09.ルイードの宮殿へ
それから数日後、朝から機嫌の悪いグレンと一緒にルイードの宮殿へと向かうことになった。
「まったく、ろくでもない約束をしてくれたもんだ……」
「すみません……」
ルイード達と勝手な約束をしたキャリーに小言を言いながら、グレンは仕事を後回しにして付き添ってくれている。
「あの、別に一人でも大丈夫ですよ?」
「送って行くだけだ」
グレンの言い方が怒っているように感じて、別にそんなに怒らなくてもいいじゃないか……、とキャリーは口元を歪めた。
――それにしても、凄い景色だ。
街中は近代的なビルも多いが、少し離れると地平線を拝めるくらいの広々とした景色へと形を変えた。
彼の運転するジープに乗って雄大な景色を堪能していると、関門らしき場所に到達する。国境を跨ぐわりには厳しい検査もないことを不思議に思ったが、門兵たちが敬礼をするのを見て、ああ、そうだった自分の横にいる人は将来国王になる人間だったと思い出す。
無事に関門を通り過ぎると、グレンから平和なのは自分の国とルイードの国くらいのもので、近隣諸国では常に争いが絶えないと教えてもらう。
当然、グレンたちの国もテロ攻撃などの被害を受けるが、両国共に大量の燃料と軍を保有しているため、滅多に大きな争いにはならないようだった。
「Mr・ルイードたちとは仲が良いんですね」
「幼馴染だからな、君にもいるだろう?」
彼の問いにコクリとうなずいた。けれど、国境を挟んで幼馴染がいるなんてスケールの大きさが違う。
自分の幼馴染であるミランダの家との距離を思い浮かべていると、「まあ、幼馴染だからと言って友人と呼べるほどでもないが」と彼は付け加えた。
「幼い頃から政治に絡んだ付き合いだったからな、お互い会えば国の財政と情勢の話ばかりだ。可愛くない子供時代だろ?」
ふっ、と彼は軽く笑った。だから友人など出来たことがないと言う彼だったが、それでもこうやって長年交流を続けているのだから、キャリーから見れば立派な友人のように思えた。
「それにしても、シャザは初恋の相手が『男』だと知って、さぞ落ち込んでいるだろうな」
「うっ、それを言うのやめて下さい」
グレンは肩を揺らしながら、しばらくはこの話で楽しめそうだと言う。本当に意地が悪いなと思いつつ、キャリー自身も今日はシャザにどんな顔をすればいいのかと悩む。
そもそも、ルイードがあんなことを言うから、つい絆されて遊びに行く約束をしただけで、本当は気まずい。
「ほら、着いたぞ」
「わ……」
ルイードの国も負けじと凄い宮殿だった。豪華絢爛とはこのことだと思ったが、キャリーはどちらかというとグレンの宮殿の方が好みだった。
どちらにせよ、都会の景色しか知らなかった自分の視界を楽しませてくれることには違いなかった。
辿り着いた宮殿前でぼーっと建物を眺めていると、グレンがキャリーの腰を抱く。
「あ、の……」
「ん?」
ぐっと彼の顔が近付いてきて、言葉が出なくなった。
この国に来てから何だか既に彼の策略に嵌ってしまったような気がする。それに、この間からグレンの距離感が若干の誤作動を起こしている気がしてならない。
――何かこれ……、恋人っぽい……感じ?
彼は、こういう扱いに慣れているかもしれないけど、キャリーは他人とこんなに身体を密着させたことがない。
それに、今朝だっていつの間にベッドに入ってきたのか、目を覚ますと彼の顔が近くて……、と急に恥ずかしい気分になり、慌ててグレンから離れた時だった。
「やあ、キャリーよく来たね」
いつの間にか門前にいるルイードが、笑顔で出迎えてくれた。
弟のシャザの姿が見えないところを見ると、嫌われた可能性があるのかもしれないと思う。
「グレンはもう帰るんだろう?」
「ああ、西の調査センターに顔を出したら国に戻る」
言いながらグレンは西の方へ目を向けたが、すぐにルイードへ視線を移した。
その視線を受け取った彼は口元を緩めると、キャリーの方へ顎を向け、「安心しろ、夕食までには送らせる」と言った。
「心配はしてないが……」
そう言って、くすっと笑うとグレンは、「少々の無礼は許せよ」と目を細める。その意味をどう受け取ったのか、チラッとこちらを見たルイードが、ふぅん? と意味ありげに見つめてくる。
何だか問題児のような扱いをされている気がしたが、別にそれはそれで良かった。そもそも、グレンとは結婚しないのだから、自分が彼の身の周りに気を使ったり、体裁を整える必要もないのだ。
ルイードと会話を交わしたグレンが自身の車に乗り込もうとした時、「キャリー、次は約束しないように」と釘を刺してくる。
うぐっと喉を詰まらせながら、「はい」と返事を返し、彼が去って行くのを見送った。
「あんな男でも、君に対しては束縛するんだな」
彼がいなくなったあとでルイードがそんなことを言った。
「僕の家が彼の事業に役立つからですよ」
「……本気でそう思ってるのか」
それ以外に何があるというのか、そもそも、グレンの隣はもっと華やかな人物が似合う。自信満々で語学に堪能なアルファの……、とそこまで考えてから、どうして自分を卑下する必要があるのかとキャリーは顔を上げた。
ルイードが歩き出したのを見て、それに付いて行く、随分年季の入った柱を見て、「この宮殿は昔からずっと変わらずですか?」と聞いた。
「ああ、この国の歴史のようなものだからな、多少の修復はしてあるが、ほぼ原型を留めている。グレンの国は本当はもっと大きな宮殿があったが、襲撃にあって本宮は崩壊した」
事実を知ってキャリーは目を丸くした。あれで別邸だったなんて、どれだけ大きな宮殿だったのだろう。
「子供の頃に撮った写真があるが……、見るか? グレンも写ってるぞ」
「み、見たい!」
飛び付くように言った途端、くすくすと笑われた。
スタスタと前を歩く彼のあとを追いかけていると、彼がピタリと歩みを止め、「シャザ」と名を呼んだ。よく見れば通路の先の大柱に彼の姿が見える。
顎でこっちへくるように指示するルイードに従うように、深く頭を下げた彼が歩み寄って来る。
「ようこそ、キャリー……」
「あ、いえ、こちらこそ……、お邪魔してます」
何だか気まずくて仕方ないけど、勘違いしてたのはシャザなので、その件には触れないでおこうと思った矢先、「男だったとは残念だったな」とルイードが話題に出した。
「兄さん、その話はやめて下さい。私はいいけどキャリーが気にするじゃないですか」
シャザがそう言ってルイードの発言を咎めた。そもそも、あんなCMに自分が出たから被害者が出てしまったわけで……、とまるで自分が犯罪を犯したかのような思考になるのは何故だろう。
本当に申し訳ないなと思ったキャリーはシャザに、「ごめんなさい」と言ったあと、母親の命令で拒否権がなく、嫌々CMに出たことを告白した。
「そんな、キャリー気にしないで、私が勝手に勘違いしてただけなんだから謝る必要はないよ」
彼の口から必死に紡ぎ出された言葉にキャリーも安堵したが、ぎこちない空気は残っていた。
「キャリーこっちだ」
その空気を切るかのようにルイードが宮殿の先へと歩いて行く。おかげで奇妙に凝り固まっていた場の雰囲気が和んだ気がした。
シャザの顔も柔らかな表情へと変わり、「行きましょうか」とキャリーの前を歩き始めた。
ここからはシャザとルイードの二人が宮殿を案内してくれることになった――。




