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前世で友達0人だった僕、男女比1:100の異世界で友達を作ろうとしたら婚約者が100人を超えていた ~淑女たちはクール(※内心は絶叫)~  作者: 中原九尾


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8/24

第8話 お弁当を交換しよう

★作者より

まだ投稿を開始して間もない若輩者でありながら、この作品のランキングは

・100 位 [日間]異世界転生/転移〔ファンタジー〕

と、大変ご好評頂いており、ありがたい限りです。

たくさんの方に読んでいただけて嬉しいので、感謝を込めてスピードアップします。

今日から完結まで、毎日2話投稿にします。

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

【リツ視点】


 入学して12日目の朝。日が昇る前に、僕は寮の厨房に立っていた。


 目の前には卵が30個ある。


 今日はお弁当を作る。


 青春小説で読んだ。昼休みに友達とお弁当のおかずを交換する。「その卵焼き、ちょうだい」「じゃあ唐揚げと交換ね」。たったそれだけの場面なのに、何回読んでもうらやましかった。


 前世の僕の昼ごはんは、ずっと病院食だった。塩分控えめで、全部同じ色の器に入っていた。


 一度だけ、母さんに言われたことがある。


「退院したら、お弁当作ってあげるね。卵焼き、甘いのとしょっぱいの、どっちがいい?」


 甘いの、と答えた。


 その約束は、結局果たされなかった。


 だから今日は、自分で作る。


 *


「リツ様。殿方が厨房に立たれるのは……」


 イルゼさんが僕の2歩後ろで言った。


 この前の野外実習から、イルゼさんは3歩後ろではなく2歩後ろを歩くようになった。理由を聞いたら「任務の見直しです」と言われた。


「殿方の心得の第41条ですよね。料理を人に出すなら、心を込めて作れって」


「……そう、読まれましたか」


「はい。だから、心を込めて作ります」


 イルゼさんは何か言いかけて、やめた。


 卵焼きの作り方は病室で読んだ料理本で覚えている。全部で12冊。読むだけで、一度も作ったことはない。


 知識は完璧だ。理論上は、プロの料理人と同じレベルのはずである。


 卵を割る。殻が入った。取る。また入った。取る。


 理論と実践はだいぶ違うらしい。


 4個目からは殻が入らなくなった。


 砂糖を入れて少しだけ塩を入れる。母さんに答えた甘いほうだ。


 フライパンに流して、端から巻いていく。最初の1本は、巻くというよりぐちゃぐちゃになった。料理番組なら、ここで「焼き上がったものがこちらです」ときれいな完成品が出てくるのに、この厨房には誰も用意してくれていない。


 2本目は少しましになった。5本目で、やっと卵焼きらしい形になった。


 焦げた失敗作は全部自分で食べた。


 甘くてちょっと苦かった。


 でも、おいしかった。


 全部で15本焼いて、形になった11本を3切れずつに切った。33切れ。


 1年A組の30人の分。エレオノーラ先輩の分。イルゼさんの分。それから、僕の分。


 僕と仲良くしてくれるかもしれない人が、少なくとも30人いる。1人1切れずつなら、全員と交換できる。


 イルゼさんの分を先に差し出した。


「味見、お願いできますか」


 イルゼさんは卵焼きを3秒見つめた。


 僕は少しだけ期待していた。料理漫画だと、こういうときに食べた人の口から光が出て、空に向かって「うまいぞー!」と叫ぶ。


 イルゼさんはなぜか目を閉じて受け取り、口に入れた。


 光は出なかった。


「……甘い、です」


「よかった。甘いのにしたんです」


 イルゼさんはそれきり、厨房の窓の外を見ていた。


 洗い物をしているうちに、中庭のほうから空気を切る音が聞こえてきた。窓からのぞくと、イルゼさんが剣を振っていた。いつの間に外へ出たんだろう。


 朝の素振りは毎日見ている。でも今日は、いつもよりずっと回数が多かった。僕が皿を全部洗い終わっても、まだ振っていた。


 甘すぎて目が覚めたのかもしれない。


 *


 問題は学園長通達の第1項だった。


 お弁当の交換は3m離れてはできない。


 なので朝のうちに生徒会室へ行った。


「先輩。昼休みに、1年A組の教室で、お弁当の交換をしたいんです。許可証をお願いできますか」


 エレオノーラ先輩は、机の向こうで固まった。


 しばらくして、ゆっくり口を開いた。


「……お弁当の、交換?」


「はい。僕が卵焼きを作ってきたので、みんなのおかずと1つずつ交換しようと思って」


「……手ずから、お作りに?」


「はい! 朝の4時から焼きました」


 先輩は引き出しから許可証の用紙を出した。


 書き始めてペンを止めた。


 もう一度書き始めて、また止めた。


 3回目でやっと書き終えた。字が少し震えていた。徹夜明けなのかもしれない。


「……昼休みに限り、許可します」


「ありがとうございます! 先輩の分もありますからね」


 先輩はペンを握ったまま動かなくなった。


 許可証を渡してくれようとしているのは分かる。でも右手がペンを握ったまま開かないらしい。先輩は左手で許可証をつまんで、僕のほうへ差し出した。


「手、つりました?」


「……つって、おりません」


「でも、ペン」


「つって、おりません」


 2回言われたので、僕はそれ以上聞かなかった。


 生徒会室を出るとき振り返ったら、先輩は左手で右手の指を1本ずつはがそうとしていた。きっと、書類仕事のしすぎだ。生徒会長は大変なのだと思う。


 *


 昼休み。


 僕は教壇の前に立って、お弁当箱のふたを開けた。黄色い卵焼きがぎっしり並んでいる。


「あの、お弁当の交換をしませんか! 僕の卵焼きと、みんなのおかずを1つずつ。生徒会長の許可はもらってます!」


 30人がいっせいに手を挙げた。


 前の麻雀のときと同じ角度だった。


「1つ渡して、1つもらう。等価交換です!」


 前世で読んだ漫画の、錬金術の基本だ。何かを得るためには、同じだけのものを差し出さなければならない。


 教室がしんとした。


 30人の手が挙がったまま少しだけ震えた。


 1人ずつ前に来てもらって、卵焼きを1切れずつお弁当箱のふたに載せていく。みんな、代わりに自分のお弁当から何か1つを僕にくれた。


 ロジーナさんは小さな焼き菓子をくれた。指が震えていた。


 コルネリアさんは薄く切ったハムを3枚くれた。1つずつの約束なのに3枚だった。商人の娘だから、おまけをつけてくれたのだと思う。等価交換は、開始1分で崩れた。ハムを置いたあと、コルネリアさんは帳面を開いて何かを書こうとした。ペン先が紙に当たったまま動かなくて、インクの染みがじわじわ広がっていった。


 リゼットさんはゆで卵をくれた。卵と卵の交換になった。リゼットさんは受け取った卵焼きを見て、帳面に何か書こうとして、書けずにいた。


 気がつくと机の端に小さな丸いパンが1つ置いてあった。誰がくれたのか、見ていなかった。焼きたてみたいに、まだ少しだけ温かかった。


 教室の入り口にはエレオノーラ先輩が立っていた。許可を出した以上は立ち会うと言って、来てくれたのだ。


 僕は取っておいた先輩の分の1切れを持って、入り口まで歩いていった。


 先輩は左手で卵焼きを受け取ると、代わりに小さな砂糖菓子を1つ、僕の手のひらに置いた。素手なのに、先輩の指は一度も僕の手に触れなかった。すごい技術だと思う。


 右手はまだ握ったままだった。


 全員に配り終えたとき、僕のお弁当箱は、みんなのおかずで山盛りになっていた。


 うれしかった。


 前世で何回も読んだ場面が、目の前にある。


 いや、そのままじゃない。本当なら「おいしい!」とか「甘い!」とか、そういう声が聞こえてくるはずだった。


 でも誰も、何も言わない。


 30人が卵焼きを載せたふたを両手で持ったまま、じっと見つめている。入り口の先輩も、左手の卵焼きを見つめている。誰も食べない。


「……あの、食べてみてください」


 僕は言った。それでも誰も動かないので、少しふざけてみることにした。


 前世で読んだ料理漫画の主人公が、料理を出すときに必ず言う台詞がある。自信満々で、ちょっと得意げな、あの一言。


「おあがりよ!」


 31人が同時に卵焼きを口に入れた。


 そして同時に止まった。


 しんとした教室で、31人分の咀嚼の音だけが小さく聞こえる。


 誰も、笑わなかった。


 誰も、おいしいとは言わなかった。


 昼休みの終わりの鐘が鳴ると、みんな静かに席に戻っていった。


 僕はみんなのおかずで山盛りになったお弁当を、1人で食べた。どれもおいしかった。ハムもゆで卵も焼き菓子も、丸いパンも。


 でも卵焼きがおいしかったかどうかは、誰にも聞けなかった。


 *


 放課後、寮に戻る廊下で、僕はイルゼさんに聞いた。


「イルゼさん。卵焼き、甘すぎましたかね」


「……いいえ」


「よかった」


「リツ様」


「はい」


「明日、婚姻院から……いえ。何でもありません」


 こんいんいん。


 聞き慣れない言葉だった。


――――――――――――――――――

【クラリッサ視点】


 王都婚姻院、申請受付係。クラリッサ。34歳。


 この窓口に座って12年になる。


 婚姻院の仕事は殿方と淑女の縁を取り持つことだ。この国では、殿方はおよそ100人に1人しかいない。だから縁組みは国が責任を持って行う。殿方館の殿方1人に対して、家柄と人柄を見て、婚姻院が淑女を選ぶ。


 淑女のほうから申請が来ることは、まずない。


 殿方に会う機会がないからだ。


 だから、この申請受付の窓口は暇である。12年で受け付けた申請は、合わせて7件。そのうち受理されたのは0件。


 暇な窓口の受付係は、暇なりに仕事を工夫する。私は12年かけて、受理の印を押す角度を極めた。本物の申請書に押したことは、一度もない。練習用の紙には、完璧な角度の印が1万2千個ほど並んでいる。


 その窓口に今朝、19通の申請書が届いた。


 全部が王立セレスタ学園からだった。


 *


 最初の1通を読んだとき、何かの冗談だと思った。


  友の契り 申請書

  申請者:王立セレスタ学園 1年A組 ****

  対象の殿方:リツ殿

  申請の理由:

  1.当該殿方は、入学の日に全生徒の前で「友達を作りたい」と表明された。(添付:学園新聞号外)

  2.当該殿方は、本日の昼休みに、手ずから作られた卵焼きを申請者に分け与えられた。

  3.当該殿方は、分け与えるにあたり「等価交換」と述べられた。生涯には生涯を、の意と解する。

  4.当該殿方は、申請者がそれを口にするにあたり「おあがりよ」と述べられた。「我が家にお上がりなさい」の意と解する。

  5.申請者は返礼として、自らの弁当より一品を殿方に献じた。


 落ち着きなさい、クラリッサ。


 お前は受付係だ。受付係は受け付けるだけだ。解釈するのは申請者の勝手で、受付係の仕事ではない。


 等価交換。生涯には生涯を。


 ……生涯には、生涯を。


 受付係の仕事ではない。


 申請者の名前はここには書かない。婚姻院の受付係には守秘義務がある。12年間、一度も使う機会のなかった守秘義務である。


 読み終えて2通目を開いた。


 ほとんど同じだった。3通目も4通目も同じだった。違うのは返礼の一品の欄だけだった。焼き菓子、ゆで卵、干し果物、チーズ、ピクルス。


 19通全部に同じ号外が添付されていた。


『殿方、入学初日に「友の契り」を公募』


 私は号外を3回読んだ。


 それから書庫に行った。


 *


 婚姻法は全部で386条ある。


 その大半は婚姻院が縁組みを取り持つための手続きだ。ただ一番古い部分には、まだ婚姻院がなかった時代の条文が残っている。誰も使わないので、誰も読まない条文だ。


 私は埃をかぶった原本を開いた。


 くしゃみが3回出た。12年分の埃だった。


 あった。


  婚姻法 第3条

  殿方が自ら友を求めることを公に表し、かつ手ずから作った食を淑女に分け与え、淑女がこれを口にして返礼を献じたときは、当該淑女の申請により、その者を当該殿方の婚約者とみなす。

  2 前項の申請は、殿方の署名を要しない。

  3 婚約者とみなされた者は、殿方の承諾を得て婚姻に至るまで、その地位を保つ。


 私は条文を5回読んだ。


 公に友を求める。号外がある。


 手ずから作った食を分け与える。卵焼きである。


 淑女が口にする。「おあがりよ」と言われて、全員が食べている。


 返礼を献じる。焼き菓子。


 全部そろっている。


 ……そろってしまっている。


 殿方の署名は要らない。


 つまり、受理するしかない。


 落ち着きなさい、クラリッサ。もう一度読みなさい。6回目。……そろっている。7回目。そろっている。8回目を読もうとして、やめた。何回読んでも、条文は同じことを書いている。


 この条文ができたのは、記録によると約400年前だ。殿方がまだ外を歩き、自分で料理を作っていた時代。殿方が自分の手で作ったものを女性に食べさせるのは、それだけで「生涯を共に」という意味だった。殿方の心得の第41条は、この条文の名残である。


 400年間使われなかった条文が、今朝19回使われた。


 *


 昼過ぎに私は19通に受理の印を押した。


 12年かけて極めた角度である。


 手が震えて3通目の印が少し曲がった。


 1万2千個の練習は、何の役にも立たなかった。


 婚約者登録簿を開いて、新しいページに書き込む。


  婚約者登録簿

  殿方:リツ殿(王立セレスタ学園 保護観察中)

  登録された婚約者:19名

  根拠:婚姻法第3条

  備考:殿方への通知は、保護責任者を通じて行う。


 殿方への通知。


 保護責任者の欄を見ると、2つの名前があった。王立セレスタ学園の学園長、オティーリエ殿。それから、専属護衛官のイルゼ殿。


 私は2人に宛てて通知を書いた。


 守秘義務を本日2回使った。12年分を、1日で取り返した気がする。


 *


 夕方、窓口を閉めようとしたとき、20通目の申請書が届いた。


 差出人の欄には王国騎士団の紋章があった。


 中を開けて申請の理由を読もうとしたとき、使いの者がもう1通の紙を差し出した。


「先ほどの申請を、取り下げるとのことです」


 取り下げ?


 申請書に目を落とす。返礼の欄は空欄だった。


 その代わりに理由の欄の最後に1行だけ書いてあった。


『味見を頼まれ、口にした。甘かった』


 その1行の上にていねいに線を引いて消してあった。


 線は1本ではなかった。3本引いてあった。3本引いても、字はまだ読めた。


 私は何も言わずに取り下げを受理した。


 受理の印は、今度はまっすぐ押せた。押したくなかったので、まっすぐ押せたのだと思う。


 *


 次の日の朝、学園長オティーリエ殿から返書が届いた。


 短い手紙だった。


  通知、確かに受け取りました。

  殿方ご本人へのお伝えは、本学園の判断により、当面は控えます。

  理由:ご本人は、友の契りを「一生の友達になる約束」だと思い込んでおられます。

  今「19名と友の契りが結ばれました」とお伝えすれば、「友達が19人もできた」と大変喜ばれるでしょう。

  そして喜びのあまり、また卵焼きを焼かれると思われます。

  申請がこれ以上増えるのを防ぐため、当面はお伝えいたしません。


 私はその手紙を婚約者登録簿の間に挟んだ。


 それから窓口の奥の棚を見た。


 申請書の用紙の在庫は、残り41枚だった。


 12年で7通しか届かなかった申請書が、1日で20通届いた。


 足りるだろうか、と思った。

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