第一話
1年半前の8月、ある時急に部屋の真ん中に大きな扉が現れた。
お気に入りのローテーブルが、扉を挟んで真っ二つになっていたのがショックだったのをよく覚えている。
突然現れたそんなものを、開かずにいられるほど、人間は自由な生き物ではない。
実際問題、扉の向こうが何に繋がっているにせよ、そこが安全である確証は無い。
安物のSF映画なら、ここから現れるのは未知の化け物で、おぞましい病原菌を持っている。
俺は身体を乗っ取られ、世界はあっという間に滅び、最後に生き残った人類と、犬との友情物語が始まってしまうことになるだろう。
俺は、8月の半ばに、1番分厚い服を着て、スキーマスクを着け、サングラスで目を守り、部屋の中なのにスニーカーを履き、軍手をして、ドアノブに手をかけた。
まず、これはどちらへ向けて開くべきだろうか、引いた時の方が、なんとなく不意打ちには有利な気がする。
試しにドアを引いてみても、引っかかって上手く引けない。
押してみると、すんなり動く。
なるほど、つまりこれは入口なのか、俺をどこかへ誘う。
扉をもう少し押してみると、なんだかフローラルな香りがした。
下を見れば、明らかに上等な、赤い絨毯が敷かれている。
こちら側の、調子に乗った白い安物とは比べ物にならない程、見ればわかる上等さに溢れていた。
一度、扉を閉める。
頭を働かせてみよう。
向こうに居るのが、異形の鳥や虫っぽい何かでないことは、恐らく確定だろう。
それなら、この扉はどこへ繋がっている?
安っぽい陰謀論が、極たまに当たっている事があるように、この世界には意外と不思議なことが起こるのだ。
俺の中では、この扉の正体は2択まで絞られている。
1つは、これは何らかの実験で作られた科学的なもので、何らかの事故でここへ繋がってしまったというものだ。
その場合、この扉をくぐった先にいるのは、イカしたスーツのいけ好かない男と、ライフルを持ったムキムキスーツ2人ということになる。
あるいは、もう少し先の未来ということもあるかもしれない。
俺はきっと、子孫も残せず寂しく死んでいく、何処にでもいるありふれた人類の1人なのだろう。
歴史から消えても気付かれない、そんな人間を、集めている組織がいるのかもしれない。
かなりカッコイイ設定だ。
もう1つは、つまるところ異世界と言うやつだ。
扉の向こうには、浮世離れした容姿の女の子がいて、その女の子と有り体にも恋に落ちる。
外れだったなら、もしかしたら世界を救わされるかもしれない。
日本人としては、有り触れた物語だ。
とりあえず、もう一度扉を開けてみよう。
訳もわからない化け物がいる訳でも無さそうなので、スキーマスクとサングラスを外す。
向こうに居るのが人間なら、それが異世界人にしろ未来人にしろ、金髪スリーピーススーツの身長中くらいの白人男性にしろ、こちらが強盗のようななりをしているのは良くないだろう。
扉に、もう一度手をかける。
扉を、少し力を入れて押してみる。
扉が開く。
向こうには、異国情緒溢れる西洋風の部屋が広がっている。
扉の向こうには、大きな天蓋付きのベットがある。
扉の向こうに、浮世離れした、美しいプラチナブロンドの髪をした少女が立っている。
世界には、極たまにありえない事が起こるし、極たまにそれを当てる人間がいる。
どうやらそれが、自分ということになるらしい。




