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前世で友達0人だった僕、男女比1:100の異世界で友達を作ろうとしたら婚約者が100人を超えていた ~淑女たちはクール(※内心は絶叫)~  作者: 中原九尾


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第26話 だるまさんがころんだ

【リツ視点】


 入学して90日目。休日。


 僕は久しぶりに殿方館を訪ねた。


 3つの門をくぐると、庭の扉が開いていた。学園祭の夜から、ずっと開いたままらしい。


 白い花の向こうで3人が待っていた。アルフォンスさんとノルベルトくんとエミールくんだ。


「リツ殿!」


 ノルベルトくんが手を振った。エミールくんは少し遅れて小さく手を振った。


 アルフォンスさんは腕を組んで立っていた。でも口の端が少し上がっている。


「よく来た」


「来ました! 今日は、みんなで遊びましょう!」


 *


 最初は鬼ごっこをしようと思った。


 でもすぐに問題が起きた。


 館長さんが「殿方だけでは危のうございます」と言って、侍女の人を6人つけてくれたのだ。


 先頭の侍女さんはお盆を持っていた。お茶のカップが4つ載っている。白髪まじりの髪をきっちりまとめた人で、背筋が館長さんと同じくらいまっすぐだ。


「侍女長のテクラでございます。この館に勤めて30年になります」


「リツです! テクラさん、よろしくお願いします!」


 お盆の上で、カップが4つ同時にかちゃりと鳴った。


 でも、1滴もこぼれなかった。30年はすごい。


 せっかくなので侍女さんたちにも鬼ごっこに入ってもらった。


 侍女さんが鬼になると、誰も追いかけてこなかった。


 鬼の侍女さんは庭の真ん中で、まっすぐ前を向いて立ったまま動かない。


「あの、追いかけていいんですよ」


「……淑女は、殿方を追いかけてはならぬものでございますので」


 僕が鬼になると、今度は誰も逃げなかった。


 侍女さんたちは僕のほうへ静かに歩いてきて、1人ずつ「捕まりました」と頭を下げた。テクラさんはお盆を持ったまま捕まりに来た。お茶は無事だ。


 ノルベルトくんが鬼のときだけは、ちょっとだけ鬼ごっこになる。殿方4人で庭を走り回る。でもその間、侍女さんたちは庭の真ん中に一列に並んでいた。捕まる順番を、行儀よく待っているのだ。


 これは鬼ごっこじゃない。行列だ。


「館長さん。侍女さんたちも、追いかけていいことにできませんか」


 扉のそばの館長さんは、何も持っていない右手を口元へ運びかけて、やめた。


「淑女が殿方を追うことは……」


 そこで言葉が止まった。


 館長さんはしばらく庭の噴水を見ていた。それから何も言わずに小さく首を振った。


 鬼ごっこは、成立しない。


 *


 だから、だるまさんがころんだにした。


 鬼は木の幹に顔を伏せて「だるまさんがころんだ」と言う。その間にみんなが近づいてくる。言い終わって鬼が振り返ったときに動いていた人は捕まる。鬼の背中に最初に触った人の勝ちだ。


 追いかけないし逃げない。これなら大丈夫だ。


 部室の壁のやりたい遊びリストにも入っている。病室の窓から、庭で遊ぶ子どもたちを何回も見た遊びだ。


 最初は僕が鬼をやった。


「だるまさんが、ころんだ!」


 振り返った。


 侍女さんたちは完全に止まっていた。


 片足を上げたまま。手を伸ばしたまま。前のめりになったまま。6人ともまばたきすらしない。彫刻みたいだった。


 テクラさんはお盆を持ったまま止まっていた。カップの中のお茶の表面まで、ぴたりと止まっている。


「時を止める能力者が、6人……!」


 誰も返事をしなかった。止まっているので。


 ノルベルトくんはぐらぐら揺れていた。エミールくんはしゃがんだまま転んでいた。アルフォンスさんは止まっていたけれど、眉が1回動いた。


「ノルベルトくんとエミールくんとアルフォンスさん、動きました!」


「眉だけだ」


「眉もです」


 *


 侍女さんたちは強すぎた。


 何回やっても1人も動かない。僕が振り返るたびに、6つの彫刻が少しずつ近くなっている。


 最後は6人全員が僕の背中にそっと触れて、「切った」と言った。指の先だけ。手袋の、さらに先っぽだけだった。


 それから6人とも元の場所に戻って、まっすぐ立った。平静そのものの顔だ。ただ、触った指の先を、もう片方の手でぎゅっと握っていた。


 淑女の平静というやつだと思う。この国の女の人は、毎日ずっとだるまさんがころんだをしているようなものなのかもしれない。


 *


 次の回、気がつくと庭の隅に木箱が1つ置いてあった。


「だるまさんが、ころんだ!」


 振り返ると箱が少しだけ近づいていた。


 次も箱が近づいていた。


 その次も。


 箱は動いているところを一度も見せなかった。ただ、振り返るたびに確実に近くなっている。下から白い靴下の足が2本出ていた。


「……ノルベルトくん、ですよね」


 箱は返事をしなかった。


 最後に箱が僕の背中に触れた。


 ぱかっと開いて、ノルベルトくんが立ち上がった。


「待たせたな」


 侍女さんが3人倒れた。


 テクラさんは倒れなかった。お盆も無事だった。


 *


 最後の回は館長さんが鬼をやってくれた。


 灰色の髪の館長さんは木の幹の前に立って、しばらく黙っていた。それから顔を伏せて大きな声で言った。


「だるまさんが、ころんだ!」


 庭が静まり返った。


 侍女さんたちが目を丸くしていた。館長さんが大きな声を出すのを初めて聞いたらしい。


 そのとき、テクラさんのお盆の上でカップがかちゃりと鳴った。


 館長さんはゆっくり振り返った。


「テクラ、動きましたね」


「……館長様の大きなお声は、30年で初めてでございましたので」


 テクラさんはまっすぐ前を向いたまま答えた。お盆に、お茶が少しだけこぼれていた。


 それから館長さんは、まっすぐアルフォンスさんを指さした。


「アルフォンス、動きましたね」


「……動いておらぬ」


「眉が」


 僕のいる場所からは、全然見えなかった。木の幹からアルフォンスさんまで、10歩以上ある。


「見える……館長さんには、見えてるんだ……」


「眉だけだ」


「眉もです」


 ノルベルトくんが吹き出した。エミールくんも笑った。テクラさんの肩が、一度だけ小さく揺れた。


 館長さんも、少しだけ笑っている。


――――――――――――――――――

【エミール視点】


 殿方館、エミール。13歳。


 今日、わたしは生まれて初めて「とり」の話を聞いた。


 子どもを運ぶとりの話を。


 *


 だるまさんがころんだのあと、侍女たちは館の中に戻っていった。倒れた3人は、ほかの3人に両脇を支えられていた。


 侍女長のテクラは最後に戻った。こぼれた茶を、盆ごと大事そうに持って。


 わたしが3歳でこの館に来た日から、テクラはずっと侍女長である。だるまさんがころんだでは、最後まで1度も動かなかった。館長の声を聞くまでは。


 リツ殿は、テクラを名で呼んだ。館長のほかに侍女長を名で呼んだ人を、わたしは初めて見た。


 わたしたち4人は、噴水の縁に並んで座った。


 殿方だけになった。


 リツ殿は、なぜかものすごくうれしそうである。


「男子だけで話すの、初めてなんです。青春小説で何回も読みました。男子だけになると、こういう話をするんです」


「こういう話とは」


 アルフォンス様が聞いた。


「えっと……将来の話、とか」


 アルフォンス様は少し考えてから言った。


「では、話そう。私は来年、縁組みをする」


 *


 わたしは知っていた。


 殿方が18歳になると、婚姻院が縁組みを決める。


 ローデ家の絵師が館に来て、何日もかけて肖像を描く。その絵が淑女の家に送られる。決まる相手は20人か30人。


 縁組みのあとで殿方は神殿に行く。授かりの儀だ。


 殿方と淑女が素手で手を取り合って祈る。そうすると子どもを授かる。


 だから殿方は手袋をはめる。素手で淑女の手を取ることは、それだけで婚約の申し込みになる。わたしは小さいころからそう教わってきた。


 アルフォンス様がそれを全部説明すると、リツ殿はしばらく口を開けたままだった。


「……20人と、結婚するんですか」


「20人か30人か、まだ分からぬ」


「えっ、30人?」


「少ないほうだ」


 リツ殿は自分の手を見ていた。手袋をはめていない、素手の右手だった。


「素手で手を取るのが、婚約の申し込み……」


「知らなかったのか」


「……僕、この国に来た最初の日に、イルゼさんと握手しました」


 アルフォンス様の眉が動いた。今度は眉だけではなかった。


「それから女王様にも手を差し出しました。素手で」


「布告の写しで読んだ。手袋どうしの握手は挨拶とみなす、と。陛下は手袋で返されたのだろう」


「あれ、そういう意味だったんですね……」


 リツ殿は少し考えてから、急に顔を上げた。


「あ、でも展覧会では、行列の人と300人くらい握手しました」


「素手でか」


「……手袋でした。よかった……」


 リツ殿は噴水の縁で両手で顔を覆った。ロジーナという淑女がよくする仕草だと、リツ殿の手紙に書いてあった。


 *


 しばらくしてリツ殿は顔を上げた。


 それからすごく不思議そうな顔で言った。


「でも、手をつないで祈るだけで、子どもができるんですか」


「そうだ」


「僕の知ってる方法とは、ちょっと違うんですけど……」


 アルフォンス様がリツ殿のほうを向いた。


「ほかの方法とは」


 リツ殿は口を開けた。


 そのまま止まった。


 だるまさんがころんだの侍女たちより、ずっときれいに止まっていた。テクラの茶より、止まっている。


「……えっと、それは」


「うむ」


「まず、その……」


「うむ」


 リツ殿の顔がだんだん赤くなっていく。耳まで赤くなった。


「……すみません。僕も前の……故郷ではずっと寝てばかりで。保健の教科書でしか読んだことがなくて」


「ほけんの、きょうかしょ?」


「それに、よく考えたら僕、女の子と手をつないだこともなかったです」


「握手はしたのだろう」


「握手しかしたことがないです」


 リツ殿はもう一度顔を覆った。


 それから顔を覆ったまま、小さな声で言った。


「……コウノトリが、運んでくるんです」


 アルフォンス様は真顔で「そうか」と言った。


 ノルベルトは何か聞こうとして、アルフォンス様に目で止められた。


 わたしは思わず声が出た。


「とり……」


 *


 こうのとりなら知っている。


 白くて大きくて足の長いとりだ。毎年春になると殿方館の屋根に来る。わたしの部屋の窓から巣が見える。


 あのとりが子どもを運ぶ。


 わたしは3歳のときにこの館に来た。それより前のことはあまり覚えていない。母上には年に1度だけ会える。面会の間で1時間だけ。


 わたしも、とりに運ばれてきたのだろうか。


 母上のところへ。それからこの館へ。


 *


 夜、館の書庫に行った。


 リツ殿の言った「ほかの方法」が、どこかの本に書いてあるかもしれないと思ったからだ。


 書庫の本を端から端まで探した。殿方の心得。婚姻法。神殿の祈りの本。


 どこにも書いていなかった。


 見つかったのは、こうのとりの絵の載った博物の本だけだった。


 わたしはその本を部屋に持って帰った。


 たぶん、ほかの方法というのは、とりのことだと思う。


 *


 寝る前に手紙を書いた。


 母上への手紙だ。


 母上に手紙を書くのは初めてだった。会えるのは面会の日だけだと思っていた。リツ殿がアルフォンス様に毎日手紙を書いているのを見て、書いてもいいのだと思った。


『母上へ。今日、だるまさんがころんだをしました。侍女が強かったです。館長が大きな声を出しました。侍女長のテクラが、館長の声で動いて捕まりました。それから、こうのとりの話を聞きました。わたしは、とりに運ばれて母上のところに行ったのですか。春になったら、屋根のこうのとりに聞いてみます。 エミール』


 押し花はなかったので、庭の白い花びらを1枚入れた。


――――――――――――――――――

【イルゼ視点】


 殿方館の控えの間には窓がある。


 窓の外は、噴水である。


 *


 だるまさんがころんだは、その窓から見ていた。


 館長殿の声には驚いた。侍女長のテクラ殿も驚いて動いた。館長殿の大声は、30年勤めて初めて聞いたそうである。この館で初めて殿方の笑い声が聞こえた日、「初めてでございます」と私に言ったのも、テクラ殿だった。この館の「初めて」は、だいたいリツ様が持ってくる。


 遊戯が終わり、殿方が4人で噴水の縁に座られた。


 リツ様の声はよく通る。


「……僕、この国に来た最初の日に、イルゼさんと握手しました」


 剣の手入れをしていた手が止まった。


 知られた。


 知られてしまった。草原の握手の意味を。


 落ち着け、イルゼ。保留だ。保留案件第1号。陛下は保留を続けるとおっしゃったと、騎士学校の恩師から聞いている。


 保留とは何だ。まだ決まっていないということだ。


 決まっていないのに、私の心臓はなぜ決まったように鳴るのか。


 落ち着け。鳴っているのは心臓ではない。剣だ。剣を握った手が震えて、刃が膝の上の鞘に当たっている。


 ……剣のほうが、まだ落ち着きがない。


 私は布に油をしみこませた。刃の根元から先へ、一度で拭く。返して、もう一度。


 噴水の縁では、リツ様が顔を覆っておられた。


 拭く。返す。もう一度。


「……コウノトリが、運んでくるんです」


 拭く手が、また止まった。


 こうのとり。


 殿方の故郷では、子はとりが運ぶ。そういうことらしい。そういうことにしておく。報告書に書くかどうかは、あとで考える。


 拭く。返す。


 *


「その剣、もう映ります」


 声をかけられて顔を上げると、テクラ殿が茶を持って立っていた。盆の上には、こぼれた跡がまだ少し残っている。


 剣を見た。


 刃に、私の顔が映っていた。眉の1本まではっきりと。


 窓の外はもう夕方である。噴水の縁には、もう誰もいない。


「……2時間ほど、手入れをしておりましたか」


「2時間と少しでございます」


 テクラ殿は茶を置いて、少しだけ首をかしげた。


「護衛官殿も、何かが初めてのお顔をしておられます」


 私は剣を鞘に納めた。


 鞘に納めるのに、3回かかった。


 *


 帰りの馬車で、リツ様が私にお聞きになった。


「イルゼさん。最初の日の握手って、その……婚約の申し込みになってたんですか」


 私は前を向いたまま答えた。


「前例がないため、判断は保留されております」


 嘘ではない。


「……保留、ですか」


「はい」


「よかった……」


 リツ様は大きく息を吐いて座席にもたれかかられた。それから少し考えて、こうおっしゃった。


「あ、でも保留なら、まだ分からないってことですよね」


「……はい」


「じゃあ、分かったら教えてください」


 私は返事をしなかった。


 分かったら。分かったら私は、何と申し上げるのか。陛下の箱のふたは、まだ閉まっている。開けてほしいのか、閉めておいてほしいのか。それは私にも分からない。


 だから、返事ができなかった。


 馬車の窓の外を、白い大きな鳥が1羽飛んでいった。


 リツ様は「あ、コウノトリだ」とおっしゃった。


 *


 その夜、報告書を書いた。


  報告書(第6報)

  件名:殿方館への訪問について

  報告者:専属護衛官 イルゼ

  1.殿方館の庭にて、遊戯「鬼ごっこ」を試みる。淑女が殿方を追わないため、成立せず。

  2.遊戯「だるまさんがころんだ」に変更。侍女6名、館長殿が鬼の回を除き全勝。

  3.殿方館館長殿、鬼を務める。大きな声を出す(侍女長テクラ殿によれば、勤続30年で初)。同殿、驚いて動き、捕まる。

  4.殿方、素手の握手の意味を知る。

  5.殿方、授かりの儀について「ほかの方法」に言及。詳細は語られず。(※要検証)

  6.殿方によれば、殿方の故郷では、子はこうのとりが運ぶとのこと。


 4を書くとき、手が少しだけ止まった。


 6を書き終えてから、もう1行だけ書き足した。


  備考:本日、王都の上空にてこうのとり1羽を確認。何も運んでいなかった。


 *


 翌日の放課後、リツ様は部室の壁の前で昨日のことを話された。


「侍女さんたち、時を止める能力者でした。6人とも」


 リゼット殿が帳面に書き取った。字がだんだん大きくなっていく。


 コルネリア殿は「道具のいらない遊びは、商いになりませんわ」と言った。帳面にインクの染みは1つもなかった。少しほっとした顔をしていた。


 ロジーナ殿が筆を取って、やりたい遊びリストの「だるまさんがころんだ」に丸をつける。


「丸、1つ増えました!」


 リツ様はうれしそうにリストを見上げておられた。


 握手の話は、なさらなかった。


 ただ、今朝からリツ様の胸のポケットには、白い手袋が1組入っている。誰かに手を差し出す前に、はめるおつもりなのだろう。


 淑女に素手の手が差し出されることは、もうないのかもしれない。


 草原の手が、最初で最後になるのかもしれない。


 落ち着け、イルゼ。あれは保留案件である。保留案件には、丸もばつもつかない。


 リストを見上げるリツ様の2歩後ろで、私は剣の柄から手を離した。


 昨日磨きすぎた剣は、今日もまだよく映る。

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