22.全てを捧げよう
一気に沢山の話を聞いたせいで上手く頭の中が整理出来てないけれど、その中から重要なことを拾い上げた。
「僕に嫌われたくなかった……?」
「ああ」
「ビジネスで結婚するわけじゃない……?」
「ああ」
グレンがキャリーに苦い顔をしながら、「他に質問は?」と聞いてくる。
「じゃあ……」
あの日の光景が蘇って来る。
中庭でレーナとキスをしていたあの日の出来事が、キャリーはどうしても忘れられない。もしかしたら自分が去った後に彼女と何かあったのではないかと疑っていた。
「レーナのことは……」
「彼女から俺との話をどこまで聞いた?」
その問いには答えず。あの日見た光景の話をした。
「あなたとレーナが中庭でキスしているのを、たまたま見た……」
しばらく固まっていたグレンが深い息を吐き出した。
「そんなことはしてないが……?」
「でも……、あなたは彼女を抱き寄せてたし……、それに彼女はグレンのことが……」
柔らかい表情に変わったグレンがキャリーを抱き寄せようとする。
誤魔化される気がして、それが嫌で必死に抵抗したつもりだったが、力で敵うわけもなく、胸の中へと引きずり込まれた。
「君が見たのは彼女が俺の胸ぐらをつかんで罵倒している所だ。勢いよく掴まれたせいで倒れそうになって、彼女を抱き抱える形になっただけで、やましい気持ちはない。珍しく彼女が泣くから動揺はしたが……」
そう言って彼は話の内容を聞きたいか? と聞いてくる。
キャリーは頭を振ったがグレンは、キャリーのつむじに唇をあてがうように呟いた。
「あの時、付き合って欲しいと言われたがハッキリ断った。そもそも俺には君がいるのにありえないことだと言ったんだ」
ついでに彼女とは過去に一晩限りで関係を持ったと赤裸々に告げてくる。お互いに過ちだったと認めているし、その場の雰囲気で性欲を処理したに過ぎないと割り切った関係だったと言う。
ああ、だからキャリーが付き合っていたの? と質問した時、レーナは言い渋っていたのだと知る。過ちだとお互いに認めたのに、彼女にとっては忘れられない出来事になってしまったのだろう。
「君が誤解したあの日、彼女に言われたよ、俺は振られるはずだと、君の方こそレーナと何を話した?」
「あ……」
「彼女に俺と結婚しないと宣言したんだろ?」
キャリーは素直に頷いた。あの時は、自分でもグレンのことが好きなのかどうなのか疑っていたし、好きになってはいけないと思っていた。
それに彼女が彼とよりを戻したいようなことを言ってたことを正直に話した。
「彼女のために身を引いたのか?」
「分からない……、ただ、ビジネスで結婚なんてしたくなかったから」
そもそも、グレンの気持ちだってよく分からないのだ。
「君との結婚はもうビジネスではない」
力強い口調で言われて、キャリーは彼の顔を見上げた。
こちらを見下ろしながら口元をほころばせた彼は、「シャザと母親が王宮を追い出された時……」と急に昔の話をし始めた。
「前にルイードに頼まれて、彼を我が国で保護したと教えただろ?」
「はい」
「あの時、一生懸命に君のCMをシャザは見ていた。それを、俺も見ていた……、世の中には精巧に作られた人形のような子がいるのだと驚いた」
そう言って微笑むと、もっと驚いたのはその子が男の子だったことだと言う。
グレンが一呼吸置くと、数年前とある企業のパーティー会場でキャリーを見かけた時のことを説明してくれた。
「すぐに君だって分かったよ。それと同時に可哀想だと思った」
「あー、アルファの餌だからですか?」
グレンは小さく頷いた。父親に連れられて挨拶周りをしているキャリーを物欲しそうな目で沢山の男が見ているのを遠巻きに見ていたと、彼は当時のことを振り返るように物憂げに言う。
「最初はフェルナンドと重なったんだ。いずれ傷つくことになるのではないかと……」
「そうですか……」
「実際に危ない目に遭ったこともあるだろう?」
それは否定出来なかった。何度かホテルの部屋に連れ込まれたことがあったが、兄が都合よく電話をくれたりして助かった――?
「あれ……」
「どうした?」
「……危ない目には遭ったことはあるんですけど、いつも兄が……」
「君の護衛のことか」
くすっとグレンが笑うと、兄というのは困った時に助けるものだと、彼はキャリーの額を指で突いてくる。
「最初は君に同情に似た感情を抱いていた。遠巻きに見ていた君は絵に描いたように慎ましい子に見えたからな」
「う……」
「実際は、とんでもなく我が強いし、オメガだと言うのに媚びることも知らない跳ねっかえりだが」
何も言い返せないのが悔しいけど、ちゃんと自分を見てくれている証拠でもあった。不意に彼の口が止まるとキャリーの肩に彼の頭が降りてくる。
「……だけど、そんな君をとても愛しいと思う」
言われた言葉にキャリーの心臓の音が大きくなる。その鼓動が耳の奥深くを熱くさせ、彼の声をさらに甘い音へと変える。
「君が俺を睨む時ですら、愛しく見えるのだから異常だ」
「それ……、本当に……?」
「嘘を言ってどうする」
確かにそうだ。今さらこの人が嘘をつく理由はない。
肩にあった重みがなくなり、彼が頭をあげると、キャリーの左手を持ち上げて薬指に唇を押し当てたグレンが言った。
「結婚して欲しい」
ぼーっと彼を見つめたまま微動だに出来ず、ただ自身の溢れる涙が返事の役割をしたのだと思う。
グレンがキャリーの涙を拭うと、あらゆる場所に彼の唇が触れる。額、頬、鼻先、唇へと触れられた瞬間、彼の熱量に耐え切れず腰が落ちた。
「キャリー⁉」
「大丈夫です……。僕、本当は、あなたの傍から離れたくなかった。でも、自分の気持ちに向き合う自信がなくて、拒絶されるのが怖くて……」
そうか、と彼は落ち着いた声でキャリーを宥めた。
「君の好意は結構分かりやすかったと思うが……」
「え……」
「寝言で言われたよ」
「は?」
「そのせいで制御剤を使う羽目になったんだが……」
そういえば、洗面台に置いてあった使用済みのポンプ式制御剤を思い出した。
一体、自分は何を彼に言ったのだろうか。制御剤を使わなくてはいけないほどのことを自分が言ったとは思えず。頭を捻っていると、それを察したのか、咳払いをした彼がキャリーの耳元に唇を寄せる。
「俺を好きだとは言ってなかったが、初めての相手は俺がいいと、色っぽく抱きつかれてね……、なかなか魅惑的な申し出に俺の熱が治まらなかった。君が居るのに自分で処理するというのも虚しいから制御剤を使うことにしたんだ」
「あ、ぁ、あ……」
それを言われて、キャリーは全身が茹るように熱くなった。
確かに、そんなことを思ったような気もするけど、あの日は確か、グレンがプールでキャリーを挑発したせいでもあるわけで、自分のせいじゃないと必死で抗議した。
「まあ、君の念願を叶えることが出来て良かった」
「う……」
本当に意地が悪い人だ。まさか寝言で、グレンに抱いて欲しいと告白していたとは思ってもみなかった。
けれど、あの日グレンの様子が変だったことも納得がいった。
「それから、覚悟しておいた方がいい、俺は恋愛に関しては初心者だから加減を知らない」
「ど、どんな脅しですか……」
「さあ?」
くすっと笑う彼は、「早速、結婚の話を進めるが構わないか?」と最終確認をしてくる。当然のようにキャリーはうなずいた。
ほっとした顔を見せた彼に、ぎゅっと抱き付き、「色々ごめんなさい」と謝る。
珍しく素直な態度を見せたせいか、グレンは無言でキャリーを見下ろすと奇妙な顔をしていた。
しばらく微動だにしなかった彼は、片側の眉をピクリと動かし、「ここが君の家で良かった」と呟く。
「そうでなければ裸にしてる」
「な、なんてこと言うんですか、僕は妊娠中なんですよ?」
「そうだったな」
くすくす笑う彼は、「まずは、お祖母様に報告に行こうか」とキャリーの手を握った。
二人で祖母に結婚する報告をした瞬間、にっこり微笑んだ彼女はキャリーに向かって言う。
「ほら、やっぱり私の目に狂いはなかったでしょう?」
こくりと頷いたキャリーは、祖母の言う通りだったと認めた――。
その後、大学を休学してサルスジャミン諸王国で挙式をあげることになったが、式の当日、レーナに嫌味を散々言われた。
「よくも、私の前に現れることが出来たわね。結婚しないって言ってなかった?」
「すみません。気が変わりました」
「は……、でしょうね」
あれだけ結婚しないと言ってたのに、ホント信じられないわ、と皮肉を言いながら目元を緩ませ、「まあ、でも結婚おめでとう」と最後には祝福してくれた。
太陽が降り注ぐ美しい結婚式会場で永遠を誓い終えたあと、グレンはいつもの余裕のある笑みを浮かべて、「君に俺のすべてを捧げよう」と言いながらキャリーを抱き寄せた――。
王室からの招待状~グレンとキャリーの恋愛事情~END.
oOo。.あとがき.。oOo。
ちょっと更新が途切れ途切れになってしまいましたが、無事に完結致しました。
今回の物語は、お互い内に秘めた問題を抱えておりましたが、キャリーのトラウマは兄が悪いので、是非ともグレンに謝罪させて欲しいです。
軽いトラウマを抱えたキャリーは、ずっと怯えて生活してたのですからね。そこは謝って頂かないといけません。
そして弟二人をアルファの餌として扱ってきたグレンとしては、オメガのキャリーに負い目があったわけですが、初めて見た時からキャリーのことが気になっていたわけですよ。
キャリー本人は自覚はないけどアルファが好む雰囲気がむわぁ~とする子なので、ちょっと心配だなと思っていたようです。
いや、本当無事にグレンが結婚してくれて嬉しいです。私も肩の荷が下りましたw
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
では、また違う作品でお会いしましょう♪
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【おまけ】~ミランダは振り返らない~
それから数ヶ月が経ち、キャリーの子供が生まれるまであと一ヶ月と迫った頃、ルイードが宮殿を訪ねてきた。
「あの、じゃじゃ馬を説得してくれ」
「じゃじゃ馬……?」
「ミランダのことだ」
そんなことを言われたが、ミランダがキャリーのいうことを聞くわけもない。
「実に残念なお話をしますが、ミランダは僕の言う事を聞いてくれたこと一度もありませんよ」
「なんだと……」
「だいたい、怒らせるようなことをしたルイードが悪いのでは?」
ぐっと喉を詰まらせる彼を見ながら、この世でもっとも大変な相手を好きになったルイードを憐れむ。
だいたい、ミランダほど容姿と性格が真逆な女性も珍しい。
見た目は清楚で可憐、ナイフとフォークより重たい物は持ったことがなさそうに見えるほどだ。
そんな彼女の容姿に騙されて近付き、一喝されて逃げて行った男がどれだけいるか数えたらきりがない。
男勝りを絵に描いたような彼女の野望は、ハイスクール時代に設立した自分の企業を世界に知らしめ、ノーベル経済学賞を受賞することなのだから、なかなかの野心家だ。
――あれって、目指して取れるようなものじゃないんだけどね……。
まあ、どうせ自分の野望が叶うまで付き合うことは出来ないとか言われたに違いないのだ。
「ルイードはミランダとどうなりたいのですか?」
「どう、とは?」
「彼女は遊びで付き合う相手にしてはハードルが高いですよ。僕が今まで見てきた中でも、付き合うまでに発展した男性は一人もいません」
それを聞いたルイードの目の奥が輝くのが見えた。
「どうすれば?」
「さあ? あとはご自分で考えて下さい」
その後ルイードは宮殿のハーレムを解体したと聞いた。
どれだけ本気かなんて確認するまでもないことだったが、その話を聞いたミランダの表情が少し面白かったので、もしかすると、もしかするのかな? とキャリーは思ったのだった――。
~ミランダは振り返らない~END.




