2. 再会
翌日、メイドに執務室に案内されるとアルフレッドが既に仕事をしていた。アルフレッドの机の向かいにはアルフレッドと同じような立派な机が向かい合うように置かれていた。
「ーーこの輸出のリスト、品目と取引先に問題がないかどうか調べてくれ」
訪れた執事に迷いのない口調でテキパキと的確な指示を出し、目を通した書類に素早くサインを走らせていくアルフレッド。その一切の無駄のない仕事ぶりにセシルは感心し、改めて足手まといにならないように気を引き締めた。
「おはよう、セシル嬢。昨日はよく寝れたかい?」
「おはようございます、アルフレッド様。お陰様でぐっすり寝られました」
軽く挨拶を交わしたあとにアルフレッドから早速仕事を任された。
「ここに隣国との貿易に関する契約書の書類がある。内容に関して質問書を作成するため、まずこの資料を翻訳してほしい」
セシルはアルフレッドから書類を受け取り、パラパラと目を通した。さらりと内容を確認すると、確かにこれは『隣国の言語を知っている』だけれは太刀打ちできない難物だと理解する。貿易に関する専門用語が多く、知識がなければ翻訳にかなりの時間を要する。
私が婚約者として選ばれた以上、実家の借金や贈り物に報いるために頑張らなければ…
セシルは「お任せください」と頷くと、用意された自席につき、ペンを取って作業に取りかかった。
スラスラと翻訳した内容を別の紙に書き出していく。その淀みない作業の様子を向かいの席からアルフレッドが関心したように見つめていた。
(これなら2,3日で翻訳作業は終わりそうね…)
セシルは黙々と作業に没頭した。
◇
午後の日差しが和らんできた頃、ようやく作業が一段落した。
「お茶の時間にしよう、少し休憩しようか」
書類から目を上げたアルフレッドが優しく提案してくれた。セシルもキリが良いところだったため、お言葉に甘えて休憩をとることにした。
二人は執務室から続くテラスへと移動し、風が心地よい屋外でお茶を楽しむことにした。 セシルは紅茶のカップを置くと、先ほど翻訳作業の中で出てきた専門用語を持参した自身の手帳へ書き留め始めた。
その様子に気づいたアルフレッドが不思議そうに尋ねる。
「何を書いているんだ?」
「これは先ほど翻訳した際に出てきた貿易用語をメモしているのです。きっと今後も繰り返し出てくる単語だと思いましたので、忘れないように覚えておこうかと」
「へえ……君は本当にマメで勉強家なんだね」
アルフレッドに感心したように褒められ、セシルは少し照れ、にこやかに微笑み返した。そしてメモしたページがすぐ分かるよう、愛用の栞を挟んで手帳を閉じる。
その瞬間、アルフレッドがハッと息を呑んだ。
「あっ…その栞…」
アルフレッドがあまりにも栞を凝視しているため、セシルは少し気恥ずかしくなりながら語った。
「ふふ、これですか? この栞は昔、私が6歳くらいの頃、オルコット家に居候していた男の子がくれたものなんです」
セシルが栞を見ながら、どこか遠い目をしながら懐かしむように話す。
「その男の子は来た当初、腕に大きな怪我をしていて、家族が必死に看病していました。私も心配で、毎日様子を見にいっていました…おかげでその子は元気になって、よく一緒に遊んでいたのです。少し泣き虫な所もあったけどとても優しい素直な男の子でした。その時、男の子が作ってくれた栞で…とても丈夫なのでずっと使い続けていました。一年ほどで急にどこかへ行ってしまって……今も元気でいてくれたらいいのですが...」
思い出に浸るあまりスラスラと喋ってしまったが、セシルはハッと我に返った。こんな他人の昔話など、仕事のパートナーである彼には興味がないだろう。慌てて話題を変えようとしたセシルだったが――アルフレッドは片手で顔を覆い、絞り出すような声で呟いた。
「...まだ持っててくれたんだ…」
「えっ……?」
セシルは首をかしげ、何気なく手元の栞に視線を落とした。 ずっと使い続けていて気づかなかったが、ふと栞の方をみるとかすかに小さな文字が刻まれていた。
――『アルフレッドより』
「え……? え……っ!?」
セシルの表情がみるみるうちに驚愕へと変わっていく。
「えっ……まさか…あの時の…アル...!?」
困惑に満ちた声を上げるセシルに、アルフレッドは耳まで赤くしながら、おもむろにジャケットの袖を捲り上げた。
「この傷に見覚えはない…?」
セシルは目を見開いたまま、小さく「あっ……」と息を漏らした。 白く残った大きな傷跡。それは間違いなく、かつて屋敷の庭で一緒に遊んだあの男の子の腕にあったものと同じだった。
(あの時のアル……? でも、どうして……!? お父様は知っていたの? なぜアルフレッド様は最初から教えてくれなかったの……!?)
セシルは昔の友人に会えた嬉しさと同時に、婚約者が昔遊んでいた幼馴染だった真実に、頭が混乱してこの出来事に追いつけていなかった。
「僕だけがセシルとの過去を覚えているかと思って…ずっと会いたくて君のことを想っていた…」
セシルの混乱に追い討ちをかけるようにアルフレッドが告白した。
「また会えたね、セシル」
アルフレッドは呆然とするセシルの髪を手に取り、慈しむようにそっとキスをした。
全5話+SSの短期連載、毎日20時更新予定です。




