異世界人来訪
僕の名前は五木聡志。異世界ナーロォウに召喚された勇者です。
日本で冴えない日々を過ごしていたけれど、ある日、トラックに轢かれそうになりました。もう駄目だと思った次の瞬間、なんと剣と魔法の世界に召喚されていたのです。
殆ど毎日のようにラノベの世界に行きたいなんて考えていた僕の喜びときたら一言では言い表せない程でした。おまけにチート持ちの勇者だというのですから。
僕の時代始まった!この世界でのし上がるんだ!と思ったのですが、どうやら勇者として召喚された先輩方が大量にいらっしゃるらしく、早々に帰れと言われてしまいました。
それだけならまだ良かったのですが、帰る方法がわからないときました。おまけに勇者召喚は法律で禁止されているらしく、正体がバレたら大変なことになるらしいのです。無一文で住む所もない僕が生きていくには大変厳しい状況だったのです。
「おーい、バイトォ!ぼさっとしてないでこれを5番テーブルに持っていけ」
「あっ、はい!」
現在、僕はこのヴェルポッカ亭でアルバイトをしています。この店は料理や酒を提供する傍ら、冒険者ギルドとして冒険者への仕事の斡旋、仲介などをしています。この世界の酒場といえばだいたいこんな感じなのだそうです。
僕が召喚されたグランローエン帝国は魔王軍の侵攻から一番遠く、世界で最も平和な国だそうで冒険で一旗上げたいと考える人達は外の世界へ旅立っていくそうです。なので、魔物と戦ったり、ダンジョンに潜って宝を探すなんて仕事はあまりないのです。
とはいえ、武器や防具の素材として魔物を狩ったり、薬草を採取したりといった仕事は時々入ってきます。冒険者ギルドは有事の際に国を守る戦力にもなる為、一定以上の活動を行っているギルドには帝国から援助金が出るのです。
上司が言うには、無職が増えると治安が悪化するし、少ない金額で国内の軍事力を維持出来るから冒険者ギルドは国から重宝されているとのことです。なるほど、戦争がない状態で多くの兵士を養うよりは民間に委託してしまえば都合が良いわけです。万が一、諸外国と戦争になった時だけギルドを仲介して優秀な冒険者を国が雇えば良い訳ですからね。上手く出来ています。
酒場としても本業の片手間にギルドを運営するだけで援助が受けられ、食材調達を冒険者に依頼すれば市場で仕入れるより新鮮で安い物が手に入る訳です。
「お待たせしました。ブラックベアーの香草焼きです」
この店でアルバイトを始めて早一ヶ月。召喚の影響か、言葉は初めから理解出来ていたものの文字が読めず、メニューを覚えるのに苦労した。そもそもこの世界の識字率は低いらしく、それさえクリアしてしまえば難しい仕事ではなかった。
どうして勇者として召喚されたのにこんな場所でアルバイトしているのか疑問に思うところではあるが、実はアルバイトとは狩りの姿であり、僕の本来の仕事は国王陛下直属の異世界召喚特別対策部隊、通称『勇者追い出し隊』の新米隊員なのである。
異世界で生きていく術もなく絶望に暮れていた僕を雇ってくれた親切なガーランド隊長はこう言った。
「いいか、イツキ。隊長の俺はお前を部隊に入れる権限を持っている。だが、雇い主はあくまで国王だ。勇者であることを隠して働くんだったら、ただの子供だってのは上手くねぇ。だが、実力主義の世界だから、年齢以上の実力を証明すれば話は別だ。わかるな?」
「はい」
「なら、どうすりゃいいか。簡単だ、正式な隊員になる前に結果を見せればいいんだ。それまでの間は研修期間ってことにして俺の権限で預かる。そんで、結果を出して国王に認められれば晴れて一人前のエリート部隊員だ」
「エリート?問題児集団の間違いではないか?」
「リンデ、余計なことは言わなくてよろしい」
「問題児はアンタだけでしょ」
「なんじゃとこの暴力エルフが」
会話する度に喧嘩になるサラさんとリンデさん。拳からバチバチと魔力を迸らせて殴り合いを始めるが、隊長は慣れているのかまるで気にしない様子で話を続ける。
「そこでイツキ・サトシ。お前に最初の任務を与える」
「は、はいっ!」
「俺達の仕事は違法な勇者召喚を阻止し、元の世界に送り返すしたり、悪人であれば逮捕するか、退治することだ。ここまではいいな?」
「ええ、わかっています」
「異世界人の情報収集については別の部署が担当していて、その情報を元に俺達が解決する。お前が召喚された時もそうだ。その部署から連絡が入れば率先してその対処にあたるが、普段は指名手配されている異世界人を捜索したり、独自の情報網で犯罪者を探している。この酒場に良く来るのも仕事の一環だ」
夜通し飲んで歌って暴れていただけの気もするが、特殊な任務を帯びた国家公務員とバレない為の演技だったのだろうか。店の前で吐いたり、他の客に絡んで喧嘩したりと、どこからどう見ても完璧にチンピラにしか見えなかった。実に念入りな仕事だ。
「そこでお前にはこのヴェルポッカ亭で潜入調査をしてもらう。俺が一芝居打って店長にお前を住み込みで雇って貰えるようにするから、アルバイトとして働きながら悪い異世界人がギルドに訪れたら俺達に知らせるんだ。そして俺達がそいつをボッコボコにし、お前がトドメを刺す」
「なるほど!その悪い異世界人を国王に差し出せば正式に雇って貰えるわけですね」
「そういうことだ。じゃあちょっと店のマスターと話をつけてくるから待ってろ」
「はい!よろしくお願いします」
よし、これでとりあえず寝床と仕事にありつけそうだ。一時はどうなるかと思ったけれど、良い隊長さんに出会えて良かった。ほっと一息ついた所に、奥から怒声が聞こえて来た。
「なにィ!?金が無ぇだと!!」
ん?なにやら揉めているようだったが、やがて厳つい顔をした男が僕の所にやってきた。
「俺がこのヴェルポッカ亭の主、ゴルディだ。兄ちゃんから話は聞いた。最低限の生活の面倒だけは見てやるから死ぬ気で働け。逃げ出したら懸賞金掛けても見つけ出すから覚悟しとくんだな」
「は、はい。よろしくお願いします」
こうして僕の初めての任務が始まった。
ヴェルポッカ亭は非常に繁盛しており、食事時は目が回るような忙しさだ。ピークを過ぎれば今度は冒険者ギルドとして仕事が待っている。
受付時間になると冒険者を目指す若者や、日銭を稼ぎたい連中が掲示板に張られた依頼と睨めっこしている。依頼の大半はヴェルポッカ亭からのもので、食材の調達や配達などが主な仕事だ。
殆どが店の常連客であり、数日もすればだいたいの人間の顔を覚えてしまった。亜人種を初めて見た時はジロジロ見るなとマスターに拳骨を戴いたものだが、今ではもうだいぶ見慣れてきた。
稀に新規の登録者がやってくる。僕の本来の任務はこの新顔の中から異世界召喚者を見つけ出して隊長に知らせることだ。勇者追い出し隊のメンバーは僕のことを心配してくれているのか、ほぼ毎日のようにやってきては飲み食いをして帰っていく。期待に応えられるように頑張ろうと思う。
不思議なことに、お代を貰おうとしたら「いいからいいからマスターに話は付いてるから」と言って陽気に店を出ていく。食い逃げは地獄の果てまで追いかけて殺すが口癖のマスターもそれを咎めない。よくわからないが、僕が働いていることと関係があるのだろうか。
ともあれ給料日が楽しみだ。そろそろ一ヶ月だから貰えるはずなのだが、面接の時には屋根裏にある寝床と店のルールを教えられただけで終わった。アルバイトなんて生まれて初めてだ。しかも異世界だから、そういうものなのだろうと納得した。下手に金銭の話題を持ちかけて心証を悪くしたくもなかった。心配しなくても親切なガーランド隊長が上手く交渉してくれているだろう。多少、貰える額が少なくても文句は言うまい。昼と夜の食事と寝床があるだけでも大感謝である。
そんなある日の昼過ぎ。一際、異彩を放つ客が訪れた。
歳の頃は20代手前くらいだろうか。そいつは中肉中背で締まりのない顔をしていた。
この店に出入りするようなタイプには見えない。そして何よりも目立つのが服装だ。
目立たない安物の茶色いローブを羽織っているが、下半身から覗く黒いズボンに見覚えがある。
ジャージだ。靴はスニーカーを履いている。間違い様もなかった。
僕はついに異世界からやって来た人間を発見したのだ。
ガーランド達が飲み食いすることによってイツキ君はいつまでも働き続けることが出来ます。世界は優しさで出来ている。頑張れイツキ!例え給料日が来なくても!働けイツキ!




