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災難です、駄女神様!  作者: 此花サギリ


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第7話 魔王の娘を拾ったら、魔王本人に見つかりました

 世界が、静かだった。


 つい先ほどまで、街道には穏やかな風が吹いていた。遠くの草原では名も知らない鳥が鳴き、街へ続く街道には、時折、商人らしき馬車が行き交っていたというのに、今はそのすべてが嘘のように消え失せている。


 風が止まった。


 鳥の声も止まった。


 草原の彼方で揺れていた草木さえ、まるで何か巨大な存在の到来を恐れているかのように、ぴたりと動きを止めている。


 その異様な静けさの中で、私は妖刀村正を握ったまま、遠くに見える街を睨んでいた。


 街。


 いや。


 あれは、街と呼ぶにはあまりにも巨大だった。


 高い城壁に囲まれた都市の中心には、さらに巨大な建造物がそびえ立っている。黒を基調としたその建物は、遠目に見ても城だと分かるほど圧倒的な存在感を放っており、城壁の上には無数の旗が掲げられている。


 その旗に描かれているのは、黒い翼を持つ竜。


 私は、その紋章を知っていた。


 ゲームの設定資料で見たことがある。


 魔王軍の紋章。


 そして。


 あの城の主こそが。


 この世界における魔王。


「……」


 私は。


 自分の隣に立つ少女を見た。


 ルナ。


 魔王に追われている少女。


 昨夜、森の中で出会った。


 そして今。


 魔王本人から。


『我が娘よ』


 そう呼ばれた。


「……」


 私は。


 ゆっくりと。


 ルナの顔を見る。


「……ルナ」


「……何?」


「一つだけ確認していい?」


「……うん」


「あなた」


 私は。


 出来るだけ平静な声を出した。


「魔王の娘なの?」


「……」


 ルナは。


 黙った。


「……」


「……」


「……」


 沈黙。


 長い。


 ものすごく長い。


 私は。


 じっとルナを見る。


 ルナも。


 私を見る。


 そして。


 ルナは。


 ゆっくりと。


 目を逸らした。


「……ルナ?」


「……そう」


「そう?」


「……たぶん」


「たぶん?」


 私は。


 思わず聞き返した。


「魔王の娘なのに?」


「……」


「たぶん?」


「……私は」


 ルナは。


 少しだけ俯いた。


「魔王の娘として生まれた」


「……」


「でも」


 ルナの声が。


 小さくなる。


「私は、あの人を父親だと思ったことはない」


「……」


 その言葉を聞いた瞬間。


 私は。


 何も言えなくなった。


 魔王。


 この世界で最強クラスの存在。


 レベル九十。


 魔族の頂点。


 魔王軍を率いる者。


 ゲームの中では。


 プレイヤーたちが。


 最終的に挑むことになる。


 そんな存在。


 その魔王の娘。


 それが。


 ルナ。


「……」


 私は。


 改めて。


 ルナを見た。


 小さな角。


 黒い髪。


 赤い瞳。


 そして。


 どこか怯えた表情。


 確かに。


 魔族ではある。


 けれど。


 とても。


 魔王の娘には見えない。


「……」


 私は。


 頭の中で。


 ゲームの知識を。


 必死に探した。


 魔王。


 魔王の家族。


 魔王の娘。


 そんな設定。


 私は。


 知らない。


 少なくとも。


 ゲーム本編には。


 存在しなかった。


「……」


 また。


 だ。


 また。


 ゲームにはない。


 存在。


 私は。


 小さく。


 ため息を吐いた。


「……やっぱり」


「何?」


「この世界」


 私は。


 ルナを見る。


「私が知ってるウォーズとは、全然違うわ」


「……」


 ルナは。


 何も言わなかった。


 ただ。


 私の袖を。


 そっと掴んだ。


「……ヒヨリ」


「何?」


「逃げて」


「……」


「今ならまだ間に合う」


「……」


「私は」


 ルナが。


 震える声で言う。


「あなたを巻き込みたくない」


「……」


「あなたは、この世界の人じゃない」


「……」


「だったら」


 ルナの手に。


 力が入る。


「あなたまで、私のせいで死ぬ必要なんてない」


 私は。


 しばらく。


 ルナの顔を見ていた。


 そして。


「……死ぬ?」


「……」


「私が?」


「……うん」


「誰に?」


「……魔王に」


「……」


 私は。


 少しだけ。


 考えた。


 そして。


 空を見上げた。


「……」


 私は。


 魔王のステータスを。


 思い出す。


 レベル九十。


 魔族。


 魔王。


 強い。


 確かに。


 強い。


 ゲームの設定通りなら。


 この世界において。


 魔王は。


 最上位の存在。


 勇者や聖女ですら。


 簡単には勝てない。


 けれど。


 私は。


 レベル九十九。


 筋力。


 三万九千十一。


 防御。


 二万三千五百六十四。


 運。


 九万三千二百十七。


 そして。


 スキル。


 空間支配∞。


 解析鑑定∞。


 完全記憶∞。


 成長促進∞。


 経験値倍化∞。


 信託∞。


 さらに。


 ボーナスポイント。


 二百十六万九千。


「……」


 私は。


 思った。


 あれ?


 もしかして。


 私。


 かなり。


 強い?


 いや。


 かなりどころではない。


 どう考えても。


 異常なほど強い。


 そもそも。


 ゲーム時代の私ですら。


 レベル九十九なんて。


 ほとんど見たことがなかった。


 それなのに。


 今の私は。


 そのレベルに到達している。


 しかも。


 ステータスが。


 おかしい。


 筋力。


 三万九千。


 防御。


 二万三千。


 運。


 九万三千。


 そして。


 ボーナスポイント。


 二百十六万九千。


 これ。


 本当に。


 一般人?


「……」


 私は。


 少し。


 遠い目をした。


「……まあ」


 私は。


 ルナを見る。


「私、たぶん死なないと思う」


「……」


「少なくとも」


 私は。


 村正を。


 握り直した。


「あなたを守って死ぬほど、私は弱くないわよ」


「……でも」


「それに」


 私は。


 笑った。


「あなた、私を巻き込んでるんじゃないでしょう?」


「……」


「私が勝手に首を突っ込んでるのよ」


「……」


「だから」


 私は。


 ルナの頭に。


 手を置いた。


「気にしなくていい」


「……」


「それに」


 私は。


 魔王城を。


 見た。


「ちょっと気になることもあるし」


「……何?」


「魔王」


 私は。


 目を細めた。


「私のことを異邦人って呼んだ」


「……」


「私が地球から来たことを知っている」


「……」


「それに」


 私は。


 昨夜現れた男のことを思い出した。


『世界の観測者』


 あの称号。


 そして。


『天照大神の加護を持つ者』


 私の加護を。


 知っていた。


 つまり。


 この世界には。


 私が地球から来たことを知っている存在が。


 少なくとも。


 二人いる。


 魔王。


 そして。


 あの謎の男。


「……」


 私は。


 考え込んだ。


 さらに。


 ユーノー。


 彼女は。


 何かを隠している。


 間違いない。


 そして。


 地球の神々。


 天照大神。


 宇賀神。


 阿遅鉏高日子根神。


 この世界には。


 地球側の神々と。


 ウォーズ側の神。


 ユーノーがいる。


 私は。


 その中で。


 唯一。


 地球とウォーズを。


 行き来できる存在。


「……」


 私は。


 自分の手を見る。


 この手に。


 どれだけの力があるのか。


 私は。


 まだ。


 理解していない。


 けれど。


 今は。


 それを考えている場合ではない。


 魔王が。


 動いた。


 遠く。


 五十キロ先。


 魔王城。


 巨大な魔力が。


 さらに膨れ上がっている。


「……来る」


「……」


 ルナが。


 震えた。


「ヒヨリ」


「うん」


「お願い」


「何?」


「逃げて」


 私は。


 答えなかった。


 ルナが。


 私の服を。


 掴む。


「お願いだから」


「……」


「私は」


 ルナの声が。


 震えている。


「私は、もう嫌なの」


「……」


「誰かが死ぬのを見たくない」


 私は。


 黙って。


 ルナを見る。


「……」


「私のせいで」


 ルナの瞳から。


 涙が。


 こぼれた。


「誰かが傷つくのは」


「……」


「もう嫌」


 私は。


 その言葉を聞いて。


 ようやく。


 理解した。


 この子は。


 自分が魔王の娘だから。


 魔王に追われているから。


 怖いのではない。


 誰かが。


 自分のせいで。


 傷つくことが。


 怖いのだ。


「……」


 私は。


 少しだけ。


 困った。


 こういう時。


 何と言えばいいのか。


 私は。


 そんなに。


 優しい人間ではない。


 地球にいた頃。


 私は。


 自分のことで精一杯だった。


 仕事をして。


 帰って。


 ゲームをして。


 寝る。


 そんな毎日。


 誰かを救ったことなんて。


 一度もない。


 だから。


 分からない。


 けれど。


 今。


 目の前で。


 泣いている少女を。


 放っておくことは。


 できなかった。


「……ルナ」


「……」


「私は」


 私は。


 ゆっくり。


 口を開いた。


「あなたを助けるって決めた」


「……」


「だから」


 私は。


 ルナの手を。


 握った。


「あなたが嫌だって言っても」


「……」


「私は勝手に助ける」


「……どうして」


「……」


「どうして、そこまでしてくれるの?」


 私は。


 少し。


 考えた。


「……分からない」


「……」


「たぶん」


 私は。


 笑った。


「あなたが、放っておけないから」


「……」


「それだけ」


 ルナが。


 私を見る。


 涙で濡れた顔。


 それでも。


 少しだけ。


 笑った。


「……変な人」


「それ、二回目」


「だって」


 ルナが。


 小さく笑う。


「本当に変だから」


「……」


 私は。


 苦笑した。


 そのとき。


 遠くで。


 地面が。


 揺れた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――。


「……」


 私とルナは。


 同時に。


 街の方向を見る。


 巨大な魔力。


 さらに。


 近づいている。


 いや。


 違う。


 魔王本人が。


 こちらへ向かっている。


 空を。


 何かが。


 飛んでいる。


「……」


 私は。


 目を凝らした。


 黒い翼。


 巨大な魔獣。


 その背に。


 一人の男が。


 立っている。


「……魔王」


 ルナが。


 呟く。


「……」


 私は。


 その姿を。


 じっと見る。


 ゲームで見た。


 魔王。


 しかし。


 ゲームのイラストとは。


 少し違う。


 もっと。


 生々しい。


 もっと。


 人間らしい。


 長い黒髪。


 赤い瞳。


 黒い外套。


 そして。


 圧倒的な魔力。


 それは。


 まるで。


 嵐そのものだった。


 魔王が。


 近づいてくる。


 距離。


 三十キロ。


 二十キロ。


 十キロ。


 そして。


 五キロ。


「……」


 私は。


 無意識に。


 空間支配を。


 広げた。


 私の領域。


 五キロ。


 魔王。


 その存在を。


 完全に。


 捉える。


 その瞬間。


 魔王が。


 こちらを見た。


「……」


 目が。


 合う。


 そして。


 魔王が。


 笑った。


『……ほう』


 声が。


 頭の中へ。


 響く。


『これは』


 私は。


 眉をひそめた。


『面白い』


「……」


 私は。


 思わず。


 村正を。


 構えた。


『異邦人』


 魔王が。


 私を見る。


『貴様』


 そして。


 その視線が。


 私の隣へ。


『なぜ、我が娘を庇う?』


「……」


 私は。


 答えた。


「別に」


『……』


「私が勝手に助けてるだけ」


『……』


「それに」


 私は。


 ルナを見る。


「この子」


 そして。


 魔王を見る。


「あなたの娘なんでしょう?」


『……そうだ』


「だったら」


 私は。


 肩をすくめた。


「娘を心配してる父親に見えるけど」


 魔王の。


 表情が。


 変わった。


『……』


「違うの?」


『……』


「あなた」


 私は。


 魔王を。


 じっと見る。


「本当に、この子を殺したいの?」


 その瞬間。


 魔王の。


 赤い瞳が。


 細くなった。


『……』


「……」


『……誰が』


 魔王の声が。


 低くなる。


『誰が、我が娘を殺すと言った?』


「……え?」


 私は。


 固まった。


 隣のルナも。


 目を見開いている。


『我は』


 魔王が。


 静かに言う。


『ルナを殺すつもりなどない』


「……」


『むしろ』


 魔王が。


 こちらを見る。


『我は、ルナを取り戻しに来た』


「……」


 私は。


 ルナを見る。


「……」


 ルナは。


 震えている。


「……嘘」


 小さな声。


『ルナ』


「嘘!」


 ルナが。


 叫んだ。


『……』


「あなたは!」


 ルナの声が。


 震える。


「私を殺そうとした!」


『……』


「私を追いかけた!」


『……』


「何度も!」


 ルナの瞳から。


 涙が。


 溢れる。


「私を!」


 そして。


「殺そうとしたくせに!」


 魔王が。


 黙った。


 私は。


 その様子を。


 見ていた。


「……」


 何か。


 おかしい。


 私は。


 解析鑑定∞を。


 魔王へ。


 向けた。


 ステータス。


 レベル九十。


 魔王。


 状態。


 正常。


 嘘。


 という項目。


 表示されない。


 けれど。


 私は。


 もう一つ。


 スキルを。


 使った。


 信託∞。


 私の。


 直感ではない。


 神からの。


 信託。


 そして。


 私の頭の中に。


 一つの。


 言葉が。


 響いた。


『魔王は、ルナを殺すつもりはない』


「……」


 私は。


 目を見開いた。


 では。


 なぜ。


 魔王は。


 ルナを追っている?


 私は。


 魔王を見る。


「……」


 そして。


 魔王も。


 私を見る。


『異邦人』


「何?」


『貴様は』


「……」


『ルナから』


 魔王の声が。


 低くなる。


『何を聞いた?』


「……」


「何も」


 私は。


 答えた。


「まだ」


『……』


「だから」


 私は。


 魔王を。


 見つめた。


「あなたから聞かせて」


『……』


「どうして」


 私は。


 ルナの手を。


 握った。


「この子を追っているの?」


 魔王は。


 しばらく。


 黙っていた。


 やがて。


『……ルナは』


 その声が。


 少しだけ。


 変わった。


『我が娘だ』


「……」


『だが』


 魔王の。


 赤い瞳が。


 ルナを見る。


『同時に』


 そして。


『この世界を滅ぼしかねない力を持っている』


「……」


 私は。


 ルナを見る。


 ルナは。


 怯えた顔で。


 首を横に振る。


「……違う」


『ルナ』


「違う!」


『……』


「私は、そんなことしない!」


『分かっている』


「……」


『だからこそ』


 魔王の声が。


 苦しそうになる。


『我は、お前を探している』


「……」


『お前を殺すためではない』


 魔王が。


 一瞬。


 目を閉じた。


『お前を守るためだ』


「……」


 ルナが。


 固まった。


「……嘘」


『嘘ではない』


「だったら」


 ルナが。


 震える声で言う。


「どうして」


『……』


「どうして私は、ずっと追われていたの?」


 魔王は。


 答えなかった。


「どうして!」


 ルナが。


 叫ぶ。


「私を殺そうとした人たちは!」


 私は。


 その言葉を聞いて。


 気が付いた。


 ルナが。


 魔王本人に追われていた。


 そう思っていた。


 けれど。


 もしかしたら。


 違う。


「……」


 私は。


 ゆっくり。


 魔王を見る。


「魔王」


『何だ』


「あなた」


 私は。


 尋ねた。


「ルナを追っていたのは」


「……」


「あなた自身?」


 魔王が。


 黙った。


「……」


「それとも」


 私は。


 周囲を見る。


 街道。


 商人。


 護衛。


 そして。


 魔王軍協力者。


「あなたの命令を受けた誰か?」


 その瞬間。


 魔王の顔が。


 険しくなった。


『……』


「……」


『……なるほど』


 魔王が。


 小さく。


 呟いた。


『貴様』


「何?」


『なかなか鋭いな』


「……」


『その通りだ』


 魔王が。


 静かに。


 答えた。


『我は、ルナを探していた』


「……」


『だが』


 魔王が。


 目を細める。


『我の命令を無視して』


「……」


『ルナを殺そうとした者たちがいる』


「……」


『そして』


 魔王の視線が。


 街の方向へ。


『我の配下の中に』


 その声が。


 冷たくなる。


『裏切り者がいる』


 私は。


 黙った。


 なるほど。


 だから。


 商人が。


 ルナを見つけた瞬間。


 殺そうとした。


 魔王軍の協力者。


 そして。


 魔王は。


 そのことを。


 知らなかった。


 いや。


 正確には。


 知ったから。


 今。


 ここまで。


 来た。


「……」


 私は。


 ルナを見る。


 ルナは。


 まだ。


 信じられない顔をしている。


「……ルナ」


「……」


「どうする?」


「……」


「私は」


 私は。


 魔王を見る。


「この人の話を聞く価値はあると思う」


「……ヒヨリ」


「でも」


 私は。


 ルナを見る。


「信じるかどうかは」


「……」


「あなたが決めて」


 ルナは。


 しばらく。


 黙っていた。


 そして。


 ゆっくり。


 魔王を見た。


「……お父様」


『……』


「私は」


 ルナの声が。


 震える。


「あなたを信じられない」


『……』


「今まで」


 涙が。


 頬を伝う。


「ずっと」


 そして。


「怖かった」


『……』


「あなたが」


 魔王は。


 何も言わなかった。


「……」


 ただ。


 静かに。


 ルナを見つめている。


「だから」


 ルナが。


 小さく息を吸う。


「今すぐには」


「……」


「帰れない」


 魔王は。


 少しだけ。


 目を伏せた。


『……分かった』


 私は。


 その反応に。


 少し驚いた。


 もっと。


 強引に。


 連れ帰ると思っていた。


 けれど。


 魔王は。


 何も言わなかった。


『我は』


 魔王が。


 静かに言う。


『お前を、無理やり連れて帰るつもりはない』


「……」


『ただ』


 魔王が。


 私を見る。


『一つだけ』


 嫌な予感がした。


「……何?」


『異邦人』


「……」


『貴様に頼みがある』


「……」


 私は。


 嫌な予感しかしなかった。


「……何よ」


『ルナを』


 魔王が。


 言った。


『守ってほしい』


「……」


 私は。


 固まった。


 ルナも。


 固まっている。


『我の城へ戻れば』


「……」


『ルナは』


 魔王が。


 遠くを見る。


『命を狙われる』


「……」


『我が配下の中に』


 魔王の声が。


 低くなる。


『ルナを殺そうとしている者がいる』


「……」


『だから』


 魔王が。


 私を見る。


『我は、貴様に頼みたい』


 私は。


 黙った。


「……」


 魔王が。


 続ける。


『ルナを連れて』


 そして。


『この国を出ろ』


「……」


「……は?」


 私は。


 思わず。


 素っ頓狂な声を出した。


 魔王が。


 私を見る。


『……何だ』


「いや」


 私は。


 思わず。


 聞き返した。


「あなた」


「……」


「魔王でしょう?」


『そうだ』


「娘を守るために」


「……」


「娘を連れて」


「……」


「国を出ろって」


「……」


「それ」


 私は。


 魔王を見る。


「魔王としてどうなの?」


 魔王が。


 黙った。


 私は。


 自分でも。


 何を言っているのか。


 分からなくなってきた。


 異世界に来た。


 魔王の娘を拾った。


 魔王本人に見つかった。


 そして。


 魔王から。


 娘を連れて逃げてくれと頼まれた。


「……」


 私は。


 空を見上げた。


「……ユーノー」


 私は。


 心の中で。


 女神の名前を。


 呼んだ。


 当然。


 返事はない。


 私は。


 深いため息を吐いた。


「……分かった」


『……』


 魔王が。


 目を見開く。


「引き受ける」


「ヒヨリ!」


 ルナが。


 驚いた顔で。


 私を見る。


「いいの?」


「うん」


「でも」


「大丈夫」


 私は。


 笑った。


「私も、あなたと一緒に旅するの」


「……」


「だから」


 私は。


 ルナの手を。


 握った。


「街へ行きましょう」


「……」


「まずは」


 私は。


 遠くに見える。


 巨大な城壁を見る。


「魔王領の首都へ」


『……』


 魔王が。


 黙った。


「……何?」


『貴様』


「何よ」


『我の話を聞いていたか?』


「聞いてるわよ」


『我は、ルナを連れて国を出ろと言った』


「うん」


『なぜ、我の城へ向かう?』


「……」


 私は。


 少し。


 考えた。


「……」


「……」


「……」


 そして。


「だって」


 私は。


 笑った。


「敵の中に裏切り者がいるんでしょう?」


『……』


「だったら」


 私は。


 魔王を見る。


「その裏切り者を倒してからじゃない?」


『……』


「それに」


 私は。


 少し。


 意地悪く笑った。


「魔王城って」


「……」


「一度見てみたかったのよね」


『……』


 魔王が。


 初めて。


 呆れた顔をした。


 その瞬間。


 私は。


 確信した。


 この魔王。


 たぶん。


 悪人ではない。


 少なくとも。


 今のところ。


 私の敵ではない。


 そして。


 ルナの父親として。


 不器用すぎる。


「……」


 私は。


 魔王を見た。


「ねえ」


『何だ』


「名前」


『……』


「魔王って呼びにくい」


『……』


「あなたの名前は?」


 魔王は。


 少し。


 驚いた顔をした。


 そして。


 静かに。


 答えた。


『ヴァルディア』


「……」


『我が名は、ヴァルディア・アーク・ディアボロス』


 その名前を。


 聞いた瞬間。


 私の。


 解析鑑定∞が。


 反応した。


「……え?」


 ステータス画面に。


 新しい表示。


『重要人物情報を更新しました』


『魔王ヴァルディア・アーク・ディアボロス』


『ウォーズ世界における主要人物』


 私は。


 固まった。


 さらに。


『本来のシナリオ上では――――』


 そこまで表示された瞬間。


 文字が。


 突然。


 崩れた。


「……」


 私は。


 目を細めた。


 そして。


 新しい文字が。


 表示された。


『エラー』


『対象情報を取得できません』


『世界情報と現実情報に重大な齟齬があります』


「……」


 私は。


 思わず。


 呟いた。


「……やっぱり」


「何が?」


 ルナが。


 私を見る。


 私は。


 ステータス画面を。


 閉じた。


「……何でもない」


 しかし。


 心の中では。


 確信していた。


 この世界は。


 ゲームではない。


 ゲームを模した世界。


 それは。


 ただの。


 異世界ではない。


 私が知っている『ウォーズ』のシナリオは。


 この世界において。


 未来の出来事なのか。


 それとも。


 そもそも。


 存在しないのか。


 分からない。


 けれど。


 一つだけ。


 分かったことがある。


 私が。


 この世界へ来たことで。


 何かが。


 変わった。


 いや。


 もしかすると。


 私が来る前から。


 すでに。


 変わっていたのかもしれない。


「……」


 私は。


 魔王を見る。


 ルナを見る。


 そして。


 遠くに見える。


 巨大な街を見る。


 私は。


 まだ。


 知らない。


 この街の中に。


 私が知らない人物が。


 どれほどいるのか。


 この国の中に。


 どれほどの陰謀が渦巻いているのか。


 そして。


 なぜ。


 地球の神である天照大神が。


 私に加護を与えたのか。


 何も。


 分からない。


 ただ。


 今は。


「……」


 私は。


 歩き出した。


「行きましょう」


「……どこへ?」


 ルナが。


 聞く。


「街」


「……」


「まずは」


 私は。


 笑った。


「宿を探す」


「……」


「お腹も空いたし」


「……」


「お風呂にも入りたい」


「……」


「それから」


 私は。


 後ろを振り返る。


「魔王城へ行く」


「……」


 ルナが。


 目を丸くする。


「行くの?」


「行く」


「……」


「だって」


 私は。


 魔王を見た。


「あなたのお父さんが」


「……」


「私たちに頼み事をしたんでしょう?」


『……』


「だったら」


 私は。


 歩きながら。


 笑った。


「話くらい、最後まで聞いてあげるわよ」


 魔王ヴァルディアは。


 しばらく。


 黙っていた。


 そして。


 小さく。


 笑った。


『……なるほど』


「何?」


『いや』


 魔王は。


 私を見る。


『ユーノーが恐れる理由が』


「……」


 私は。


 足を止めた。


「……今」


 私は。


 ゆっくり。


 振り返った。


「何て言った?」


『……』


 魔王が。


 黙る。


「ユーノーって」


 私は。


 魔王を。


 睨んだ。


「今、言ったわよね?」


『……』


「知ってるの?」


『……』


「ユーノーを?」


 魔王が。


 静かに。


 私を見る。


 そして。


 初めて。


 少しだけ。


 困ったような顔をした。


『……そうか』


「……」


『貴様は』


「……」


『何も知らないのだな』


「……」


 私は。


 村正の柄を。


 握った。


「……魔王」


『何だ』


「今から」


 私は。


 笑顔を作った。


「質問するから」


『……』


「全部」


 私は。


 魔王を。


 見据えた。


「正直に答えて」


 魔王は。


 しばらく。


 私を見た。


 そして。


『……分かった』


 そう答えた。


 私は。


 その瞬間。


 自分の中で。


 何かが。


 切り替わったのを。


 感じた。


 私は。


 異世界へ来た。


 駄女神ユーノーによって。


 間違って。


 召喚された。


 そう。


 思っていた。


 けれど。


 もしかしたら。


 違うのかもしれない。


 魔王が。


 ユーノーを知っている。


 そして。


 ユーノーは。


 私に。


 何かを隠している。


 ならば。


 私は。


 知る必要がある。


 どうして。


 私は。


 この世界に来たのか。


 どうして。


 私なのか。


 なぜ。


 天照大神の加護があるのか。


 そして。


 なぜ。


 ルナと出会ったのか。


 私は。


 まだ。


 知らない。


 けれど。


 その答えは。


 きっと。


 この世界のどこかにある。


 そして。


 その答えを探す旅は。


 たった今。


 始まったばかりだった。


 ただし。


 私には。


 一つだけ。


 大きな問題が残っている。


「……」


 私は。


 魔王を見る。


「ねえ」


『何だ』


「魔王城へ行く前に」


『……』


「街に寄っていい?」


『……』


「服を買いたい」


『……』


「食材も買いたい」


『……』


「あと」


 私は。


 少し。


 考える。


「お風呂」


『……』


「温泉があったら最高」


『……』


 魔王が。


 完全に。


 沈黙した。


 私は。


 そんな魔王を見ながら。


 思った。


 うん。


 大丈夫。


 異世界生活。


 何とかなる。


 たぶん。


 きっと。


 おそらく。


 ……いや。


 この世界に来て。


 二日目。


 すでに。


 魔王の娘を拾い。


 魔王本人と出会い。


 魔王城へ行くことになっている時点で。


 私の異世界生活が。


 平穏に終わる可能性は。


 限りなく低い気がする。


 それでも。


 私は。


 歩く。


 ルナと。


 魔王と。


 三人で。


 魔王領の首都へ向かって。


 その先に待つ。


 私の知らない。


 『ウォーズ』の世界へ。


 そして。


 その頃。


 私たちが向かっている街の城壁の上では。


 一人の女が。


 遠くの草原を。


 見つめていた。


「……魔王様が」


 女は。


 小さく。


 呟く。


「戻られた?」


 隣にいた兵士が。


 頷く。


「はい」


「ルナ様は?」


「……」


 兵士が。


 言葉を濁した。


「どうしたの?」


「それが」


「……」


「魔王様の傍に」


 兵士は。


 遠くを見る。


「見知らぬ女が一人」


「……」


「そして」


「……」


「ルナ様と一緒に」


 女の顔から。


 表情が。


 消えた。


「……女?」


「はい」


「どんな女?」


「……」


 兵士は。


 少し。


 考えた。


「黒髪です」


「……」


「魔族のようですが」


「……」


「角はありません」


 女が。


 目を細める。


「……人間?」


「分かりません」


「レベルは?」


「……」


「どうしたの?」


「鑑定が」


 兵士が。


 震える。


「通りません」


「……」


 女の瞳が。


 大きく。


 見開かれた。


「……そんなはず」


 その瞬間。


 女の胸元に。


 小さな魔石が。


 光った。


『――――天照大神の加護を確認』


「……」


 女の顔から。


 血の気が。


 引いた。


「……まさか」


 彼女は。


 震える声で。


 呟いた。


「異邦人……?」


 その言葉を。


 誰かが。


 聞いていた。


 城壁の影。


 誰もいないはずの場所。


 そこに。


 一人の男が。


 立っていた。


「……そうだ」


 昨夜。


 森に現れた。


 あの男。


 世界の観測者。


 男は。


 静かに。


 笑った。


「ようやく」


 そして。


 その赤い瞳が。


 私たちのいる方向へ。


 向けられる。


「役者が揃い始めた」


 男は。


 小さく。


 呟いた。


「異邦人」


 そして。


「魔王の娘」


 最後に。


「魔王」


 男は。


 笑った。


「そして」


 その視線が。


 遠く。


 地球のある方向へ。


 向けられる。


「天照大神」


 世界の観測者は。


 静かに。


 目を細めた。


「――――さて」


 その声は。


 誰にも。


 届かなかった。


「この世界で」


 そして。


「誰が最後まで生き残るのか」


 男は。


 笑った。


「見届けるとしよう」


 その頃。


 何も知らない私は。


「……ねえ、ルナ」


「何?」


「街に着いたら」


「……」


「まず何食べたい?」


「……カレー」


「……」


「……」


「……」


 私は。


 思わず。


 笑ってしまった。


「分かった」


 私は。


 歩きながら。


 ルナの頭を撫でた。


「じゃあ、今日はカレーね」


 そして。


 私たちは。


 魔王領の首都へ。


 歩き続けた。


 世界の命運など。


 まだ。


 何も知らないまま。


 私の異世界生活二日目は。


 こうして。


 静かに。


 そして。


 とんでもなく面倒な方向へ。


 転がり始めていた。


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