08.グレンとどういう関係?
サルスジャミン諸王国で過ごし始めて一週間が経過した。
今日は買い物に連れて行ってもらう予定だったが、来客が来たことでキャンセルになり、仕方なく宮殿内の散策をしている最中だった。
――毎日見てても飽きないって凄いかも……。
そんなことを思いながら宮殿内を散歩していると、一人の男性と出会った。
背格好はグレンと同じくらいで艶やかな民族衣装を着ており、編み込んだ長い黒髪に飾りをつけている。
中東の人間にしてはあっさりした顔立ちの男は、こちらの存在に気が付くと、「もしかしてフェルナンドの友達?」とキャリーに声をかけてきた。
「いえ、Mr・グレンの――」
今朝、約束したばかりだというのに、ミスターと敬称を付けたことに危機感を覚えて辺りを見回す。
グレンがいないことにホッと胸を撫で下ろしていると、目の前の男が、「Mr・グレン?」と眉根を寄せた。
「君、グレンとどういう関係?」
「知り合いです」
改めて聞かれると、確かにどんな関係なの? と疑問に思う。
ふと彼の目線が疑わしい人物を見るような目をしているような気がして、自分のような人間がグレンと知り合いなのが変に映っているのだろうかと狼狽える。
取りあえず、「僕はキャリー・フロベール、アメリカから遊びに来てます」と分かりやすい英語で自己紹介をした。
「私はゼビアナ王国の第二王子でシャザ。兄の付き添いで来たんだ」
少し訛りのある英語だけど、わりと聞き取りやすい。それにしても、この辺りは王国が多いのか、初めて聞く王国の名を探すように、頭の中にある中東の地図を思い浮かべていると、突然、「あぁー!」と目の前の男が驚きの声をあげた。
「君……、あのフロベール?」
彼から嫌な確認の仕方をされて、自分の家が大企業だということを思い出した。
「たぶん、そのフロベールですね……」
しらーと、彼から視線を逸らしながらキャリーは語尾を細くしながら答えた。
「そっか、フロベール製鉄会社のお坊ちゃんだったのか。なーんだ、じゃあ、本当に新しい事業に乗り出すんだね」
「僕、そっち系の話は全然知らなくて……」
ふんふん、と顎を縦に動かしたシャザは、何かを思い出したようで、にこにこと笑みを浮かべる。
「ね、確か妹がいたよね?」
うちに妹なんていたっけ? 自分が家を出ている間に妹が? と彼が放った〝妹〟という謎の単語に脳内が振り回されていると、こちらの反応を余所に彼は、目をキラキラ輝かせて、今度、妹を紹介して欲しいと言われる。
「ごめんなさい、うちに妹は……」
「あ、もしかしてお姉さんかな?」
隠し子がいるなんて聞いてないんだけど、変だなと思っていると、目の前の男は身体がくっ付きそうなほどキャリーに近付き、「ねぇ、君……よかったら私のカスルに来ないか?」とまたもや聞き慣れない単語を吐いた。
「あの? カスルって――」
キャリーが彼の単語に興味を抱いていると、背後から肩をぐっと引き寄せられて驚く。いつの間にか背後にいたグレンの身体にすっぽり収まったキャリーは逃れようと身を捩ったが、とても振りほどけそうにない。
呆れた顔を見せるグレンはシャザに、「俺の婚約者を自分の家に誘うとはな……」と若干怒りの滲んだ声を出した。
「え、君、グレンの婚約者だったの?」
目の前にいるグレンに対して敬称なしで呼ぶのであれば、お互い親しい仲だということが窺えた。
初めは不思議そうな顔をした彼だったが、その表情を納得のいかない顔へと変えた。
「何で、わざわざ男を婚約者に選んだの? 彼の妹か姉の方が……」
「……妹? 姉?」
グレンも同じ疑問を持ってくれたようで良かったと思っていると、急に噴き出し笑いをした。
「ああ、妹か、そうだな……くっく……」
「え、どうして笑うの……?」
シャザが不貞腐れているのを見たグレンは中東の言葉で彼に何かを言った。その途端、彼はザーっと後ずさり、口をぱかっと開けたまま微動だにしない。
一体、何を言ったのだろうか、もしキャリーがグレンと結婚したら中東の言葉も覚える必要があるのかな、と考えてからハッとする。
いや、どうして結婚する気でいるわけ? と自分の思考を消しゴムで消したくなる。このまま、彼の胸の中にいると、また変なことを考えてしまう気がして、今すぐこの体勢から逃れようと身体を反転させた。
けれど、キャリーの肩を掴んでいたグレンの手の力がきゅっと強くなり、「まったく君から目を離せないな、こんな短期間で隣国の王子を誘惑するとは……」と溜息を吐かれる。
「ゆ、誘惑なんてしてません!」
そんなことするわけがない。
そもそも、したことがないし、発情期の力を借りればなんとかなるかもしれないけど……、と、そこまで考えて兄のイアンの顔が浮かんだ。
――この人も、あんな目で僕を見るかもしれない……。
なぜかグレンにだけはそんな目で見られたくないと思った。
ゴミのような視線を自分に向けて、臭いと言われたら、きっと自分は壊れてしまう気がする。
キャリーはきゅっと唇を結んだ。別にどうだっていい、それならそれでいいじゃないか。何も悲観的になる必要はないのだ。
あんな出来事にいつまでも振り回されて馬鹿みたいだと思っていると、不意にグレンがキャリーの腰に手を回した。
あまりにも突然のことで焦る自分を余所に、彼は耳元に唇を寄せて、「何か嫌なことでも言われたか?」と聞いてくる。
「いえ、何も」
きっと、彼が心配になるほど、自分は沈んだ顔をしていたのだろうと思った。
「ならいいが、もし、何か嫌なことがあれば言え。この国で誰一人として君に無礼な態度を取らせないようにしよう」
身に余る言葉をかけてもらった自分は、ぼーっとグレンを見つめた。
これだけのことを言ってくれるのなら、本当にこの人は自分と結婚をするつもりなのだろう。キャリーの後ろ盾がそんなに魅力的なのだろうか。
どちらにせよ、ここまで言ってくれた相手に、毛嫌いばかりして大人気ない態度を示すのは良くないと思ったキャリーは、「ありがとう……」と返事をした。
なんだか照れ臭い気分になっていると、こちらの素直な反応にグレンも戸惑っているのか、しばらく無言で見つめてくる。
その視線に耐え切れなくなり、目を逸らした瞬間、シャザと同じような民族衣装を身に纏った男が目の前で立ち止まった。
「おっと、邪魔したか?」
口ではそう言っているが、決して本心ではないことが分かる表情を見せる男に、「いや、問題ない」とグレンが答えた。
彫りが深く目鼻立ちのハッキリした男性は、こちらに向かって品定めのような目線を送って来た。
この程度の視線なら慣れているキャリーは、じっと彼を見つめながら、先程の男性に挨拶をした時と同じように自己紹介をした。
「僕はキャリー・フロベール、アメリカから遊びに来てます」
「へぇ、君がフロベール社の……」
グレンと変わらないくらいの威圧感を感じる男を見上げて、どこからどう見てもエリートアルファだな……、と自信に満ち溢れている男を見つめ、こちらも負けじと品定めをした。
隣に並んだグレンが、男とキャリーの間に立ち、まるで庇う様な体勢を取った。
「ルイード、この子に興味を持つな」
「俺は持ってないが……」
そう言ったあと、ルイードと呼ばれた男はシャザへ視線を送る。
「シャザ、お前はどうだ?」
「え、私は……」
ちらっと一瞬こちらを見たシャザは、ほんのり赤らんだ頬で、「いいえ」と頭を横に振った。
微笑むルイードがグレンへと顔を向け、わざとらしく肩を竦めると、均整の取れた眉を片方動かしながら、「興味があるそうだ」と言う。
それを聞いて慌てふためいたシャザは、中東の言葉で何やら抗議らしきことを言っているが、キャリーにはさっぱり分からなかった。
「まったく……」
そう呟いたグレンはやや面倒臭そうに、シャザに詰め寄ると同時に口を開いた。
中東の言葉でグレンが小言のようなことを言ったのだろう。それを聞いた彼は目を丸くしながら反論のために口を開いていた。
一体、何の話をしているのか分からないが、キャリーのことだというのは分かる。どちらにせよ蚊帳の外の自分は、二人のやり取りを遠巻きに見ることくらいしか出来なかった。
ふと、いつの間にか隣にいるルイードという男が小声でキャリーに呟いてくる。
「子供の頃、熱心に君のCMを繰り返し見てた弟に、少しばかりの慈悲を分けて与えてくれないか?」
どうして皆、当然のようにCMに出ていたことを知っているのだろう……、とキャリーは頭を抱える。けれど、CMの話を出されて、ようやくシャザと出会った時の〝妹〟発言を理解した。
「早く忘れるように言って下さい。あんな十年も前のCM……」
「んー、どうだろうか、初恋というのは忘れるのが難しいのでは?」
「は、初恋って……」
あんな人形遊びをしている幼稚な姿のどこにときめいたのか知りたい。いや、やっぱり知りたくない。
そもそも、あのCMのせいで『男女』と揶揄われ、クラスの女子だって気持ち悪がっていたし、良いことなどひとつもなかったのだ。
唯一、ミランダだけは味方だったけど、彼女の男勝りの性格のせいで余計にクラスで浮いていたんだよねぇ……、となかなか根深い黒歴史を自分で掘り下げてから、ぶるぶると頭を振った。
それにしても、シャザとルイードは兄弟と言うわりには似てない。ルイードは見るからにグレンと一緒でエリートアルファだと分かるけど、弟のシャザは――、と兄弟を交互に見た。
好奇心に勝てなかったキャリーは、「ご兄弟にしては似てませんね?」と口走った。
「母親が違う。それと、シャザは属性がない」
「あ……」
聞いてはいけなかったことのような気がした。
確かに変だとは思ったのだ。シャザは兄のルイードに対して敬語を使っていたし、まるで部下のような態度だった。
どの家庭でも色々な問題があるのだから、これ以上首を突っ込むのはやめた方がいいなと判断した時、「滞在中、暇なら俺達の国にも来てみるか?」とルイードに誘われた――。




