ハローワールド&ワーク!
人間が支配する五大国家の一つにして、世界の中心に位置するグランローエン帝国。
そのまた中心にある国王の居城から一番近い酒場。酒と人をこよなく愛したと言われる過去の聖人ヴェルポーチカにちなんで名付けられたヴェルポッカ亭は、王城で働く兵士達にとってもまた世界の中心であると言える。
収入の安定した兵士と、それを目当てに寄ってくる女達。夜だけは王城よりも警備が厳重だと揶揄されるされることもあるこの酒場は連日大賑わいだ。
「とりあえず、今日もお疲れさん。仕事の成功を祝って乾杯だ」
「お疲れ様~」
「ん。乾杯じゃ」
「……お、お疲れ様です」
キンキンに冷えた麦芽酒が喉の渇きを流し去る。くぅ~~~~~っ!たまらん!
「どうしたのよ、隊長。いつもよりいい飲みっぷりじゃない」
「そりゃそうさ、サラ。何時間も暑っ苦しい鎧を着たまんま警備ごっこしてたんだ、酒の美味さも倍増ってもんだぜ」
「だから言うたんじゃ、回りくどいことをせんと領主を捕まえて火で炙るなり水に漬けるなりなんなりして自白させた方が簡単じゃと」
「あんたねぇ。ここは法治国家なのよ、ほ・う・ち・こっ・か!仮にも国王直属の部隊がそんな真似出来るわけないでしょうが。そういうのは前世に戻って野蛮な魔族相手にやんなさいよ」
「ふん、所詮この世は力こそが法。余が収めた世界ならお前なんぞ速攻でトロールの餌にしてくれるわ」
「やれるもんならやってもらおうじゃないの自称魔王様!オジサンお代わり!」
「ド田舎の森から来たおのぼり娘が生意気な。オヤジ、こっちもじゃ!」
「お前ら、今日は子供もいるんだから程ほどにな?ほら、勇者君も好きなの頼んでいいぞ?」
「はい……ありがとう……ございます」
勇者君はさっきから縮こまって所在なさげにしている。未成年なので一人だけミルクだが、酒にしといた方が話が聞きだしやすくて良かったかもしれない。
「そういや、まだ名前を聞いてなかったな。俺はこいつらのボスでガーランドっていうもんだ。よろしくな」
「五木聡志です」
「イツキ・サトシか。こっちの金髪がサラで黒いのがリンデだ」
「なにその雑な紹介」
「まったくじゃ」
二人は何やら言いたいことがあったらしいが、タイミング良く運ばれてきた料理を奪い合う作業を優先させて静かになった。
「イツキは名前からして、やっぱりニホン人なわけ?」
「は、はい!日本を知っているんですか!?」
「知ってるっていうか、俺の遠い遠いご先祖様もそうだったらしいんだわ」
「この世界にも日本人が居るんですか!?」
おお、なんか急に元気が出て来たな。
「まぁな。そこそこいる。さっきも言ったが、よく召喚されてくるんだわ俺達の住む世界、ナーロォウには。特にニホン人って奴が多い。困った話なんだがな」
「帰る方法はあるんですか?」
「まぁ、慌てるなよ。それについちゃあ後でゆっくり説明してやるから」
「は、はい……わかりました」
「勇者召喚が多いって言ったけどな?異世界人がこっちの世界に来るのはなにもそれだけじゃないんだ」
「美味っ!この肉めちゃ美味っ!」
「おい、一人で全部食おうとするんじゃない!残りは儂のじゃ!」
「ふざけんな!俺のも残しとけ!……っと、すまん。ざっくりと言って三パターンだな」
「召喚と…………転生。それに迷い込み……でしょうか?」
「おっ、流石はニホンジン。よくわかってるじゃないか。それそれ、大正解」
何故かニホンジンは異世界の存在を知らなかった割に、こっちの世界について良く知っていたかのように振舞うことが多い。やたらと順応が早かったり、上手く立ち回っていつの間にか出世したりするのだ。向こうにはラノベとかいう預言書のような書物があって、そこから知識を得ているという話だ。そんな凄い物が庶民でも簡単に手に入るというのだから恐ろしい。
「一番メジャーなのが召喚。イツキが呼ばれたのもこれだ。高度な魔法陣と膨大な魔力が必要になるが、それさえ用意できれば誰でも異世界人を呼び出せる。召喚された人間は勇者と呼ばれ、何かしらのチート能力が発現するんだ。君も恐らくは何らかの特別な能力を秘めているだろうな」
改めて考えると本当に迷惑な技術だよ。
「厄介なのは召喚を行うのが人間だけとは限らないとこだ」
「人間……以外?」
「そう。代表例を挙げるなら神や女神って呼ばれる連中だな」
「…………神様…………いるんだ…………すごい」
「連中は基本的には住む世界が違うから滅多なことじゃ拝めないが、確かに存在は確認されている。魔王と敵対関係にあるが、直接この世界に現れたりはせず、異世界人に伝説級の武器を持たせて送り込んだり、この世界の強力な存在に転生させたりしてナーロォウ人を魔王軍から守ろうとしている」
「良い神様達なんですね」
「そんなワケがあるかあああああああああああああ!」
「ひいっ!?」
ドンとテーブルを叩いてリンデが立ち上がった。こいつの前で神や女神の話はNGだ。料理に夢中だから大丈夫だと思ったが、どうやら聞き耳を立ててはいたらしい。
「奴らは!奴らはのぅ!人間のことなんて何とも思ってはおらん!ただ魔族が気に入らんというだけで無関係な世界の人間を呼び出してはぶつけ呼び出してはぶつけ、その結果、世界のパワーバランスが崩れようとも、お構いなしじゃ!その癖、人間が力を付け過ぎると天罰と称して粛清するという傲慢ぶり!奴らは癌じゃ!この世の癌じゃ!」
「ちょっと、やめなさいよリンデ。教会に目を付けられたらどうすんのよ」
「すまん、こいつはちょっと訳ありでな。オヤジ、いつもの」
リンデが暴れそうになったら好物であるレッサードラゴンの丸焼きチーズ載せの出番だ。レッサードラゴンは非常に小柄で、ともすれば巨大なトカゲだが、こんがりと焼けば鱗や皮ごと食べられる。トロトロのチーズを乗せたらもう絶品だ。店のオヤジも慣れたもので、既に準備を始めていたらしく、すぐに料理は運ばれてきた。これでしばらくは落ち着いて話が出来そうだ。
「あとは原因不明の迷い込み。これは向こうの世界に原因がありそうだけどな。レアケースだから詳しくはわかっていない」
「勇者が余ってるっていう話でしたけど、そんなにいるんですか」
「ああ。異世界召喚ってのは元々は王族だけが保有する技術だったんだが、数年前に世間に流出しちまってな。今じゃ異世界人があちこちで召喚されて混乱気味なんだわ」
「魔王軍と戦うなら戦力は多い方がいいんじゃないですか?」
「それがそうでもないんだ。人間と魔族のパワーバランスは今が丁度いいのさ。ナーロォウにはいま俺達が居るグランローエン帝国を中心にして、周囲を囲むように四つの大国がある。その更に外側が魔王軍の勢力ってわけなんだわ」
「……なるほど。もし魔王軍が居なくなったら人間同士の領地争いが起きる?」
「その通り!なかなか賢いじゃないかイツキ。ここだけの話なんだが、俺の遠い遠い先祖が建国の勇者様なんだが、そのご先祖様が魔王とある取り決めをしたんだ」
「勇者と魔王が取引を?」
「ああ、簡単に言っちまえば平和条約だ。魔族の中には人間を食料にする奴も多いし、人間からしてみれば天敵だから決して相容れない。だが、もしどちらかが滅んだとしても、今度は同じ種族内で争いが起きるだけだ。そういうのはイツキの世界でもあったんじゃないか?」
「ええ、僕の世界もずっと戦争が絶えませんでした」
「人間や魔族にも平和を望む者は多いが、欲望を満たす為の争いを求めるものもまた必ず現れる。どんなに押さえつけても、欲望ってやつはいつかどこかで爆発して大きな戦争になっちまう。そこで平和条約という名の八百長が始まったんだ」
「八百長?」
「そう。同じ種族を団結させるには共通の敵を用意すればいい。敵が攻めてきている状態なら味方同士で争っている余裕はないからな。まぁ、完全に協力しあうのは難しいから小競り合いくらいは起こるが、少なくとも同族同士で戦争を始めるわけにはいかない」
「国力が下がると敵や周辺国に狙われますからね」
「戦争がしたい奴だけ最前線に送ってやればいいのさ。国内の不満は敵にぶつけて内政を安定させ、好戦的な危険分子も勝手にいなくなる」
「適度なガス抜きってわけですね。常に最低限の小競り合いをさせることで大きな火種になるのを防ぐことが出来る」
「人間側に関しては、世界の中心であり、最も国力があるグランローエン帝国が疲弊した国を支援したり、勢力を増してきた国があれば物資の流通を絞ったりする形でこっそりとバランスを取る。魔族側も同じようなことをしているわけだ」
「それで、そのバランスを崩す勇者の存在が邪魔になるんですね」
「そういうこった。それに問題は軍事バランスだけじゃない。例えば過去の勇者が持ち込んだ活版印刷の技術で、情報共有や平民の識字率も飛躍的に向上した半面、有害図書が溢れかえったり、貧しい農村の村人達が一斉に魔法を覚えて一揆を起こしたりするなんてことまであった。ある日、突然にな」
新しい技術や知識なんてものは波紋のように徐々に広がっていくものだ。それがいきなり各地で散発的に生まれてみろ、社会経済は大混乱だ。
「強すぎる薬は毒になる。誰かが管理しなければいけない」
「そこで私達の出番ってわけよ!」
急に話に加わっていいところをもっていくなよサラ。
「まぁ、そんなわけで各国の間で締結されたのが異世界召喚禁止法。俺達は勇者召喚を未然に防いだり、さっきみたいに主犯格を現行犯逮捕したり、野良勇者を強制送還したりする任務を帯びている」
「野良って……。じゃあ僕も向こうに送り返されるんですね?」
「異世界トラックに轢かれた奴は死んどるから無理じゃ」
「なっ!!?」
「ちょ、リンド!いきなりそこ言っちゃ駄目だろ!」
「大丈夫よ、勇者君。転移が出来なければ転生すればいいのよ。ちゃんと手順を踏んで殺せば元の世界に赤ちゃんとして生まれ変わることが出来るから安心して」
「殺されるのっ!?」
「サラも追い打ち掛けるんじゃねぇ!」
イツキの顔面が真っ青じゃねーか、可哀そうに。
「心配しなくてもお前の意思を無視してどうこうしようってつもりはない。それにまだ帰れないって決まったわけじゃないぞ?」
「何か方法があるんですか?」
「まず、イツキはトラックに轢かれそうになったって言ったよな?なら、死ぬ直前に呼ばれた可能性が高い。魂と精神を死ぬ直前の身体に戻すことが出来れば、あとはトラックを避けて全部元通りにすることが可能」
「おおっ!」
「……かもしれん」
「………………」
励ますつもりが、なんか気まずい空気になってしまった。
「上げて落とす。流石は我らの隊長殿。実に悪魔じみておるのぅ」
「ぬか喜びさせるとか酷いわ~」
「そんなつもりじゃねぇって!まぁ、なんだ。イツキ!お前が勇者だっていうのは俺達だけの間の秘密にしといてやる。上には報告したりしねぇよ。命拾いしたと思ってこっちで楽しくやればいいじゃないか」
「あ、ありがとうございます!召喚がなければ即死だったかもしれないし、折角の異世界ですもんね!」
「しかし、そうなるとこれからの生活が大変だよなぁ」
「た、確かに……」
「いくら異世界人だからって、チート能力の内容も判明しないままじゃ、ただの子供でしょ?この厳しい世界を生きていくのは厳しいかもね」
「…………」
「生きてゆくには金が掛かる。身元も定かではない子供を雇ってくれる場所があればよいが…………のぅ」
「……………………」
なんだか詐欺師になったみたいで良心が痛むが、みんなが幸せになる最良の方法を提案するにはベストのタイミングである。
「実はな……一つだけ、異世界人の子供でも雇ってくれる職場を知ってるんだ」
「本当ですか!?教えて下さい、何でもします」
何でもする。確かにいただきました!
「一言で言えば何でも屋って感じかな。時にはちょっと過酷なこともあるが、給料はいいし、人々に感謝される立派な仕事だ。寝る場所も提供して貰える。どうだ?やってみるか?」
「やります!やるしかないですもん!」
「よし、じゃあ面接はこれで終了な」
「え!?」
「オヤジ!一番良い酒を四つだ!」
「えっ!?なんです?面接って?」
事態が呑み込めていないイツキを余所に、運ばれてきた酒が全員の前に置かれる。
「では、我らが異世界召喚特別対策部隊、通称『勇者追い出し隊』の新メンバーの加入を祝って~~~~~~」
「え、えええ~~~~~!?」
「「「かんぱ~~~~~~~~~~~~~~~い!!!」」」
新人歓迎会は朝まで続いた。
テレレッテテーー!隊長は便利なパシリを手に入れた!




