第7話 魔王の娘を拾ったら、魔王本人に見つかりました
世界が、静かだった。
つい先ほどまで、街道には穏やかな風が吹いていた。遠くの草原では名も知らない鳥が鳴き、街へ続く街道には、時折、商人らしき馬車が行き交っていたというのに、今はそのすべてが嘘のように消え失せている。
風が止まった。
鳥の声も止まった。
草原の彼方で揺れていた草木さえ、まるで何か巨大な存在の到来を恐れているかのように、ぴたりと動きを止めている。
その異様な静けさの中で、私は妖刀村正を握ったまま、遠くに見える街を睨んでいた。
街。
いや。
あれは、街と呼ぶにはあまりにも巨大だった。
高い城壁に囲まれた都市の中心には、さらに巨大な建造物がそびえ立っている。黒を基調としたその建物は、遠目に見ても城だと分かるほど圧倒的な存在感を放っており、城壁の上には無数の旗が掲げられている。
その旗に描かれているのは、黒い翼を持つ竜。
私は、その紋章を知っていた。
ゲームの設定資料で見たことがある。
魔王軍の紋章。
そして。
あの城の主こそが。
この世界における魔王。
「……」
私は。
自分の隣に立つ少女を見た。
ルナ。
魔王に追われている少女。
昨夜、森の中で出会った。
そして今。
魔王本人から。
『我が娘よ』
そう呼ばれた。
「……」
私は。
ゆっくりと。
ルナの顔を見る。
「……ルナ」
「……何?」
「一つだけ確認していい?」
「……うん」
「あなた」
私は。
出来るだけ平静な声を出した。
「魔王の娘なの?」
「……」
ルナは。
黙った。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
長い。
ものすごく長い。
私は。
じっとルナを見る。
ルナも。
私を見る。
そして。
ルナは。
ゆっくりと。
目を逸らした。
「……ルナ?」
「……そう」
「そう?」
「……たぶん」
「たぶん?」
私は。
思わず聞き返した。
「魔王の娘なのに?」
「……」
「たぶん?」
「……私は」
ルナは。
少しだけ俯いた。
「魔王の娘として生まれた」
「……」
「でも」
ルナの声が。
小さくなる。
「私は、あの人を父親だと思ったことはない」
「……」
その言葉を聞いた瞬間。
私は。
何も言えなくなった。
魔王。
この世界で最強クラスの存在。
レベル九十。
魔族の頂点。
魔王軍を率いる者。
ゲームの中では。
プレイヤーたちが。
最終的に挑むことになる。
そんな存在。
その魔王の娘。
それが。
ルナ。
「……」
私は。
改めて。
ルナを見た。
小さな角。
黒い髪。
赤い瞳。
そして。
どこか怯えた表情。
確かに。
魔族ではある。
けれど。
とても。
魔王の娘には見えない。
「……」
私は。
頭の中で。
ゲームの知識を。
必死に探した。
魔王。
魔王の家族。
魔王の娘。
そんな設定。
私は。
知らない。
少なくとも。
ゲーム本編には。
存在しなかった。
「……」
また。
だ。
また。
ゲームにはない。
存在。
私は。
小さく。
ため息を吐いた。
「……やっぱり」
「何?」
「この世界」
私は。
ルナを見る。
「私が知ってるウォーズとは、全然違うわ」
「……」
ルナは。
何も言わなかった。
ただ。
私の袖を。
そっと掴んだ。
「……ヒヨリ」
「何?」
「逃げて」
「……」
「今ならまだ間に合う」
「……」
「私は」
ルナが。
震える声で言う。
「あなたを巻き込みたくない」
「……」
「あなたは、この世界の人じゃない」
「……」
「だったら」
ルナの手に。
力が入る。
「あなたまで、私のせいで死ぬ必要なんてない」
私は。
しばらく。
ルナの顔を見ていた。
そして。
「……死ぬ?」
「……」
「私が?」
「……うん」
「誰に?」
「……魔王に」
「……」
私は。
少しだけ。
考えた。
そして。
空を見上げた。
「……」
私は。
魔王のステータスを。
思い出す。
レベル九十。
魔族。
魔王。
強い。
確かに。
強い。
ゲームの設定通りなら。
この世界において。
魔王は。
最上位の存在。
勇者や聖女ですら。
簡単には勝てない。
けれど。
私は。
レベル九十九。
筋力。
三万九千十一。
防御。
二万三千五百六十四。
運。
九万三千二百十七。
そして。
スキル。
空間支配∞。
解析鑑定∞。
完全記憶∞。
成長促進∞。
経験値倍化∞。
信託∞。
さらに。
ボーナスポイント。
二百十六万九千。
「……」
私は。
思った。
あれ?
もしかして。
私。
かなり。
強い?
いや。
かなりどころではない。
どう考えても。
異常なほど強い。
そもそも。
ゲーム時代の私ですら。
レベル九十九なんて。
ほとんど見たことがなかった。
それなのに。
今の私は。
そのレベルに到達している。
しかも。
ステータスが。
おかしい。
筋力。
三万九千。
防御。
二万三千。
運。
九万三千。
そして。
ボーナスポイント。
二百十六万九千。
これ。
本当に。
一般人?
「……」
私は。
少し。
遠い目をした。
「……まあ」
私は。
ルナを見る。
「私、たぶん死なないと思う」
「……」
「少なくとも」
私は。
村正を。
握り直した。
「あなたを守って死ぬほど、私は弱くないわよ」
「……でも」
「それに」
私は。
笑った。
「あなた、私を巻き込んでるんじゃないでしょう?」
「……」
「私が勝手に首を突っ込んでるのよ」
「……」
「だから」
私は。
ルナの頭に。
手を置いた。
「気にしなくていい」
「……」
「それに」
私は。
魔王城を。
見た。
「ちょっと気になることもあるし」
「……何?」
「魔王」
私は。
目を細めた。
「私のことを異邦人って呼んだ」
「……」
「私が地球から来たことを知っている」
「……」
「それに」
私は。
昨夜現れた男のことを思い出した。
『世界の観測者』
あの称号。
そして。
『天照大神の加護を持つ者』
私の加護を。
知っていた。
つまり。
この世界には。
私が地球から来たことを知っている存在が。
少なくとも。
二人いる。
魔王。
そして。
あの謎の男。
「……」
私は。
考え込んだ。
さらに。
ユーノー。
彼女は。
何かを隠している。
間違いない。
そして。
地球の神々。
天照大神。
宇賀神。
阿遅鉏高日子根神。
この世界には。
地球側の神々と。
ウォーズ側の神。
ユーノーがいる。
私は。
その中で。
唯一。
地球とウォーズを。
行き来できる存在。
「……」
私は。
自分の手を見る。
この手に。
どれだけの力があるのか。
私は。
まだ。
理解していない。
けれど。
今は。
それを考えている場合ではない。
魔王が。
動いた。
遠く。
五十キロ先。
魔王城。
巨大な魔力が。
さらに膨れ上がっている。
「……来る」
「……」
ルナが。
震えた。
「ヒヨリ」
「うん」
「お願い」
「何?」
「逃げて」
私は。
答えなかった。
ルナが。
私の服を。
掴む。
「お願いだから」
「……」
「私は」
ルナの声が。
震えている。
「私は、もう嫌なの」
「……」
「誰かが死ぬのを見たくない」
私は。
黙って。
ルナを見る。
「……」
「私のせいで」
ルナの瞳から。
涙が。
こぼれた。
「誰かが傷つくのは」
「……」
「もう嫌」
私は。
その言葉を聞いて。
ようやく。
理解した。
この子は。
自分が魔王の娘だから。
魔王に追われているから。
怖いのではない。
誰かが。
自分のせいで。
傷つくことが。
怖いのだ。
「……」
私は。
少しだけ。
困った。
こういう時。
何と言えばいいのか。
私は。
そんなに。
優しい人間ではない。
地球にいた頃。
私は。
自分のことで精一杯だった。
仕事をして。
帰って。
ゲームをして。
寝る。
そんな毎日。
誰かを救ったことなんて。
一度もない。
だから。
分からない。
けれど。
今。
目の前で。
泣いている少女を。
放っておくことは。
できなかった。
「……ルナ」
「……」
「私は」
私は。
ゆっくり。
口を開いた。
「あなたを助けるって決めた」
「……」
「だから」
私は。
ルナの手を。
握った。
「あなたが嫌だって言っても」
「……」
「私は勝手に助ける」
「……どうして」
「……」
「どうして、そこまでしてくれるの?」
私は。
少し。
考えた。
「……分からない」
「……」
「たぶん」
私は。
笑った。
「あなたが、放っておけないから」
「……」
「それだけ」
ルナが。
私を見る。
涙で濡れた顔。
それでも。
少しだけ。
笑った。
「……変な人」
「それ、二回目」
「だって」
ルナが。
小さく笑う。
「本当に変だから」
「……」
私は。
苦笑した。
そのとき。
遠くで。
地面が。
揺れた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――。
「……」
私とルナは。
同時に。
街の方向を見る。
巨大な魔力。
さらに。
近づいている。
いや。
違う。
魔王本人が。
こちらへ向かっている。
空を。
何かが。
飛んでいる。
「……」
私は。
目を凝らした。
黒い翼。
巨大な魔獣。
その背に。
一人の男が。
立っている。
「……魔王」
ルナが。
呟く。
「……」
私は。
その姿を。
じっと見る。
ゲームで見た。
魔王。
しかし。
ゲームのイラストとは。
少し違う。
もっと。
生々しい。
もっと。
人間らしい。
長い黒髪。
赤い瞳。
黒い外套。
そして。
圧倒的な魔力。
それは。
まるで。
嵐そのものだった。
魔王が。
近づいてくる。
距離。
三十キロ。
二十キロ。
十キロ。
そして。
五キロ。
「……」
私は。
無意識に。
空間支配を。
広げた。
私の領域。
五キロ。
魔王。
その存在を。
完全に。
捉える。
その瞬間。
魔王が。
こちらを見た。
「……」
目が。
合う。
そして。
魔王が。
笑った。
『……ほう』
声が。
頭の中へ。
響く。
『これは』
私は。
眉をひそめた。
『面白い』
「……」
私は。
思わず。
村正を。
構えた。
『異邦人』
魔王が。
私を見る。
『貴様』
そして。
その視線が。
私の隣へ。
『なぜ、我が娘を庇う?』
「……」
私は。
答えた。
「別に」
『……』
「私が勝手に助けてるだけ」
『……』
「それに」
私は。
ルナを見る。
「この子」
そして。
魔王を見る。
「あなたの娘なんでしょう?」
『……そうだ』
「だったら」
私は。
肩をすくめた。
「娘を心配してる父親に見えるけど」
魔王の。
表情が。
変わった。
『……』
「違うの?」
『……』
「あなた」
私は。
魔王を。
じっと見る。
「本当に、この子を殺したいの?」
その瞬間。
魔王の。
赤い瞳が。
細くなった。
『……』
「……」
『……誰が』
魔王の声が。
低くなる。
『誰が、我が娘を殺すと言った?』
「……え?」
私は。
固まった。
隣のルナも。
目を見開いている。
『我は』
魔王が。
静かに言う。
『ルナを殺すつもりなどない』
「……」
『むしろ』
魔王が。
こちらを見る。
『我は、ルナを取り戻しに来た』
「……」
私は。
ルナを見る。
「……」
ルナは。
震えている。
「……嘘」
小さな声。
『ルナ』
「嘘!」
ルナが。
叫んだ。
『……』
「あなたは!」
ルナの声が。
震える。
「私を殺そうとした!」
『……』
「私を追いかけた!」
『……』
「何度も!」
ルナの瞳から。
涙が。
溢れる。
「私を!」
そして。
「殺そうとしたくせに!」
魔王が。
黙った。
私は。
その様子を。
見ていた。
「……」
何か。
おかしい。
私は。
解析鑑定∞を。
魔王へ。
向けた。
ステータス。
レベル九十。
魔王。
状態。
正常。
嘘。
という項目。
表示されない。
けれど。
私は。
もう一つ。
スキルを。
使った。
信託∞。
私の。
直感ではない。
神からの。
信託。
そして。
私の頭の中に。
一つの。
言葉が。
響いた。
『魔王は、ルナを殺すつもりはない』
「……」
私は。
目を見開いた。
では。
なぜ。
魔王は。
ルナを追っている?
私は。
魔王を見る。
「……」
そして。
魔王も。
私を見る。
『異邦人』
「何?」
『貴様は』
「……」
『ルナから』
魔王の声が。
低くなる。
『何を聞いた?』
「……」
「何も」
私は。
答えた。
「まだ」
『……』
「だから」
私は。
魔王を。
見つめた。
「あなたから聞かせて」
『……』
「どうして」
私は。
ルナの手を。
握った。
「この子を追っているの?」
魔王は。
しばらく。
黙っていた。
やがて。
『……ルナは』
その声が。
少しだけ。
変わった。
『我が娘だ』
「……」
『だが』
魔王の。
赤い瞳が。
ルナを見る。
『同時に』
そして。
『この世界を滅ぼしかねない力を持っている』
「……」
私は。
ルナを見る。
ルナは。
怯えた顔で。
首を横に振る。
「……違う」
『ルナ』
「違う!」
『……』
「私は、そんなことしない!」
『分かっている』
「……」
『だからこそ』
魔王の声が。
苦しそうになる。
『我は、お前を探している』
「……」
『お前を殺すためではない』
魔王が。
一瞬。
目を閉じた。
『お前を守るためだ』
「……」
ルナが。
固まった。
「……嘘」
『嘘ではない』
「だったら」
ルナが。
震える声で言う。
「どうして」
『……』
「どうして私は、ずっと追われていたの?」
魔王は。
答えなかった。
「どうして!」
ルナが。
叫ぶ。
「私を殺そうとした人たちは!」
私は。
その言葉を聞いて。
気が付いた。
ルナが。
魔王本人に追われていた。
そう思っていた。
けれど。
もしかしたら。
違う。
「……」
私は。
ゆっくり。
魔王を見る。
「魔王」
『何だ』
「あなた」
私は。
尋ねた。
「ルナを追っていたのは」
「……」
「あなた自身?」
魔王が。
黙った。
「……」
「それとも」
私は。
周囲を見る。
街道。
商人。
護衛。
そして。
魔王軍協力者。
「あなたの命令を受けた誰か?」
その瞬間。
魔王の顔が。
険しくなった。
『……』
「……」
『……なるほど』
魔王が。
小さく。
呟いた。
『貴様』
「何?」
『なかなか鋭いな』
「……」
『その通りだ』
魔王が。
静かに。
答えた。
『我は、ルナを探していた』
「……」
『だが』
魔王が。
目を細める。
『我の命令を無視して』
「……」
『ルナを殺そうとした者たちがいる』
「……」
『そして』
魔王の視線が。
街の方向へ。
『我の配下の中に』
その声が。
冷たくなる。
『裏切り者がいる』
私は。
黙った。
なるほど。
だから。
商人が。
ルナを見つけた瞬間。
殺そうとした。
魔王軍の協力者。
そして。
魔王は。
そのことを。
知らなかった。
いや。
正確には。
知ったから。
今。
ここまで。
来た。
「……」
私は。
ルナを見る。
ルナは。
まだ。
信じられない顔をしている。
「……ルナ」
「……」
「どうする?」
「……」
「私は」
私は。
魔王を見る。
「この人の話を聞く価値はあると思う」
「……ヒヨリ」
「でも」
私は。
ルナを見る。
「信じるかどうかは」
「……」
「あなたが決めて」
ルナは。
しばらく。
黙っていた。
そして。
ゆっくり。
魔王を見た。
「……お父様」
『……』
「私は」
ルナの声が。
震える。
「あなたを信じられない」
『……』
「今まで」
涙が。
頬を伝う。
「ずっと」
そして。
「怖かった」
『……』
「あなたが」
魔王は。
何も言わなかった。
「……」
ただ。
静かに。
ルナを見つめている。
「だから」
ルナが。
小さく息を吸う。
「今すぐには」
「……」
「帰れない」
魔王は。
少しだけ。
目を伏せた。
『……分かった』
私は。
その反応に。
少し驚いた。
もっと。
強引に。
連れ帰ると思っていた。
けれど。
魔王は。
何も言わなかった。
『我は』
魔王が。
静かに言う。
『お前を、無理やり連れて帰るつもりはない』
「……」
『ただ』
魔王が。
私を見る。
『一つだけ』
嫌な予感がした。
「……何?」
『異邦人』
「……」
『貴様に頼みがある』
「……」
私は。
嫌な予感しかしなかった。
「……何よ」
『ルナを』
魔王が。
言った。
『守ってほしい』
「……」
私は。
固まった。
ルナも。
固まっている。
『我の城へ戻れば』
「……」
『ルナは』
魔王が。
遠くを見る。
『命を狙われる』
「……」
『我が配下の中に』
魔王の声が。
低くなる。
『ルナを殺そうとしている者がいる』
「……」
『だから』
魔王が。
私を見る。
『我は、貴様に頼みたい』
私は。
黙った。
「……」
魔王が。
続ける。
『ルナを連れて』
そして。
『この国を出ろ』
「……」
「……は?」
私は。
思わず。
素っ頓狂な声を出した。
魔王が。
私を見る。
『……何だ』
「いや」
私は。
思わず。
聞き返した。
「あなた」
「……」
「魔王でしょう?」
『そうだ』
「娘を守るために」
「……」
「娘を連れて」
「……」
「国を出ろって」
「……」
「それ」
私は。
魔王を見る。
「魔王としてどうなの?」
魔王が。
黙った。
私は。
自分でも。
何を言っているのか。
分からなくなってきた。
異世界に来た。
魔王の娘を拾った。
魔王本人に見つかった。
そして。
魔王から。
娘を連れて逃げてくれと頼まれた。
「……」
私は。
空を見上げた。
「……ユーノー」
私は。
心の中で。
女神の名前を。
呼んだ。
当然。
返事はない。
私は。
深いため息を吐いた。
「……分かった」
『……』
魔王が。
目を見開く。
「引き受ける」
「ヒヨリ!」
ルナが。
驚いた顔で。
私を見る。
「いいの?」
「うん」
「でも」
「大丈夫」
私は。
笑った。
「私も、あなたと一緒に旅するの」
「……」
「だから」
私は。
ルナの手を。
握った。
「街へ行きましょう」
「……」
「まずは」
私は。
遠くに見える。
巨大な城壁を見る。
「魔王領の首都へ」
『……』
魔王が。
黙った。
「……何?」
『貴様』
「何よ」
『我の話を聞いていたか?』
「聞いてるわよ」
『我は、ルナを連れて国を出ろと言った』
「うん」
『なぜ、我の城へ向かう?』
「……」
私は。
少し。
考えた。
「……」
「……」
「……」
そして。
「だって」
私は。
笑った。
「敵の中に裏切り者がいるんでしょう?」
『……』
「だったら」
私は。
魔王を見る。
「その裏切り者を倒してからじゃない?」
『……』
「それに」
私は。
少し。
意地悪く笑った。
「魔王城って」
「……」
「一度見てみたかったのよね」
『……』
魔王が。
初めて。
呆れた顔をした。
その瞬間。
私は。
確信した。
この魔王。
たぶん。
悪人ではない。
少なくとも。
今のところ。
私の敵ではない。
そして。
ルナの父親として。
不器用すぎる。
「……」
私は。
魔王を見た。
「ねえ」
『何だ』
「名前」
『……』
「魔王って呼びにくい」
『……』
「あなたの名前は?」
魔王は。
少し。
驚いた顔をした。
そして。
静かに。
答えた。
『ヴァルディア』
「……」
『我が名は、ヴァルディア・アーク・ディアボロス』
その名前を。
聞いた瞬間。
私の。
解析鑑定∞が。
反応した。
「……え?」
ステータス画面に。
新しい表示。
『重要人物情報を更新しました』
『魔王ヴァルディア・アーク・ディアボロス』
『ウォーズ世界における主要人物』
私は。
固まった。
さらに。
『本来のシナリオ上では――――』
そこまで表示された瞬間。
文字が。
突然。
崩れた。
「……」
私は。
目を細めた。
そして。
新しい文字が。
表示された。
『エラー』
『対象情報を取得できません』
『世界情報と現実情報に重大な齟齬があります』
「……」
私は。
思わず。
呟いた。
「……やっぱり」
「何が?」
ルナが。
私を見る。
私は。
ステータス画面を。
閉じた。
「……何でもない」
しかし。
心の中では。
確信していた。
この世界は。
ゲームではない。
ゲームを模した世界。
それは。
ただの。
異世界ではない。
私が知っている『ウォーズ』のシナリオは。
この世界において。
未来の出来事なのか。
それとも。
そもそも。
存在しないのか。
分からない。
けれど。
一つだけ。
分かったことがある。
私が。
この世界へ来たことで。
何かが。
変わった。
いや。
もしかすると。
私が来る前から。
すでに。
変わっていたのかもしれない。
「……」
私は。
魔王を見る。
ルナを見る。
そして。
遠くに見える。
巨大な街を見る。
私は。
まだ。
知らない。
この街の中に。
私が知らない人物が。
どれほどいるのか。
この国の中に。
どれほどの陰謀が渦巻いているのか。
そして。
なぜ。
地球の神である天照大神が。
私に加護を与えたのか。
何も。
分からない。
ただ。
今は。
「……」
私は。
歩き出した。
「行きましょう」
「……どこへ?」
ルナが。
聞く。
「街」
「……」
「まずは」
私は。
笑った。
「宿を探す」
「……」
「お腹も空いたし」
「……」
「お風呂にも入りたい」
「……」
「それから」
私は。
後ろを振り返る。
「魔王城へ行く」
「……」
ルナが。
目を丸くする。
「行くの?」
「行く」
「……」
「だって」
私は。
魔王を見た。
「あなたのお父さんが」
「……」
「私たちに頼み事をしたんでしょう?」
『……』
「だったら」
私は。
歩きながら。
笑った。
「話くらい、最後まで聞いてあげるわよ」
魔王ヴァルディアは。
しばらく。
黙っていた。
そして。
小さく。
笑った。
『……なるほど』
「何?」
『いや』
魔王は。
私を見る。
『ユーノーが恐れる理由が』
「……」
私は。
足を止めた。
「……今」
私は。
ゆっくり。
振り返った。
「何て言った?」
『……』
魔王が。
黙る。
「ユーノーって」
私は。
魔王を。
睨んだ。
「今、言ったわよね?」
『……』
「知ってるの?」
『……』
「ユーノーを?」
魔王が。
静かに。
私を見る。
そして。
初めて。
少しだけ。
困ったような顔をした。
『……そうか』
「……」
『貴様は』
「……」
『何も知らないのだな』
「……」
私は。
村正の柄を。
握った。
「……魔王」
『何だ』
「今から」
私は。
笑顔を作った。
「質問するから」
『……』
「全部」
私は。
魔王を。
見据えた。
「正直に答えて」
魔王は。
しばらく。
私を見た。
そして。
『……分かった』
そう答えた。
私は。
その瞬間。
自分の中で。
何かが。
切り替わったのを。
感じた。
私は。
異世界へ来た。
駄女神ユーノーによって。
間違って。
召喚された。
そう。
思っていた。
けれど。
もしかしたら。
違うのかもしれない。
魔王が。
ユーノーを知っている。
そして。
ユーノーは。
私に。
何かを隠している。
ならば。
私は。
知る必要がある。
どうして。
私は。
この世界に来たのか。
どうして。
私なのか。
なぜ。
天照大神の加護があるのか。
そして。
なぜ。
ルナと出会ったのか。
私は。
まだ。
知らない。
けれど。
その答えは。
きっと。
この世界のどこかにある。
そして。
その答えを探す旅は。
たった今。
始まったばかりだった。
ただし。
私には。
一つだけ。
大きな問題が残っている。
「……」
私は。
魔王を見る。
「ねえ」
『何だ』
「魔王城へ行く前に」
『……』
「街に寄っていい?」
『……』
「服を買いたい」
『……』
「食材も買いたい」
『……』
「あと」
私は。
少し。
考える。
「お風呂」
『……』
「温泉があったら最高」
『……』
魔王が。
完全に。
沈黙した。
私は。
そんな魔王を見ながら。
思った。
うん。
大丈夫。
異世界生活。
何とかなる。
たぶん。
きっと。
おそらく。
……いや。
この世界に来て。
二日目。
すでに。
魔王の娘を拾い。
魔王本人と出会い。
魔王城へ行くことになっている時点で。
私の異世界生活が。
平穏に終わる可能性は。
限りなく低い気がする。
それでも。
私は。
歩く。
ルナと。
魔王と。
三人で。
魔王領の首都へ向かって。
その先に待つ。
私の知らない。
『ウォーズ』の世界へ。
そして。
その頃。
私たちが向かっている街の城壁の上では。
一人の女が。
遠くの草原を。
見つめていた。
「……魔王様が」
女は。
小さく。
呟く。
「戻られた?」
隣にいた兵士が。
頷く。
「はい」
「ルナ様は?」
「……」
兵士が。
言葉を濁した。
「どうしたの?」
「それが」
「……」
「魔王様の傍に」
兵士は。
遠くを見る。
「見知らぬ女が一人」
「……」
「そして」
「……」
「ルナ様と一緒に」
女の顔から。
表情が。
消えた。
「……女?」
「はい」
「どんな女?」
「……」
兵士は。
少し。
考えた。
「黒髪です」
「……」
「魔族のようですが」
「……」
「角はありません」
女が。
目を細める。
「……人間?」
「分かりません」
「レベルは?」
「……」
「どうしたの?」
「鑑定が」
兵士が。
震える。
「通りません」
「……」
女の瞳が。
大きく。
見開かれた。
「……そんなはず」
その瞬間。
女の胸元に。
小さな魔石が。
光った。
『――――天照大神の加護を確認』
「……」
女の顔から。
血の気が。
引いた。
「……まさか」
彼女は。
震える声で。
呟いた。
「異邦人……?」
その言葉を。
誰かが。
聞いていた。
城壁の影。
誰もいないはずの場所。
そこに。
一人の男が。
立っていた。
「……そうだ」
昨夜。
森に現れた。
あの男。
世界の観測者。
男は。
静かに。
笑った。
「ようやく」
そして。
その赤い瞳が。
私たちのいる方向へ。
向けられる。
「役者が揃い始めた」
男は。
小さく。
呟いた。
「異邦人」
そして。
「魔王の娘」
最後に。
「魔王」
男は。
笑った。
「そして」
その視線が。
遠く。
地球のある方向へ。
向けられる。
「天照大神」
世界の観測者は。
静かに。
目を細めた。
「――――さて」
その声は。
誰にも。
届かなかった。
「この世界で」
そして。
「誰が最後まで生き残るのか」
男は。
笑った。
「見届けるとしよう」
その頃。
何も知らない私は。
「……ねえ、ルナ」
「何?」
「街に着いたら」
「……」
「まず何食べたい?」
「……カレー」
「……」
「……」
「……」
私は。
思わず。
笑ってしまった。
「分かった」
私は。
歩きながら。
ルナの頭を撫でた。
「じゃあ、今日はカレーね」
そして。
私たちは。
魔王領の首都へ。
歩き続けた。
世界の命運など。
まだ。
何も知らないまま。
私の異世界生活二日目は。
こうして。
静かに。
そして。
とんでもなく面倒な方向へ。
転がり始めていた。




