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前世で友達0人だった僕、男女比1:100の異世界で友達を作ろうとしたら婚約者が100人を超えていた ~淑女たちはクール(※内心は絶叫)~  作者: 中原九尾
第一部 「友達になってください」は求婚でした

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第37話 百物語

【リツ視点】


 入学して150日目の夜。部室に、ろうそくが100本並んでいた。


 机の上に、棚の上に、窓枠に、床に。全部に火がついている。部室じゅうがぼんやりと明るい。雪合戦から4日たった窓の外には、まだ雪が残っている。


「百物語、っていうんです」


 僕はみんなに説明した。


「怖い話を1つするたびに、ろうそくを1本消していきます。100本目を消したとき、本物のお化けが出るって言われてます」


 集まったのは遊戯部の4人とエレオノーラ先輩とヘルガさん。それからイルゼさん。壁のやりたい遊びリストにも、ちゃんと「百物語」と書いてある。


 ろうそくはコルネリアさんが商会から運んできてくれた。


「1本ずつ数えて仕入れましたわ。101本ございます」


「1本、多くないですか」


「予備ですわ」


 学園長の許可はリゼットさんが取ってきてくれた。新聞部の取材ということになっているらしい。


 そのリゼットさんがろうそくの間に立って帳面を開いた。


「本日の司会は、新聞部が務めます」


「司会がいるんですね、百物語」


「取材ですので。1話ごとに本紙が見出しをつけます」


「見出し?」


「怪談は見出しで怖さが3割増します」


 リゼットさんは真顔だった。たぶん本気だ。


 隣でコルネリアさんも帳面を開いていた。


「コルネリアさん、怖い話を帳面に書いてきたんですか」


「商人は、準備を怠りませんの」


 *


 最初はリゼットさんだった。


「新聞部の部室で、夜中に誰もいないのに印刷機が動く音がするのです」


「こわい……」


「見に行くと、わたしが印刷していました。寝ぼけていたようです」


 ろうそくが1本消えた。


 リゼットさんは自分の帳面にさらさらと何か書いて読み上げた。


「見出し。『怪奇・印刷機ひとりでに動く(犯人:本紙)』」


「犯人、書いちゃうんですね」


「記者は事実を書きますので」


 犯人の分かっている怪談なんて、初めてだ。


 *


 次はコルネリアさん。帳面のページを読み上げる。


「商会の倉庫で、毎晩金貨が1枚ずつ減っていくのですわ」


「こわい……」


「調べてみると、帳簿の書き間違いでしたの。この世でいちばん怖いのは、帳簿の——」


 そこでコルネリアさんの声が止まった。


 怪談を書いたページではなく、その隣のページを見ている。ろうそくの明かりでも分かるくらい、顔がだんだん白くなっていく。


「……コルネリアさん?」


「合いませんわ」


「え」


「先月の語呂合わせ帳の売り上げ。銀貨が1枚、合いませんの」


 ペン先が帳面に触れたまま止まっている。インクの染みがじわじわ広がっていった。


 コルネリアさんは本気で震えていた。さっきまでの怪談の声とは全然違う。本物の怖い顔だ。


 リゼットさんが静かに言った。


「見出し。『怪奇・帳簿の誤り(実話・進行中)』」


 ヘルガさんが無言で立ち上がった。コルネリアさんの横から帳面をのぞきこみ、指で1行を差す。


「……繰り上がり」


「……ございましたわ」


 コルネリアさんの顔に少しずつ色が戻ってきた。ろうそくが1本消える。


 今夜いちばん怖い話は、2話目で出てしまった気がする。


 *


 エレオノーラ先輩は1年生のとき、廊下で立っていたら石膏像と間違えられて白い布をかけられた話をした。先輩は話しながら少しだけ青くなっていた。


「布をかけた方は、今も名乗り出ておりません」


「見出し。『怪奇・廊下の石膏像(本人)』」


「……リゼット殿。その『本人』は、要りますか」


「事実ですので」


 それは怖い話というより、かわいそうな話だ。


 ヘルガさんはろうそくの前でしばらく黙っていた。


 1分くらい、黙っていた。


 それから、言った。


「……終わりです」


 何も話していないのに、全員の背中がぞくっとした。一番怖かった。


 リゼットさんはペンを持ったまま少し考えていた。


「見出し。『無言』。……以上、全文です」


 *


 僕も何回か話した。


 前世のテレビで見た怪談の名人の話し方を真似する。声を低くして、少しだけ間をあけて。


「やだなあ……こわいなあ……」


 コルネリアさんが帳面を落とした。


「見出し。『殿方、こわがる』」


「僕がこわがる話じゃないんです。聞いてる人がこわがる話なんです」


「殿方がこわがっておられること自体が、本紙としては事件です」


 そういうものらしい。


 次は前世の本で読んだ学校の怪談にした。


「西の棟の手洗いの、奥から3番目の扉を夜中に3回叩くと……」


「調べます」


 2歩後ろでイルゼさんが言った。もう剣の柄に手を置いている。


「あ、作り話です」


「作り話でも調べます。明朝、3回叩きます」


 僕の怪談は話し終わる前に調べられることになった。


 *


 調子に乗って、もう1つ思い出した。故郷の子どもの遊びで、目隠しをした子の周りをみんなで回りながら歌う歌がある。最後はこう終わるのだ。


「うしろの正面、だあれ……」


 僕は低い声で言って、ゆっくり振り返った。


 イルゼさんが立っていた。2歩後ろに。いつもどおり。


 部室の全員がイルゼさんを見た。


「……私です」


「イルゼさんでした」


「毎日、私です」


 うしろの正面は、この国に来てからずっと同じ人だった。怖くはなかった。ちょっとだけ笑ってしまった。


 今度は、リゼットさんの見出しがない。


 代わりに帳面にものすごく大きな字で何か書いていた。1ページに2文字くらいしか入っていない。


 *


 ロジーナさんは、展覧会で絵の目が追いかけてきた話をした。それは僕が言い出したことだった。ロジーナさんはあれから、自分の絵が少し怖いらしい。


「見出し。『怪奇・追いかける目(作者は謝罪)』」


「……ごめんなさい」


 ロジーナさんは本当に謝っていた。誰にだろう。


 イルゼさんは砦の夜の見張りの話をした。


「夜中に見張り台の下から足音が聞こえるのです。毎晩、同じ時刻に」


「こわい……」


「調べたところ、私の足音でした。見張り台の階段を毎晩同じ時刻に上り下りしておりましたので」


「見出し。『怪奇・見張り台の足音(犯人:本人)』」


「イルゼさんの怖い話、全部自分ですね」


「騎士学校で習いました。怪しい物音は、まず自分を疑えと」


 *


 夜が更けて、ろうそくは1本ずつ消えていった。


 99本目が消えたとき、部室はほとんど真っ暗だった。


 残りは1本。机の真ん中の、短いろうそくだけ。


「最後は、リツ殿ですわ」


 コルネリアさんが言った。


 僕は少し考えた。


 怖い話はもう全部話してしまっていた。前世のテレビで覚えたものも本で読んだものも、全部。


 だから、本当の話をすることにした。


「これは、本当にあった話です」


 僕はろうそくの火を見ながら話し始めた。


「ある男の子がいました。11歳のときに病気になって、病室っていう白い部屋に入りました。そこから7年、出られませんでした」


 部室が静かになった。


「白い部屋の窓は、開きませんでした。外で走っている人を見るのが好きでした。雪が降っても、触ったことはありませんでした」


 誰も何も言わない。


「男の子は白い部屋で本を読んで、ゲームをしました。画面の向こうの顔の見えない人と話すのは得意でした。でも、顔を見て話せる友達は1人もいませんでした」


 ろうそくの火が少し揺れた。


「18歳の冬に、男の子は目を閉じました。それで、終わりのはずでした」


 僕は少しだけ笑った。


「次に目を開けたら、草原にいました」


 コルネリアさんが息を止める音がした。


「だから僕、たぶん1回死んでるんです。この中で一番怖いのは、たぶん僕です」


 リゼットさんのペンの音はしなかった。


 僕はろうそくに息を吹きかけた。


 100本目の火が、消えた。


 *


 真っ暗になった。


 誰も動かない。お化けも出ない。


 しばらくして、暗闇の中で小さく火打ち石の音がした。


 ろうそくが1本、つく。


 イルゼさんだった。2歩後ろの場所でろうそくを持って立っていた。


「……リツ様は、お化けではございません」


「はい」


「風邪をひかれました。4日前は雪が冷たいとおっしゃいました」


「はい」


「お化けは、風邪をひきません」


 僕は笑った。


「そうですね。今は、ちゃんと生きてます」


 それから、ずっと言いたかったことを言った。


「だから、この国で友達を作りたかったんです」


――――――――――――――――――

【リゼット視点】


 学園新聞部、部長。部員1名。


 遊戯部、部員。


 本日、わたしは見出しを99本立てた。


 号外は、書かなかった。


 *


 百物語の司会は、わたしから学園長に申し出た。名目は取材である。


 本当のところは、ろうそく100本の前で殿方が何を話されるのかをいちばん近くで聞いていたかったのだ。記者としてはそれで十分な理由になる。部員としても。


 見出しは順調だった。


 印刷機(犯人:本紙)。帳簿の誤り(実話・進行中)。石膏像(本人)。無言(全文)。


 コルネリアの見出しは、本当は『商会の娘、銀貨1枚に敗れる』にしたかった。友情で控えた。


 *


 様子がおかしくなったのは「うしろの正面」からだ。


 殿方が低い声で歌の最後を言って、ゆっくり振り返られた。


 イルゼ殿が立っていた。


「毎日、私です」


 落ち着け、わたし。


 見出しだ。見出しを立てろ。


『殿方のうしろの正面、毎日騎士』


 ……これは事件ではない。日常だ。


 殿方がこの国に来られた日から、殿方の2歩後ろにはずっとあの方がいる。朝も昼も、たぶん夜も。殿方はそれを笑っておっしゃった。イルゼ殿は真顔で「毎日」とおっしゃった。


 日常なのが、一番の事件だ。


『騎士、毎日うしろ』


 ちがう。


『うしろの正面、最初から決まっていた』


 ちがう。


『殿方、振り返れば騎士』


 当たり前だ。


『本紙調べ うしろの正面、入学以来150日連続で同一人物』


 調べるまでもない。


 全部ちがう。全部、うらやましいだけだ。記事ではない。私信である。


 帳面の字は『殿方の』まではいつもの大きさだった。『うしろの正面』で少し大きくなり、『毎日』で倍になった。『騎士』の2文字で、ページが終わった。


 次のページをめくる。何も書けない。書いたらたぶん1ページに1文字になる。『毎』とか。


 *


 99本目の見出しは、イルゼ殿の足音の話につけた。犯人:本人。


 そのあとで、殿方が最後の1本の前に座られた。


 わたしはペンを構えて、100本目の見出しを待っていた。


「これは、本当にあった話です」


 見出しは、立たなかった。


 *


 「病室」という言葉の意味を、ずっと誰も聞けなかった。


 殿方は入学してから、ときどきその言葉を使われた。「病室で本を読んでいた」「病室の窓から見ていた」。前後の言葉から部屋の名前だということだけは分かる。取材で伺おうとして、3回聞けなかった。


 今夜、分かった。


 白い部屋。窓の開かない部屋。7年。


 殿方は1回死んでいる。


 殿方は怪談の100本目としてそれを話された。少しだけ笑いながら。お化けより怖いのは自分です、と。


 怖くはなかった。


 悲しかった。


 *


 真っ暗な中で火打ち石の音がした。


 イルゼ殿がつけたのは、コルネリアが「予備ですわ」と言って持ってきた101本目のろうそくだった。


「お化けは、風邪をひきません」


 殿方は笑った。わたしは笑えなかった。それから少しだけ笑えた。


 そのあとも、しばらく誰もしゃべらない。


 最初に動いたのはロジーナだった。


 両手で顔を覆っている。いつもと同じ仕草だ。でも今夜のは、うれしいときの顔ではなかった。


 次に生徒会長が立ち上がった。窓辺まで歩いていって右手で窓を開けた。冬の冷たい風が入ってくる。


「……窓は、開きます」


 生徒会長はそれだけ言った。


 殿方は少し驚いた顔をして、それから「はい」と答えた。


 生徒会長の右手は、窓の取っ手を握ったまま開かなくなっている。


 ヘルガ殿は何も言わずに窓の横に立った。窓が閉まらないように片手でずっと押さえている。もう片方の手は、101本目の火を風から囲っていた。


 コルネリアは帳面を閉じていた。


 開かない。何も書かない。コルネリアが帳面を閉じたまま黙っているのを、わたしは初めて見た。


 *


 殿方は最後に「この国で、友達を作りたかった」とおっしゃった。


 入学の日の自己紹介でも、同じことをおっしゃっていた。


「この学園で、友達を作りたいです。いつでも声をかけてください」


 わたしはその夜、号外の第1号を書いた。


『殿方、入学初日に「友の契り」を公募』


 友の契り。


 殿方は「友達」とおっしゃった。わたしは「友の契り」と書いた。


 あれは婚約の申し込みの定型句だ。


 あの号外がなければ、卵焼きの日はなかったかもしれない。19人がその夜のうちに婚姻院に申請することも、なかったかもしれない。


 わたしも、あの日卵焼きを食べた31人の1人である。卵焼きを食べて、ゆで卵を返した。


 殿方はわたしのことを「友達」だと思っておられる。


 殿方の友達は何人いるのだろう。


 殿方はたぶん、たくさんいると思っておられる。


 本当は。


 *


 部室は寮のいちばん端にある。部屋までは長い廊下と階段が2つ。


 殿方は残ったろうそくの箱を抱えて先を歩いておられた。その2歩後ろにイルゼ殿。わたしはイルゼ殿の背中に、殿方に聞こえないよう声を落として聞いた。


「イルゼ殿。殿方は、いつか知るのでしょうか」


 イルゼ殿は振り返らなかった。先を行く殿方の背中から目を離さずに小さな声で答えた。


「……知る日は、来ます」


「いつですか」


「婚約者が100名を超えたときです。婚姻院は3日以内に殿方ご本人へ通知せねばならない、と定められております」


 わたしは足を止めかけた。


「どこで、それを」


「婚姻法で、読みました」


 イルゼ殿の声は報告書を読み上げるときと同じだった。


「リツ様が風邪で寝ておられた夜です。第3条を確かめるつもりで、最初から3度読み直しました。3度目に第100条で目が止まりました」


「……今は」


「99名です」


 天井。


 わたしが第5号の見出しに書いた言葉だ。殿方いわく、天井まで回せば、必ず来る。


 あと1回で、来る。


 自分で刷った見出しの意味が、急に重くなった。


 後ろで足音が1つだけ、少し遅れた。寮の廊下の床板はよく鳴る。わたしはそのとき、数字のことしか考えていなかった。


 *


 寮の部屋に戻って帳面を開いた。


 この帳面には、号外にしなかった下書きがたまっている。体育祭の二人三脚。新年の羽根つき。福袋の行列。雪合戦。どれも第14号にはならなかった。


 今夜の分も号外には書かない。誰にも見せない、わたしだけのページだ。


  病室:殿方が7年いた白い部屋。窓は開かない。

  殿方の、顔を見て話せる友達:0人(前の人生)

  殿方の、婚約者:99人(わたしを含む)

  殿方の、友達:


 最後の行に数字を書けなかった。


 わたしはしばらくペンを持ったまま考えた。


 それから、こう書いた。


  殿方の、友達:わたしは、友達になりたい。


 今夜書いたなかで、いちばん小さな字だった。


 記者として書くべきことではなかった。


 部員として、書いた。

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