↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で友達0人だった僕、男女比1:100の異世界で友達を作ろうとしたら婚約者が100人を超えていた ~淑女たちはクール(※内心は絶叫)~  作者: 中原九尾


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/31

第4話 教科書、一緒に見る?

【リツ視点】


 入学2日目の朝、教室の床に紙が1枚落ちていた。


 誰も拾わない。昨日のペンと同じだ。


 この世界では落とした物を拾わない決まりがあるのかもしれない。でも僕は日本人なので、拾う。


 拾い上げてみると、新聞だった。


『セレスタ学園新聞 号外』


『殿方、入学初日に「友の契り」を公募』


 僕の記事だった。


 友の契り。殿方の心得の第7条に出てきた言葉で、一生の友達という意味だ。


 読み進めると昨日の自己紹介がそのまま書いてあった。「この学園で、友達を作りたい」「いつでも声をかけてください」。受付の期限は示されていないとまで書いてある。


 すごい。


 新聞部の人が僕の友達募集を記事にしてくれたのだ。


 しかも号外だ。前世で言えば学校の掲示板に「友達募集中」と貼り出してもらったようなものだ。こんなに親切な新聞部があるだろうか。


 記事の最後には「関係者の証言(隣席の生徒Rさん):『右耳が、熱いです』」とあった。


 隣の席でRさん。


 ロジーナさんだ。


 右耳が熱い。中耳炎かもしれない。前世の入院仲間にも耳が痛くて眠れないと言っていた小学生がいた。


「ロジーナさん、耳、大丈夫ですか」


 席に着いたロジーナさんに声をかけると、ロジーナさんはまた肩を跳ね上げた。今日は左耳まで赤くなった。悪化している。


「……だい、じょうぶ、です」


 大丈夫そうには見えなかったけれど、本人がそう言うなら信じることにした。


 *


 今日の僕は昨日と1つだけ違う。


 手袋をしていない。


 昨日は「今日だけはちゃんとしたい」と決めて、襟のボタンを一番上まで留めて手袋をはめた。でもあれは入学式の特別仕様だ。毎日あれでは暑くて授業に集中できない。


 なので今日は手袋を外してポケットにしまった。襟のボタンも一番上だけ外した。


 教室に入った瞬間、30人の背筋がいっせいに伸びた気がした。


 教室の後ろのイルゼさんはなぜか天井を見ていた。


 ちなみに昨日のバケツは、今日は教室の外に出されていた。


 *


 1時間目は歴史だった。


「では教科書の42ページを」


 ハイデマリー先生の声でみんながいっせいに教科書を開く。


 隣でロジーナさんが固まっていた。


 机の上に教科書がない。鞄の中をのぞいて、机の中をのぞいて、もう一度鞄をのぞいている。顔が真っ青だ。赤かったり青かったり、ロジーナさんは忙しい。


 忘れたんだ。


 僕の頭の中で、前世で読んだ青春小説が50冊くらいいっせいに開いた。


 教科書を忘れた隣の席の子。


 これはあれだ。定番中の定番だ。


 僕は机の脚を持ち上げて、ロジーナさんの机にぴたりとくっつけた。2つの机の境目に自分の教科書を開いて置く。


「教科書、一緒に見る?」


 ロジーナさんがゆっくりとこちらを見た。


 初めて目が合った。


 茶色の大きな目だった。その目がみるみるうちに潤んでいく。


 しまった。泣かせてしまった。


「あ、ごめん。嫌だったら戻すね」


「……い、嫌では、ない、です」


 ロジーナさんは首がちぎれそうなくらい、何度も小刻みにうなずいた。


 よかった。


 僕は教科書のページをめくった。42ページ。王国の建国の歴史だ。


「ここ、ですよね」


 指でページを指すとロジーナさんの肩がびくっと震えた。僕の指とロジーナさんの指の間は、教科書の半分くらいしか離れていなかった。


 気がつくと教室がやけに静かだった。


 ハイデマリー先生がチョークを持ったまま止まっていた。前の席の子たちが全員こちらを振り向きかけて、全員途中で止まっていた。首だけが45度くらいの角度で固まっている。


 イルゼさんはまだ天井を見ていた。


「……先生、42ページ、開きました」


 僕が言うと、ハイデマリー先生は我に返ったように黒板に向き直った。


 チョークが根元から折れた。


 *


 1時間目が終わってもロジーナさんは教科書を見つめたままだった。


 真剣に勉強する人なんだと思う。見習いたい。


 休み時間に教室の入り口がざわっとした。


 正確にはざわっとしかけて、全員が淑女の平静で音を消した。


 入ってきたのは背の高い女の子だった。


 長い銀色の髪をまっすぐ背中に流している。制服の左腕に金色の腕章。背筋は定規みたいにまっすぐで、表情はオティーリエ学園長と同じくらい動かない。


 昨日の食堂で輪の一番前に立っていた人だ。


 その人は僕の3m手前でぴたりと止まった。床に線でも引いてあるみたいに正確に。


「リツ殿。生徒会長のエレオノーラと申します」


 生徒会長。


 本物の生徒会長だ。青春小説では必ず出てくる学園の頂点にいる人だ。


「日野律です。律儀の律です。えっと……エレオノーラ先輩」


 エレオノーラ先輩の眉がほんの少しだけ動いた気がした。


「……せんぱい」


「はい。学年が上の人のことを、僕の故郷ではそう呼ぶんです」


「……そう、ですか」


 エレオノーラ先輩は一度だけ目を閉じた。


「先ほどの、机の件で参りました」


 机。


「学園において、殿方が淑女と机を寄せ合うのは、その……学園の秩序という観点から、控えていただきたく」


 なるほど。


 僕は教科書1冊を2人で見たときのことを思い出した。確かに狭かった。2人とも首を傾けないと字が見えなかった。


「そうですよね。1冊を2人で見ると、見にくいですもんね」


「……見にくい」


「次からは、もっと見やすいように工夫します」


 エレオノーラ先輩は何か言いかけて、口を閉じた。


 そのとき、僕は気がついた。


 エレオノーラ先輩は胸の前に教科書を1冊抱えていた。たぶん注意するときの資料として持ってきたのだと思う。


 その教科書が上下逆さまだった。


 生徒会長もこういううっかりをするんだ。なんだか親しみがわく。


 僕は席を立って先輩の前まで歩いていった。


「先輩、それ、逆さまですよ」


 教科書の端に手をかけてくるりと正しい向きに直す。


 教室の空気が音もなく凍った。


「先輩も、今度一緒に見ます? 3人でも大丈夫ですよ」


 エレオノーラ先輩は僕を見下ろしていた。


 完璧な無表情だった。まばたきもしない。3秒、4秒、5秒。


「……失礼、いたします」


 先輩は深く一礼すると、背筋を伸ばしたまままっすぐ教室を出ていった。足音ひとつ乱れていない。


 かっこいい。


 注意しに来て、自分のうっかりを指摘されても動じず、礼儀正しく帰っていく。あれが生徒会長だ。


 僕もああいう落ち着いた人になりたい。


「イルゼさん。生徒会長って、すごいですね」


 イルゼさんはようやく天井から目を下ろした。


「……廊下の、角までは」


「え?」


「いえ」


 イルゼさんはまた天井を見た。


――――――――――――――――――

【エレオノーラ視点】


 ブランシュ公爵家の長女、エレオノーラ。16歳。2年生。生徒会長。


 学園での呼び名は「学園の彫像」。


 入学以来、淑女の平静を一度も崩したことがない。表情が動かないので1年生の頃は美術室の石膏像と間違えられて、2度ほど布をかけられた。


 それを誇りに思っている。


 *


 今朝、生徒会室の机の上には号外が20部積んであった。


 学園の秩序を乱す印刷物として生徒会が回収したものである。


 回収したのは私である。


 なぜ20部なのかと副会長に聞かれたので、「証拠品として」と答えた。本当は保存用、閲覧用、予備、予備の予備、それから——いや、証拠品である。20部すべてが証拠品である。


 その証拠品を引き出しにしまって鍵をかけたところへ、1年A組から報せが来た。


「殿方が、隣席の生徒と机を寄せられました」


 私は立ち上がった。


 机を寄せる。


 殿方と淑女が机を並べて1冊の書物を覗き込む。それは古い恋歌で言うところの「肩を寄せ合う」であり、殿方の心得でも淑女の心得でも婚約の後に初めて許される行為とされている。


 それを入学2日目の1時間目に。


 生徒会長として看過できない。


 私は廊下を歩きながら注意の文言を3回練習した。完璧な文言だった。婚姻にまつわる言葉を一切使わずに殿方に事の重大さをお伝えできる、淑女の模範となる文言だった。


 念のため資料として教科書を1冊持っていくことにした。


 *


 1年A組の入り口で、私は殿方の3m手前に立った。


 通達第1項。半径3m。私が起草した。1mmの誤差もなく止まれるよう、生徒会室で200回練習してある。


 殿方は手袋をしていなかった。


 聞いていない。


 昨日はしていたはずだ。食堂で、輪の最前列から確認した。白い手袋だった。


 今日は素手である。


 しかも襟のボタンが1つ外れていた。喉元が見えていた。


 平静。平静。私は学園の彫像。石膏。布をかけられる側。


「リツ殿。生徒会長のエレオノーラと申します」


 声は震えなかった。さすが私である。


「日野律です。律儀の律です。えっと……エレオノーラ先輩」


 せんぱい。


 せんぱいとは何か。


 殿方は「学年が上の人のことを、故郷ではそう呼ぶ」とおっしゃった。


 つまり名に添える呼び名である。


 殿方が、淑女の名に呼び名を添える。


 それは愛称である。


 殿方から、愛称を、いただいた。


 私は一度だけ目を閉じた。まぶたの裏でブランシュ家の歴代当主の肖像画を順番に思い浮かべた。平静を保つための我が家の秘伝である。13代目のお祖母様の恐ろしく厳しい顔で、なんとか持ち直した。


 練習した文言を口にした。


「学園において、殿方が淑女と机を寄せ合うのは、その……学園の秩序という観点から、控えていただきたく」


 完璧に伝わったはずだった。


「そうですよね。1冊を2人で見ると、見にくいですもんね」


 見にくい。


 見にくいのではない。近いのだ。


「次からは、もっと見やすいように工夫します」


 工夫。


 見やすくする工夫とは、つまり。もっと近くに。


 私が口を開きかけたとき、殿方がこちらへ歩いてこられた。


 3mの線を越えて。


 2m。1m。


 殿方の素手が私の胸元の教科書に伸びた。


「先輩、それ、逆さまですよ」


 くるり、と。


 教科書が回った。殿方の指先が、私の指のすぐ隣にあった。指1本分も離れていなかった。


 逆さまだった。


 私は教科書を逆さまに持っていた。いつからだろう。生徒会室を出るときか。廊下で文言を練習していたときか。それとも殿方の喉元を見たときか。


「先輩も、今度一緒に見ます? 3人でも大丈夫ですよ」


 3人。


 殿方と、隣席の生徒と、私。


 机を、3つ、寄せて。


 13代目のお祖母様の肖像画が頭の中で音を立てて倒れた。


 私は動かなかった。表情も変えなかった。まばたきさえしなかった。できなかった、とも言う。


 5秒。私は学園の彫像。


「……失礼、いたします」


 一礼して背を向けた。


 背筋を伸ばして教室を出る。足音を乱さない。廊下を進む。1歩、2歩、3歩。階段の手前の角を曲がる。


 角を曲がって殿方から見えなくなったことを確認した。


 そこで私の記憶は途切れている。


 *


 目を覚ますと医務室の天井だった。


 隣のベッドに1年生が寝ていた。栗色のおさげの子だった。


 隣席の生徒だ。机を寄せられた当の本人である。


「……あなたも」


「……はい。2時間目の途中で」


 その子は天井を見つめたまま、ぽつりと言った。


「昨日、耳が熱くて眠れなくて。それで、教科書を忘れたんです」


「そう」


「そうしたら、机が、来ました」


 机が来た。


 私はその一言の重みを痛いほど理解した。


 しばらく2人で黙って天井を見ていた。


「……生徒会長様」


「なに」


「あの方、次は3人でって、おっしゃいましたよね」


「……おっしゃいました」


 医務室の先生がカーテンの向こうで日誌をつけている音がした。


 *


  医務室日誌

  本日の来室者:2名

  1年A組 R:発熱(右耳から始まり、左耳に広がったとのこと)

  2年 E(生徒会長):意識の消失。廊下の角にて発見

  原因:教科書(本人談)

  備考:生徒会長の来室は、入学以来初めて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。