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前世で友達0人だった僕、男女比1:100の異世界で友達を作ろうとしたら婚約者が100人を超えていた ~淑女たちはクール(※内心は絶叫)~  作者: 中原九尾
第一部 「友達になってください」は求婚でした

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第41話 ひとり遊び

【リツ視点】


 入学して157日目の朝。僕は部屋から出なかった。


 授業の鐘が鳴る。寮の廊下を走っていく足音がして、それから静かになった。


 扉の向こうには、イルゼさんの気配がある。いつもの見張りの場所だ。イルゼさんは何も言わない。僕も何も言わなかった。


 僕は机の前に座って、トランプを並べた。


 大富豪のために作った、手作りのトランプだ。秋の雨漏りの日に湿ってから、端が少し反り返ったままになっている。キングの4枚はロジーナさんが描いてくれた。4枚とも、笑っている僕の顔だった。


 僕はそのキングを裏返して並べた。


 *


 ソリティアというのは、1人でやるトランプだ。


 7つの列に札を並べて、赤と黒を交互に重ねていく。最後に全部の札を種類ごとに、1から順番に積み上げたら上がり。


 前世の病室で何千回もやった。夜中に目が覚めて眠れないとき。点滴が終わるのを待っているとき。誰も来ない日曜日。


 1人でできる遊びは、得意だった。


 病室のパソコンのソリティアは、上がると札が画面いっぱいに跳ねた。1枚ずつ、ぽよんぽよんと。あれが見たくて、何千回もやった。


 手作りの札は、上がっても跳ねない。反り返っているので、置くたびに少し浮くくらいだ。


 そもそも今日は上がれなかった。3回やって、3回とも詰まった。


 *


 昼休みの鐘のあとで、扉が叩かれた。


「リツ殿」


 コルネリアさんの声だった。


 僕は返事ができなかった。


 コルネリアさんは100人目だった。夜明け前に、自分で馬車を走らせて。


 雪灯り祭りの夜、『借り:0』と刺繍した表紙を胸に抱えて、うつむいていたコルネリアさん。あのとき僕は、コルネリアさんが何を考えていたのか全然知らなかった。


 扉の下から1枚の紙が差し入れられた。


 帳面の切れ端だ。コルネリアさんの字で、1行だけ書いてある。


『お返事は、いりませんわ。わたくしの勝手ですので』


 紙の端に、小さなインクの染みがあった。ペン先を紙に置いたまま考えこむと、コルネリアさんの帳面にはいつもこういう染みができる。


 足音が遠ざかっていった。


 *


 夕方、もう1枚、扉の下から紙が入ってきた。


 今度は絵だった。ロジーナさんの絵だ。


 窓の絵だった。窓が大きく開いていて、その向こうに青い空と学園の校庭が描いてある。校庭の真ん中で、誰かが走っていた。小さくて顔は見えない。でも黒い髪だった。


 絵の端に、小さく字が書いてあった。


『窓は、開きます』


 百物語の夜に、エレオノーラ先輩が言った言葉だ。


 僕は絵を窓の横の壁に貼った。本物の窓は、まだ開けられなかった。


 *


 夜、僕は数えてみた。


 136人。


 前世のネトゲにも、フレンドの上限があった。300人まで。それより多くは登録できない。


 僕のフレンドは212人いた。


 顔も本名も知らない212人。上限まではまだ88人も空いていたのに、僕はそれで十分だと思っていた。誰かがログインしなくなっても、欄の数字が1つ減るだけだった。


 この国の婚約者には、上限がないらしい。


 婚姻院の窓口の貼り紙を思い出す。当院に、天井はございません。


 天井まで回せば、必ず来る。福引きの前で、僕は確かにそう言った。


 来てしまった。天井を突き抜けて、36人ぶん。


 *


 2日目の朝、机の引き出しの奥から『殿方の心得』を出した。


 この国に来て2日目に、イルゼさんにもらった厚い本だ。ひと晩で全部読んだ。読んだ、つもりだった。


 第7条。


『殿方は、みだりに友の契りを口にすべからず』


 その横の余白に、鉛筆の書きこみがあった。僕の字だ。


『友達は慎重に!』


 びっくりマークまで付いている。あの夜の僕は、深いことが書いてあると思って感動していたのだ。


 次の朝、僕はイルゼさんに「第7条がいちばん心に残りました」と言った。イルゼさんは少し青い顔で、何か言いかけていた。


「その……生涯にわたる、たいへん重いものでして」


 生涯にわたる、たいへん重いもの。


 ……ちゃんと言われてた!


 僕は机に額をつけた。ごん、と鳴った。扉の向こうで、イルゼさんの手袋の革が小さく鳴った。


 額をつけたまま、ページをめくる。


 第41条。


『殿方の手料理は、生涯を共にすると定めた者にのみ振る舞うべし』


 余白の書きこみ。


『料理は一生懸命に!』


 ごん。


 全部、書いてあった。最初から、全部。読んだ僕が、全部ちがう意味にしていただけだ。


 これは前世の言葉で言うと、チュートリアルを読み飛ばしたというやつだ。いや、違う。読み飛ばしてはいない。全部読んで、全部まちがえたのだ。そのほうがひどい。


 しかも、まちがえた解釈に、びっくりマークまで付けて。


 額が少し痛い。少しだけ笑えた。笑ったら、もっと痛くなった。


 *


 昼過ぎに、もう1回ソリティアを並べた。


 ゲームなら、失敗したらロードすればいい。


 セーブポイントからやり直したい。入学の日の朝のセーブデータがあれば、教室の前に立つところからやり直せる。


 この学園で、友達を作りたいです。


 あれを言い直せたらいいのに。


 でも、何て言えばよかったんだろう。


 分からなかった。友達を作りたかったのは本当のことだ。言い直しても、たぶん僕は同じことを言う。


 僕は札をまとめて、もう一度配った。


 逃げちゃだめだ。前世のアニメの主人公が、何回もそう言っていた。逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ。


 でも、その主人公も最初は部屋から出てこなかった気がする。


 *


 夕方、イルゼさんが扉の前で言った。


「殿方館から、手紙が届いております。館長殿の使いの方が、直接お持ちになりました」


 扉の下から封筒が入ってきた。アルフォンスさんの字だ。


『リツ殿へ。ログインが、2日止まっている。どうした。エミールが、こうのとりに何か運ばれたのではと心配している。ノルベルトは、また箱で行くと言っている。止めている。 アルフォンス』


 ログインボーナスの手紙。


 入学して22日目の夜から、1日も休まずに書いてきた。風邪をひいた日も書いた。


 それが2日、止まっている。


 前世のネトゲにも、ある日突然ログインしなくなる人がいた。フレンド欄の最終ログイン日だけが、どんどん古くなっていく。あれは少し怖かった。


 病室で、何度か思ったことがある。もし僕がログインしなくなったら、誰か気づいてくれるだろうか。


 212人は、たぶん気づかなかった。


 2日で、気づいてくれた。


 手紙を持つ手が、少しだけ震えている。


 僕は便箋を出した。


『アルフォンスさんへ。ログイン137日目です。2日、休んでました。ごめんなさい。生きてます。風邪じゃないです。こうのとりにも運ばれてません。ノルベルトくんは、そのまま止めておいてください。 リツ』


 135日目と136日目は、欠番になった。ログインの番号は、休んでも進む。


 押し花は四つ葉にしようとして、やめた。普通の黄色い花にした。最初の日と同じ花だ。


 封筒を扉の下から押し出すと、イルゼさんが拾う音がした。


――――――――――――――――――

【イルゼ視点】


 専属護衛官、イルゼ。


 リツ様が部屋から出てこられなくなって、3日目になる。


 本日、私は剣を磨きすぎた。


 *


 通知の日の夜、リツ様は「今日は、しりとり、なしでいいですか」とおっしゃった。


 私は「はい」と答えた。


 それから3日、扉の向こうから聞こえるのは札をめくる音だけである。


 ぱらり。ぱらり。ときどき、札をまとめる音。また配る音。


 1人で遊んでおられる。


 病室でも、こうしておられたのだと思う。百物語の夜に、白い部屋の話を聞いた。7年。窓の開かない部屋。


 この部屋の扉は開く。開けるのはリツ様である。私ではない。


 *


 見張りの合間に、私は剣を磨いた。


 砥石はない。雪灯り祭りの夜に、生徒会書記のヘルガ殿に贈ったからだ。だから布で拭く。


 1日目に1200回。2日目に1500回。数えていたのは、数えていないと扉を叩いてしまいそうだったからである。


 3日目の朝、刀身が鏡になった。


 通りかかった1年の寮生が、壁に立てかけた私の剣をのぞきこんだ。そこに映っていたのは、殿方の部屋の扉を心配そうに見つめる自分の顔だったらしい。淑女の平静から、ずいぶん遠い顔だったのだろう。その寮生は黙って壁に額をつけ、そのまま壁伝いに去っていった。


 落ち着け、イルゼ。剣は鏡ではない。


 私は磨くのをやめた。


 それから5回だけ、また磨いた。


 *


 ヘルガ殿は毎食、盆を運んできた。


 扉の前に置く。札が1枚添えてある。『生徒会より』。それだけで、ヘルガ殿は何も言わずに戻っていく。


 次に来たときに、前の盆を下げていく。1日目の昼の盆は手つかず。夜の盆は、パンが半分減っていた。2日目の朝の盆は、全部なくなっていた。


 ヘルガ殿は空の盆を見て、小さくうなずいただけだった。


 献立は毎回少しずつ違う。誰が決めているのかは聞かなかった。


 生徒会長は来なかった。


 来なかったが、校舎の生徒会室の窓には3晩とも夜遅くまで灯りがついていた。たぶん献立は、あの窓の内側で決まっている。


 *


 訪ねてきた者は、ほかにもたくさんいた。


 商会の娘は紙を1枚置いていった。扉の下に差し入れる前に、一度だけ紙の端を見てためらっていた。端には、インクの染みが1つ。書き直す時間はあったのに、書き直さなかったらしい。


 新聞部の娘は扉の前に1時間座って、何も言わずに帰った。帳面は開いていた。ペンは止まったままである。


 絵描きの娘は、小さな絵を扉の下から差し入れた。窓の開いた部屋の絵である。帰ったあと、廊下の角に折れた筆が2本落ちていた。私は拾って、絵描きの娘の部屋の前にそっと置いておいた。


 グンヒルト教官は廊下の端から叫んだ。


「殿方! ふぁんぶるの日も、ございます!」


 扉が少し震えた。寮の窓も少し震える。教官はそれだけ言うと、右の膝をかばいながら帰っていった。


 東部警備隊のミアからは包みが届いた。中身は水である。砦の雪玉を早馬で運ばせたらしい。包みには『殿方のお返しを、お待ちしております』とだけ書いてあった。


 ノルベルト殿は来なかった。木箱が1つ、寮の玄関に届いていた。中は空。館長殿が止めたのだと思う。木箱だけが来たのだと思う。


 学園長は扉の前に一度だけ立って、「休む練習ですね」とおっしゃった。


 それから私をご覧になった。


「あなたのほうは、休まない練習ですか」


 私は答えなかった。学園長の口の端が、1mmだけ動いた。


 陛下からは書状が届いた。


『返事は急がぬ。余の箱は、気が長い』


 *


 3日目の夕方、ヘルガ殿が盆を置いたあとで、もう1つ何かを置いた。


 私の足元に。


 小さな砥石だった。真ん中が少しへこんでいる。私の砥石である。


 ヘルガ殿の生徒会の小刀は、もう十分に研げたのだろう。……そういうことにしておく。


 ヘルガ殿は何も言わずに一礼して、戻っていった。


 その夜、私は扉の前で剣を研いだ。


 しゃり、しゃり。


 扉の向こうで、札をめくる音が一度だけ止まった。


 *


 夜が更けた。


 私は剣を置いて、扉の前に座り直した。札をめくる音は、また続いている。


 少しだけ考えた。


 しりとりは、リツ様が始める遊びである。風邪の日も、それからの夜も、最初の「りんご」はいつもリツ様だった。


 今夜は、私から始める。


 落ち着け、イルゼ。「り」と言うだけだ。


 り。


 ……り。


 「り」で始まる言葉が、リツ様しか浮かばない。


 却下。


 それはしりとりの言葉ではない。扉越しに名をお呼びして、どうする。呼ばれたリツ様が困るではないか。


 ……リツ様、は「ま」で終わる。続けられる。続けられるから、なおさら却下である。


 陸。猟師。両手。竜。どれも「リツ様」の陰に隠れて、口のところまで出てこない。


 騎士学校で習った。言葉に詰まったら、最初に覚えたものを言え。


 私が最初に覚えたしりとりの言葉は、風邪の日に扉越しに聞いた言葉である。


「……りんご、です」


 札をめくる音が止まった。


 長い間。


 扉の向こうから声がした。かすれていた。


「ご……ごめんなさい」


 しりとりの続きだった。


「い。……いいえ」


 私は答えた。


「え……」


 また長い沈黙があった。


「……笑顔、です」


 リツ様は、笑顔という言葉を選ばれた。


 私は少しだけ考えた。


「お。……おそばに、おります」


 扉の向こうが静かになった。


「す……」


 リツ様の声が震えていた。


「……すみません。続かないです」


「では、私の負けにいたしましょう」


「イルゼさん。今の『すみません』、『ん』で終わってます。負けたのは、僕です」


「存じております」


 扉の向こうで、小さく鼻をすする音がした。


 *


 しばらくして、扉の下から1枚の札が出てきた。


 トランプのジャックだった。長い金髪をひとつに結んだ騎士の絵。絵描きの娘が描いたものだ。端が少し反り返っている。


 私に、似ていた。


「ソリティアって、1人でやる遊びなんです」


 扉の向こうで、リツ様がおっしゃった。


「病室で、ずっとやってました。1人でできる遊びは、得意だったんです」


「……はい」


「でも、ジャックが1枚足りないと、最後まで積めないんです」


 私は札を見た。


「その札、持っててください。1枚足りないままだと、1人では遊べないので」


 私は札を胸当ての中にしまった。福袋の四つ葉の栞の隣に。


「明日の朝、部屋から出ます」


「はい」


「逃げちゃだめなので」


「……どなたの言葉ですか」


「故郷の、部屋から出てこない主人公です」


「出てこないのですか」


「最初は。最後は、ちゃんと出てきます。……たぶん」


 私は少しだけ笑った。


 扉の向こうでも、小さく笑う声がした。3日ぶりに聞く声である。


 *


 翌朝、リツ様は扉を開けた。


 目の下が少し青い。髪が少しはねている。


 扉の隙間から、部屋の中が少しだけ見えた。窓が開いている。窓の横の壁に、絵描きの娘の絵が貼ってあった。


「おはようございます、イルゼさん」


「おはようございます」


 私は2歩下がって、いつもの位置についた。


 リツ様は廊下を歩き出してから、立ち止まって振り返った。


「あの。みんなに、ちゃんと謝りたいんです。どうしたらいいですか」


 私は少しだけ考えた。


「新聞部の娘に、お頼みになっては」


「リゼットさんに……」


 リツ様は少し考えてから、首を横に振った。


「最初は、自分の口で言いたいです」


 それだけ言って、リツ様はまた歩き出した。寮の食堂のほうへ。


 私は胸当ての上から、ジャックの札を押さえた。


 リツ様のソリティアは、まだ最後まで積めていない。


 足りない1枚は、私の胸当ての中にある。

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