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前世で友達0人だった僕、男女比1:100の異世界で友達を作ろうとしたら婚約者が100人を超えていた ~淑女たちはクール(※内心は絶叫)~  作者: 中原九尾
第二部 フレンド212人の向こうへ

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第52話 あの子がほしい

【リツ視点】


 入学して209日目の休日。遊戯部の部室で、学年末試験の勉強会をした。


 前の定期試験で、僕の歴史は12点だった。でも今回は違う。女王の札がある。


「第31代」


「芋の女王、ですわ」


「ピンポーン!」


 コルネリアさんの肩がびくっと跳ねた。


「……今の音は、何ですの」


「故郷のクイズの番組で正解すると鳴る音です」


 リゼットさんが帳面に『ぴんぽーん=正解の鐘』と書いた。


 問題を出すたびに3人の答えは速くなっていく。最後のほうは僕が「第」と言った瞬間に、3人がそろって「ピンポーン」と言った。答えより先に鐘が鳴っている。


 部室の隅から、小さな声がした。


「……ぴんぽーん」


 コルネリアさんに出題されて、僕が第56代の名前を答えたときだった。振り返ると、イルゼさんはまっすぐ前を見ている。


「イルゼさん、今」


「何も申しておりません」


 *


 210日目から4日間が学年末試験だった。


 歴史の問題用紙をめくると、知っている顔ばかりだった。名前を見ると札の絵が浮かんでくる。攻撃力まで浮かんでくる。それは要らない。


 結果は98点。


 1問だけ減点された。「第38代女王が定めたものを答えよ」に、僕は札の効果文をそのまま書いていたのだ。赤い字で『後半は不要』と書いてあった。


 魔法基礎は、また0点だった。


 解答欄に前回と同じことを書くのも悪いと思ってこう書いた。


『前回と同じです』


 答案の余白には、赤い字が2行あった。


『正直でよろしい』


『正直でよろしい』


 2行目だけ、字が少し違う。


 廊下で学園長が教えてくれた。


「殿方は魔法の実技を受けません。ですので魔法基礎は『正直』で評価します、と会議で申しました」


「それで、2行目を」


「学園長ですので」


 口の端が1mm上がった。


 僕は、2年生になれることになった。


 *


 214日目は卒業式だった。


 講堂の前のほうに3年生60人が並んで座っている。前世の僕は卒業式に出たことがない。送る側でも、送られる側でも。


 送辞は生徒会長のエレオノーラ先輩だった。先輩の声は講堂のいちばん後ろまで、まっすぐ届いた。


 式が終わると、卒業生の退場になった。


 殿方の席は1年A組の列のいちばん通路側にある。60人の列は、僕の前だけ3mの弧を描いて通り過ぎていく。


 それを見ていて、前世の漫画を思い出した。


 漫画では卒業式の日に、好きな先輩から制服の第2ボタンをもらうのが定番だった。心臓にいちばん近いボタンだから、「あなたの心をください」という意味になるらしい。


 この国の卒業式にも、あるのかな。


「イルゼさん。故郷では卒業式の日に、好きな人に上から2番目のボタンをあげるんです。心臓にいちばん近いからって」


 小声で言ったつもりだった。


 退場していた60人の足が、ぴたりと止まった。


 60人ぶんの目が、僕の上着の2番目のボタンに集まる。何人かが手を伸ばしかけて、あわてて引っこめた。列の後ろのほうでは、1人が膝から崩れ落ちた。


 2歩後ろからイルゼさんの手が伸びて、僕の上着の前をがっちり合わせた。


「……退場が、終わるまで」


 声が少しかすれていた。


「はい」


 みんな、ボタンが珍しいのかな。この国の制服はボタンが少ないのかもしれない。


 列はなかなか動かなかった。最後は先生たちが1人ずつ背中を押して、やっと講堂から出ていった。全員が振り返りながらだった。


 隣の席のリゼットさんの帳面には、大きな字で『第2ボタン』と書いてある。2ページ目は『心』の1文字だった。


 壇の上では、エレオノーラ先輩がこっちを見ていた。


 見ているのは僕の顔ではない。上着の上から2番目のあたりだ。先輩の唇が、ほんの少しだけ動いた。何かを数えるみたいに。


 あとで中庭で聞いてみた。


「先輩、さっき何か数えてました?」


「……来年の分を、少し」


 先輩はそれだけ言って、まっすぐ前を見た。右手がぎゅっと握られている。


 来年の卒業生の人数だろうか。生徒会長は、1年先のことまで考えないといけないらしい。


 ヘルガさんが2歩後ろから、何も言わずに先輩の指を1本ずつ開いていた。


 *


 215日目は終業式だった。


 1年目が終わる。僕にとっては、途中から入った1年目だ。


 放課後、僕は部室の壁に紙を1枚貼った。1枚目のやりたい遊びリストの隣だ。1枚目には全部の行に丸がついている。


  やりたい遊びリスト(2枚目)

  花いちもんめ

  椅子取りゲーム

  缶けり

  にらめっこ

  宝探し

  釣り

  肝試し

  借り物競走

  将棋

  ……


 いちばん下の1行だけは紙を折って隠してある。


「リツ殿。その折ってある行は」


 コルネリアさんが聞いた。2歩後ろのイルゼさんは前を向いている。前を向いているのに、目だけが壁のほうへ寄っていた。


「最後に書いたやつは、まだ秘密です」


 コルネリアさんの帳面にインクの染みが1つ増えた。


 *


 216日目。春休みの初日で、休日だ。


 僕は6人を招いた。


 婚約者のままを選んでくれた6人だ。


 2年B組のアグネス先輩とザビーネ先輩。1年A組のヨハンナさん。王都の花屋のリーザさん。赤い馬車の御者のマルタさん。それから購買部の売り子のイーダさん。


 6人とも、顔と名前は分かる。


 でも、思い出が1つずつしかない。


 アグネス先輩は芋煮のときに木の実をくれた人。ザビーネ先輩は同じ日に髪のリボンをくれた人。ヨハンナさんは芋煮を3回おかわりした人。リーザさんは学園祭で花を置いていってくれた人。マルタさんは刺繍のハンカチの人。イーダさんは雪灯り祭りの夜、星の焼き菓子のお礼に飴を1つくれた人だ。


「今日は、6人との思い出を2つ目にしたいんです」


 部室の入り口で6人がそろって固まった。


 ヨハンナさんの両手が、見えないお椀を差し出す形で止まっている。リーザさんは持ってきた花束を胸に抱いたまま息をしていない。アグネス先輩は右手を上着のポケットに突っこんだ。


 みんな、休日に呼ばれて緊張しているのだと思う。


 友の組はコルネリアさんとリゼットさんとロジーナさんとイルゼさん。それから立会いのクラリッサさん。休日なのに、受付の判子を持ってきていた。


「念のためです」


 部室に12人は入らないので、寮の裏の芝生に出た。


 部室を一歩出た瞬間、6人がばっと散った。全員が僕からきっちり3m。常設許可証は部室の中だけだ。


 *


 花いちもんめの決まりを説明した。


 2つの組が向かい合って手をつなぐ。歌いながら前に出て下がる。「あの子がほしい」と歌ったら、それぞれの組で輪になって誰がほしいか相談する。


「相談は、相手の組に聞こえないように内緒でするんです。そこがいちばん楽しいところです」


 決まったら、呼ばれた2人がじゃんけんをする。負けた人は相手の組に移る。


「お手本で、1回歌いますね」


 僕は婚約者の組のほうを向いて歌った。


「あの子がほしい」


 6人のうち3人が、その場に座りこんだ。


「あっ、違います! まだ誰のことでもないです!」


 アグネス先輩とリーザさんとヨハンナさんだった。3人とも、座ったまま平静な顔をしていた。顔だけは。


 この国の人は、歌を聞くと座る習慣があるのかもしれない。


 *


 組を分けるとき、僕はどちらに入るか迷った。


 友の組の人には友達で、婚約者の組の人には婚約者だ。


 とりあえず真ん中に立って1回目を始めた。両方の組が相談して、両方の組が同時に言った。


「リツ殿が、ほしい」


「リツ殿が、ほしい」


 芝生が静かになった。


「……僕、両方の組です」


 真ん中に立ったまま、そう言った。クラリッサさんが眼鏡を押し上げて少し考えた。


「前例はございませんが、遊戯ですので、受理いたします」


 イルゼさんは僕の2歩後ろに立った。


「護衛官は、組をまたげませんので」


 それで真ん中は2人になった。


 *


 2回目からは、僕は両方の組の相談に入った。


 友の組の相談は、普通に肩を寄せてひそひそ話す。


 困ったのは、婚約者の組だ。


 婚約者の6人は僕から3m離れなければならない。だから相談の輪も、僕を真ん中にした半径3mの大きな輪になる。


 そんなに離れていたら、ひそひそ話は届かない。


 6人は顔を見合わせた。それから大声で相談を始めた。


「コルネリア様がよいと思います!」


 最初に叫んだのはアグネス先輩だった。


「コルネリア様がこちらの組に来れば! 殿方のお隣が、1つ空きます!」


 部室でいつも僕の隣の席にいるのは、コルネリアさんだ。その席を空けたい、という相談らしい。


 芝生の向こうで、コルネリアさんのペンが止まった。


「お嬢様は困ります! わたし、お嬢様の店の売り子です!」


 イーダさんが叫び返す。リーザさんが手を挙げた。


「ではロジーナさんは! ロジーナさんの描いた、殿方の後ろ頭の絵を! わたし、号外から切り抜いて毎晩枕元に!」


 そこまで叫んでから、リーザさんは口を押さえた。


 内緒の相談のはずが、全部こっちに聞こえている。


 友の組にも、もちろん聞こえていた。ロジーナさんの手の中で筆がぽきんと折れた。ロジーナさんはそのまま両手で顔を覆った。コルネリアさんの帳面では、インクの染みが手のひらくらいまで広がっている。


 リーザさんは真っ赤になって固まった。アグネス先輩も、叫んだ形の口のまま動かない。


「あの、聞こえてます。全部」


 僕が言うと、リーザさんとアグネス先輩がそろってしゃがみこんだ。


 枕元に絵を置くのは、たぶんお守りみたいなものだと思う。前世の病室でも隣のベッドの人がお孫さんの絵を飾っていた。


 相談の結果は「コルネリア様がほしい」になった。イーダさんは最後まで反対していた。


 友の組は「アグネス先輩がほしい」。こっちは僕が提案して、本当にひそひそ声で決めた。


 じゃんけんは、アグネス先輩が勝った。


 コルネリアさんが婚約者の組に移る。移るときに、帳面から再申請用紙が1枚落ちた。コルネリアさんは3秒で拾った。


「使いませんわ。遊戯ですので」


 *


 3回目。友の組は、もう1回アグネス先輩を呼ぶことにした。


 僕も真ん中から友の組と一緒に歌った。


「アグネス先輩が、ほしい」


 アグネス先輩の背中が、まっすぐ伸びた。


 先輩は右手をポケットに入れて何かを取り出した。そのまま両手で僕のほうへ差し出す。


 干し肉だった。


 芝生じゅうが止まった。


 クラリッサさんが判子を持って一歩前に出た。


「殿方が名を呼ばれましたが、申請書がございませんので、成りません」


 判子には朱肉までついていた。押すところがない。クラリッサさんは少し迷ってから自分の友達手帳を出して、そこに押した。眼鏡がずれた。


「……今のは、なかったことに」


 アグネス先輩が言った。


「はい」


 干し肉は、ものすごい速さでポケットに戻った。


 先輩は干し肉が好きなのだと思う。好きなものを人に分けようとするのは、いい人だ。


 *


 そのあとは組の人数がどんどん入れ替わった。


 マルタさんは呼ばれると「ひと回りしてから決めます」と言って、寮のまわりを走っていった。戻ってきてグーを出して、負けた。


 ヨハンナさんは勝つたびに、両手で見えないお椀を差し出す形で固まる。おかわりの形だ。


 ザビーネ先輩にも、じゃんけんの番が来た。


「先輩、何を出すか決めました?」


 先輩は黙ったままパーを出して、勝った。


 イーダさんは最初、芝生の端で見ているだけだった。僕は3m手前まで行って、声をかけた。


「故郷の運動会の看板に、大事なのは参加することだって書いてありました」


「……参加費は、おいくらで」


「タダです」


「では、参加します」


 イーダさんは、自分の胸に『参加』と書いた紙を貼った。値札らしい。


 組が勝つたびに、僕は真ん中で拳を空に突き上げた。前世のスポーツ漫画の勝ったときのポーズだ。でも僕は両方の組なので、反対の組は負けている。右手で拳を上げて左手でうなだれる。


「リツ殿。そのお姿は、勝ちですの、負けですの」


「両方です」


 最後は友の組が2人、婚約者の組が7人になった。どちらが勝ったのかは誰にも分からない。


 *


 日が傾いてきたころ、みんなで芝生に座った。6人は3m離れて、扇の形に座っている。


「聞いてもいいですか。婚約者のままでいる理由」


 最初に答えたのはヨハンナさんだった。


「婚姻院から説明の書状が届きました。友になっても卵焼きは食べられる、と」


「はい。食べられます」


「ですので、婚約者のままでも食べられるなら、このままで」


 リーザさんがうなずいた。


「わたしも、同じです。姉は友になりました。わたしは、このままで」


 2人とも卵焼きの話しかしていない。ヨハンナさんの両手は、また見えないお椀の形になっていた。


 マルタさんとイーダさんとザビーネ先輩は「もう少し考えたい」だった。


 ザビーネ先輩はしばらく黙っていた。それから、じゃんけんのときの質問に答える。


「……チョキに、するつもりでした」


 答えるのが少し遅い人らしい。


 最後はアグネス先輩だった。


「殿方の初めての縁組みの相手として、名前を残したいので」


 申請書の理由の欄と、同じ言葉だった。


 先輩はそれ以上言わなかった。右手はポケットに入ったままだった。


「分かりました」


 僕はうなずいた。


「選んでくれたなら、大事にします。それと、思い出が2つ目になりました」


 アグネス先輩のポケットの中で、何かがぎゅっと握られた音がした。


 部室に戻って、2枚目のリストのいちばん上の行に丸をつけた。


 花いちもんめ。


 折ってある最後の行の前で、イルゼさんの目がまた少しだけ寄っていた。


――――――――――――――――――

【アグネス視点】


 セレスタ学園2年B組、アグネス。17歳。


 本日、私は殿方に「ほしい」と言われた。


 花いちもんめという遊びの、歌の中で。


 *


 あの歌は、ずるい。


 お手本で殿方が「あの子がほしい」と歌われたとき、私の膝は勝手に芝生へ下りた。


 落ち着け、アグネス。誰のことでもないと殿方がすぐにおっしゃった。


 古い恋歌にも「ほしい」はない。「お慕いしております」も「待っております」もある。けれど殿方のほうから淑女を「ほしい」と言う歌は、どこにもない。それを殿方は、春の芝生で普通の声で歌われた。


 座りこんだのは3人。3人とも平静の顔のままである。顔だけは平静である。


 ポケットの中で、干し肉を握っていた。


 野営訓練のあと、2年B組では干し肉を持ち歩くのがはやっている。グンヒルト教官の真似である。何かもらったら何か返す。私の手は、もうそういう手になってしまった。


 *


 卒業式の日のことも書いておく。


 殿方は、小声のおつもりだった。講堂じゅうに聞こえていた。


 好きな人に、心の臓にいちばん近いボタンを。


 60人の先輩方が止まった。私も在校生の席で止まった。止まったまま殿方の上着のボタンを上から数えた。1つ、2つ。あれだ。あの2番目が、殿方の心の臓のいちばん近くにある。


 落ち着け、アグネス。あれはボタンである。ただのボタンである。


 ……殿方の心の臓の上のボタンである。


 先輩方の中には手を伸ばしかけた方がいた。膝から崩れた方もいた。気持ちはよく分かる。私も、在校生の席で椅子の端を握っていた。


 来年は、私があの列を歩く。


 あのボタンは1つしかない。壇の上の生徒会長様も、来年は卒業される。生徒会長様の唇が数を数えていたのを、私は見た。


 数えたくなる気持ちは、よく分かる。


 *


 大声の相談は、一生の恥である。


 3m離れて輪になると、声を張らねば届かない。最初に叫んだのは私だった。


「殿方のお隣が、1つ空きます!」


 叫んでから気づいた。殿方は輪の真ん中におられる。両方の組なので。全部聞いておられる。


 殿方の隣を空けたいなどと、殿方の真ん前で叫んだ淑女は、この国の歴史に私1人である。


 落ち着け、アグネス。……落ち着けるわけがない。リーザは枕元の話まで叫んだ。2人並んで、しゃがむしかなかった。


 ほんとうは、殿方の名前を叫びたかった。1回目にもう叫んでいたので、やめた。


 *


 殿方が、私の名前を歌われた。


「アグネス先輩が、ほしい」


 殿方の声で、私の名前の後ろに「ほしい」がついた。


 気がつくと、干し肉を両手で差し出していた。返礼の形である。名を呼ばれた。だから返す。私の手は、そういう手になってしまっている。


 受付係の方が「成りません」と言った。


 ほっとした。


 少しだけ、残念だった。


 どちらが本当かは、自分でも分からない。干し肉が出てきたのは、たぶん残念のほうである。


 *


 理由の欄に書いた言葉は、嘘ではない。


 ただ、言葉が足りない。


 芋煮の日。2年B組の19人は椀を受け取って固まった。最初に口をつけたのは私である。最初に返礼を置いたのも私だ。ポケットにあった木の実を1つ。


 私は何をしても2番目かそれより後の淑女である。試験の順位も徒競走も。ただ殿方のことだけは最初だった。


 殿方の友達は150人を超えたと聞く。春になれば新入生が60人来る。友の帳面には、これから何百人も名前が並ぶ。


 婚約者の帳面には6人しかいない。6人なら、殿方は全員の名前と理由を言えるだろう。卒業しても、そこなら私の名前は減らない。


 初めての縁組みの相手、というのは、そういう意味である。


 落ち着け、アグネス。殿方の縁組みなど、どこにも決まっていない。決まっていないものの「初めて」を名乗るのは図々しい。


 ……図々しいのは、知っている。


 *


 夕方、図書室へ本を返しに行った帰りに学園長室の前を通った。


 扉が少し開いていた。男性保護局の封蝋のついた書状が、机の上にある。


 学園長が殿方に何か告げておられた。


「ノルベルト殿の入学が、許されました。局長の署名つきです。条件はございますが」


「本当ですか!」


 殿方は廊下へ飛び出して、寮のほうへ走っていかれた。2歩後ろを騎士様がそのまま走っていく。


 春から殿方は2人になる。新入生は60人。殿方の周りは、また人でいっぱいになる。


 学園長が廊下に出てこられて、私に気づいた。


「アグネスさん。本日は、楽しかったですか」


「……はい」


「では、それも思い出に数えなさい」


 学園長は印を指で2回叩いて部屋に戻られた。


 *


 夜、寮の部屋で数えてみた。


 芋煮の日の、木の実が1つ。今日の、花いちもんめが1つ。


 思い出は2つになった。


 殿方は「思い出が2つ目になりました」とおっしゃった。2つ目、と。殿方のほうでも、数えてくださっていた。


 枕に顔を押しつけて少しだけ足をばたつかせた。17歳の淑女のすることではない。誰も見ていないので、よしとする。


 卒業まで、あと362日。


 ポケットの干し肉を出して、自分で食べた。


 返礼は、まだ取っておく。

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