第14話 殿方館の窓
【リツ視点】
アルフォンスさんと友達になった日の夜、僕は生まれて初めて、ちゃんとした手紙を書こうとしていた。
机の上に便箋が1枚。ペンが1本。
書き出しが分からない。
前世では手紙を書いたことがほとんどない。フレンドとのやりとりは全部チャットだった。「よろです」「おつです」「今日いける?」。それで足りていた。
便箋に「おつです」と書きかけて、やめた。
扉を少し開けると、イルゼさんが廊下に座って剣の手入れをしていた。
「イルゼさん。殿方館に手紙を出すには、どうしたらいいんですか」
「学園の事務室に預ければ、毎朝まとめて届けられます」
イルゼさんはそう答えてから、少しだけ付け足した。
「なお、殿方館に届く手紙はすべて館長殿が検められます」
「館長さんも読むんですか」
「決まりですので」
それなら、館長さんにも読みやすく書かないといけない。僕はペンを持ち直した。
もう1つ決めたことがある。
ネトゲには「ログインボーナス」というものがあった。毎日ログインするだけで、ちょっとしたおまけがもらえる仕組みだ。7日続けると、少しいいものがもらえる。
病室で、僕は1日も欠かさずにログインしていた。熱のある日も、検査の日も、とりあえずログインだけはする。ログインボーナスを受け取ると、今日も1日生きた、という気がした。
手紙にも、それをつけよう。
毎日1通。毎日1枚、押し花を入れる。学園の中庭で摘んだ花を辞書に挟んで押したものだ。
最初の手紙は、こうなった。
『アルフォンスさんへ。フレンド申請、受理してくれてありがとうございます。これからよろしくお願いします。ログイン1日目。今日のログボは、中庭の黄色い花です。 リツ 追伸 館長さんへ。いつも読んでくださって、ありがとうございます』
読みやすく書けたと思う。
*
手紙は前の晩に書いて、朝、事務室に預ける。そうすれば毎日届く。
『ログイン2日目。今日のログボは、青い花です。名前は知りません』
『ログイン3日目。今日は赤い花です。赤いので、たぶん3倍きれいです』
白い花は入れない。殿方館の庭は、白い花ばかりだったから。
最初の返事は、ログイン4日目の夕方に届いた。
『リツ殿へ。「フレンド申請」とは何か。 アルフォンス』
それだけ。短い。
でも、返事が来た。僕は手紙を3回読んで、机の引き出しにしまった。
その晩の手紙で、さっそく説明することにした。ところが押し花がない。中庭を2周しても、咲いている花はもう全部押してしまっていた。
代わりに、石畳の隙間から1本だけ伸びている草を見つけた。踏まれても踏まれても、まっすぐ上を向いている。
『ログイン5日目。フレンド申請というのは、友達になってくださいというお願いのことです。アルフォンスさんは受理してくれたので、もうフレンドです。今日のログボは、雑草です。花が見つかりませんでした。でも、がんばって生えていたので』
『ログイン6日目。今日は朝、学園の敷地を5周走りました(アルフォンスさん公認)。イルゼさんは2歩後ろで、息ひとつ切らしていませんでした。騎士はすごいです。今日のログボは、橙色の花です』
*
7日目は少し悩んだ。
ログインボーナスは、7日続けると少しいいものがもらえる。だから7日目の押し花も、少しいいものにしなければいけない。
前の日の放課後、僕は中庭の芝生にしゃがみこんだ。
四つ葉のクローバーを探すのだ。前世の図鑑で読んだ。三つ葉の中にまれに四つ葉が混じっていて、見つけると幸せになれると言われている。
しゃがんで、葉っぱを1枚ずつ数えた。三つ葉。三つ葉。三つ葉。
「1万本に1本くらいらしいですよ」
2歩後ろで、イルゼさんが「……1万本」とつぶやいた。
日が傾いてきたころ、指先に4枚目の葉が触れた。
「あった!」
顔を上げたら、2時間たっていた。
イルゼさんはずっと同じ場所に立っていた。剣の柄に手を置いたまま、1歩も動かずに2時間。
立ち上がって気がついた。イルゼさんのブーツの下だけ芝生がない。乾いた土の上だ。
そのまわりのクローバーは、1本も踏まれていなかった。
「イルゼさん。もしかして、クローバーを踏まないように、ずっとそこに立っててくれたんですか」
「……任務です」
イルゼさんはそう言って、1歩だけ下がった。下がった先も、ちょうど土のところだった。
『ログイン7日目。今日は7日目なので、少しいいものです。四つ葉です。僕の故郷では、見つけると幸せになれると言われています』
*
アルフォンスさんの返事は、3日に1通くらいのペースで届いた。
『リツ殿へ。「ログボ」とは何か。花は受け取った。黄色い花を見たのは久しぶりだ。雑草も受け取った。雑草は、よく走りそうな形をしていた。 アルフォンス』
よく走りそうな形。
雑草を見てそう思う人を僕は初めて知った。アルフォンスさんはもう、頭の中ではずっと走っているのだと思う。
僕のほうも、毎日書いた。
『ログイン8日目。今日は王都に行きました。馬車が全部赤かったです。今日のログボは、広場の近くに咲いていた紫の花です』
『ログイン9日目。今日は美術の授業でモデルをしました。50分、動いたら負けでした。途中で鼻がかゆくなりましたが、負けませんでした』
次の返事は、いつもより少しだけ長かった。
『リツ殿へ。四つ葉は受け取った。この国では、四つ葉は見つけた者が持つものとされている。人に贈るのは、自分の幸運を渡すという意味になる。一生に一度の贈り物だ。侍女が3人倒れた。私は、倒れなかった。庭を毎朝走っている。エミールは3周。ノルベルトは5周。私は7周。 アルフォンス』
そんな意味があるなんて、知らなかった。
でも渡してしまったものは仕方ない。アルフォンスさんが倒れなかったなら、たぶん大丈夫だ。僕の幸運は、また探せばいい。中庭には、まだ9999本くらいクローバーがある。
それより、7周だ。
2人で噴水を1周走ったのは、ほんの9日前。それがもう7周。しかもエミールくんとノルベルトくんまで走っている。
気がついたら、便箋にこう書いていた。
『ログイン10日目。7周……だと……!? アルフォンスさんの戦闘力、まだ上がっていきますね。僕は学園の敷地を5周しかできません。負けました。GG。今日のログボは、白くない花です』
前世の漫画に、敵の強さの数字がどんどん上がっていくのを見て、仲間たちがそう叫ぶ場面があった。一度、本物の手紙で使ってみたかったのだ。
次の返事は、こうだった。
『リツ殿へ。「戦闘力」とは何か。GG。今朝は8周走った。ノルベルトが転んで膝をすりむいたが、笑っていた。 アルフォンス』
ノルベルトくんが、笑っていた。
僕はその1行を何回も読んだ。
それから戦闘力の説明を書いた。便箋2枚になる。「とは何か」が届くたびに説明を書くのが、いつのまにか一番の楽しみになっていた。最後に、その日あった福引きの話も書き足した。
『追伸 今日、福引きで爆死しました。死んでません』
*
ログイン12日目の手紙を出した日から、返事が来なくなった。
その日の晩は、購買部に天井ができた話を書いた。神運営です、と書いた。
3日待っても、来ない。
5日待っても、来ない。
長期メンテナンスかな、と思った。それとも既読スルーかな。
でも殿方館の手紙は、全部館長さんが読んでいる。だから少なくとも既読はついているはずだ。……たぶん。
前世のネトゲのフレンドにも、ある日突然ログインしなくなる人がいた。引退したのか、飽きたのか、体を壊したのか。理由は分からないまま、フレンド欄の最終ログイン日だけがどんどん古くなっていく。
あれは、少し怖かった。
僕も病室で、何度か思ったことがある。もし僕がログインしなくなったら、誰か気づいてくれるだろうか、と。
それでも毎日書いた。ログイン15日目。16日目。17日目。押し花は、毎日違う色にした。
ログイン17日目の夕方、ようやく1通届いた。
いつもより、さらに短い。
『リツ殿へ。庭に、鍵がかかった。 アルフォンス』
それだけだった。
僕は手紙を握ったまましばらく動けなかった。
「イルゼさん。殿方館の庭って、誰が鍵をかけられるんですか」
「館長殿です」
イルゼさんはいつもより少しだけ低い声で答えた。
僕は便箋を出した。ログイン18日目。
何を書けばいいのか分からない。戦闘力も天井も、今は違う気がする。
だから、いつもと同じことを書いた。
『ログイン18日目。今日のログボは、黄色い花です。最初の日と同じ花です。また走れるようになったら、教えてください。 リツ』
――――――――――――――――――
【館長視点】
殿方館館長、ヴィルヘルミーネ。58歳。
この館に勤めて35年。館長になって20年になる。
館の殿方40名の暮らしの全てに、私は責任を負っている。食事、衣服、教養、健康、そして品位。
殿方が健やかに穏やかに、傷ひとつなく暮らせるように。それが私の務めである。
*
すべては、あの野良の殿方が館に来た日から始まった。
1度目は品位の指導のために呼び、アルフォンスに説かせた。効果はなし。報告書の効果の欄に、アルフォンス自身がそう書いてきた。所感の欄は空欄であった。
2度目は、アルフォンスが自分で呼んだ。
その日、私は廊下の柱につかまって庭を見ていた。
アルフォンスが走っていた。
6歳の春に転んで以来、11年、一度も走らなかった子が。
あの日の私は、膝をすりむいて泣いているアルフォンスを抱き上げた。それから庭の入り口に札を立てた。「殿方立ち入りの際は、侍女の付き添いを要す」。二度と、この子に怪我をさせないために。
その子が11年ぶりに走って、芝生に倒れて、笑っている。
落ち着きなさい、ヴィルヘルミーネ。柱をつかんでいるのは、柱が倒れそうだからである。
柱は倒れそうになかった。
午後、殿方の部屋から「……よかろう」という声が聞こえたところで、私は柱から手を離した。そのまま廊下に座りこんだ。館長になって初めてのことである。立ち上がるのに侍女長の手を借りたのも、初めてであった。
*
あの日から、館は変わった。
アルフォンスは毎朝、庭を走るようになった。入り口の札は見もせずに通り過ぎる。
「心得のどこにも、付き添いを要すとは書いておらぬ」
その通りである。札を立てたのは私だ。
3日目から、エミールとノルベルトが加わった。
殿方が3人、朝の庭を走っている。侍女たちは毎朝平静を失った。最初の週だけで、侍女長が茶器を2つ割った。若い侍女が盆を落とすこと4回。盆の上に何も載っていない日もあった。何を運ぶつもりだったのかは聞いていない。
そして、手紙が来るようになった。
*
殿方館に届く手紙は、すべて館長が検める決まりである。殿方を害するものが紛れていないかを確かめるためだ。館から出す手紙も同じである。
最初の1通は、こうであった。
『アルフォンスさんへ。フレンド申請、受理してくれてありがとうございます。これからよろしくお願いします。ログイン1日目。今日のログボは、中庭の黄色い花です。 リツ 追伸 館長さんへ。いつも読んでくださって、ありがとうございます』
フレンド申請。ログイン。ログボ。
館の書庫で辞書を3冊引いた。古語の辞書、外国語の辞書、毒草の辞典。どれにも載っていない。
落ち着きなさい、ヴィルヘルミーネ。ログボ。辞書3冊。載っていない。毒の名でないことだけは確かである。
確かなのは、それだけであった。
それから、追伸を読み直した。
館長さんへ。
この館に35年勤めて、殿方から手紙をもらったことは一度もない。検めた手紙は何千通もある。その中に、私宛ての1行があったことはない。
私は追伸をもう1回読んだ。それからもう1回。検めるのに3回も読む必要はない。分かってはいた。
便箋の間には、押し花が1枚挟まっていた。
黄色い花だった。
この館の庭には、白い花しか咲いていない。アルフォンスが6歳のときに「白い花が好きだ」と言ったから、私がそうした。
以来、館に黄色い花が入ったのは初めてである。
*
毎朝、花が届いた。黄色、青、赤、紫。赤い花には「赤いので、たぶん3倍きれいです」と添えてあった。3倍の根拠は書いていない。
5日目は雑草。「がんばって生えていたので」と添えてある。
決まりなので、私は雑草も検めた。
雑草を検めた。毒はなかった。根もついている。がんばって生えている。
……私は何を検めているのか。
アルフォンスはその雑草をほかの押し花と同じように窓辺に立てた。白い花瓶に、色とりどりの押し花と、1本の雑草。
7日目には、四つ葉が届いた。
この国で四つ葉を人に贈るのは、自分の幸運を相手に渡すという意味になる。母から娘へ。あるいは長年仕えた主へ。一生に一度、あるかないかの贈り物である。
それが、ログイン7日目の、ログボとして届いた。
手紙を検めていた私の横で、侍女長が倒れた。続いて若い侍女が2人。
私は倒れなかった。館長だからである。椅子の背もたれを、少し強めにつかんではいたが。
2日後、アルフォンスの返事を検めた。『侍女が3人倒れた。私は、倒れなかった』とある。
私も、倒れなかった。
……それを書き足す欄は、どこにもない。
*
朝の手紙は、私が検めてからアルフォンスに渡す。
アルフォンスは読み終えると窓辺に行く。するとエミールとノルベルトが、どこからともなくやって来る。3人は窓辺で頭を寄せて同じ1枚の便箋を読む。
殿方館の殿方は、互いの名を呼ばない。呼ぶ用事がないからである。
その3人が、朝の窓辺で互いの名を呼んでいた。
「ノルベルト、そこはまだ読んでおらぬ」
「アルフォンス様、早く。次、次」
「……うわ。馬車が、全部赤いって」
8日目の手紙には、王都に行ったと書いてあった。馬車が全部赤かったそうだ。ノルベルトはその1行を声に出して3回読んだ。
内容は、私はもう知っている。検めたのは私である。
知っているのに、私は扉の陰に立って3人が笑うところまで待ってしまう。
毎朝、待ってしまう。
昼は刺繍の時間である。40名の殿方が窓際の椅子に並び、同じ角度でうつむいて針を動かす。この館で35年、変わらない光景だ。
その中で、3人だけが窓のほうを向いていた。針は止まっている。
私はそれを注意しようとして、口を開けて、閉じた。
*
手紙が届くようになって10日目の朝。便箋にはこうあった。
『7周……だと……!? アルフォンスさんの戦闘力、まだ上がっていきますね』
戦闘力。
辞書は引かなかった。引いても載っていないことを、私はもう学んでいる。
その朝、ノルベルトが庭で転んだ。
噴水の角を曲がるときだった。膝をすりむいて、血がにじんでいる。
私は、走った。
館長になって20年。廊下を走ったのは初めてである。殿方の心得は館の外で殿方が走ることを禁じている。館長が館の中で走ることを禁じる条文は、どこにもない。そんなことを考えたのは、庭に着いてからであった。
ノルベルトは芝生に座りこんでいた。
泣いていない。
笑っていた。
「館長! すりむいた! アルフォンス様と同じところ!」
アルフォンスがノルベルトの隣にしゃがんでいた。
「大事ない。私も6歳のとき、ここで同じように転んだ」
私はその場に立ち尽くした。
11年前の春と同じ場所。同じ噴水の角である。
あの日の私は、泣いているアルフォンスを抱き上げて庭を閉じた。
今日の2人は、笑っている。
昼前、アルフォンスの返事を検めた。
『「戦闘力」とは何か。GG。今朝は8周走った。ノルベルトが転んで膝をすりむいたが、笑っていた』
笑っていた、の一字一句を私は自分の目でも見ていた。
*
その日の午後、王宮の男性保護局から書状が届いた。
書状
宛先:殿方館館長 ヴィルヘルミーネ殿
殿方館の殿方が、館の庭にて連日奔走しているとの報告を受けた。
殿方の御身に万一のことがあれば、館長の責任は免れない。
速やかに、然るべき措置を講ずること。
然るべき措置。
私は書状を3回読んだ。
それからノルベルトの膝の手当てをした侍女の報告書を読んだ。傷は浅い。3日で治る。
3日で治る。
でも、次は。
次に転ぶのが噴水の縁だったら。石の角だったら。
落ち着きなさい、ヴィルヘルミーネ。落ち着いて、考えなさい。
考えた。考えるほど、11年前と同じ答えが出る。
私は引き出しから庭の鍵を取り出した。
11年前に札を立てたときと、同じ手つきだった。
*
その夜、庭の扉に鍵をかけた。
殿方たちには翌朝伝えた。
アルフォンスは何も言わなかった。ただ、私の顔をじっと見ている。11年前、札を立てたときも、あの子は同じ目をしていた。6歳の子どもの目と、17歳の目。同じ目である。
エミールは泣いた。
ノルベルトは泣かなかった。窓から庭を見て、それから、館の門のほうを見ていた。長いこと、門のほうを。
その日の刺繍の時間、3人は窓のほうを向いていなかった。40名が、同じ角度でうつむいている。
35年見てきた光景に戻った。
私はそれを正しいと思おうとした。
*
手紙は止まらなかった。
野良の殿方は、鍵のことを知らない。だから毎朝、手紙が届く。押し花は毎日違う色である。
鍵をかけた2日後の手紙は、便箋が2枚あった。1枚目は丸ごと「戦闘力」の説明。強い者ほど数字が大きく、その数字に驚いたときは「……だと……!?」と言うものらしい。
2枚目の最後には、こう書いてあった。
『追伸 今日、福引きで爆死しました。死んでません』
爆。死。
殿方が。
……続きを読んだ。死んでいなかった。ちり紙が9枚になったという話であった。
落ち着きなさい、ヴィルヘルミーネ。お前は今、殿方の訃報と、ちり紙の枚数を、同じ速さで読んだ。
翌日の手紙には『購買部に天井ができました。神運営です』とある。辞書は引かない。
その次の日、婚姻院から婚約者登録簿の写しが回ってきた。野良の殿方の婚約者は、29名になっている。
アルフォンスは、手紙を書かなかった。
鍵のことを伝えた翌日から5日、1通も。窓辺の花瓶では、押し花が毎日1枚ずつ増えていく。増えていくのを、あの子は黙って見ていた。
6日目の朝、ようやく1通書いた。
検めの決まりなので、私はそれを読んだ。
『リツ殿へ。庭に、鍵がかかった。 アルフォンス』
鍵をかけたのが誰かは書いていない。
書けば、私の名前になる。あの子は、それを書かなかった。
私は何か言おうとして、やめた。封をして、そのまま出した。
*
翌朝、ログイン18日目の手紙が届いた。
『ログイン18日目。今日のログボは、黄色い花です。最初の日と同じ花です。また走れるようになったら、教えてください。 リツ』
便箋の間に、黄色い押し花が挟まっていた。
最初の日と、同じ花だった。
私はその手紙をアルフォンスに渡す前に、館長室でもう一度だけ読んだ。
また走れるようになったら。
この手紙の主は、鍵をかけた者を責めていない。ただ、待つと言っている。
机の上には、庭の鍵が置いてある。
私は鍵を握った。
それから、手を開いた。
鍵は、机の上に戻った。
まだ、開けられない。
でも、引き出しには戻さなかった。




