05.代ってあげようか?
「ハァ……」
「もう、何なのよ、そのため息は!」
幼馴染のミランダが、サラダボールにフォークを刺しながら文句を言う。
大学の昼休み、彼女とのランチ中のキャリーは、何度目かのため息を吐き、うつろな思考のまま唇を動かした。
「ねえ、結婚って何?」
それを聞いたミランダは、「はあ?」とキャリーの急な発言に心底驚いているようだった。
「いや、だからさ、僕は王様に結婚を迫られてるの」
「……大丈夫? 何かヤバイ薬に手を出したなら、正直に言いなさい」
心配など微塵も感じられない顔をしたミランダがそんなことを言う。
確かに少々唐突な会話だったことを反省したキャリーは、先月の見合いの話を彼女にした。
当然のように彼女は、「このご時世に見合い?」と鼻で笑う。
そう、まったく同じことを自分も思ったし、つい先日までは、それほど重大なことだと思ってなかった。
「ねぇ、オメガってなんでオメガなの?」とキャリーが馬鹿みたいな質問を口にする。
「……それ、愚問だし、オメガに生まれたものは仕方ないじゃない」
スパークリングウォーターと、サラダボールを行き来するミランダの口が、もしゃもしゃと動き回る。まったくキャリーの話を真剣に聞いてくれないが、それを無視してキャリーは愚痴を続ける。
「考えてみると、ただオメガってだけで、男同士でも結婚出来るって変だよね……、しかも、何て言うか僕も例外じゃないんだなって思ってさ……」
オメガは男女平等に愛せるように出来ている反面、臆病でもあるし、なかなか自分からは踏み出せない。そのオメガの本質的な部分をもっとも刺激するのがアルファで、瞬時に従う相手として見てしまうのが嫌なのだ。
それに、グレンを見ていると絶対的な支配力を感じて怖くなる時がある。エリートアルファだからとか、王様だからとかではなくて、もっと自分の本能的な部分が彼を怖がっている。
そう、グレンに心を傷つけられたら、一生立ち直れないほどの強烈なダメージを負いそうな予感がしていた。
「何で、こんなことになったんだろ……」
「お見合いしたからじゃん?」
身も蓋もないことを言われて、キャリーはガックリ肩を落とした。
「いや、まだ負けるわけにはいかない!」
「それは何の闘いなのよ……」
ミランダは呆れたように、そもそも、彼の何が不満なのかと言う。
「アルファだし……」
「理由ってそれだけじゃん……、だいたい、前にキャリーに告白して来た子もアルファだったのに付き合う寸前までいったじゃない……」
「あ、あれは! 僕は騙されたんだよ? 彼女ベータだって言うから……」
ミランダは、「はんっ」と呆れたように小さな息を吐きながら、結局は属性に振り回されてるだけだと言う。ベータだから好きになったけど、アルファだったと知った途端嫌いになるなんて人格を無視し過ぎだと、おでこを指で突いてくる。
「とにかく、あんたのそのアルファ嫌いは病気だから一度病院へ行きなさい」
ミランダはそう言って言葉を終わらせたものの、まだ言い足りないことがあったようで、「彼は普通のアルファじゃないでしょう?」と話を続ける。
近い将来、国を背負う王様になるということを考えれば、傲慢な部分があっても不思議じゃないと冷静な話をする。
それと、ちゃんと譲歩してくれているのに、何をそんなに嫌がるのかと問われて、確かに……、と納得しかけた。
「もー、ミランダはMr・グレンの味方なの?」
「味方っていうか、何なら代ってあげようか?」
ミランダが代ってあげようと言った瞬間、胸に亀裂が入ったようにギシギシと軋み出す。どうしてか分からない焦燥感に駆られて、「それは……」と言葉が続かない自分に驚く。
――変だ……。
こんな感覚は変だと思う。ミランダが代ってくれるというなら、喜んでお願いするべきなのに、冗談でも『いいよ』とは言えない自分に戸惑う。
好きになったとかじゃないよね? と自問自答したけれど、心の声は返ってこない。
「ねえ、サルスジャミン諸王国ってこれ?」
彼女が携帯で検索した画像をこちらに見せて来る。異国の建物が中東の国らしさを醸し出していて、まるで別世界のようだった。
「僕も行ったことないから分からないけど……、たぶん?」
「へぇ、いいじゃん。私、こういう所に住んでみたかったんだよねぇ」
そんなことを言われて、つい、行くのは自分だと何故か張り合いそうになる。
「ね、私、一度会ってみたい! 駄目?」
どう返事していいか分からないでいると、彼女はニターっと笑みを浮かべ、「嫌ならそう言えば?」と言ってくる。
「そ、そんなこと思ってないし、ただ、急に友達を紹介するのも変かなって……」
「はいはい、まあ、結婚が決まってからでいいよ」
「だから、結婚はしないって!」
ミランダはテーブルに肘を付き、「分かった、じゃあ、同棲生活が終わって同じセリフを聞けるの楽しみにしてる」と言って笑みを浮かべた。
「結局、面白がってるだけじゃん?」とミランダに口を尖らせ文句を言いつつ、キャリーも携帯でサルスジャミン諸王国を検索する。
――王宮か……。
ふと、この間グレンが言っていたことを思い出した。『結婚してもらえるように努力する』と彼はそう言った。
キャリーに対して彼は誠意を見せたのに、自分は何故こうも反発心しか湧かないのだろうか。どちらにせよ夏休み期間だけ旅行に行くと思えばいい。
――うん、そんなに深く考える必要はない。
取りあえず、結婚とかそんなのは後回しだ。
どちらにしたって、一緒に過ごしたところで自分の気持ちが結婚に傾くことはないのだし、と一先ず自分を納得させた――。




