西の森へ
「ギルドに登録したい。それとランクの低い討伐クエストを頼む」
動揺していた僕は、話しかけてきた男の言葉を理解するのに数瞬の間を要した。訝しむ男の表情に慌てて営業スマイルを浮かべ、登録の事務手続きに入る。
この日本人らしき男は、どうやら僕が同郷の異世界人だとは気づいていないようだ。この世界には日本人の血を引く人間も多いし、自分で言うのもなんだが、どこにでも居そうな顔をしている。召喚された時の服装でもなければ気付くことはないだろう。
ドキドキする鼓動を必死に抑え、普段通りの対応を務める。
「では、こちらにお名前と住所をご記入下さい。登録料は20ノーエンです」
1ノーエンが日本円にして100円くらいだ。登録料を受け取り、記入された名前と住所を確認する。
「ケータロー・オーダーさんですね。住所は……この近くの宿ですね」
「この街に来たばかりでな。宿泊先を書いておいた。問題があるか?」
「いえ、結構です。緊急時に連絡が取れればそれで結構ですので」
織田さんか小田さんかは解らないが、おそらく『おだけいたろう』が本名だろう。間違いない、転生もしくは召喚された日本人だ。さりげない仕草でポケットに手を突っ込み、リンデさんに貰った連絡用のマジックアイテムである水晶を起動する。触れて念じるだけで対になる同じ水晶が振動するという簡単なものだ。魔術に長けた者同士が使うと振動を利用して音波を発生させ、会話も出来るという。もちろん僕にはそんな使い方は出来ないが、今回与えられた任務をには十分だ。
「クエストは……そうですね、初めてということなら、西の森に出現するゴブリン討伐でいかがでしょう。最低でも3体は倒していただく必要がありますが、強さは大したことがありませんし、倒せば倒すほど追加報酬があるのでお勧めです」
「わかった、それでいい。小手調べには丁度いいだろう」
頼りなさそうな雰囲気とは裏腹に、妙に自信ありげな表情を浮かべて笑う。彼も召喚された勇者なら何かチート能力もしくはチート装備を持っているのだろうか。僕はといえば未だに自分が何の能力を持っているのかも解らないままだ。ちょっと羨ましい。
「討伐したゴブリンの左耳を切り取って持ってきてください。耳一つにつき2000ノーエンで買い取ります。ゴブリンの耳には血が流れていないので適当な麻袋にでも入れれば大丈夫です」
「ちょっとグロいな。さすが異世……いや、なんでもない。了解した」
オーダーさんはバサッっとマントを翻し、颯爽と店から出て行った。そして彼と入れ違いで入ってくる戦士風の男性。
「あっ!隊長!」
「よくやった、イツキ。今の奴がそうか?」
僕の上司(予定)こと、ガーラーンド・イノーウェ隊長だ。思ったより随分と早く来てくれた。
「ええ、間違いありません。名前といい、服装といい、なによりあの意味のないマントの翻し方!僕と同じ国から来た人間です」
「そ、そうか……。ちょっとポケベルを貸してくれ」
さっきの水晶を取り出して渡すと、隊長は魔力を使ってそれを起動させた。正式名称はポケットベルというらしい。どの辺がベルなのかわからないが、日本にも昔そんな名前の道具があったような気がする。僕が生まれる前の代物らしく良くは知らないのけれど。
「サラとリンデ聞こえるか?今出て行った男がそうだ、尾行を頼む」
雑音交じりに「了解」とだけ返事が返ってくる。ここで暮らして一ヶ月になるが、この魔道具と同じものは見たことがない。借りる時にリンデさんに絶対に壊すなと念を押されたので、結構な希少価値のあるアイテムなのだろう。
「よし、俺達もいくぞ。マスターには予め伝えてあるから、緊急だと言えば抜けさせて貰えるはずだ」
「わかりました」
マスターに急用が出来たと伝えると、二つ返事で抜けさせて貰うことが出来た。店が暇な時間帯だったというのも幸いした。これでようやくバイト生活から抜け出せるのだ。
隊長と二人で店を出て、西門の方向へ少し走るとすぐにサラファーユさんとリンデさんを見つけることが出来た。
「あ、隊長。それにイツキ、お手柄よ。思ってたより早く勇者が見つかったわね」
「これでただ酒もお終いと思うと少々残念じゃがな」
「ただ酒?」
「あ、いや、なんでもない!そんなことより急がないと見失っちまう!」
「そ、そうね!ここで逃がしちゃ意味がないわ」
「うむ。ばれないように注意して追跡するのじゃ」
なにか釈然としないものを感じつつも、僕たち4人はケータロー・オーダー氏の後を追った。僕以外は面が割れていないので尾行することに何の問題もなかった。意気揚々と進む彼は背後を振り向くこともなく、西門を潜り森を目指す。
「うわぁ~、凄い!国の外ってこんな風になってたんですね」
「そういえば、イツキは外に出るのは初めてなのよね?どう?私たちの世界、ナーロォウは」
「憧れていた世界のイメージそのままで感動してます。人間の建築物が全然なくて、広い草原に一筋の道がずっと続いている感じ!牧歌的というか、まさに大自然っていう感じで」
「どこにでもある田舎風景じゃと思うがのう。お主の世界だとこういう景色は珍しいのか?」
「北海道とかにはあるのかもしれませんが、僕の住んでたところだとちょっとやそっとじゃこういう景色はお目に掛かれないですね」
「ホッカイドウ?」
「ああ、すみません。ちょっと興奮してしまいました。僕のいた国で一番広い土地の名前です」
「考えてみればこうやって異世界から来た勇者とゆっくり話す機会もなかったな。俺もご先祖様が生まれた世界の話には興味がある。色々教えてくれねぇか?」
「ええ、いいですよ。僕の世界は地球って呼ばれてて――――」
道すがら、取り留めの無い話をしているうちに僕たちは西の森へ辿りついた。僕の話に3人は終始驚き、根掘り葉掘り聞かれることになった。魔法が存在しないことにも驚いていたが、それよりも、飛行機や車の話に大変興味を惹かれたようで、詳しい構造を聞かれる度に説明に困った。でも、こっちの世界に来てからこんなに沢山会話したこともなかったし、苦に感じることもなく、楽しい時間を過ごせたと思う。
あまり接点がなく、ちょっと距離を感じていたサラファーユさんやリンデさんとも打ち解けられた気がする。仲間意識っていうのかな、なんかいいなこういうの。パーティで草原を旅しながらする雑談。異世界を冒険している感じ。こっちに来てからすぐにバイト生活だったもんな。異世界召喚っていうよりも、いきなり外国に飛ばされて強制労働が始まったような感覚しかなかった。
「しっかし、鉄の塊が空を飛んだり、馬より早く走るとかとんでもない世界――お?異世界人の様子が変だぞ。モンスターにでも出くわしたか?サラ、頼む」
「了解。知識を欲し彷徨う探求の精霊よ 千里を見通す孤高の神の御許にて 我らと共に世界を識れ 歩鳥望遠」
サラファーユさんが呪文を唱え終えた瞬間、視界が歪んだ。
「うぷっ!?」
突然、視野が強制的に引き延ばされ、遠くに見つめていたケータロー氏の姿が目の前に現れる。その周りの風景は弧を描く様に歪んで広がっていて、近くのものは普通に見えるのが、遠くなるにつれ不自然に大きく見えるのだ。眼球が試験管みたいな形になったような感覚とでもいうのだろうか。正直、物凄く気持ち悪い。手で顔を覆うと視界は平常に戻り、再び遠くを見るとまた目玉が飛び出たような感覚に襲われる。
「あ~、これは慣れるまで辛いんだよなぁ~。すまん、先に言っとくべきだったか」
「ごめんごめん。つい、いつもみたいに全員に掛けちゃったわ」
「気遣いの足りん奴らじゃ。ほれ、魔術軽減」
リンデさんが呪文を唱えると、視界の気持ち悪さが抑えられ、単に目が良くなったような感じに変わった。うん、これなら大丈夫だ。
「ありがとうございます。リンデさん」
「礼などいらん。感謝されるなどという感覚は気持ち悪くて未だに慣れんわ」
言ってる意味が良くわからないのだが、どうやら照れているというわけでもなさそうだ。サラファーユさんやガーランド隊長は結構解りやすい性格をしていると思うが、この人だけは未だに理解できない所が多い。不思議な人だ。
「あ、そうだ。例のケータローさんはどうなったんです?」
「森に入ってすぐ、スライムに出会って驚いたみたいね。尻餅をついたまま剣を振り回してる間にスライムは逃げてったみたいだけど」
「うわぁ……ドンマイだな」
「恰好悪いのぅ」
生まれて初めてモンスターを見たのだろうから、しょうがないのかもしれない。僕だって見たこともない空想上の生物だった存在に出会って立っていられる自信はない。
「あ、スライムが逃げてった方に向けて風魔法を使ってるわ」
「ふむ。魔法を習得しているのか。なにか変わった所はあったか?」
「ありきたりな初級魔法の風撃ね。威力、連射速度ともに普通よ」
「チート能力が魔法関係だとしたら、魔法の威力を向上させる杖ではなく剣を装備しているのが解せぬな。魔法を剣に宿して戦うスタイルなのか、それとも杖を必要としない程に魔道を極めているのか」
「とりあえずは急いで追いかけよう。少なくとも多少の魔法は使えることが解っただけでも十分だ。捕まえるのはゴブリンとの戦闘でしっかり実力を見極めてからだ」
「まどろっこしいのぅ。このメンツで後れを取るような相手には見えぬぞ?」
「勇者を侮って痛い目を見た経験者様は言うことが違うわね」
「丁度良い、前からその減らず口を縫い付けてやろうと考えておったのじゃ」
「ほらほら、仕事中は喧嘩禁止な?いくぞ」
お互いに火花を散らしながら渋々と隊長に続く二人を追いかけて走る。
森中に響き渡る大きな叫び声と、巨大な火柱を見たのはすぐ後のことだった。




