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前世で友達0人だった僕、男女比1:100の異世界で友達を作ろうとしたら婚約者が100人を超えていた ~淑女たちはクール(※内心は絶叫)~  作者: 中原九尾
第一部 「友達になってください」は求婚でした

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第50話 友達は100人を超えていた

【リツ視点】


 入学して202日目の休日。朝から、遊戯部の部室がいっぱいだった。


 寮の旧物置だった部屋だ。4人用の古い机と、椅子が4つ。本当は6人も入れば窮屈になる。


 今日は、20人くらい入っていた。


 コルネリアさん。リゼットさん。ロジーナさん。エレオノーラ先輩とヘルガさん。ズザンネさんはパンの籠を持ってきてくれた。籠のパンは、もう3つ減っている。


「イルゼさん、今、1つ食べましたよね」


「……毒見です」


 念入りに、だそうだ。


 ミアさんとドーラさんは鎧のまま壁ぎわに立っていた。ミアさんは壁のほうではなく、ちゃんとこっちを向いている。ドーラさんの兜は部屋に入るときに1回落ちた。グンヒルト教官は天井に頭が当たらないように少しかがんでいる。学園長は顧問の席。笑った顔の印のある辺だ。クラリッサさんは休日なのに受付の判子を持ってきていた。


「念のためです」


 廊下にも並んでいた。窓の外にも並んでいた。窓の外には、整理券1番の子とお母さんの顔も見える。


 壁のやりたい遊びリストを見上げる。


 上から順番に丸がついている。麻雀。大富豪。しりとり。すごろく。リバーシ。かくれんぼ。鬼ごっこ。ほかの遊びも、全部。


 丸がついていないのは、いちばん下の1行だけだった。


『放課後、みんなでしゃべる』


 *


「先輩。3mの決まりって、今どうなってるんですか」


 僕が聞くと、エレオノーラ先輩が懐から紙を出した。


「昨日、通達第1項に1行足しました」


 紙には先輩の字でこう書いてあった。


『ただし、殿方の友は、この限りではない』


「起草したのは私ですので。直すのも、私の務めです」


「じゃあ、廊下でも?」


「廊下でも。中庭でも。食堂でも」


 先輩はまっすぐ前を見たまま言った。顔に、少しだけ出ていた。


 紙を持つ右手の指が、少しだけ曲がったままだった。


「先輩、手、つりました?」


「……つって、おりません。昨日の夕方からこのままなだけです」


 それは、つっているのではないだろうか。


 ヘルガさんが無言で先輩の右手を取って指を1本ずつ開いた。紙が開いた手のひらに残った。ヘルガさんはそれを丁寧にたたんで、先輩の懐に戻した。


 *


 友達帳を開いた。


 雪灯り祭りの日に、コルネリアさんがくれた帳面だ。


 最初のページのいちばん上に、コルネリアさんの1行がある。


『ここに、殿方のお友達の名前をお書きください』


 その下に、アルフォンスさん、エミールくん、ノルベルトくん。通知の日に書いた3人だ。4人目のところで僕のペンは1回止まっている。


 次のページからは改正の日に印を押した人たちの名前が続く。エレオノーラ先輩が1番目で、イルゼさんが最後だった。


 今日、そこにまた名前が増えた。


 婚約者のままを選んでいた人のうち2人が申請書を出し直しに来たのだ。書き方が分かったそうだ。クラリッサさんがその場で受理の判を押した。僕は2人の名前を呼んで星の印を押した。


 それから、学園長が来た。


「顧問ですので。部員の友でないと、示しがつきません」


 学園長はそう言って申請書を机に置いた。


 理由の欄は空いていた。


「学園長、理由の欄が」


「今、埋めます」


 学園長は胸のポケットから小さな印を出した。考えごとをするとき、いつも指でとんとん叩いている印だ。


 学園長はそれをクラリッサさんの朱肉に一度だけ押しつけた。


 それから、理由の欄に押した。


 紙を持ち上げる。


 丸い顔に、目が2つ。両端の上がった口。


 机の角に彫ってある笑った顔と、同じ顔だった。


「それ、机の印と……」


「卒業の日に、もらいました」


 学園長は印面についた朱を指でそっと拭った。


「押したのは今日が初めてです。46年、押すところがありませんでしたので」


 クラリッサさんが申請書をじっと見ていた。眼鏡が少しずれた。


「……理由の欄に、印のみ。受理いたします」


 判がまっすぐ押された。僕は学園長の名前を呼んで、星の印を押した。


「オティーリエさん」


 学園長の口の端が動いた。1mmではなかった。


 部屋の後ろのほうで、グンヒルト教官が天井に頭をぶつけた。


 *


 数えた。


 156人。


「多すぎて、エンディングのスタッフロールが長くなりそうです」


 僕が言うと、コルネリアさんが帳面にすばやく何か書きこんだ。


「スタッフロール、とは」


「最後に、一緒に遊んだ人の名前が全部流れるんです。下から上に、ゆっくり」


「156名ぶん、ゆっくり」


「はい。たぶん、歌が1曲終わっちゃいます」


「……では、いずれ商品にいたしますわ。名前入りの巻物で」


 コルネリアさんはもう巻物の長さを計算している。今日は計算が合っているらしい。


 *


 昼前に扉が叩かれた。


 灰色のフードの人が立っていた。後ろに、白髪まじりの短い髪の騎士さんがいた。


「人違いです。失礼いたします」


 ゲルトルートさんが、まだ誰も何も言っていないのに言った。


 灰色の淑女は黒い小さな箱を抱えていた。


 部屋じゅうの人が静かに膝をついた。廊下の人も窓の外の人も。誰も女王様だとは言わなかった。


「通りすがりの者に、膝は要らぬ」


 灰色の淑女が言うと、みんな同じ速さで立ち上がった。練習したみたいにそろっていた。


「灰色の淑女さん。今日はどうしたんですか」


「決裁に来た」


 灰色の淑女はフードを下ろさないまま、机の上に箱を置いた。


 保留の箱だった。


「余の箱には、まだ2枚残っておる。第1号と、第3号である」


 灰色の淑女は自分のことを余と言った。誰も何も言わなかった。


――――――――――――――――――

【女王視点】


 ルーメリア女王国、第56代女王、エルフリーデ。


 本日、余は通りすがりの者として決裁を2つした。


 それから、名を呼ばれた。


 *


 箱のふたを開けた。


 底に、獅子の耳が1つ転がっている。玉座の肘掛けから余が欠いた耳である。紙は2枚。


 机の端に申請書が1枚出ていた。理由の欄に朱の笑った顔がある。


 オティーリエの印だ。


 誰が彫ったのか、余は聞いておらぬ。だが線の癖は分かる。物置の机の、冠の印と同じ小刀の線である。


 あの印が紙の上にあるのを、余は初めて見た。余だけではないはずである。


 オティーリエは余の視線に気づいて印を2回叩いた。叩いただけで何も言わなかった。


 *


 箱から第1号を出した。


 200日あまり箱の底にあった紙である。端が少し黄ばんでいた。


  保留案件 第1号

  件名:殿方による素手の握手

  対象:東部警備隊 イルゼ(現・専属護衛官)

  日時:殿方がこの国に来た日。ハイネ平原にて


「騎士。そなたの報告書には、こうあった。『保護の際、当該殿方より素手による握手あり。婚約の申し込みに該当するか、ご判断を仰ぎたい』」


 騎士は殿方の2歩後ろで膝をついた。


「……はい」


「余は200日、判断しなかった」


 狭い部屋が静かだった。


「判断すれば、どちらかになる。婚約の申し込みとすれば、騎士は受けたことになる。男性保護法第21条により、護衛官を外れる。申し込みでないとすれば、殿方のあの手は何でもなかったことになる」


 余は殿方を見た。


「どちらも、よくないと思った。だから箱に入れておいた」


 殿方はうなずいた。顔に、全部出ていた。


「今は、第3条の2がある。友というものが、この国の法にある」


 余は第1号の余白に、ペンで書いた。


『決裁。殿方がこの国の決まりを何も知らずに差し出した手は、求婚ではない。友を求める手である。よって当日の握手は友の挨拶とみなす。第3条の2の趣旨をさかのぼって当てはめる』


「騎士。そなたは、殿方の最初の友である」


 騎士は膝をついたまま、動かなかった。


 殿方が振り返った。2歩後ろだった。振り返れば、すぐ顔の見える距離である。


「イルゼさん。1人目だったんですね」


「……そのようで、ございます」


「最初の日から」


「……はい」


 騎士の顔は何も言っていなかった。ただ、耳だけが赤かった。


 第21条には触れぬ。騎士は、明日からも護衛官である。


 *


 次に第3号を出した。


  保留案件 第3号

  件名:殿方による友の契りの申し出(対象:余)


 余白には28日前に余が書いた字があった。


『14日後、決裁』


 14日はとうに過ぎていた。公布の日から今日まで待った。改正の日の行列に、女王が並ぶわけにはいかぬ。


 代わりにゲルトルートが並んだ。友達手帳は限りの300冊で、299冊目が余の分になった。ゲルトルート自身の分は売り切れていたそうだ。


「失礼いたします」


 ゲルトルートは、まだ誰も何も言っていないのに言った。


 殿方が余を見ていた。


「灰色の淑女さん。あの、もう1回、言ってもいいですか」


「申せ」


「女王様。僕と、友達になってください」


 灰色の淑女、と呼ぶのを、殿方は忘れていた。


 誰も何も言わなかった。ゲルトルートが小さく咳をした。


 もう1回申せ、と言いたい。


 余の癖である。母上の癖である。図星のときと、何かを決めるときに出る癖である。今は両方である。もう1回聞けば、もう1回言ってもらえる。2回目は、1回目より少しだけ長く聞いていられる。


 落ち着け、エルフリーデ。


 1回で受け取るのが、友である。


 余は、聞き返さなかった。


「……決裁。友とする」


 余は余白にそう書いた。


 それから手袋をはめた右手を差し出した。殿方も胸のポケットから手袋を出してはめ、その手を取った。


 挨拶の握手である。余が布告した。


 手を離したあとで余の指先が少しだけ握られた。前にも、こうなった気がする。


 *


 申請書は持ってきてあった。余の字で書いた。


 殿方は申請者の欄を読んで、首をかしげた。


「通りすがりの者……さん?」


「名を呼ばねば、成立せぬのであろう。第3項である」


 受付係が眼鏡を直して、うなずいた。


 殿方は少しだけ考えて余の手帳を開いた。それから余を見る。


「エルフリーデさん」


 ゲルトルートが剣の柄を握った。抜きはしない。


 余の名を呼ぶ者は、もうおらぬものと思っていたのである。


 20年前、母上が亡くなってから、余は「陛下」であった。名は書類の末尾に書くものであって、呼ばれるものではなかった。


 殿方は余の手帳に星の印を押した。少しだけ斜めである。


 受付係が受理の判を押した。こちらはまっすぐであった。


 *


「では、遊ぶか」


 余が言うと、殿方が目を輝かせた。


「まーじゃんですか」


「この机で、余はまだ打ったことがない」


 机は4人用である。


 余は冠の印の前に座った。殿方は筆の印の前。大会の決勝と同じである。


「商会の娘。鍵の席に座れ。そなたは帳簿の鍵を預かる者であろう」


「……光栄ですわ」


 商会の娘は帳面を膝に置いて座った。


 笑った顔の印の前には、オティーリエが座っていた。


 オティーリエが、立った。


「その席は、この部屋でいちばんよく笑う者の席です」


「では、学園長が」


 商会の娘が言った。


「私は今朝、印を押しました。今日の分は、もう笑いました」


 オティーリエは騎士を見た。


「次の者に、譲ります」


 騎士は動かなかった。


「……私は、護衛官ですので」


 殿方が2歩後ろを振り返った。


「イルゼさん。友達としても、座ってください」


 騎士は少しだけ迷ってから、椅子に座った。


 笑った顔の印の前に。


 ずっと殿方の2歩後ろに立っていた騎士が。


 騎士は笑わぬ者である。


 余も、そう言われておった。


――――――――――――――――――

【リツ視点】


 イルゼさんは牌の並べ方を1回も間違えなかった。


「イルゼさん、麻雀やったことあるんですか」


「ございません。見ておりました」


 200日近く、2歩後ろで。全部の局を。


 見張りの記憶術だった。


 サイコロを振ると、灰色の淑女さんが最初の親になった。


「余は、いつも親である」


 王様ゲームの日と同じ顔で言った。


 親は順番で回る。2局目には、灰色の淑女さんは親じゃなくなった。少しつまらなそうだった。


「灰色の淑女さん。親じゃない局も、楽しいですよ」


「……そうか。子とは、こういう心地か」


 灰色の淑女さんは自分の牌をじっと見ている。それから小さく言った。


「悪くない」


 コルネリアさんは点棒を数えるのがいちばん速かった。1回だけ、数え間違えた。


「……今日は、合わなくてもかまいませんの」


 コルネリアさんはそう言って、帳面を開かなかった。


 部屋の隅では、リゼットさんが帳面に実況を書いていた。号外にするらしい。


「東2局。灰色の淑女、子になる。悪くない、と述べる」


 声に出して書いているので、全部聞こえる。


 *


 オーラス。


 点数は4人ともほとんど並んでいた。


 僕はテンパイだった。あと1枚で上がれる。


 ここで上がれば逆転だ。前世のネトゲなら、ここで「ラスボス戦だ」とチャットに打ちこむところだ。仲間が「がんばれ」と返してくれる。


 今日は、チャットはない。


 代わりに廊下の人も窓の外の人も、みんな息を止めていた。


 いつの間にかイルゼさんの前に点棒が1本置いてあった。この国の淑女はりーちを声に出さない。黙って点棒を置く。いつ置いたのか、僕は見ていなかった。


 でも、僕もテンパイだ。ラスボス戦で、守りに入るわけにはいかない。


 僕は1枚、牌を捨てた。


 一索。鳥の絵の牌だ。


「ロン」


 イルゼさんの声だった。


 イルゼさんは自分の手牌を静かに倒した。


 それから、少しだけ間を置いて言った。


「……御無礼」


 部室の中と廊下と、窓の外。全員が同時に座りこんだ。


 窓の外では、整理券1番の子のお母さんが静かに倒れていた。いつもどおりだ。女の子だけが立ったまま、窓に顔をくっつけていた。


 ゲルトルートさんが腰のあたりで剣を探している。今日も剣は外してある。


 エレオノーラ先輩の右手が、また閉じている。


 リゼットさんのペンが止まっている。


 リゼットさんのペンが止まるところを、僕は初めて見る。


 僕は倒れた手牌を見て、それからイルゼさんの顔を見た。


 イルゼさんは、笑っていた。


 口の端1mmじゃない。顔に、全部出ていた。


「……GGです、イルゼさん」


「じーじー、で、ございます」


 一索の鳥は、何も運んでいなかった。


 でも、上がり牌だった。


 *


 ロジーナさんが、いつの間にか筆を動かしていた。


 顔は覆っていなかった。速い。迷わない。イルゼさんが牌を崩し終わる前に、紙の上にイルゼさんの顔ができていた。


 笑っている顔だった。


「……今日は、見て描けたので」


 ロジーナさんはそう言ってから両手で顔を覆った。描き終わってから覆うのは、ちゃんと順番どおりだ。


 僕は上着のポケットから1枚の札を出した。神経衰弱の日にロジーナさんが「つい」描いた、137枚目の顔の札だ。口の端が1mmだけ上がったイルゼさん。


 机の上に、2枚並べた。


 1mmのイルゼさんと、全部出ているイルゼさん。


 イルゼさんは2枚を見下ろして、何も言わなかった。耳が赤かった。


 *


 リゼットさんの号外は、夕方には刷り上がっていた。


  セレスタ学園新聞 号外 第15号

  見出し:【速報】護衛官、御無礼


 それだけだった。本文の欄は、白いままだった。


「リゼットさん、本文は?」


「見出しで、全部です」


 リゼットさんは号外を1枚、自分の帳面にはさんだ。見出しの字は紙からはみ出しそうなくらい大きかった。


 *


 夕方になっても誰も帰らない。


 牌を片付けて、パンを分けて、みんなでしゃべる。


 ドーラさんは兜を膝に置いて砦の屋根がまた壊れた話をした。グンヒルト教官は、明日は雨が降るかもしれないと3回言った。ズザンネさんは僕の寝癖が今日は左にあると教えてくれる。灰色の淑女さんは学園長に昔の物置の猫の話を2回させていた。2回目のほうが長かった。


 気がつくと、窓の外が赤い。


 学園長が壁のリストを見上げていた。


「休日の夕方は、放課後に含めます」


「えっ」


「顧問の判断です」


 学園長は机の端から僕の鉛筆を取った。購買部で売っている、ありふれた鉛筆だ。


「この丸は、私がつけてもよろしいですか」


「はい」


 学園長はリストのいちばん下の行に、丸をつけた。


『放課後、みんなでしゃべる』


 丸は少しだけゆがんでいた。学園長の手が震えたのかもしれない。


 最初に部室に来た日、学園長はこの行で2秒止まったとリゼットさんが言っていた。


 今日は、止まらなかった。


 *


 みんなが帰ってから、僕は友達帳の最初のページを開いた。


 コルネリアさんの1行。


 その下に、アルフォンスさん、エミールくん、ノルベルトくん。


 コルネリアさんの1行と、アルフォンスさんの名前のあいだ。そこだけ、少し空いていた。


 僕はそこに、小さく書いた。


『1人目 イルゼ(この世界に来た日)』


 それから最後のページに、今日の2人と学園長とエルフリーデさんの名前を足した。


 157人。


 前世で、友達は0人だった。ネトゲのフレンドは212人いた。顔も本名も知らない212人だ。


 今の友達は157人。


 212人には、まだ届かない。


 でも、157人全員の顔が分かる。名前も呼べる。寝癖の場所を教えてくれる人もいる。


 100人は、とっくに超えていた。


 *


 アルフォンスさんからは、今朝手紙が来ていた。


『3日後、門を出る。館長が手を振る予定である。そなたも来い。走ってよい』


 今夜の返事は、ログイン181日目になる。


 ログボは何にしよう。窓の外の、まだ咲き始めの黄色い花がいい。最初の日と同じ花だ。


 *


 前世の病室の最後の日、僕は思った。


 次は、学校に行けたらいいな。


 学校には、行けたのだ。


 入学の日、僕は自己紹介で「この学園で、友達を作りたいです」と言った。言い方は、たぶん間違っていた。この国では、とても重い言葉だった。


 でも、作りたかったのは本当だ。


 この世界に来たとき、僕は強くてニューゲームじゃなかった。ステータス画面も出ない、ただの草原スタートだ。


 弱くて、ひとりで、ニューゲームだった。


 でも、パーティは組めた。


 振り返ると、2歩後ろにイルゼさんが立っていた。


「イルゼさん」


「はい」


 僕は胸のポケットから手袋を出して、はめた。それから右手を差し出した。


「改めて、よろです」


 イルゼさんも手袋をはめて、僕の手を取った。


 少しだけ首をかしげる。


「……よろしく、の略で、ございますね」


「はい」


「最初の日は、夜露かと思いました」


「えっ」


――――――――――――――――――

【イルゼ視点】


 東部警備隊、元隊長。専属護衛官。殿方の、最初の友。イルゼ。


 本日、報告書の最後の1通を書いた。


 *


  報告書(第9報・最終報)

  件名:殿方の友について

  報告者:専属護衛官 イルゼ

  1.陛下、保留案件第1号を決裁。殿方がこの国に来た日の握手は、友の挨拶とみなされる。当職、殿方の最初の友となる。

  2.同第3号を決裁。陛下、殿方の友となる。(※通りすがりの者として)(※殿方、陛下のお名前を呼ぶ)

  3.学園長、友の申請書の理由の欄に私印を押される。押されるのは初めての由。

  4.遊戯部の机にて、当職が初めて打つ。最後の局にて、殿方の捨てた牌で上がる。(※鳥の絵の牌)

  5.当職、「御無礼」と述べる。殿方の真似である。部室と廊下と窓の外の全員が座りこむ。(※整理券1番の子を除く)

  6.殿方、「GG」と述べる。当職、同じく返す。

  備考1:本人は「りちぎのりつ」を自称。(※自称)(※本人談)(※要検証)(※検証結果:律儀ではない。ただし誠実ではある)(※再検証結果:さらに、友達思いである)

  備考2:婚約者は6名。全員、殿方が名前を呼べる。

  備考3:殿方の友は、157名(殿方3名を含む)。


 *


 157名。


 陛下を足して、157名である。


 備考の3を書いてから、私は最初の報告書の写しを出した。


 第1報。草原で殿方を保護した日のもの。3枚目である。1枚目と2枚目は破った。


 備考2に私の字で書いてある。


『保護の際、当該殿方より素手による握手あり。婚約の申し込みに該当するか、ご判断を仰ぎたい』


 200日あまりかかった。答えが出た。


 婚約の申し込みでは、なかった。


 少しだけ、残念である。


 少しだけ、うれしい。


 どちらも本当なので、報告書には書かない。


 *


 書かないことは、もう1つある。


 最後の局。殿方の一索が場に出たとき、私は3秒迷った。


 落ち着け、イルゼ。ロンである。


 殿方の捨てた牌で上がるのは、殿方から何かを頂戴するに等しいのではないか。頂戴すれば、返礼が要る。返礼をすれば、第3条——


 違う。麻雀である。


 鳥の絵である。何も運んでいない。


 3秒で手牌を倒した。それから200日近く2歩後ろで聞いてきた言葉を、初めて自分の口で言った。


「……御無礼」


 言ってから、顔が勝手に動いた。


 止めようとは思わなかった。


 学園長がおっしゃった。あの席は、いちばんよく笑う者の席だと。私は笑わぬ者である。笑わぬ者のはずだった。


 あの席は、座ると笑う席だったのかもしれない。


 *


 最終報の最後に1行だけ足した。


 報告書の書式にはない行である。陛下は律儀の注記を毎回楽しみにしておられる。最後くらい、注記ではない行があってもよいと思った。


 前世で友達0人だった殿方の、友達は、100人を超えていた。


 書き終えて、気づいたことがある。


 最初の日は、砦に着くまでに騎士の誓いを37回唱えた。38回目からは数えるのをやめた。


 今日は最終報を書き上げるまで、騎士の誓いを1回も唱えなかった。


 唱えなくても、手は震えない。友とは、たぶんそういうものである。


 *


 夜。寮の廊下。


 リツ様の部屋の扉の前で、私は見張りに立っている。


 2歩後ろではない。扉の前である。リツ様は中でアルフォンス殿への手紙を書いておられる。便箋には、いつも『ログイン』の文字がある。今夜は181日目だそうだ。押し花は黄色い花である。最初の日と同じ花だ。


 夜露の件は、まだご説明していない。古い恋歌の一節である。いつか友として話すことにする。


 扉の向こうから声がした。


「イルゼさん。しりとり、しませんか」


「……どうぞ」


「じゃあ、僕から。と、も、だ、ち」


「ち」


 私は少し考えた。


「……ちかい」


「近い?」


「2歩後ろは、近い、ということでございます」


「い、ですね。じゃあ……い、イルゼさん」


「ん、で終わりました。リツ様の負けでございます」


「あっ」


 扉の向こうでリツ様が笑った。


 私も、笑った。


 見張りの最中に笑うのは、騎士学校では習わなかった。


 友としてなら、かまわないと思う。


 明日も、リツ様の2歩後ろに立つ。


 護衛官として。


 友として。


 振り返れば、すぐ顔の見える距離で。


(第一部 完)

【あとがき】

 お読みいただきありがとうございます。

 ここまでで第一部が完結です。


 11月4日から第二部の投稿を開始する予定のため、ブックマークはそのままでお待ちいただけますと幸いです。


 また、ここまで少しでも楽しんでいただけたなら、☆☆☆☆☆で応援していただけると、とても励みになります。


 それでは、引き続きよろしくお願いいたします。GG。

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