第15話 世界管理者、初めての仕事
空が、裂けていた。
それは比喩でもなければ、魔法によって生み出された幻影でもなかった。魔王城の上空に広がっていた夜空そのものが、まるで巨大な布を無理やり引き裂いたかのように左右へ割れ、その裂け目の向こう側には、この世界に本来存在するはずのない暗黒が広がっていた。
星が見えない。
月も見えない。
雲すら存在しない。
ただ、何もない。
いや。
正確には、何もないように見えて、その実、そこには何かが存在している。
私は、その異様な光景を見上げながら、妖刀村正を握りしめていた。
冷たい夜風が頬を撫でていく。
魔王城の中庭へ出た私の背後では、ルナとヴァルディアがこちらを見ている。さらにその向こうでは、異変に気付いた兵士たちが次々と城外へ出てきており、何が起こっているのか分からないまま、それでも武器を手に取って警戒態勢へ入ろうとしていた。
けれど。
私は知っている。
あの程度の武器では。
あの程度の兵士では。
おそらく、どうにもならない。
私でさえ、解析鑑定∞を使って正体を確認できなかった存在なのだ。
一般兵士が戦ってどうにかなる相手ではない。
「……ヒヨリ」
背後から、ルナの声が聞こえた。
「何?」
「怖くないの?」
「……」
私は少しだけ考えた。
怖い。
もちろん怖い。
怖くないわけがない。
私はつい数日前まで、地球で普通の会社員として生活していた人間なのだ。毎朝決まった時間に起きて、会社へ行って、仕事をして、帰宅して、疲れた体をベッドに放り込む。それが私にとっての当たり前だった。
そんな私が。
今。
世界を食い破ろうとしている正体不明の何かを前にしている。
怖くないはずがない。
ただ。
私は。
もう知ってしまった。
この世界が壊れるかもしれないことを。
この世界に生きている人たちが、何も知らないまま死ぬかもしれないことを。
そして。
私は。
それを防ぐことができる力を持っているかもしれない。
「……怖いよ」
私は正直に答えた。
「でも」
私は妖刀村正を握り直した。
「怖いからって、何もしない理由にはならないでしょう?」
「……」
ルナは何も答えなかった。
けれど。
その表情を見れば分かる。
彼女は、私の言葉を理解してくれたのだと思う。
その時だった。
空の裂け目が、大きく震えた。
まるで向こう側にいる何かが、こちら側へ侵入するために、その巨大な身体を無理やり押し込んでいるかのように、空間そのものが歪んでいく。
私は、とっさに身構えた。
「来る!」
私が叫んだ直後。
黒い腕が。
裂け目から。
ゆっくりと。
伸びてきた。
「……」
巨大だった。
あまりにも巨大だった。
魔王城の尖塔よりも大きく、城壁を軽々と越えるほどの長さを持つ腕が、夜空からゆっくりとこちらへ伸びてくる。
その腕には、指が五本ある。
しかし。
人間の手とは明らかに違っていた。
骨も。
皮膚も。
血管もない。
ただ黒い。
黒い何かが、無理やり人間の腕の形を真似ているように見える。
「……気持ち悪い」
思わず口から言葉が漏れた。
私はゲームの中で、数え切れないほどの魔物を見てきた。
ドラゴン。
デーモン。
アンデッド。
巨大昆虫。
異形の植物。
果ては人間の姿をした魔物まで。
それでも。
目の前にいる存在だけは。
どうしても。
生理的な嫌悪感があった。
あれは。
生き物ではない。
魔物でもない。
何かが。
この世界そのものを。
外側から。
食べようとしている。
「ヒヨリ!」
ルナの声が響いた。
私は反射的に横へ飛んだ。
次の瞬間。
黒い腕が。
私の立っていた場所を。
叩き潰した。
轟音。
地面が砕けた。
石畳が吹き飛び、衝撃波が魔王城の壁を揺らす。
「……!」
私は空中で身体を捻り、魔力を足元へ集中させた。
生活魔法。
風。
私はその力を利用して、空中に足場を作る。
そのまま。
私は。
黒い腕を見た。
「解析鑑定」
再び。
スキルを発動する。
――――――――――
【解析鑑定∞】
対象:???
名称:世界崩壊因子
種族:???
分類:異世界侵食存在
危険度:測定不能
生命力:測定不能
魔力:測定不能
物理攻撃:無効
魔法攻撃:無効
通常スキル:無効
弱点:管理者権限
――――――――――
「……」
私は。
表示を見た。
そして。
思わず。
笑ってしまった。
「なるほど」
私は。
空中で。
妖刀村正を。
構える。
「そういうことね」
弱点。
管理者権限。
つまり。
こいつは。
この世界の外側にいる。
だから。
普通の攻撃が通じない。
ゲームのプレイヤーが、ゲームのデータそのものを殴っても意味がないのと同じだ。
だったら。
この世界の管理者である私なら。
「……できる」
私は。
自分の右手を。
前へ突き出した。
「管理者権限」
何をすればいいのかは。
不思議なくらい。
分かっていた。
まるで。
最初から。
知っていたかのように。
「対象指定」
空間に。
巨大なウィンドウが。
出現する。
――――――――――
【管理者権限】
対象を選択してください。
――――――――――
「世界崩壊因子」
私は。
名前を。
口にした。
すると。
目の前の黒い腕が。
一瞬。
停止した。
「……」
やっぱり。
効いている。
私は。
さらに。
権限を。
選択する。
「侵入制限」
――――――――――
【対象:世界崩壊因子】
【侵入権限を制限しますか?】
YES
NO
――――――――――
「YES」
私が答えた。
その瞬間。
世界が。
震えた。
空の裂け目が。
閉じ始める。
「……!」
黒い腕が。
暴れた。
空間そのものが。
激しく揺れる。
魔王城の壁が。
次々と。
崩れていく。
「ヒヨリ!」
「大丈夫!」
私は。
叫び返した。
「もう少し!」
しかし。
その時。
私の目の前に。
警告が表示された。
――――――――――
【警告】
【管理者権限の使用を確認】
【管理者権限の使用には代償が必要です】
――――――――――
「……」
私は。
目を細めた。
「代償?」
――――――――――
【代償】
【管理者権限使用者の存在情報を消費します】
――――――――――
「……何それ」
私は。
思わず。
声を漏らした。
存在情報を消費する。
嫌な予感しかしない。
「具体的には?」
問いかけると。
新しい表示が出た。
――――――――――
【記憶】
【能力】
【存在時間】
【因果】
【選択可能】
――――――――――
「……」
私は。
絶句した。
つまり。
管理者権限を使うたびに。
私自身の何かが。
失われる。
記憶を失うかもしれない。
能力を失うかもしれない。
寿命を失うかもしれない。
あるいは。
私という存在そのものが。
世界から消えるかもしれない。
「……面倒な仕様ね」
私は。
思わず。
ため息を吐いた。
私は。
こういうゲームシステムが。
嫌いだった。
強い能力には。
必ず。
デメリットがある。
それは。
ゲームとしては。
当然なのかもしれない。
けれど。
今の私は。
ゲームのプレイヤーではない。
私は。
この世界に生きている。
そして。
ここで失ったものは。
リセットボタンを押しても。
戻ってこない。
「……ヒヨリ!」
ルナが。
再び。
叫んだ。
私は。
黒い腕を見る。
すでに。
空の裂け目から。
半分以上。
こちら側へ。
侵入している。
このままでは。
間に合わない。
「……」
私は。
決めた。
「記憶」
「……」
私は。
代償を。
選択する。
「記憶を使う」
――――――――――
【確認】
【記憶を代償とします】
【消失する記憶はランダムです】
【よろしいですか?】
YES
NO
――――――――――
「……」
私は。
少しだけ。
迷った。
ランダム。
それが。
一番怖い。
私が。
大切にしている記憶が。
消えるかもしれない。
家族の記憶。
友人の記憶。
会社員だった頃の記憶。
地球で過ごした時間。
それとも。
この世界で出会った人たちの記憶。
ルナのことを。
忘れてしまうかもしれない。
「……」
私は。
ルナを見た。
彼女は。
私を。
心配そうに。
見ている。
私は。
思った。
もし。
私が。
ルナのことを。
忘れたら。
どうなるのだろう。
「……」
嫌だ。
それだけは。
嫌だった。
私は。
まだ。
ルナと。
一緒にいたい。
だから。
「……」
私は。
管理者権限を。
解除した。
「……え?」
ルナが。
驚いた。
「ヒヨリ?」
「やっぱり」
私は。
妖刀村正を。
構え直す。
「管理者権限は使わない」
「……」
「少なくとも」
私は。
笑った。
「記憶を代償にするのは嫌」
「でも……!」
「大丈夫」
私は。
ステータスを。
開く。
ボーナスポイント。
2169000pt。
私は。
その数字を。
見た。
「……」
そして。
笑った。
「私には」
私は。
指を。
操作する。
「まだ、これがある」
ボーナスポイント。
この世界へ来てから。
ほとんど使っていなかった。
私は。
ゲームプレイヤーだった。
ならば。
プレイヤーとして。
できることを。
やればいい。
「スキル取得」
私は。
メニューを。
開く。
大量の。
スキル一覧が。
表示された。
攻撃魔法。
防御魔法。
補助魔法。
特殊スキル。
ユニークスキル。
そして。
その最下層。
通常なら。
絶対に。
表示されない。
隠しスキル。
私は。
それを。
探す。
「……」
あった。
私は。
目を細める。
「やっぱり」
そこに。
一つのスキルが。
存在していた。
――――――――――
【世界干渉】
世界の法則へ干渉する。
必要ポイント:1000000pt
――――――――――
「……」
私は。
思わず。
笑った。
「一個、百万円……じゃなくて」
私は。
ポイントを。
確認する。
「百万円分のポイント……じゃないわね」
私は。
自分で。
何を言っているのか。
分からなくなった。
そもそも。
この世界に。
円という。
概念があるのか。
ない。
私の頭の中に。
地球の金銭感覚が。
染み付いているだけだ。
ともかく。
必要ポイント。
1000000。
私は。
2169000ポイントを。
持っている。
つまり。
買える。
「購入」
私は。
迷わず。
押した。
――――――――――
【世界干渉を取得しました】
【残りボーナスポイント】
1169000pt
――――――――――
その瞬間。
私の身体を。
凄まじい魔力が。
駆け巡った。
「……っ!」
頭の中に。
何かが。
流れ込んでくる。
世界の法則。
魔法。
物理。
時間。
空間。
因果。
私は。
それらが。
一本の線のように。
繋がっていることを。
理解した。
「……」
私は。
笑った。
「これなら」
私は。
空を見上げる。
「戦える」
黒い腕が。
再び。
動き始める。
私は。
右手を。
掲げた。
「世界干渉」
世界が。
歪んだ。
私の目の前に。
大量の情報が。
浮かび上がる。
この世界の。
法則。
そして。
世界崩壊因子の。
情報。
私は。
それを。
解析する。
「……」
なるほど。
そういうことか。
「あなた」
私は。
黒い存在を見る。
「この世界を壊してるんじゃない」
「……」
「外側から」
私は。
笑う。
「この世界を食べてる」
世界崩壊因子。
それは。
破壊者ではなかった。
もっと。
厄介な存在だった。
この世界の。
魔力。
生命力。
時間。
記憶。
因果。
それらを。
少しずつ。
食べている。
だから。
世界が。
崩壊する。
世界そのものが。
少しずつ。
削られている。
「……」
私は。
考えた。
なら。
倒す必要はない。
食べられないようにすればいい。
「世界干渉」
私は。
手を。
伸ばす。
「世界の外側との接続を」
私は。
その法則へ。
干渉する。
「切断」
世界が。
光った。
黒い腕が。
突然。
消えた。
「……!」
ルナが。
息を呑む。
空の亀裂が。
一気に。
閉じていく。
「……」
私は。
成功したと思った。
けれど。
違った。
空の裂け目の。
向こう側から。
声が。
聞こえた。
『――対象の権限変化を確認』
私は。
顔を上げる。
『――世界干渉能力を確認』
「……」
『――管理者権限ではない』
「……」
『――しかし』
声が。
笑った。
『――それは』
そして。
『我々の権限と同じだ』
「……」
私は。
凍りついた。
「……我々?」
その瞬間。
空の裂け目の向こうに。
一つではない。
大量の目が。
浮かび上がった。
「……」
私は。
絶句した。
あれは。
一体ではない。
複数。
いや。
数え切れないほどの。
存在が。
この世界を。
見ている。
そして。
その中の。
一つが。
私へ。
語りかけた。
『――秋月燈由』
「……」
『――我々は』
私は。
妖刀村正を。
握りしめた。
『――お前を知っている』
「……」
『――お前は』
その声を。
聞いた瞬間。
頭の中に。
強烈な。
頭痛が。
走った。
「……っ!」
視界が。
歪む。
何かが。
頭の中へ。
流れ込んでくる。
知らない記憶。
知らない景色。
知らない世界。
私は。
何度も。
世界を。
見ていた。
巨大な世界。
小さな世界。
文明のある世界。
文明のない世界。
そして。
そのすべてを。
私は。
どこかから。
見下ろしている。
「……」
違う。
これは。
私の記憶じゃない。
そう思った。
けれど。
その記憶の中に。
私は。
確かに。
存在していた。
「……私?」
私は。
自分自身を。
見た。
白い服を着た。
少女。
今の私よりも。
ずっと。
幼い。
その少女が。
一つの世界を。
作っていた。
大地を。
作る。
海を。
作る。
空を。
作る。
そして。
生命を。
作る。
「……」
私は。
それを。
見ていた。
そして。
その少女が。
笑う。
――これでいい。
その声を。
聞いた瞬間。
私は。
現実へ。
戻された。
「……!」
私は。
膝をついた。
「ヒヨリ!」
ルナが。
駆け寄ってくる。
「大丈夫!?」
「……」
私は。
額を。
押さえる。
「……分からない」
「……」
「今」
私は。
空を。
見上げた。
そこには。
もう。
裂け目は。
存在していない。
けれど。
私には。
分かった。
あれは。
逃げた。
消えたわけではない。
私が。
世界干渉を使ったことで。
侵入を。
一時的に。
防いだだけ。
「……」
そして。
もう一つ。
分かった。
あいつらは。
私を知っている。
私が。
何者なのか。
知っている。
そして。
私自身が。
知らない。
私の過去も。
知っている。
「……」
私は。
立ち上がった。
「ヒヨリ?」
「……ルナ」
「何?」
「私」
私は。
ゆっくり。
彼女を見る。
「たぶん」
「……」
「この世界に来るのは」
私は。
言葉を。
選んだ。
「初めてじゃない」
「……」
「私」
ルナが。
驚いた顔をする。
「どういうこと?」
「分からない」
「……」
「でも」
私は。
自分の手を見る。
「私の中に」
「……」
「この世界を知っている記憶がある」
「……」
「今の私じゃない」
「……」
「別の私が」
その言葉を。
口にした瞬間。
魔王城の中庭に。
一人の少女が。
現れた。
「……」
私は。
その少女を見る。
銀色の髪。
紫色の瞳。
そして。
見覚えのある。
顔。
「……」
あの少女だった。
世界崩壊因子のことを。
知っていた少女。
私を。
世界を作った側の人間だと。
言った少女。
少女は。
私を見て。
微笑んだ。
「やっと」
「……」
「ここまで来たね」
私は。
妖刀村正を。
少女へ。
向ける。
「あなた」
「……」
「誰?」
少女は。
答えなかった。
ただ。
私を見る。
「それより」
少女が。
ルナを見る。
「その子」
「……」
「あなたが守るの?」
「……」
私は。
即答した。
「うん」
「……」
「絶対に」
少女は。
少しだけ。
寂しそうに。
笑った。
「……そっか」
「何?」
「なら」
少女は。
私を見る。
「あなたは」
そして。
静かに。
言った。
「前のあなたとは、違うんだね」
「……」
私は。
息を呑んだ。
「前の私?」
「うん」
「……」
「前のあなたは」
少女が。
空を見上げる。
「世界を作った」
「……」
「そして」
少女が。
私を見る。
「世界を捨てた」
「……」
「だから」
私は。
少女を。
睨みつけた。
「私が、この世界を捨てたっていうの?」
「違う」
「……」
「今のあなたは」
少女は。
笑った。
「まだ、何も知らない」
「……」
「だから」
少女が。
一歩。
後ろへ下がる。
「これから」
「……」
「思い出していくんだよ」
「何を?」
「あなたが」
少女の姿が。
徐々に。
薄くなっていく。
「何故、この世界を作ったのか」
「……」
「何故、この世界を捨てたのか」
「……」
「そして」
少女は。
最後に。
私へ。
微笑んだ。
「何故、もう一度ここへ戻ってきたのか」
「待って!」
私は。
叫んだ。
けれど。
少女の姿は。
完全に。
消えてしまった。
「……」
私は。
その場に。
立ち尽くした。
静寂。
魔王城の中庭に。
再び。
静けさが。
戻ってくる。
ルナが。
私の隣へ。
歩いてくる。
「……ヒヨリ」
「……」
「大丈夫?」
「……」
「うん」
私は。
答えた。
けれど。
その答えが。
本当ではないことを。
自分でも。
分かっていた。
大丈夫ではない。
私は。
今。
初めて。
自分自身の存在に。
疑問を持った。
私は。
本当に。
秋月燈由なのだろうか。
それとも。
かつて。
この世界を作った誰かが。
何らかの理由で。
地球に生まれ変わったのだろうか。
もし。
そうだとしたら。
私は。
一体。
何者なのだろう。
そして。
何故。
私は。
この世界へ。
戻ってきたのだろう。
私は。
空を見上げた。
先ほどまで。
世界を食べようとしていた。
黒い亀裂は。
もう。
存在しない。
けれど。
私には。
分かっていた。
これは。
終わりではない。
始まりだ。
私は。
世界管理者になった。
世界干渉スキルを。
手に入れた。
世界崩壊因子の侵入を。
一時的に防いだ。
けれど。
その代わりに。
私は。
自分自身の過去という。
新しい謎を。
手に入れてしまった。
「……」
私は。
自分のステータスを。
開いた。
すると。
そこに。
新しい表示が。
出ていた。
――――――――――
【隠しクエスト】
【失われた創世記】
目的:
秋月燈由自身の過去を探し出せ。
第一目標:
【創世神殿】を発見せよ。
報酬:
???
――――――――――
「……」
私は。
その表示を。
じっと。
見つめた。
「……創世神殿?」
ヴァルディアが。
私の隣へ。
歩いてくる。
「どうした」
「……」
私は。
ステータス画面を。
見せた。
「これ」
ヴァルディアの表情が。
変わった。
「……」
「知ってる?」
「……」
「ヴァルディア?」
魔王は。
しばらく。
黙っていた。
そして。
低い声で。
答えた。
「……知らん」
「……」
「だが」
ヴァルディアが。
私を見る。
「一つだけ」
「何?」
「伝説なら」
「……」
「聞いたことがある」
「……」
私は。
耳を。
傾ける。
「この世界には」
ヴァルディアが。
静かに。
語る。
「魔王も」
「……」
「勇者も」
「……」
「聖女も」
「……」
「神も」
「……」
「まだ存在しなかった時代がある」
「……」
「世界が生まれたばかりの頃」
「……」
「最初の神殿があった」
私は。
息を呑んだ。
「それが」
「……」
「創世神殿だ」
私は。
ステータス画面を見る。
「どこにあるの?」
「……」
ヴァルディアは。
首を横に振った。
「誰も知らん」
「……」
「伝説では」
ヴァルディアが。
空を見る。
「世界のどこにも存在しない」
「……」
「同時に」
そして。
私を見る。
「世界のどこにでも存在する」
「……」
「……何それ」
「俺にも分からん」
「……」
私は。
思わず。
頭を抱えた。
謎が。
増えた。
世界崩壊因子。
世界の外側にいる存在。
私を知っている謎の少女。
世界を作った過去の私。
そして。
創世神殿。
「……」
私は。
ため息を吐いた。
異世界に来て。
五日。
たった五日。
それなのに。
私の人生は。
とんでもないことになっている。
普通のOLだった私が。
魔族になり。
レベル99になり。
魔王の娘と友達になり。
魔王城へ来て。
女神チケットで。
世界管理者になった。
そして。
今度は。
世界の創造者だった可能性まで。
出てきた。
「……」
私は。
もう一度。
ステータスを。
見る。
そして。
ふと。
気付いた。
「……あれ?」
「どうした?」
「ボーナスポイント」
「……」
「まだ残ってる」
「……」
私は。
残りポイントを。
見る。
1169000pt。
私は。
少し。
考えた。
「……」
そして。
笑った。
「よし」
ルナが。
不思議そうに。
私を見る。
「何?」
「いや」
私は。
ステータス画面を。
操作する。
「この世界」
「……」
「まだまだ」
私は。
新しいスキル一覧を。
開いた。
「楽しめそうね」
世界崩壊。
創世神殿。
過去の私。
謎の少女。
世界の外側。
考えれば。
考えるほど。
頭が痛くなる。
けれど。
それでも。
私は。
笑っていた。
何故なら。
私は。
もう。
何も知らない。
ただの。
平凡なOLではない。
私は。
この世界の。
管理者だ。
そして。
私には。
地球へ帰る道も。
残されている。
なら。
やることは。
一つ。
「……」
私は。
新しいスキル一覧を。
眺めながら。
静かに。
呟いた。
「まずは」
「……」
「創世神殿を探す」
ルナが。
頷く。
「うん」
ヴァルディアも。
腕を組む。
「俺も協力しよう」
「……」
私は。
二人を見る。
そして。
ふと。
思った。
「……ねえ」
「何だ?」
「創世神殿を探す前に」
「……」
「明日、一度地球へ帰っていい?」
「……」
ヴァルディアが。
固まった。
ルナも。
固まった。
「……」
「……」
「……」
私は。
首を。
傾げる。
「何?」
ルナが。
ゆっくり。
口を開いた。
「……ヒヨリ」
「うん」
「今?」
「うん」
「世界が崩壊するかもしれないのに?」
「……」
「創世神殿を探すって決めた直後なのに?」
「……」
「地球に帰るの?」
「……」
私は。
真顔で。
答えた。
「だって」
「……」
「五日間」
「……」
「ずっと異世界にいたんだよ?」
「……」
「お風呂入りたい」
「……」
「日本のお風呂」
「……」
「あと」
私は。
指を。
一本。
立てた。
「コンビニ行きたい」
「……」
「おにぎり食べたい」
「……」
「あと」
私は。
もう一本。
指を立てる。
「スマホ触りたい」
「……」
「ネット見たい」
「……」
ルナが。
頭を抱えた。
「……世界管理者」
「何?」
「あなた」
「……」
「緊張感なさすぎるよ」
「失礼ね」
私は。
胸を張った。
「私は平凡なOLなのよ」
「……」
「世界管理者になったからって」
私は。
にっこり。
笑った。
「急に神様みたいな生活なんてできないわよ」
「……」
ヴァルディアが。
深々と。
ため息を吐いた。
「……」
私は。
そんな二人を見ながら。
笑った。
そう。
私は。
世界管理者になった。
けれど。
私自身は。
何も変わっていない。
美味しいものが食べたい。
ゆっくり眠りたい。
お風呂に入りたい。
地球へ帰りたい。
そして。
この世界も守りたい。
だから。
私は。
私らしく。
この世界を。
生きていく。
世界の秘密を。
探しながら。
自分自身の過去を。
探しながら。
そして。
いつか。
すべての謎を。
解き明かす。
そのためにも。
「……」
私は。
ステータス画面を。
もう一度。
開いた。
残り。
1169000ポイント。
私は。
その数字を見て。
小さく。
笑った。
「……さて」
私は。
新しいスキル一覧を。
開く。
「次は」
そこには。
まだ。
私の知らない。
大量のスキルが。
並んでいる。
その中に。
一つ。
異様な名前のスキルが。
あった。
――――――――――
【現実化】
ゲーム内に存在するシステムを、現実世界へ反映させる。
必要ボーナスポイント:
1000000pt
――――――――――
「……」
私は。
そのスキルを。
見つめた。
「……これ」
私は。
思った。
もし。
このスキルを。
地球で使ったら。
どうなるのだろう。
私の。
アイテムボックス。
空間支配∞。
成長促進∞。
経験値倍化∞。
そして。
この世界の。
魔法。
スキル。
アイテム。
それらが。
もし。
地球で。
使えるようになったら。
「……」
私は。
ゆっくり。
笑った。
そして。
その瞬間。
私の中で。
新しい計画が。
生まれた。
異世界を守る。
そのためには。
地球も。
必要かもしれない。
なら。
私は。
地球と。
ウォーズ。
両方の世界を。
行き来する。
そして。
両方の世界の力を。
使って。
この世界を。
救う。
「……」
私は。
【現実化】のスキルを。
見つめた。
「……買おうかな」
その言葉を。
聞いた瞬間。
ルナが。
叫んだ。
「ヒヨリ!」
「何?」
「また変なこと考えてるでしょ!」
「失礼ね」
「絶対考えてる!」
「……」
私は。
黙って。
スキル画面を。
閉じた。
「……」
そして。
心の中で。
静かに。
呟いた。
――地球へ帰ったら。
このスキル。
絶対に。
買おう。
世界管理者。
秋月燈由。
彼女の。
異世界生活は。
まだ。
始まったばかりだった。




