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前世で友達0人だった僕、男女比1:100の異世界で友達を作ろうとしたら婚約者が100人を超えていた ~淑女たちはクール(※内心は絶叫)~  作者: 中原九尾
第一部 「友達になってください」は求婚でした

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第30話 天井まで、あと1

【リツ視点】


 入学して105日目。王国まーじゃん大会の決勝の日。学園はこの日のために臨時の休みになった。


 まだ暗いうちに寮の前へ出ると、イルゼさんが部室の机を背負っていた。


 背負っていた。4人で囲む大きな四角い机を、1人で。


「イルゼさん、手伝います!」


「お気持ちだけ、いただきます」


「でも僕、荷物持ちなら」


「記録に残りますので」


 イルゼさんは机を背負ったまま王都の広場まで歩いた。途中の坂でも一度も止まらない。赤い馬車の御者さんたちがすれ違うたびに速度を落として道を空けてくれた。3倍速い馬車が道を譲る机は、たぶんこの国でこれ1台だ。


 *


 広場の真ん中に机が置かれると、周りの人の数は昨日よりもっと増えた。


 机の周りの地面には白い線で円が引いてあった。エレオノーラ先輩が朝から巻き尺で測ったらしい。巻き尺の反対の端を持っていたのは、生徒会のヘルガさんだ。どこから測っても、机からちょうど3mになっている。


「先輩、ありがとうございます!」


 3m先で先輩が小さくうなずいた。右手には巻き尺を握ったままだ。ヘルガさんが黙って先輩の指を1本ずつ開いて、巻き尺を受け取っていた。


 広場の端ではコルネリアさんの商会が屋台を出していた。のぼりに『女王の札 本日限り 第56代、肖像入り』と書いてある。いつの間にかロジーナさんが描き上げていたらしい。見本の札は、攻撃力と守備力のところだけまだ「?」のままだった。


 屋台の前に整理券1番の子がいた。お母さんと一緒に、手作りの小さな旗を振っている。


『りつどの てんじょうまで まわせ』


「りつどの! まわせー!」


 何を回すのかはよく分からない。僕が手を振り返すと、お母さんが旗の横で静かに倒れた。女の子は慣れた手つきでお母さんの帽子をまっすぐに直していた。


 *


 席はくじで決まった。コルネリアさんが箱を持ってきて、4人が1枚ずつ引く。


 東が僕。南がアルフォンスさん。西が学園長。北が、灰色の淑女さん。


 座ってから気がついた。机の4つの辺の端には、あの4つの印がある。


 僕の手もとには筆の印。アルフォンスさんの手もとには鍵。学園長の手もとには笑った顔。


 灰色の淑女さんの手もとには、冠があった。


 学園長が、ちゃんと笑った顔の前に座っている。くじなのに、ぴったりだ。


 灰色の淑女さんは、冠の印を指でそっとなぞっていた。


 *


「よろしくお願いします!」


「よろしく頼む」


「よろしくお願いいたします」


「……よろしく頼む」


 アルフォンスさんと灰色の淑女さんの挨拶が、同じだった。


 2人が少しだけ顔を見合わせる。アルフォンスさんのほうが先に目をそらした。


 それからアルフォンスさんは両手の手袋を外して、机の端にそろえて置いた。


「牌は、素手のほうがよく分かる。……館の外で手袋を外して打つのは、初めてだ」


 広場の何千人かが、そろって空を見上げた。


 *


 決勝は半荘2回。合計の点数で優勝が決まる。


 1回目の半荘は、学園長の半荘だった。


 東2局。学園長は僕の捨てた牌の前で、静かに手牌を倒した。


「ロン」


 それから、笑った顔の印のあたりを人差し指でとんとんと2回叩いた。


「……御無礼」


 表情はまったく動いていない。でも指だけが、うれしそうだった。


 南1局は、ツモ。また、とんとん。


 とんとんを数えていたら、1回目の半荘が終わるまでに5回になっていた。トップは学園長。アルフォンスさんが2位で、僕は3位だ。アルフォンスさんの素手の指は局を追うごとに速くなっていく。


 *


 2回目の東場で、アルフォンスさんが灰色の淑女さんから上がった。


「ロン。……御無礼」


 灰色の淑女さんは点棒を出しながら言った。


「それは、ロンか」


「ロンだ」


「それは、ロンか」


「……ロンだ」


 同じことを2回聞いていた。


 この人、本当に女王様に似ている。


 *


 点棒を数える合間に、観覧席を見た。


 最前列にノルベルトくんとエミールくんがいる。エミールくんはコウノトリの置物を膝に乗せて、ずっとこっちを見ていた。ノルベルトくんは僕と目が合うたびに自分の背中を叩いて煤を払うふりをする。


 リゼットさんは帳面に何かを書き続けている。ロジーナさんは帳面に何かを描き続けている。2人の隣でコルネリアさんが帳面に何かを計算し続けている。3人とも手がずっと止まらない。


 観覧席のいちばん前の3つの椅子は2つが埋まっていて、1つが空いていた。昨日と同じだ。


 *


 南場に入って、灰色の淑女さんが連続で上がった。


 南1局はツモ。南2局は、僕から。


「ロン」


 僕の切った牌の前で、灰色の淑女さんの手牌がきれいに倒れた。高い手だった。僕の点棒入れが、ほとんど空っぽになった。


 僕は椅子の背もたれにもたれて空を見上げる。


 昨日のノルベルトくんの気持ちが、ちょっと分かる。


 そのとき、灰色の淑女さんが言った。


「そなた」


「はい」


「背中が、すすけておる」


 僕は背もたれから跳ね起きた。


「それ、僕の台詞です!」


「号外で読んだ。第10号である」


 灰色の淑女さんは真顔で点棒をしまった。


「一度、言うてみたかった」


 観覧席で、ノルベルトくんが僕の代わりに自分の背中をばんばん叩いていた。


 南3局。灰色の淑女さんの3回目。


 灰色の淑女さんは牌を倒しながら言った。


「余の……いや」


 後ろの付き添いの人が「失礼いたします」と小さく咳払いをした。


「……わたしの、上がりである」


 広場の何千人もが、同時にまっすぐ前を向いた。


 誰も何も言わなかった。


 言い方まで女王様に似ているなあ、と僕は思った。


 *


 オーラス。


 合計の点数はほとんど並んでいた。学園長の1回目の貯金と、灰色の淑女さんの南場の3連続がちょうど同じくらい。アルフォンスさんがすぐ後ろにいる。僕はいちばん後ろだけど、手が高い。誰が上がっても、上がった人が優勝する。


 僕の手牌は、あと1枚で上がれる形になった。


 前世の病室でネット麻雀のオーラスを何百回も打った。画面の向こうの3人の顔は、一度も見たことがない。チャットの短い文字だけが、3人の顔だった。


 今日は見える。


 アルフォンスさんは眉を少しだけ寄せている。眉だけだ。学園長は笑った顔の印に指を置いて、とんとんの準備をしている。灰色の淑女さんはフードの奥で口の端を少しだけ上げていた。


 みんな、楽しそうだった。


 僕もたぶん同じ顔をしている。


 灰色の淑女さんが牌を1枚引いた。


 指先で牌の表をなぞってから、静かに手牌を倒す。


「ツモ」


 少しだけ迷って、付け足した。


「……御無礼」


 優勝は灰色の淑女さんだった。


「GG!」


 僕が言うと、アルフォンスさんが「GG」と続いた。学園長が「じーじー」と小さく言った。


 灰色の淑女さんは、3人の顔を順番に見た。


「……じーじー」


 フードの奥で、笑っていた。


 *


 表彰式で、コルネリアさんが僕に閉会の挨拶を頼んできた。


 台の上に立つと、広場の全員がこっちを見た。何千人いるのか分からない。前世の病室の天井よりずっと広い空の下で、こんなに大勢の人の前に立つのは初めてだった。


「えっと……麻雀って、4人いないとできないんです」


 声が少し震えた。


「僕の故郷では、ずっと画面の……ずっと遠くの、顔の見えない人と打っていました。それも楽しかったです。でも今日は全員の顔が見えて、もっと楽しかったです」


 広場は静かだった。


「だから、これからもみんなでまた遊んでください。友達として!」


 広場の何千人もが同時に座りこんだ。


 *


 台から下りると、灰色の淑女さんが優勝の盾を持って立っていた。


 僕はもう一度ちゃんとお礼を言いたかった。


「今日はありがとうございました。すごく強かったです」


「そなたとの卓は、楽しかった」


「僕もです!」


 それから、ずっと言いたかったことを言った。


「あの……僕と、友達になってください」


 広場がもう一度静かになった。


 さっきよりも、ずっと静かだった。


 灰色の淑女さんはしばらく黙っていた。盾を持つ手に、ぎゅっと力が入っている。


 それからゆっくりとフードを下ろした。


 黒い髪を高く結い上げている。細い銀の冠は載せていなかった。でも、顔は知っている。


「あ」


 僕は口を開けたまま固まった。


「女王様だったんですね……似てる人じゃなくて、本人……」


「よく言われる」


 まだ立っていた広場の残りの人たちが、それで全員座りこんだ。


 女王様は真顔のままだった。


――――――――――――――――――

【女王視点】


 ルーメリア女王国、第56代女王、エルフリーデ。


 本日、余は生まれて初めて遊戯で勝って笑った。


 そして生まれて初めて、友の契りを申しこまれた。


 *


 机の北の辺には、冠の印があった。


 母上の印だと、オティーリエ先生の手紙にある。


 母上は笑わない人だった。余はずっとそう思っていた。


 冠の印の横には点数の刻みがある。5本ひとかたまりの線が、ほかの3辺と同じくらい並んでいた。


 母上は毎晩、この机で遊んでいたのだ。3人の友と。


 昨夜、オティーリエ先生から短い書状が届いた。


『寮監の足音が止まったとき、4人で机の下にもぐりました。最初に笑い出したのは、母君です』


 余はそれを3度読んだ。信じられなかったからではない。……信じられなかったからである。


 半荘のあいだ、余はずっとその刻みを指でなぞっていた。


 くじの箱を用意したのはオティーリエ先生だと、あとで商会の娘が言った。余は聞かなかったことにした。


 *


 オーラスは、余のツモである。


 御無礼と言った。殿方の故郷の言葉だと、号外の第2号で読んだ。言ってみたかったのだ。


 南2局の「背中が、すすけておる」もそうだ。第10号を読んだ夜から、ずっと言ってみたかった。殿方は「それ、僕の台詞です!」と跳ね起きた。言ってよかったと思う。


 上がったあとで殿方の顔を見た。殿方は負けたのに笑っている。アルフォンスもオティーリエ先生も笑っている。


 余も笑っていた。


 20年、余は勝っても笑わなかった。女王は笑わぬものだと思っていたからだ。今日は、勝ったから笑ったのではない。この卓が楽しかったから笑ったのだと思う。


 殿方は「じーじー」と言った。意味は知らぬ。だが3人が言ったので、余も言った。


 *


「あの……僕と、友達になってください」


 殿方がそう言ったとき、余は盾を落としそうになった。


 友の契り。殿方の心得の第7条。


 落ち着け、エルフリーデ。


 余は女王である。女王は盾を落とさぬ。女王は平静を崩さぬ。女王は、笑わぬ。


 女王は笑わぬものだと、母上も言っ……


 言っておらぬ。


 母上はそのようなことを、一度も余に言っておらぬ。余が勝手にそう思っていただけだ。母上は、机の下で笑っていた人だ。


 では、余は。


 盾を持つ右手の指が白くなっていた。ここに玉座の肘掛けはない。折る獅子の耳もない。握るしかない。


 殿方が淑女に「友に」と言うのは、古い求婚の定型句である。報告書を全部読んでいる余は知っている。殿方が一生の友を探しているつもりで、この国の淑女に求婚して回っていることを。素手の握手の意味は殿方館で知ったと第6報にあった。友の契りのほうは、まだご存じない。


 受けると答えれば、それは承諾である。断れば、殿方の差し出した言葉を払ったことになる。謁見の日の手と同じ形だ。


 あの日は手袋で答えた。言葉にはめる手袋を、余は持っていない。


 それでも殿方の目はまっすぐだった。


 フードを下ろしたのは、せめて顔を見せて答えたかったからだ。


 殿方は余の顔を見て「本人……」と言った。


 余は「よく言われる」と答えた。広場の残りの淑女が、それで全員座った。余の顔は、そういう顔らしい。


 それから言った。


「その申し出は、保留とする」


 殿方は首をかしげた。


「保留、ですか」


「余が決めかねることは、すべて保留の箱に入れることにしておる。そなたの件は、もう2つ入っておる」


「あ、イルゼさんとの握手のやつ」


「それと、もう1つだ」


 殿方は少し考えてから笑った。


「じゃあ、分かったら教えてください」


 あの騎士にも、きっと同じことを言ったのだろう。


 *


 表彰式のあとで、余は観覧席の3つ目の椅子に座った。


 空けてあった、母上の席である。


 右隣に婚姻院の院長がいた。その隣にローデ家の隠居。その隣にオティーリエ先生が立っていた。


「母上は、笑う人でしたか」


 余は先生に聞いた。


 先生は答えた。


「この学園で、2番目によく笑う娘でした」


「1番目は」


「私です」


 院長が吹き出す。隠居も吹き出す。先生も声を出して笑った。


 余は同じことをもう一度聞いた。癖である。母上の癖でもあったと、あとで隠居が教えてくれた。


「母上は、笑う人でしたか」


 今度は3人が同時に答えた。


「よく笑う人でした」


 *


 その夜、執務室に婚姻院長から短い書状が届いた。


『本日夕刻、申請28通。全件、受理。計99名』


 71までは院長の報告で知っていた。今日の閉会の挨拶で、28が足された。「友達として」と言われて、控えていた者たちが控えきれなくなったのだろう。責める気にはなれぬ。余も盾を落としかけた。


 余は執務机の引き出しから、女王の札を1組出した。王宮で買い上げた1000組のうちの1組である。


 第38代、ロスヴィータの札を抜いた。攻撃力0、守備力0。婚姻法を定めた女王。


 しばらく、その札を眺めた。


 余の箱には決めかねることを何でも入れてきた。期限のないものも、期限が来ても開けぬものも。


 だが婚姻法には、余の箱では預かれぬ数がある。


 それ以上は考えなかった。札を伏せて、引き出しに戻した。


 それから保留案件の箱を開けて、3枚目の紙を入れた。


  保留案件 第3号

  件名:殿方による友の契りの申し出(対象:余)

  期限:未定


 紙を入れたあとも、扉に鍵はかけなかった。


 笑い声が廊下まで聞こえても、もう構わないと思った。


――――――――――――――――――

【イルゼ視点】


  報告書(第7報)

  件名:王国まーじゃん大会について

  報告者:専属護衛官 イルゼ

  1.決勝の卓に遊戯部の机を用いる。運搬は当職(背負う)。

  2.優勝は灰色の淑女(※陛下)。

  3.殿方、南2局にて陛下の手に振りこむ。陛下より「背中が、すすけておる」との仰せあり。殿方は「僕の台詞です」と返答。

  4.殿方、閉会の挨拶にて「友達として、また遊んでください」と述べる。広場の淑女のほぼ全員が座りこむ。

  5.殿方、陛下に友の契りを申し出る。陛下は保留とされる。

  6.前日、殿方は殿方館のアルフォンス殿と素手で握手。殿方どうしにつき、問題なし。

  備考1:本人は「りちぎのりつ」を自称。(※自称)(※本人談)(※要検証)(※検証結果:律儀ではない。ただし誠実ではある)

  備考2:婚姻院より通知。学園祭にて殿方の卵焼きを口にし、返礼を献じたまま申請を控えていた淑女28名が、閉会の挨拶を受けて申請。全件受理。婚約者は計99名となった。

  備考3:友達は3名。ほかに保留1件。


 *


 備考2の「99」は、3度書き直した。


 1度目は、字が震えた。2度目はなぜか「100」と書きかけている。3度目で、ようやく99。


 落ち着け、イルゼ。数字を書き写すだけだ。騎士学校の算術は首席である。


 首席でも、手は震える。


 *


 報告書を封筒に入れて、寮の廊下に出た。


 リツ様の部屋の扉の向こうから、声が聞こえた。


「女王様、保留だって。保留ってことは、だめじゃないってことだよね」


 独り言だった。少しうれしそうだった。


 婚約者は、99名である。


 100人目が誰になるのか、私は知らない。


 心当たりはいくつかある。商会の娘は帳面に挟んだ封筒をときどき見ては、すぐに帳面を閉じる。生徒会長も、生徒会室の引き出しを開けるたびに少しだけ手を止める。陛下の箱には、リツ様の件の紙が3枚あると聞いた。


 私の申請書は、もうどこにもない。


 それでいいと、私は自分で決めた。


 *


 扉の前に座って、剣の手入れをした。


 今朝あの机を背負った肩が、少しだけ重い。刃にはもう研ぐところがない。


 私は扉に向かって小さく頭を下げた。


 それから2歩下がって、見張りについた。


 夜空を白い大きな鳥が1羽、横切っていく。


 今夜も、何も運んでいなかった。


 天井まで、あと1。

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