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前世で友達0人だった僕、男女比1:100の異世界で友達を作ろうとしたら婚約者が100人を超えていた ~淑女たちはクール(※内心は絶叫)~  作者: 中原九尾
第一部 「友達になってください」は求婚でした

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第28話 古い机の傷

【リツ視点】


 入学して97日目の休日。王国まーじゃん大会の予選の日だ。


 王都中央広場に着いて、僕は立ち止まった。


 卓が250台。参加者が1000人。全員が女の人で、全員が白い手袋をはめている。石畳が見えないくらい広場が卓と人で埋まっていた。


「ここが……全国……!」


「王都でございます」


 2歩後ろでイルゼさんが言った。


 分かっています。でも部活の大会の会場に初めて来たら、こう言うものなんです。


 広場の真ん中には立派な貼り紙が出ていた。


  第1回 王国まーじゃん大会

  後援:ルーメリア女王国 王室

  本戦:7日後 会場:王都中央広場

  なお、本戦には殿方館より殿方3名が特別枠にて参加いたします


 最初はコルネリアさんの商会だけの主催だった。それが10日前に「王室後援」になったのだそうだ。


 殿方3名は、アルフォンスさんたちのことだ。女王様の「考えておく」は本当に考えてくれていたらしい。


 *


 予選は半荘1回ずつの勝ち抜きだ。


 僕の卓には小さな女の子が座っていた。


「りつどの!」


 学園祭で整理券1番だった子だ。殿方館の前の通りで僕に手を振ってくれたあの子。後ろでお母さんが見守っている。


「きょうは、まけないから」


「よろしくお願いします!」


 同じ卓の大人2人は配牌からずっと手が震えていた。女の子の手は少しも震えていない。両手で一生懸命に牌を並べている。


 3局目、僕は上がった。


「ロン。……御無礼」


 向かいの人が椅子ごと後ろに倒れた。


 隣の卓の手が止まった。その隣も。御無礼の声が届いた範囲の卓が全部止まった。


 前世の麻雀漫画なら、ここで周りが「ざわ……ざわ……」となるところだ。


 でも誰も何も言わない。


 1000人が同時に淑女の平静を保つと、ざわざわの反対の音がする。しん、という音だ。


 卓に座ったままなのは、僕とあの子だけだった。


「ごぶれい、かっこいい」


 女の子は僕の手牌をじっと見て、それからきっぱり言った。


「らいねんも、くる。てんじょうまで、まわすから」


 後ろでお母さんが静かに倒れた。


「おかあさん、また、やすんでる」


 女の子は振り返りもしなかった。


 *


 夕方、結果が貼り出された。


 本戦に進むのは13人。そこに殿方館の特別枠の3人が加わって、16人で戦う。


 僕とリゼットさんの名前があった。ロジーナさんは卓の2位で、惜しくも予選落ち。コルネリアさんは主催なので出ていない。


 それから、もう1人。


『王立セレスタ学園 オティーリエ』


 学園長だった。半荘で4回上がって、4回とも「御無礼」と言ったらしい。同じ卓の3人は半荘が終わる前に全員医務室へ運ばれた。


「学園長、出てたんですか」


「一般の参加です。年に1度くらいは、本気で打ちたいので」


 学園長はいつもと同じ顔で言った。


 *


 日が暮れてから寮へ戻って遊戯部の部室で牌を片付けた。


 予選の結果を部の帳面に書き写す。購買部で買った鉛筆で、本戦に進んだ3人の名前とロジーナさんの「惜しくも2位」。


 それからランプをつけて、遊戯部の古い机を拭いた。


 棚の後ろから出てきた、天板に古い傷のたくさんある机だ。この机では、いろいろ遊んだ。


 学園長が清一色で上がって、最初の御無礼を言った。


 リバーシでは、コルネリアさんに今も一度も勝てていない。


 女王様と遊んだ大富豪の絵札を、ロジーナさんから受け取ったのも、この机の上だ。


 女王の札を56枚並べたら、イルゼさんが1枚だけ毒見した。


 雨漏りの日には、真ん中に水たまりができた。


 拭いているうちに、ふと手が止まる。


 傷の形が、そろっている。


 短い線が4本並んで、その上を斜めの線が1本横切っている。それがいくつもいくつも並んでいる。前世の本で読んだ、数を数えるときの印だ。5本で1つのかたまりになる。


 しかも机の4つの辺の前に、それぞれ線のかたまりが刻んである。


 4人分の点数だ。


 僕は机に両手をついた。


「謎は、すべて解けた!」


 部室に僕の声が響いた。


 ……解けたのは、これが点数だということだけだった。誰の点数なのか。何の遊びなのか。いつのものなのか。


「……まだ、何も」


 2歩後ろでイルゼさんが静かに言った。


 そのとおりです。


 気を取り直してランプを机の端に近づけた。4つの辺の端に、小さな印が1つずつ彫ってある。


 1つ目は、冠。


 2つ目は、筆。


 3つ目は、鍵。


 4つ目は丸い顔だった。目が2つと口が1本。口の線は両端が上がっている。


「……笑った顔だ」


 思わず声が出た。


 ずっと昔、この机を4人で囲んだ人たちがいたのだ。冠の人と、筆の人と、鍵の人と、笑った顔の人。毎晩ここで遊んで、点数を刻んで、それから棚の後ろにしまった。


 笑った顔の辺の、いちばん最後のかたまりだけが線4本で止まっていた。


 あと1本で、ひとかたまりなのに。


 そのとき、部室の扉が開いた。


 学園長が立っていた。本戦の段取りを伝えに来てくれたらしい。


「学園長、見てください。この机、昔の誰かが点数を刻んでたみたいです。4人で。ほら、ここに笑った顔の印が」


 学園長は机を見た。


「これ、誰かのセーブデータですね」


「……せーぶ?」


「遊びの途中の記録です。どこまで遊んだかを残しておくと、次はその続きから遊べるんです」


 僕は4本で止まった線を指でなぞった。


「続きから、遊べそうです」


 学園長はずいぶん長いあいだ何も言わなかった。


 口の端が動いた。


 1mmではなかった。


――――――――――――――――――

【オティーリエ視点】


 王立セレスタ学園、学園長、オティーリエ。64歳。


 淑女の平静の型を教本にまとめたのは私である。


 型その1。4つ数えて吸い、4つ数えて吐く。


 型その2。心の中で自分を支える言葉を唱える。騎士なら騎士の誓い、公爵家の娘なら歴代当主の顔でもよい。


 型が2つしかないのは、3つ目を書く前に、私には要らなくなったからだ。笑わない者に、平静を保つ型は要らない。


 騎士学校の教本も元はこの学園の教本の写しだと聞く。あの護衛官も、型は2つしか知らぬはずである。


 *


 今日、私が部室の扉を開けたとき、殿方は天板の印を見ておられた。


「続きから、遊べそうです」


 せーぶでーた、という言葉を私は知らない。


 だがその机の「続き」が何なのかは、この学園で私だけが知っている。


 *


 学生のころの私には、友が3人いた。


 1人は王女だった。のちの第55代女王陛下である。


 1人は絵師の家の娘だった。のちのローデ家の当主で、今は隠居している。


 1人は文官の家の娘だった。今は王都婚姻院の院長をしている。


 そして、私。


 4人で寮の物置に机を運びこんで、毎晩札遊びをした。


 「四つ辻」という。4人が東西南北の道に座り、真ん中の辻に札を1枚ずつ出す。いちばん強い札を出した者が、その辻を取る。最後の1枚を出すときは「辻」と声に出す決まりで、言い忘れれば取った辻を1つ返す。


 点数は王女が持ちこんだ小刀で天板に刻んだ。寮監に見つかれば全員が罰を受ける。だから名前の代わりに、印を決めた。


 王女は冠。絵師の娘は筆。文官の娘は物置の鍵を預かっていたので、鍵。


 私の印を決めたのは王女だった。


「オティーリエは、いちばんよく笑うから」


 そう言って、自分で彫った。丸い顔に、両端の上がった口。


 *


 4人には、それぞれ癖があった。


 王女は負けると同じことを2回聞いた。


「今のは、わたくしの負け?」


「負けです」


「……わたくしの、負け?」


「負けです」


 2回聞いて、2回目で笑う。それが王女の負け方だった。


 絵師の娘は札の絵ばかり見ていた。自分の番が来ても、札の縁の飾りを目で写すのに夢中で気づかない。「あなたの番」と3回言われて、ようやく顔を上げる。


 鍵の娘は肝心なところで言い忘れた。最後の1枚を出すときの「辻」をである。勝ち越しのかかった晩に限って言い忘れ、辻を1つ返す。そのたびに王女が床を叩いて笑った。


 私は、勝っても負けても笑った。


 だから笑った顔なのだと、王女は言った。


 *


 一度、寮監の足音が物置の前で止まったことがある。


 鍵の娘がすぐに内側から鍵をかけた。この晩だけは忘れなかった。4人で机の下にもぐりこむ。狭くて、誰かの肘が誰かの脇腹に入った。


 扉が叩かれた。


「誰か、いるのですか」


 机の下で、王女が口を開いた。


「……にゃあ」


 王女の猫の真似はひどく下手だった。


 扉の向こうがしばらく黙った。


「……この物置の猫は、内側から鍵をかけるのですね」


 足音が遠ざかっていく。


 王女が声を殺して笑い出した。つられて絵師の娘が笑った。鍵の娘が「静かに」と言いながら一番笑っていた。


 私は3人の口を順番に手でふさいだ。それから、自分も笑った。


 淑女の平静など、どこにもなかった。


 翌朝、物置の前に牛乳の入った小皿が1枚置いてあった。


 寮監もまた、淑女だったのである。


 *


 卒業の日、4人で最後の勝負をした。


 勝ったのは私である。王女が笑った顔の印の横に4本目の線を刻んだところで、寮の鐘が鳴った。


 王女は小刀を置いて、札を放り出した。


「次に会うときは、女王と、絵師と、役人と、先生だね」


 それから少しだけ真面目な顔をした。


「でも、女王は笑わぬものなんだって。母上がそう言うの」


 その日から、4人で集まることはなかった。


 王女は即位して、笑わぬ女王になった。絵師の娘は笑わぬ殿方の肖像を描き続け、文官の娘は婚姻院で会う前に決まる縁組みを結び続けている。


 私は学園の教師になった。


 淑女の平静を教える者になったのだ。教える者が平静を保てなくては示しがつかない。だから私は笑うのをやめた。教本を書いたのは、その数年後である。


 机は卒業の日に物置の棚の後ろに隠した。見れば思い出すと分かっていたからだ。


 *


 20年前、第55代の陛下が亡くなられた。


 44歳だった。生きておられれば、今年で私と同じ64歳である。


 葬儀のあとで、21歳になったばかりの王女が私のところへ来られた。今の陛下である。


「先生。母上は、笑わない人でした」


 私は答えられなかった。


 陛下はもう一度言われた。


「……母上は、笑わない人でしたね?」


 同じことを、2回。


 母君と同じ癖だった。2回目で笑うはずの癖である。陛下は笑われなかった。


 あの人がどれほどよく笑ったか、私は知っている。物置の机の天板に全部刻んである。


 それでも言えなかった。言えば、母君の「女王は笑わぬもの」を、娘の前で崩すことになる。


 *


 今年、王都騎士団本部から報告書の写しが1枚回ってきた。東部の草原で、身元の分からない殿方が見つかったという。


 報告者の欄には、騎士学校を首席で出た騎士の名があった。私の教本で平静を覚えた世代である。


 その報告書の1行。


『発見時の状態:走行中(※誤記ではない)』


 落ち着きなさい、オティーリエ。あなたは46年、平静を教えてきた。型その1。4つ数えて吸い、4つ数えて——


 ……走行中。


 殿方が。走って。誤記ではない。


 誤記ではないのだ。


 型その2を唱えようとして、唱える言葉が出てこなかった。代わりに、物置の机の下で聞いた下手な猫の声が出てきた。


 私は報告書を伏せた。表に返して、もう一度読んだ。また伏せた。


 その日のうちに学園長として「強い希望」を出した。この殿方を、学園で預かりたいと。


 以来、あの護衛官の報告書の写しは引き出しのいちばん上にしまってある。律儀の注記は、回を追うごとに増えている。


 *


 殿方が部の顧問を探しておられた日のことも書いておく。


 朝のうちに担任から届けの写しが回ってきた。会の名の欄には『遊戯部』の3文字。


 9人の教師が断った。昼休みの終わり、私は廊下で殿方の「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」を聞いた。


 顧問を引き受けた理由を聞かれれば、私はあの言葉だと答える。嘘ではない。


 だが本当は、届けの『遊戯部』の3文字を見たときから、あの物置のことを考えていた。


 そこへ殿方がおっしゃった。


「部室なんですけど、寮の物置を使わせてもらえませんか」


 返事に3秒かかった。新聞部の子が数えていたらしい。


 あの物置が、46年ぶりに遊戯の部屋に戻る。


 次の日、壁のリストを上から読んだ。麻雀から始まって、いちばん下の行が『放課後、みんなでしゃべる』だった。


 2秒、止まった。


 46年前の物置で、私たちがいちばん長くしていたのは四つ辻ではない。札を配りながら、取った辻を数えながら、しゃべっていたのだ。毎晩、消灯の鐘が鳴るまで。


 卓に着く前に、机の角に手のひらを置いた。笑った顔の印のある角である。


 御無礼と言ったとき、口の端が1mm上がったと新聞部の子に書かれた。


 1mmで止めたのは、46年分の平静である。


 *


 今日。


 殿方は4本で止まった線を指でなぞっておられた。続きから遊べそうだ、と。


 私は長いあいだ何も言えなかった。口の端が勝手に動いたのが、自分でも分かった。


 それから言った。


「その印の持ち主は、この学園で一番よく笑う娘でした」


「へえ。会ってみたいです」


「もう会っておられます」


 殿方は首をかしげて、机と私の顔を見比べておられる。


 私は笑った。


 1mmではなかった。


 殿方は目を丸くして、それからものすごくうれしそうな顔をされた。


「学園長、笑うとそんな顔なんですね!」


「……忘れなさい」


「無理です。セーブしました」


 せーぶ、とは覚えておくことらしい。


 2歩後ろの護衛官は天井の隅を見ていた。型その1をやっている顔だった。


 *


 殿方と護衛官が帰られたあと、私は学園長室に戻った。


 机の上に私の印がある。考えごとをするとき指でとんとん叩く癖があると、生徒たちに言われている印だ。


 印の面を見た者はいない。一度も押したことがないからである。


 面には笑った顔が彫ってある。卒業の日の朝、王女が小刀で彫って、黙って私の手に握らせたものだ。


 引き出しを開けた。


 いちばん上に報告書の写し。その下に、婚姻院からの通知の束がある。


 19。23。29。52。71。


 保護責任者として受け取ってきた通知だ。いちばん上の1枚は、2日前に届いた。2年B組の19名。野営訓練の芋煮である。


 本人への通知は当面控える、と返書したのは私である。


 その「当面」が、いつまで許されるのか。


 婚姻法には、たしかそれを定めた条文があったはずだ。鍵の娘なら、番号まで覚えているだろう。肝心なところで言い忘れる娘だが、条文だけは忘れたことがない。


 私は印を2回叩いて、引き出しを閉めた。


 *


 その夜、手紙を書いた。


 1通は婚姻院の院長あて。もう1通はローデ家の隠居あて。文面は同じにした。


『7日後の王国まーじゃん大会の本戦、観覧席を3つ取りました。1つは、空けておきます。昔の物置の机の件で、話があります。 オティーリエ』


 鍵の印の娘は、たぶん来る。近ごろ冗談を言うようになったと聞いた。


 筆の印の娘も、たぶん来る。孫娘が先日、笑う殿方を描いたそうだ。娘のほうは、その絵の前で倒れたと聞いた。


 冠の印の席は、空けておく。


 それから、もう1通書いた。


 王宮あて。陛下へ。


『本戦の観覧席を、お忍びでなく、ご用意できます。 オティーリエ』


 少し考えて、もう1行足した。


『母君の印が、学園の物置の机に残っております。冠の形です。よろしければ、一度ご覧ください』


 陛下は、たぶん2回読まれる。


 *


 封をしてから、部室の鍵を手に取った。


 夜の部室でランプをつけた。


 天板の4つの印を1つずつ指でなぞる。冠。筆。鍵。それから、両端の上がった口。


 小刀は、もうない。


 机の端に、殿方の鉛筆が1本転がっていた。予選の結果を部の帳面に書き写したあと、置いていかれたものだ。購買部で売っている、ありふれた鉛筆である。


 私はそれで、笑った顔の横の、4本で止まっていたかたまりに5本目を足した。


 今日の予選。上がりが4回、御無礼が4回。


 46年かかって、ひとかたまりになった。


 久しぶりに、私の勝ちである。

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