21.裏切り者
病院から戻ったキャリーはベッドで横になり天井を見上げた。
シャザに何度も、「本当にグレンに言わなくていいの?」と確認されたが、自分で解決したいと申し出た。
お腹を擦りながら新しい生命の誕生に、複雑な心境になる。こんな自分が子供を育てることが出来るのだろうか? しかも最悪なことに、彼を無理矢理にでも自分の物にできる手段を手に入れてしまったことに嫌悪感しか湧かない。
――赤ちゃんが出来て罪悪感を持つなんて……。
ふと、そういえばあの国を出る時、どうして検査を受けなかったのかと思う。グレンなら絶対に検査を受けさせて国に返すはずなのに、こんなことが起きると想定してなかったのだろうか。
――僕が男だから……? でもオメガの発情期に……。
あの日のことを思い出し、身体が切なく震える。
発情期にオメガがアルファに抱かれた場合、薬を飲んで避妊していても妊娠の確率はそれなりに高いと、性教育を受けた時のことを思い出す。それをグレンが知らないはずがないのに何かが変だと思う。
どちらにせよ、この子は生んではいけない子なのだろう。いや、そんなの可哀想だ。けれど、グレンに子供が出来たと言えばどうなるのだろうか。
もう用済みになったキャリーに子供が出来てしまい、彼としては必要のない子供だ。
――堕胎しろと言われるかも……、どうしても生みたいと言えば、お情けで結婚してくれる気がするけど……。
いや、とキャリーはぞんざいに頭を横へ振った。そんな結婚は不幸でしかないし、そもそも彼と結婚したいわけじゃない。
キャリーは彼の心が欲しいだけで、それが無理だと分かっている。それなのに、結婚だなんて望めない。どちらにせよ、生むなら誰も知らない場所でひっそりと生んで育てる必要がある。
一人悩みながら悶々と一夜を過ごした翌日――。
昨日、あれだけ忠告したにも関わらず、裏切り者のシャザはグレンを連れて来た。
「……お久しぶりです」
「ああ、本当にな」
久しぶりに見るグレンは、相変わらず余裕のある態度でキャリーを見下ろしてくる。
日常に戻り、子供っぽい周りの学生男子を見ていたせいか、以前にも増して彼がいい男に見えてしまい、キャリーの心が揺れる。
「僕は学校がありますので、失礼します」
精一杯の強がりを言い放ち、玄関先で仁王立ちするグレンとシャザの横を通り過ぎようとしたが、それは阻止された。
「そんなことよりも話をする必要があるだろう」
「何を聞いたのか知りませんが、話す事なんて――っ……」
そう言って彼に掴まれた腕を振り払おうとしたが、「誰かと思ったら、Mr・グレンじゃないの、そんな所で話してないで家の中へどうぞ」と玄関先に出て来た祖母が中へ招こうとする。
「おばあちゃん!」
「キャリー、彼は私の友人の息子よ、粗略な扱いは許しません」
そう言われてしまうと何も言い返せない。
「分かりました。では、僕はこれで……」
「キャリー」
祖母に咎めるように呼び止められて、キャリーは仕方なく家の中へ戻った。
「……そちらに座ってください」
自分の部屋にグレンがいる光景が、どうにも奇妙だった。
こんな狭い部屋には似合わないほど、ゴージャスな男がこじんまりした椅子に座っているのだから、アンバランスもいいところだ。
そのアンバランスの元となる男が部屋をくるっと見回し、笑みを浮かべる。
「随分と可愛い部屋なんだな」
「あなたの部屋に比べたらそうでしょうね」
あんな部屋と比べたら大概の部屋は可愛く見えるはずだ。
「それで、どうして結婚したくないのか理由を聞いてもいいか?」
今さら? と思ったが、そういえば、あの国から帰る時、彼は一度だって理由を聞いたり、引き止めたりしなかったことを思い出す。
まるで全てを諦めたかのようにキャリーを送り出した――、いや、こうなること分かってた? その事実に辿り着くと、急に怒りが湧いて来る。
「そんなことより、どうして僕はあの国を出る時、検査を受けなかったのでしょう?」
「その必要はなかったからだ」
「なかった?」
「仮に君が妊娠していれば結婚すればいいだけの話だ。それに、あの時点で検査しても意味がないしな」
そうだ、この人はこういう人だった。
自分の目的のためなら、人の心なんてどうでもいいのだ。そういう人だと分かっていたのに、何を期待していたのだろうか。
「僕は結婚しません」
「子供はどうするつもりだ? まさか中絶する気なら諦めろ、どんな手を使ってでもそれだけは阻止させてもらう」
「そんなことは考えてません。子供はちゃんと生んで育てるけど……」
語尾が弱くなってしまうのは、彼が少し困った顔を見せたからだった。
「キャリー、君が何を嫌がっているのかは分からないが、そろそろ世の中を知るべき年齢じゃないか?」
まるで、右も左も分からない子供を言い宥めるような言葉を聞き、僅かに残っていた冷静に徹しようとする感情の紐がプツンと切れた。
「知るべき? あなたこそ人の心を知るべきなのでは? 僕はビジネスを成功させるための道具でもなければ、あなたの使用人でもない」
溢れそうになる涙を必死に食い止めて言葉を続けた。
「ビジネスで結婚を選択するような人に僕の気持ちが……、どれだけ……あなたを好きかなんて……わか……」
最後の最後で言葉が続かず、キャリーは目元を歪めた。
悔しくて仕方がなかった。こんな冷徹な人を好きになった自分が本当にどうしようもなく憐れで、溢れる涙が止まらない。
「キャリー」
「もう帰って……」
――早く彼の存在を消したい。
「君が去ってから……、あの部屋に戻れなくなった」
キャリーの意思に反して彼は帰ることなく、まるで独り言のように、ぼそりと彼が言葉を紡ぐ。
「部屋に戻れば、君がいないという現実と向き合わなくてはいけないから……、だから俺は一生あの部屋に入ることが出来ないだろう」
そう言って苦笑いを見せた。それがどういう意味なのかをキャリーが理解する前に、「俺は合理的な人間だから情を持ったりはしないし、今までずっとそうやって生きてきた」そう言いながら視線を彷徨わせた。
「本来なら、家族になってから話をしたかったことがある」
一息付いた彼の唇が動くと、双子の弟の一人を属性転換させ政略結婚の道具として扱ったのだと、驚くような発言をした。
「最低だと思うか?」
「それは……」
寂しそうな表情を見せながら、そんなことを問われた。
明らかに後悔しているのが分かるのに〝最低〟だと、そんな言葉を投げられるほどキャリーの性格は捻くれてない。
どちらにしろ、属性転換をさせて取り返しのつかないことをしてしまったのだと彼は言う。そしてフェルナンドに関しても外交のために連れて行った先で誘拐に遭い、促進剤を打たれて感染症を患ったのだと教えてくれた。
「だから、君が父親に連れられてパーティーへ出向くことに関しては俺も理解している。なぜなら俺もフェルナンドを外交のために餌扱いしてきたからな……」
それ以上は言葉を続けられなかったのか、しばらく押し黙っていた。
「幻滅しただろう?」
ふっと鼻先で自分自身のことを嘲笑うような笑みを浮かべた彼は、キャリーのことは諦めると言った。
「だが子供は渡してもらうことになる」
そう言ってこちらを見つめた彼は、「弟達のことは結婚してから説明をしたかったんだ。君に嫌われることは分かっていたから言えなかった」と諦めたように言った。
「要望は全て叶える。今後のことも含めてよく考えて欲しい。考えがまとまったら教えてくれ」
彼が立ち上がり、出て行こうとするのを見て、キャリーはハッと顔をあげた。




