつを発動させる。

 目の前に銀色の巨大な力の奔流が生まれ、混ざり合い、巨大な銀色の槍を形成していく。

 それは、俺の使える魔法の中で間違いなく威力だけなら最強──巨龍の外皮すら穿ち貫く魔法。


──<貫通(ペネトレイション)>


 全てを貫く銀槍は凄まじい速さで白カマキリに迫っていく。

 白カマキリはとっさに左の鎌で銀槍を受けようとしたようだ。


 白カマキリの鎌は溶ける様に一瞬にして消し飛んだ。


 しかし、鎌を差し込んだのは結果的に正解だったらしい。

 白カマキリは鎌を犠牲にして生み出した一瞬の隙に身体を横に反らせ<貫通>を避け



──それに合わせて肉薄し、振り下ろされた流星が迫る。


 加速する思考の中、狙うのはその首ひとつ。

 白カマキリが右の鎌を繰り出す暇なんて与えない。

 隙を見せたな、その間隙(かんげき)を縫わせてもらおう。


 神の与えた祝福は、神の怒りを体現するかのような暴威を秘める。

 迷宮の奥深く、見えるはずの無い流星が剣の軌跡として描かれた。

 唯一無二の相棒を傷つけた報いを受け、白い悪魔の首は断たれた。



 蔓の床に着地した後、振り返り残心する。

 白かまきりは狂ったように残った右鎌を振り回し、足もめちゃくちゃに動かしている。

 虫の生命力というのは恐るべき物だ、首を断っても直ぐには死なないようだ。

 ふと、切り離された白かまきりの頭から視線を感じた。


 その赤い瞳が俺を強く見つめている。

 その視線は熱を感じそうな程で、必死に俺を呪おうとしているのだろう。


 まあ、無駄なんだけどね。

 経験上俺に呪いは効かない、この世の全ての呪いを無効化出来るとまでは思い上がってないけど。

 今まで何度か個人的に恨みを買ったり、呪われた道具に直接手を触れてきたが、呪われた事が無い。

 そもそも、お前の呪いが俺に効くならドレッドノートを抱えた時に俺にも影響が出ていた筈だ。

 呪われた人間や道具に直接触れると、大抵呪いと言うのは伝染する物なのだから。


 その後もしばらく白カマキリは暴れたが、段々とその動きは鈍くなっていき。

 やがて、ピクリとも動かなくなった。

 俺は魔法の袋に白カマキリを収納した後、第三階層──第四階層間の蔓の階段で夜を過ごした。

 この迷宮の床は蔓で出来ているおかげで結界が貼り辛く、本来はドレッドノートと交代で夜番をして寝ようと考えていた。だが、ドレッドノートがこの状態だ。今夜は横になりつつも寝ずに過ごす事にした。



◆◆◆◆◆



[こんなに食べていいの?]

『ああ、好きなだけ食え』

[イヤッホー!]


 ドレッドノートは中々起きなかったが、目覚めるととても元気になっていた。

 思い出したかのように餌の無心をするので、出し惜しみしていたご馳走を振舞うことにした。


 この、黒光りする小さなコオロギがそうだ。

 釣り餌ではなく、貴族が観賞用の魚に与えるようの虫で、名を千寿コオロギと言うらしい。

 元々は不老不死の秘薬の材料になると言われていた為、このような大層な名前がついているようだ。

 当然、その不老不死の秘薬は伝説のようなもので、今ではそれが嘘だと証明されているらしいが。


 小さなコオロギをぼりぼりと食べているドレッドノート。

 どうやら食欲もあるようだし、もう問題無さそうだ。

 これで安心して迷宮探索の続きが出来るだろう。

 ドレッドノートが満足するまでコオロギを食べさせた後、迷宮主への挨拶に行くとしようか!




 ──餓獣の迷宮。


 常に飢えた獣達が徘徊する獣達の地獄。


 その最終階層である第四階層は比較的明るかった第三階層と対照的な、一切の明かりの無い暗闇に包まれている。飢えた獣達は、愚かにも光を点し迷宮の神秘を暴こうとする冒険者(よそもの)へ、光を頼りに……まるで光に(たか)る蛾のように寄って集って襲い掛かる。


 この第四層は今までの階層と違い、壁が無く道の無い、大広間のような形状をしているのだ。








『飛んで火に入る夏の虫だな』

[<炎色斑紋>]


 もしここが、未知の迷宮だったら結構危険だっただろう。

 でも、攻略済みの迷宮の場合は迷宮に挑む前に冒険者ギルドで情報の閲覧が可能だ。

 低階層しかないにも関わらず即死級の罠がある場合なんて特にね。


 一瞬にして真っ暗じゃ無くなった第四階層を炎の波が洗い流していく。

 蛇だの狐だの色々わちゃわちゃいるが……全てドレッドノートの魔法に焼かれ、その魂を焼き尽くされていった。ドレッドノートは、この階層みたいに開けた地形だと最強だよなあ。正直負ける気がしない。


 馬鹿な獣達の死骸を踏みつけつつ、一歩一歩、踏みしめるようにこちらへ迫る一匹の大狼。

 白いふわふわとした毛を纏い、こちらを射抜くかのような力強い視線を向ける目は、金色に輝く月を思わせた。この迷宮の主、古の冒険者からは森の守り神のようだと恐れられた大狼ホクレアだ。


 剣を構え、見つめ合う。

 睨み合いはしばらく続いたが、やがて示し合わせたかのように同時に踏み出し……


 一瞬の加速のあとぶつかり合う。

 魔力を地面にたたきつけ、急加速した俺の動きに当然の如くついてくる。

 その前足は途轍もない重さの神秘盾と全身鎧を纏った俺でも、うかつに受ければ身体が浮くほどだ。

 単純に、生き物としてのスペックが違いすぎる。


 単純に速く。

 単純に力強く。

 単純に生命力に満ちている。


 ドレッドノートが、俺が時間を稼いでいる間に<炎色斑紋>を放つ。

 ここは第三夢幻回廊ではない、迷宮主とサシで戦う必要は無いのだ。

 炎の波は大狼の魂に大打撃を与える、苦しげにグルゥと呻くと同時に前足で地面を叩くと、衝撃波が炎の波を退けていった。魔法に対して物理で対抗する、出来てしまう。それがホクレアという迷宮主であった。


 その様子を眺めつつ、魔力を剣の芯に伸ばしていく。

 幸運剣に魔力が芯から馴染み、その鋭さを増していく。


 ホクレアの重い前足が再び襲い掛かってくる。

 腰を落とし気合を込め弾いていった。


 真正面から受け止めるのは難しいが、受け流すように弾く事は可能だ。

 そして、何度かその攻撃を受け止め、目と身体が大狼の身体に馴れていく。

 

 繰り返された攻防からホクレアの前足の軌跡を読み解き、かわす。

 盾で弾かれるだろうと予想した前足がかわされ、月のような瞳が見開かれる。


『オラァッッ!!』


 そしてかわして隙を見せた前足を横から神秘盾で殴り飛ばす。

 流石に一撃で折るには至らなかったが……響くような手応えが返ってきた。

 中々手痛い痛手を負ったはずだ。


 思わぬ反撃に焦ったのか、ついにその大穴のような口を開き俺を丸呑みにしようと試みる。



 その瞬間を待っていたんだ!!

 あまりに高い位置にあり、あまりに速く動いてしまう。

 それ故に狙えなかった弱点を、自分から晒してしまったのだ。


 ホクレアの口が、蔓の床とキスをした。

 その大口が至る軌跡を読み切っていた俺は、ホクレアの左前足を足場に大きく跳躍し──下から切り上げるように幸運剣でその首を切り裂いた。


──その剣は魔獣に有効だ。


 その説明文に偽りなしの意味不明な切れ味は迷宮主にすら及ぶようだ。

 大狼の首は吹き飛び、何度か床を跳ね、やがて止まった。

 ここまで呆気無く倒せるなら無駄に動きを見る必要も無かったかもしれない。

 だけどイーストエデンへは半ば修行のような気分でやってきたのだ、学びを得る為には多少の遠回りも仕方ないよな。


 その後、これと同様の戦いを六度、計七回こなした。

 魔法の袋の中に素材の山を積み込め、ドレッドノートの魔法で地上に帰還した。


 周囲は既に暗闇に包まれつつある時間帯だ。今から宿を探すのは中々面倒そうだ。

 結局、その日は「餓獣の迷宮」のある大樹の傍で一夜を過ごした。

 一仕事終えた達成感を感じつつ食べる夕餉は、いつもより美味しく感じられた。


 目が覚めたら現実逃避していた宿探し、諸々の依頼報告と素材売却もある。

 面倒な事ばかりだが、ひとつひとつ着実にこなしていこう。

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