↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で友達0人だった僕、男女比1:100の異世界で友達を作ろうとしたら婚約者が100人を超えていた ~淑女たちはクール(※内心は絶叫)~  作者: 中原九尾


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/30

第24話 僕、占い師です

【リツ視点】


 入学して82日目は朝から雨だった。


 放課後に遊戯部の部室へ行くと、入り口にはエレオノーラ先輩とヘルガさんが立っていた。今日は生徒会の監査の日だ。月に1度のはずが今月はもう3回目になる。生徒会はよっぽど遊戯部が心配らしい。


 扉を開けると天井から水が落ちていた。


 古い物置なので屋根のどこかに穴があいていたらしい。遊戯部の古い机の真ん中に、ぽたん、ぽたんと水たまりができていく。


 僕が「あっ」と言うより先に、ヘルガさんが動いた。


 どこからかバケツを3つ持ってきて、水の落ちるところに1つずつ置く。指を広げてバケツとバケツの間を測り、少しずらしてまた測る。それから1歩下がって、小さくうなずいた。


 ぽたん、ぽたん、ぽたん。3つのバケツが順番に鳴った。


 ヘルガさんは2年生で、いつも先輩の隣にいる人だ。野外実習で同じ班になったとき、凍ったツノイノシシを1人で担いで運んでいった。その日の夕食にはツノイノシシの煮込みが出た。学園祭の前の日には、先輩の監査にもついてきていた。


 背が高くて、ほとんどしゃべらない。でも気がつくと、いつも何かを片づけている。


 棚の道具はイルゼさんとヘルガさんが2人で運び出してくれた。


 でも、遅かった。


 麻雀の牌は箱の中で湿ってくっついていた。王宮から持ち帰った大富豪の札は端から反り返って、配る前から全員の手札が見えそうだ。リバーシの盤は厚紙なので、持ち上げたらふにゃりと曲がった。


 全滅だった。


 イルゼさんは天井の穴をしばらく見上げていた。何かを測っているような目だった。


 先輩は入り口で天井を見上げてから言った。


「……本日の活動は、生徒会室で行ってください」


 *


 生徒会室は広くて、長い机が1つあった。先輩がその場で許可証を書いてくれたので、今日だけはここでも3mの決まりがない。


 机の端に「書記」と書いた小さな札があって、ヘルガさんがその前に座った。ヘルガさんは生徒会の書記らしい。今日初めて知った。


 ヘルガさんは丸めた紙を広げて生徒会室の壁に黙って貼った。部室の壁にあった、やりたい遊びのリストだ。いつの間に持ってきたんだろう。


 道具は全部湿っている。6人で何をしよう。


 リストを上から順に見ていって思いついた。


「人狼をやりましょう! 道具がほとんどいらない遊びなんです」


「……じんろう?」


「村人の中に、人狼が隠れているんです。夜になると人狼が1人ずつ村人を襲って、昼になるとみんなで話し合って、怪しい人を1人追放します。人狼を追放できたら村人の勝ち。人狼と村人が同じ数になったら、人狼の勝ちです」


 前世ではネットで何百回も遊んだ。顔の見えないチャットで、誰が嘘をついているのかを言葉だけで探す遊びだ。


 僕は人と面と向かって話すのは苦手だった。でもチャットの人狼だけは得意だった。


「故郷で何百回も遊んだので、ちょっとだけ得意なんです」


 *


 役の札は紙で作ることにした。ヘルガさんが黙って紙と鋏を出してくれた。


 人狼が1枚、占い師が1枚、村人が4枚。占い師は夜に1人だけ、「人狼かどうか」を調べられる。


 ゲームマスターはイルゼさんにお願いした。


「夜になったら『全員、目を閉じてください』って言うんです。それから人狼だけ目を開けてもらって、誰を襲うか指でさしてもらいます」


「……全員が、目を閉じる」


「はい」


「その間、リツ様を見張る者がいなくなります」


「イルゼさんがいるじゃないですか」


 イルゼさんは少し考えてうなずいた。


「……私だけが、見張ります」


 なぜか少しうれしそうに見えた。


 *


 1回目。僕の札は占い師だった。


「夜になりました。全員、目を閉じてください」


 イルゼさんの声は本物のゲームマスターみたいに落ち着いていた。


 目を閉じる。雨の音がする。


 しばらくして、どこかでかすかにペンが紙をこする音がした。


「占い師は、目を開けてください」


 目を開けるとイルゼさんと目が合った。ずっとこっちを見ていたみたいだ。ゲームマスターだから当然だ。


 僕はエレオノーラ先輩を指さした。イルゼさんが小さく首を横に振る。人狼ではない、という合図だ。


 朝になった。


「昨夜、ヘルガ殿が無残な姿で発見されました」


 ヘルガさんは音もなく椅子から下りて、床に仰向けになった。両手を胸の上で組んで、目を閉じる。


 ちゃんと死んだふりをしてくれる。いい人だ。


 *


 話し合いの時間だ。


 人狼で一番大事なのは、占い師が名乗り出ることだ。


 僕は手を挙げた。


「僕、占い師です!」


 次の瞬間、3つの手が同時に挙がった。


「わたくしも、占い師ですわ」


「わたしも占い師です」


「……わ、わたしも、です」


 コルネリアさんとリゼットさんとロジーナさん。少し遅れて、エレオノーラ先輩まで手を挙げた。


「私も、占い師です」


 占い師は1人しかいない。


 5人いた。


 占い師のバーゲンセールだ。


「あの、占い師の札は1枚しかないんですけど」


「存じておりますわ」


「存じています」


「……ぞんじて、ます」


 全員がまっすぐ前を見ていた。


 これは手ごわい。前世のチャットでもこんな村は見たことがない。


 僕は立ち上がった。こういうときは、まず空気を変えるのが大事だ。


「犯人は……いや、人狼は、この中にいる!」


 生徒会室が静かになった。


 リゼットさんの帳面に大きな字で『この中にいる』と書かれた。


 この部屋には7人しかいないので、それはそうだ。言ってから気づいた。


「……じゃあ、僕の占い結果を言います。エレオノーラ先輩は、人狼じゃありませんでした」


 先輩の肩が少しだけ動いた。


「でも先輩、何か隠してる顔ですね」


 人狼でよく使う、揺さぶりの台詞だ。


 先輩は監査記録を書いていたペンを右手でぎゅっと握りしめた。指の関節が白くなっている。


「先輩、手、つりました?」


「……つって、おりません」


 *


 僕は夜の間に聞こえた音を思い出した。


 ペンが紙をこする音。目を閉じている間に何かを書けるのは、目を開けていた人だけだ。


 ペンを持っているのは先輩だ。でも先輩は占いで人狼じゃなかったし、そもそも握ったままぴくりとも動いていない。あれでは字は書けない。


 この中で、いつも帳面を持っているのは。


 音がしたのは窓のほうからだった。


 僕は人差し指をまっすぐ伸ばして、前世のゲームで覚えた台詞を言った。


「異議あり!」


 コルネリアさんがびくっとした。


「夜の間にペンの音がしたのは、コルネリアさんの席からでした」


 コルネリアさんはしばらく黙ってから、膝の上の帳面をそっと閉じた。


「……人狼の遊戯を購買部で売る場合の値段を、書いておりましたの」


「人狼の夜に?」


「目を閉じると、商いのことがよく見えるのですわ」


 コルネリアさんが人狼だった。


 投票は指でさして決めた。全員がコルネリアさんを指さした。先輩だけは左手だった。右手はまだペンを握っている。


 コルネリアさんが追放されて、村人の勝ちになった。コルネリアさんは帳面に「計算外」と書いていた。


 床のヘルガさんが起き上がって、黙って椅子に戻った。


 ロジーナさんが筆箱から鉛筆を出して、壁のリストの「人狼」に丸をつけてくれた。福引きの4等の、あの鉛筆だ。


 丸が、また1つ増えた。


 部室じゃなくても、遊戯部は遊戯部だ。帰りにヘルガさんが、リストを丸めて部室の壁に戻してくれた。


――――――――――――――――――

【エレオノーラ視点】


 ブランシュ公爵家の長女、エレオノーラ。


 本日、私は生まれて初めて、手のこと以外で嘘をついた。


 殿方の前で。


 ブランシュ家の13代目のお祖母様は、生涯に一度も嘘をつかなかったと聞く。お祖母様の肖像は、今日は額縁ごと横を向いている。


 *


 占い師を名乗った5人のうち、4人は嘘である。


 私たちは誰も示し合わせていなかった。


 それでも4人が手を挙げた理由は、たぶん同じだと思う。


 殿方が「僕、占い師です」とおっしゃった。


 殿方と同じ役を名乗れる機会など、この先の人生に二度とないかもしれない。


 お揃いである。


 落ち着きなさい。お揃いである。お揃い。恋歌に「同じ星の名を口にした2人」という一節がある。夜空の同じ星を殿方と淑女が同時に指さして、同じ名で呼ぶ。あれは、つまり——落ち着きなさい。これは遊戯だ。星ではない。札である。


 遊戯の勝ち負けより、そちらのほうがずっと大事だった。少なくとも私にとっては。


 *


 殿方の占いの結果は正しかった。私は村人だった。


 そのあとで殿方はおっしゃった。


「でも先輩、何か隠してる顔ですね」


 右手が、ペンを握ったまま閉じた。


 遊戯の台詞だと分かっている。人狼でよく使う揺さぶりだと、殿方ご本人があとで説明された。


 それでも右手は開かなかった。


 私には隠し事がある。


 1つだけ。


 *


 2回目の前に、ヘルガが無言で紙を6枚に切った。投票の札である。指でさすより公平だと、殿方がおっしゃったからだ。


 ヘルガは配って回り、私の前で一度だけ止まった。それから私の拳の親指と人差し指の隙間に、札を1枚差しこんだ。


 ペンと札。右手の中に、2つになった。


 2回目の遊戯で、殿方は人狼を引かれた。


 札を見た瞬間、殿方の口の端がほんの少しだけ上がったのを私は見た。


 朝になって話し合いが始まると、殿方は真っ先におっしゃった。


「僕は悪い人狼じゃ……いえ、村人です。悪くない村人です」


 生徒会室の全員が、まっすぐ前を見た。


 殿方は隠し事が下手である。


 ところがそこからが別人のようだった。


 落ち着いた声で、少しだけ困った顔をして、まっすぐ前を見て話される。疑われそうになると、別の誰かの発言の矛盾をやわらかく指摘される。故郷で何百回も遊んだので「ちょっとだけ得意」だとおっしゃっていた。ちょっとだけ、ではなかった。


 最初の夜に襲われたのはリゼットだった。


「昨夜、リゼット殿が無残な姿で発見されました」


 イルゼ殿がそう告げると、リゼットは帳面を胸に抱えたまま静かに椅子から滑り落ちた。


 床の上でペンを拾い、帳面に何かを書いている。字がどんどん大きくなっていく。のぞきこむと、こうあった。


『殿方に、噛まれた(遊戯にて)』


 1行でページが埋まっていた。


 ロジーナは両手で顔を覆った。商会の娘は帳面を開いて何かを計算し始めた。たぶん次の夜に自分が噛まれる確率である。


 *


 1日目の昼の投票で、ヘルガは自分の前に札を置いた。


 殿方もヘルガに入れられた。「ずっと黙っているのが、怪しいです」とのことである。ヘルガはいつも黙っている。


 商会の娘とロジーナは、互いに入れ合った。


 私の札は出てこなかった。右手の拳の中から。棄権である。


 ヘルガは2票で追放された。


 理由は言わなかった。


 追放されたヘルガは黙って部屋を出ていき、しばらくして戻ってきた。袖が濡れていた。部室のバケツを空けてきたらしい。死者の務めとしては、たいへん勤勉である。


 2日目の夜には商会の娘が襲われた。商会の娘は帳面に「計算どおり」と書いてから、机に突っ伏した。


 残ったのは殿方とロジーナと私の3人だった。


 *


 2日目の昼の投票になった。


 ここで人狼を当てられなければ、村人の負けである。


 誰が人狼か、私には分かっていた。


 最初の朝に目を開けると、リゼットのペンは床に落ちていた。リゼットが椅子から滑り落ちたときに一緒に落ちたのだと、私たちは思った。床には敷物がある。音はしなかった。


 殿方は話し合いの途中でこうおっしゃった。


「リゼットさんのペン、夜のうちに落ちてましたよね」


 夜のうちに。


 目を閉じていた村人には、いつ落ちたのかは分からない。分かるのは、夜に目を開けていた者だけである。


 拾って差し上げようとする、親切な声だった。


 ロジーナもたぶん気づいている。机に突っ伏したままの商会の娘も気づいている。あの娘は1回目で自分が追放されてから、殿方の発言を全部帳面に書き取っていた。


 それでもロジーナは殿方に票を入れなかった。


 殿方を、追放する。


 遊戯の中の言葉だと分かっていても、その札を殿方の前に置ける淑女はこの国にいない。


 ロジーナは自分に入れた。殿方は少し申し訳なさそうな顔で、ロジーナに入れた。


 私の番が来た。


 右手は、ペンと札を握ったまま閉じている。


 私は少しだけ考えた。


 学園長通達の第1項を起草したのは私である。殿方の3m以内に近づかぬこと。私たちは殿方を守るために、殿方から距離を取ってきた。


 そして殿方はその距離の向こうで、ずっと「友達」を探しておられた。


 遊戯の中で殿方を疑わないことは、殿方を遊び相手として見ていないということだ。


 いつもなら、指を開くのはヘルガの役目である。ヘルガは今、追放されている。


 私は左手で右手の指を1本ずつはがした。


 親指。人差し指。中指。薬指。小指。


 まずペンが机の上に転がった。


 それから私は札を殿方の前に置いた。


 部屋が静まり返った。


 殿方は自分の前の札を見つめておられた。


 それから、ぱっと顔を上げて笑われた。


「先輩、僕に入れてくれたんですね!」


「……人狼は、リツ殿だと思いましたので」


「正解です! ちゃんと疑ってくれて、うれしいです」


 うれしい、と殿方はおっしゃった。


 疑われて、うれしい。


 殿方に入った票は、私の1票だけだった。ロジーナに2票。ロジーナが追放されて、殿方と私の2人が残った。


「人狼と村人が、同じ数になりました。人狼の勝ちです」


 イルゼ殿の声は最後まで落ち着いていた。私たちが目を閉じている夜の間も、イルゼ殿だけはずっと殿方を見ておられたのだと思う。


 *


 遊戯が終わると殿方はおっしゃった。


「次は、みんなも僕に投票してくださいね。じゃないと、人狼のとき絶対勝っちゃうので」


 誰も返事をしなかった。


 ただ帰り際に、ロジーナが小さな声で「……がんばります」と言った。


 殿方は「よろしくお願いします」と頭を下げられた。


 何をがんばるのかは、聞かないことにした。


 *


 夜、生徒会室で1人になってから引き出しを開けた。


 号外60部。ハンカチ。殿方館の館長の書状の写し。監査記録。


 その下に、封筒が1通ある。


 婚姻院の申請書だ。


 卵焼きをいただいた日の夜に書きかけたものだ。申請者の欄には私の名前が書いてある。理由の欄は空いたままだ。


 婚姻法第3条の条件は、あの昼休みからそろっている。殿方は友を求めておられた。手ずから卵焼きを作って分け与えてくださった。私はそれを口にして、砂糖菓子を返した。


 あとは出すだけである。


 噂では、あの昼休みに卵焼きを口にした31人のうち、申請していない者が2人いるという。


 1人は、私である。


 もう1人が誰なのかは知らない。


 出さない理由を、私はまだうまく言葉にできない。


 ただ、今日1つだけ分かったことがある。


 殿方は、疑われてうれしいとおっしゃった。殿方が欲しいのは、黙って名を連ねる婚約者の1人ではないのかもしれない。


 私は封筒を引き出しの一番奥に戻した。


「でも先輩、何か隠してる顔ですね」


 殿方の声を思い出した。


 占い師の札は本当に殿方が引いておられた。


 右手を見た。手のひらに爪の跡が5つと、ペンの軸の跡が1本残っていた。


 私は引き出しを閉めた。


 隠し事は、まだ1つある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。