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前世で友達0人だった僕、男女比1:100の異世界で友達を作ろうとしたら婚約者が100人を超えていた ~淑女たちはクール(※内心は絶叫)~  作者: 中原九尾


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第3話 友達を作りたいです



【リツ視点】


 王都からの迎えは、予定どおり砦に来てから5日目の朝に着いた。


 真っ白な馬車だった。窓には分厚いカーテンが下りていて、外から中が見えないようになっている。しかも中からも外が見えない。


「すごいですね。VIP待遇だ」


「びっぷ」


「偉い人の扱い、みたいな意味です」


「……殿方は、皆この馬車で移動されます」


 イルゼさんは向かいの席で、背筋を伸ばして座っていた。馬車の中でもずっと剣を膝に置いている。護衛の鑑だ。


 王都までは2日かかった。途中の宿でも僕の部屋は一番奥で、廊下にはイルゼさんが立っていた。夜中にトイレに行こうとして扉を開けたらイルゼさんがいた。朝に顔を洗いに出てもイルゼさんがいた。


 寝ているところを見たことがない。


「イルゼさんって、いつ寝てるんですか」


「任務ですので」


 答えになっていない気がする。


 *


 王立セレスタ学園は、白い石でできたお城みたいな建物だった。


 最初に通されたのは学園長室だ。


 学園長のオティーリエ先生は、白髪をきっちり結い上げたおばあさんだった。背筋がまっすぐで目が鋭い。表情はイルゼさんよりさらに動かない。この世界の人は偉くなるほど表情が動かなくなるのかもしれない。


「ようこそ、リツ殿。本学園はあなたを歓迎いたします」


「ありがとうございます。日野律です。律儀の律です」


「存じております。報告書で」


 報告書。イルゼさんが書いたやつだ。何が書いてあったのか、ちょっと気になる。


「リツ殿は、この学園で何を学びたいですか」


「全部です!」


 即答だった。


「僕、学校にずっと行きたかったんです。授業も休み時間も放課後も、全部やってみたくて」


 オティーリエ先生はしばらく黙って僕を見ていた。


「……そうですか」


 それだけだった。でも断られなかったから、たぶん大丈夫だ。


 *


 次に渡されたのは制服だった。


 黒い上着に首まで詰まった高い襟。銀のボタンが喉元まで7つ並んでいる。白い手袋までついていた。


 学ランだ。


 ほとんど学ランだ。


 着替えて鏡の前に立つと、黒い制服の少年が僕を見ていた。


 前世で制服を着たのは、入学式の写真を撮った一度だけだった。袖を通したまま病室のベッドに座って、母さんにスマホで写真を撮ってもらった。その写真の僕は、制服がぶかぶかで顔色が悪くて、それでも笑っていた。


 2回目の制服は、ちゃんと体に合っていた。


「……似合いますか」


 振り返ってイルゼさんに聞いた。


 イルゼさんは3秒くらい黙っていた。


「規定どおりの着用です」


 似合うとは言われなかった。でも規定どおりなら、それでいい。


 僕は襟のボタンを一番上まで留めて、手袋をはめた。暑いけど今日はがまんする。今日だけは、ちゃんとしたかった。


 *


 教室は2階の一番奥だった。


 1年A組。担任のハイデマリー先生が扉を開けると、中にいた30人の女の子がいっせいに立ち上がった。


 全員がきれいに背筋を伸ばしている。全員が無表情だ。


 誰も僕を見ない。正確には僕の頭の少し上あたりを見ている。


 教室の後ろにはイルゼさんが立った。護衛は授業中もずっと一緒らしい。


「本日より、この組に加わる……殿方の、リツ殿です。リツ殿、ご挨拶を」


 来た。


 自己紹介だ。


 僕はこの日のために準備をしてきた。馬車の中で2日間、頭の中で何度も練習した。本で読んだ転校生の自己紹介を50個くらい思い出して、いいところを組み合わせた。


 名前。趣味。それからこの学校でやりたいこと。


 大きく息を吸った。


「日野律です。律儀の律です。趣味は読書とゲームと麻雀です」


 教室は、しんとしている。


「この学園で、友達を作りたいです」


 しん、が深くなった。


 本当に音が1つもしない。誰かが息を止めたみたいな静けさだ。前のほうの席の子の手からペンが落ちて、床を転がった。


 誰も拾わない。この世界の人は落とした物を拾わない決まりでもあるのだろうか。


 しまったと思った。


 たぶん重すぎた。いきなり「友達を作りたい」は、がっつきすぎだったかもしれない。前世のネトゲでもいきなりフレンド申請を連打する人は嫌われていた。


 フォローしなければ。


「あの、無理にとは言いません。友達になってくれる人がいたら、いつでも声をかけてください。僕、待ってますので」


 後ろのほうで、ごとんと何かが倒れる音がした。


 振り返ると、イルゼさんが壁に手をついていた。倒れたのはイルゼさんの横に置いてあった掃除用のバケツだった。


「……イルゼさん?」


「問題ありません」


 バケツは誰も起こさなかった。


「……リツ殿。お席は窓際の、後ろから2番目です」


 ハイデマリー先生の声は少しかすれていた。


 *


 隣の席は栗色の髪をおさげにした小柄な女の子だった。


 座るときに「よろしくね」と声をかけると、女の子はびくっと肩を跳ね上げた。机の木目をじっと見つめたまま、蚊の鳴くような声で答える。


「……ロジーナ、です」


「ロジーナさん。よろしくお願いします」


 ロジーナさんは返事をしなかった。耳まで真っ赤になっていた。熱でもあるのかもしれない。


 授業はすごく楽しかった。


 歴史に、魔法の基礎に、算術。先生が黒板に書いたことをノートに写すだけで僕は泣きそうになった。これが授業だ。本物の授業だ。病室でオンライン授業を受けたことはあるけれど、あれは画面の向こうだった。チョークの音がこんなにいい音だとは知らなかった。


 ただ休み時間になると様子が変わった。


 誰も話しかけてこない。


 それどころか僕の席の周りだけ、ぽっかりと人がいない。女の子たちは僕から少し離れたところにぐるりと輪になって立っている。ちょうど僕を中心にした円の外側に。


 誰もその円の内側に入ってこない。


 昼休みも同じだった。学園の食堂で僕がお盆を持って座ると、周りの席がいっせいに空いた。遠巻きの輪が、食堂でもきれいにできあがる。


 僕は1人でパンとスープを食べた。


 おいしかった。でも、1人だった。


「……これ、ネトゲで言う『ソロ専』だ」


「そろせん」


 後ろに立っているイルゼさんが小さく繰り返した。


「1人でしか遊べない人のことです」


 イルゼさんは何も言わなかった。


 放課後、寮に向かう廊下で僕は窓の外を見た。夕日が王都の屋根を赤く染めている。


 前世と同じだ。


 学校に来られたのに友達は0人のままだ。


「イルゼさん。僕、何がいけなかったんでしょう」


 イルゼさんはしばらく黙っていた。


「……全部、です」


「え」


「いえ。明日も、おそばにおります」


 よく聞こえなかったけれど、励ましてくれたのだと思う。


 明日こそがんばろう。


――――――――――――――――――

【コルネリア視点】


 ヴァーレン商会の三女、コルネリア。15歳。


 商人の娘の心得は1つ。値打ちのあるものは、誰よりも先に見つけること。


 その意味で今朝の1年A組は、わたくしの人生で最大の相場の日だった。


 学園に殿方が入学する。それも15年ぶりに。前もって知らされていたのはそこまでだった。


 扉が開いて入ってきたのは、黒い制服の殿方だった。詰襟を喉元まできっちり留めて、白い手袋をはめている。完璧な装いだった。完璧すぎて逆に目の毒だった。


 わたくしたちは学園長の通達に従って、全員で天井の少し下あたりを見た。


 通達はこうである。


  学園長通達

  1.殿方の半径3m以内に、許可なく近づかないこと。

  2.殿方の顔を、3秒以上見つめないこと。

  3.殿方から話しかけられた場合を除き、殿方に話しかけないこと。

  4.いかなる場合も、淑女の平静を保つこと。


 4項目めは始業の鐘から3分で守れなくなった。


「日野律です。律儀の律です。趣味は読書とゲームと麻雀です」


 まーじゃん。


 聞いたことのない言葉だった。わたくしの商人の勘が耳の奥で鈴を鳴らした。殿方が趣味と明言するもの。この国の誰も知らないもの。それが何であれ、いずれ必ず値がつく。


 わたくしは机の下で帳面の端に「まーじゃん」と書きつけた。


 そして次の一言でペンを取り落とした。


「この学園で、友達を作りたいです」


 友の契り。


 入学初日に。


 全員の前で。


 殿方が「友を求める」と口にするのは、婚姻院に申し出る前の古い求婚の決まり文句である。相手を指名せずに言ったということは。


 公募だ。


 わたくしの頭の中でそろばんの珠が猛烈な速さで弾かれた。


 しかも殿方はこう続けた。


「友達になってくれる人がいたら、いつでも声をかけてください。僕、待ってますので」


 受付期間、無期限。


 申込方法、口頭。


 教室の後ろで護衛の騎士様がバケツを倒した。あの騎士様の気持ちは、たぶんわたくしが一番よく分かる。


 *


 休み時間、わたくしたちは通達第1項に従って殿方の半径3mの外に輪を作った。


 殿方はぽつんと1人で座っておられた。


 誰も近づけない。通達があるからだ。


 誰も話しかけられない。通達第3項がある。殿方から話しかけられない限り、こちらからは話しかけてはいけない。


 そして殿方は「声をかけてください」とおっしゃった。


 殿方はわたくしたちから話しかけるのを待っている。わたくしたちは殿方から話しかけられるのを待っている。


 この膠着に、わたくしは覚えがあった。市場で売り手と買い手が互いに値を言い出せずに日が暮れるときの、あれだ。


 昼休みには食堂で同じことが起きた。殿方は1人でパンを召し上がっていた。その周りを学園の全学年が3m離れて取り囲んでいた。上級生まで来ていた。生徒会長のエレオノーラ様が輪の最前列で完璧な無表情を保っておられたのを、わたくしは見逃さなかった。


 食堂のパンはその日のうちに完売した。殿方と同じものを食べたいという生徒が殺到したからだ。


 わたくしは帳面に書き足した。


「殿方と同じパン」。需要、極めて大。


――――――――――――――――――

【リゼット視点】


 学園新聞部、リゼット。15歳。1年A組。


 記者の心得は1つ。見たものは、書く。


 今日のわたしは書くことが多すぎて、手首が痛い。


 見出しは3つまで絞った。どれにするか寮の部屋で3時間迷った。


 1つめ。「殿方、入学」。これは弱い。誰でも知っている。


 2つめ。「殿方、趣味は『まーじゃん』」。謎がある。でもまーじゃんが何なのか誰も知らないので、記事が1行で終わる。


 3つめ。これしかなかった。


 *


 リツ殿の隣の席のロジーナが、寮の談話室でずっと自分の右耳を押さえていた。


「どうしたの」


「……よろしくね、って」


「うん」


「右から、聞こえたの」


 ロジーナはそれ以上何も言えなかった。今日は一日右耳がずっと熱いらしい。殿方の声が届いたほうの耳だ。


 わたしはそれも記事に書くことにした。


 *


  セレスタ学園新聞 号外

  見出し:殿方、入学初日に「友の契り」を公募

  本日、1年A組に入学された殿方リツ殿が自己紹介において「この学園で、友達を作りたい」と表明された。

  殿方はさらに「いつでも声をかけてください」「待っています」と続けられた。受付の期限は示されていない。

  なお殿方の趣味は「まーじゃん」とのこと。まーじゃんが何であるかは、本紙でも現在調査中である。

  関係者の証言(隣席の生徒Rさん):「右耳が、熱いです」


 *


 号外は翌朝、配り始めて1時間でなくなった。


 刷ったのは200部だ。学園の生徒は180人しかいない。


 残りの20部がどこへ行ったのかは分からない。


 ただその日の夕方、商会の娘のコルネリアが学園の門をくぐって帰ってくるのを見た。


 手に封筒を1通持っていた。


 婚姻院の、申請書の封筒だった。

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