第14話 魔王に問う、世界の未来
魔王城の廊下は、夜が深くなるほど静かになっていた。
昼間であれば、城内には使用人たちが行き交い、兵士たちが交代のために歩き、料理人たちが厨房から厨房へと忙しそうに移動しているため、どこにいても何かしらの人の気配を感じることができる。しかし、今はもう夜もかなり深く、城の大部分は静寂に包まれていた。
私とルナが歩く足音だけが、長い廊下の先へ吸い込まれていく。
壁に設置された魔導灯が、一定の間隔で淡い光を放っている。その光は地球の電灯ほど明るくはないものの、暗闇を歩くには十分な明るさを保っており、石造りの床や壁に二人の影を細長く映し出していた。
私は、その影を見ながら歩いていた。
隣を歩くルナの影。
そして、その隣にある私の影。
二つの影が、時折重なっては離れていく。
何となく、その光景が今の私たちの関係を表しているような気がした。
私は、この世界の人間ではない。
地球で生まれ、地球で育ち、普通の会社員として働いていた。
ルナは、この世界で生まれた。
魔王の娘として育ち、魔族の王女として生きてきた。
本来ならば。
私たちが出会うことなどなかったはずだ。
それなのに。
今。
私は、彼女と一緒に歩いている。
しかも。
私がこれからしようとしていることは。
この世界の未来を左右するかもしれない。
「……」
私は、懐に手を入れた。
指先が、女神チケットの表面に触れる。
ひんやりとした感触が伝わってきた。
女神チケット。
ありとあらゆる願いを叶えることができる、神の力を宿した一枚のチケット。
私は、それを握りしめたまま歩いていた。
「ヒヨリ」
「……何?」
隣からルナの声が聞こえた。
「さっきから、ずっと難しい顔してる」
「そう?」
「うん」
私は。
少し。
考えた。
「……考えてるの」
「何を?」
「私が、これからどうするのか」
「……」
「地球へ帰るのか」
「……」
「この世界に残るのか」
「……」
「それとも」
私は。
少し。
言葉を止めた。
「別の何かを選ぶのか」
ルナは。
しばらく。
黙っていた。
そして。
静かに。
口を開いた。
「……ヒヨリ」
「うん」
「私は」
ルナが。
私を見る。
「ヒヨリが何を選んでも、応援するよ」
「……」
「地球に帰っても」
「……」
「この世界に残っても」
「……」
「どこか別の場所へ行っても」
「……」
ルナは。
少しだけ。
笑った。
「私は、ヒヨリが決めたことなら、応援する」
「……」
私は。
その言葉を聞いて。
胸の奥が。
少しだけ。
痛くなった。
「……ありがとう」
「うん」
「でも」
私は。
歩きながら。
ルナを見る。
「一つだけ」
「何?」
「もし私が地球に帰ったら」
「……」
「あなたが寂しいと思ってくれるなら」
「……」
私は。
少し。
笑った。
「それだけで、私は嬉しいと思う」
ルナが。
目を見開いた。
「……ヒヨリ」
「何?」
「それって」
「……」
「帰らないってこと?」
「……」
「それとも、帰るってこと?」
「……」
「どっち?」
「……」
私は。
思わず。
笑ってしまった。
「分からない」
「もう!」
「本当に分からないのよ」
「……」
「だから」
私は。
ルナの頭を。
軽く撫でた。
「一緒に考えて」
「……」
「私がどうするべきなのか」
ルナは。
少しだけ。
驚いた顔をした。
そして。
やがて。
ゆっくりと。
笑った。
「うん」
その返事を聞いて。
私は。
少しだけ。
心が軽くなった気がした。
やがて。
私たちは。
魔王の執務室の前へ。
到着した。
巨大な扉。
その前には。
夜間警備の兵士が二人。
私たちの姿を見ると。
すぐに。
頭を下げた。
「ヒヨリ様」
「ヴァルディアに会いたいんだけど」
「……」
二人の兵士が。
互いに。
顔を見合わせた。
「陛下は現在、執務中ですが」
「入っていい?」
「……」
「今すぐ」
「……」
兵士の一人が。
困ったような顔をする。
「ヒヨリ様」
「何?」
「陛下は現在、重要な書類を確認されておりますので」
「……」
「できれば明日に」
「駄目」
「……」
「今日じゃないと駄目なの」
「……」
「あと一時間しかないから」
「……」
兵士が。
固まった。
「……一時間?」
「うん」
「何がですか?」
「私の期限」
「……」
兵士の顔が。
さらに。
困惑する。
「……」
「……」
私は。
説明するのが面倒になった。
「とにかく」
私は。
扉を見る。
「入るわね」
「ヒヨリ様!」
「大丈夫」
「しかし!」
「ヴァルディアなら怒らないから」
「……」
私は。
そのまま。
扉を開けた。
「……」
執務室の中には。
大量の書類が。
山のように積まれていた。
そして。
その中央に。
魔王ヴァルディアが。
一人。
座っていた。
ヴァルディアは。
顔を上げる。
「……ヒヨリか」
「うん」
「どうした」
「聞きたいことがある」
「……」
ヴァルディアは。
私の隣にいるルナを見る。
「ルナもか」
「はい」
「……」
ヴァルディアが。
小さく。
息を吐く。
「何だ」
私は。
部屋の中へ入った。
「座っていい?」
「好きにしろ」
「ありがとう」
私は。
近くの椅子へ。
腰を下ろした。
ルナも。
私の隣へ座る。
ヴァルディアは。
私たちを。
じっと。
見つめていた。
「それで」
「……」
「何を聞きたい」
私は。
少し。
考えた。
「魔王様」
「何だ」
「この世界は」
「……」
「これから、どうなるの?」
「……」
ヴァルディアの表情が。
変わった。
「……」
「どういう意味だ」
「そのままの意味」
「……」
「人族と魔族」
「……」
「これからも、ずっと戦争を続けるの?」
「……」
「それとも」
私は。
ヴァルディアを見る。
「終わらせることができる?」
ヴァルディアは。
しばらく。
黙っていた。
そして。
ゆっくり。
口を開いた。
「……終わらせることはできる」
「……」
「だが」
「……」
「簡単ではない」
「どうして?」
「憎しみがあるからだ」
「……」
ヴァルディアが。
窓の外を見る。
「魔族は人族を憎んでいる」
「……」
「人族も魔族を恐れている」
「……」
「長い年月をかけて積み重なった恐怖と憎悪は、そう簡単には消えん」
「……」
「戦争を終わらせることだけならば簡単だ」
「……」
「だが」
ヴァルディアが。
私を見る。
「戦争を終わらせた後に、どう生きるか」
「……」
「そこが難しい」
私は。
黙って。
話を聞いていた。
「……」
それは。
地球でも。
同じだった。
戦争を終わらせること。
それ自体は。
もしかしたら。
誰かが。
強大な力を使えば。
できるかもしれない。
けれど。
その後。
人々が。
どう生きるのか。
どうやって。
共に暮らすのか。
そこまで。
考えなければ。
意味がない。
「……」
私は。
女神チケットを見る。
「もし」
「……」
「魔族と人族が」
「……」
「仲良く暮らせる世界を作ってって願ったら」
「……」
ヴァルディアが。
私を見る。
「それができるなら」
「……」
「どうする?」
私は。
質問を返した。
「……」
ヴァルディアは。
しばらく。
黙っていた。
そして。
「俺は」
低い声で。
答えた。
「望む」
「……」
「魔族が人族を殺す必要のない世界を」
「……」
「人族が魔族を恐れる必要のない世界を」
「……」
「俺は」
ヴァルディアが。
拳を。
握りしめる。
「娘が」
ルナを見る。
「怯えて暮らさなくていい世界を望む」
「……」
ルナが。
目を見開いた。
ヴァルディアは。
そんな娘を。
まっすぐ。
見つめている。
「……お父様」
「……」
「私」
ルナが。
小さな声で。
呟いた。
「怖くないよ」
「……」
「ヒヨリがいるから」
「……」
ヴァルディアが。
一瞬。
私を見る。
「……」
私は。
何とも言えない顔になった。
「私を盾にしないでね」
「してないよ」
「……」
「本当に」
「……」
私は。
思わず。
笑った。
その時だった。
執務室の壁に。
大きな。
魔法陣が。
突然。
浮かび上がった。
「……!」
私は。
立ち上がった。
「何?」
ヴァルディアも。
すぐに。
立ち上がる。
魔法陣から。
大量の光が。
溢れ出す。
そして。
空中に。
一つの映像が。
浮かび上がった。
そこに。
映っていたのは。
人族の街。
巨大な都市。
そして。
その上空に。
黒い亀裂が。
走っている。
「……何?」
私は。
映像を見る。
ヴァルディアの表情が。
険しくなった。
「……これは」
「知ってるの?」
「……」
「ヴァルディア?」
「知らん」
「……」
「だが」
ヴァルディアが。
映像を見る。
「これは」
次の瞬間。
空に浮かぶ亀裂が。
大きく。
広がった。
そこから。
黒い何かが。
流れ出してくる。
魔物。
いや。
魔物という言葉では。
表現できない。
形が。
定まっていない。
黒い霧のようなもの。
それが。
街へ。
落ちていく。
そして。
街が。
悲鳴に包まれた。
「……」
私は。
息を呑んだ。
「何なの?」
「……分からん」
「解析鑑定」
私は。
スキルを発動した。
――――――――――
【解析不能】
【対象:???】
【種族:???】
【危険度:測定不能】
【存在階位:???】
――――――――――
「……」
私は。
絶句した。
解析鑑定∞。
私が。
これまで。
見たことのない。
表示。
「……解析できない」
ヴァルディアが。
私を見る。
「お前でもか?」
「うん」
「……」
「こんなの」
私は。
映像を見る。
「初めて」
その時。
私の懐にある。
女神チケットが。
突然。
熱くなった。
「……!」
私は。
チケットを。
取り出す。
白銀色の紙が。
強い光を。
放っている。
「何だ?」
「……」
私は。
チケットを見る。
そこに。
新しい文字が。
浮かび上がっていた。
――――――――――
【警告】
【世界崩壊因子を確認】
【対象世界:ウォーズ】
【世界崩壊まで】
【残り時間:不明】
――――――――――
「……」
私は。
息を止めた。
「……世界崩壊」
ルナが。
私を見る。
「ヒヨリ?」
「……」
私は。
もう一度。
文字を見る。
世界崩壊。
その言葉が。
頭の中で。
何度も。
繰り返された。
私は。
天照大神の言葉を。
思い出した。
――あなたは、いずれ大きな選択を迫られる。
そして。
私は。
謎の少女の言葉を。
思い出した。
――あなたは、この世界を作った側の人間。
私は。
ゆっくり。
女神チケットを見る。
「……」
そして。
理解した。
もしかしたら。
私が。
この世界へ。
来た理由は。
単なる。
誤召喚では。
ないのかもしれない。
「……ユーノー」
私は。
呟いた。
その瞬間。
部屋の中に。
声が響いた。
『……』
「……!」
誰も。
口を開いていない。
なのに。
声が。
聞こえる。
『ヒヨリ』
「……ユーノー?」
『……』
「どこにいるの?」
『私は』
声が。
少し。
震えていた。
『あなたに謝らなければならない』
「……」
私は。
目を見開いた。
「何を?」
『私は』
「……」
『あなたを召喚した』
「……」
『それは間違いだった』
「……」
『けれど』
声が。
途切れる。
『すべてが、間違いだったわけではない』
「……どういう意味?」
『あなたを呼んだのは』
「……」
『私ではない』
「……」
私は。
言葉を失った。
「……何?」
『私が召喚したと思っていた』
「……」
『しかし』
ユーノーの声が。
遠ざかる。
『私は』
そして。
『あなたを呼ぶための扉を開けただけ』
「……」
私は。
叫んだ。
「待って!」
『……』
「誰が私を呼んだの!?」
『……』
「ユーノー!」
返事は。
ない。
「誰なの!?」
私は。
叫んだ。
けれど。
返事は。
なかった。
ただ。
目の前の映像が。
さらに。
変化する。
人族の街。
魔族の領地。
そして。
その間に。
広がる。
巨大な黒い亀裂。
それは。
まるで。
世界そのものを。
食い破ろうとしているようだった。
「……」
私は。
ゆっくり。
息を吐いた。
そして。
その瞬間。
頭の中に。
一つの答えが。
浮かんだ。
私は。
地球へ帰ることができる。
女神チケットを使えば。
今すぐ。
帰れる。
けれど。
この世界が。
崩壊するかもしれない。
その可能性を知って。
私は。
何もせずに。
帰れるだろうか。
「……」
私は。
目を閉じた。
地球へ帰りたい。
それは。
今でも。
本心だ。
地球は。
私の故郷。
私の家。
私の人生が。
そこにある。
けれど。
私は。
もう。
知ってしまった。
この世界に。
私を待っている人がいる。
ルナがいる。
魔王がいる。
料理人たちがいる。
農民たちがいる。
そして。
この世界そのものが。
崩壊するかもしれない。
私は。
女神チケットを。
握りしめた。
「……」
そして。
ゆっくり。
目を開いた。
「ヴァルディア」
「何だ」
「一つだけ」
「……」
「お願いがある」
「……」
ヴァルディアが。
私を見る。
「何だ」
「この世界を」
私は。
女神チケットを見る。
「守りたい」
「……」
ルナが。
息を呑む。
「ヒヨリ……」
「でも」
私は。
続ける。
「私一人で」
「……」
「全部を解決するつもりはない」
「……」
「魔族と人族の問題も」
「……」
「世界の崩壊も」
「……」
「全部、私が願って終わらせるつもりはない」
ヴァルディアが。
目を細める。
「……何故だ」
「だって」
私は。
笑った。
「それじゃあ、この世界に住んでる人たちが、自分で未来を選べないでしょう?」
「……」
「私は」
私は。
女神チケットを。
胸元へ。
押し当てる。
「この世界の未来を、誰かに決めてもらいたくない」
「……」
「神様にも」
「……」
「女神にも」
「……」
「私自身にも」
「……」
私は。
ヴァルディアを見る。
「だから」
「……」
「私は」
その時。
女神チケットが。
眩い光を放った。
そして。
私の前に。
一つの選択肢が。
表示された。
――――――――――
【女神チケットを使用しますか?】
【YES】
【NO】
――――――――――
私は。
その表示を。
見つめた。
けれど。
私は。
まだ。
YESを押さなかった。
私は。
女神チケットの使い道を。
決めたわけではない。
ただ。
私は。
初めて。
自分の願いを。
明確にした。
私は。
地球へ帰りたい。
でも。
この世界も。
守りたい。
だったら。
両方を。
諦めなければいい。
「……」
私は。
思った。
それが。
私の答えだった。
地球か。
ウォーズか。
???か。
そんな三択ではない。
私が。
欲しいものは。
一つだけ。
「……全部」
私は。
小さく。
呟いた。
「全部、欲しい」
地球も。
この世界も。
ルナも。
私自身の人生も。
何一つ。
諦めたくない。
その瞬間。
女神チケットの表示が。
大きく。
変化した。
――――――――――
【特殊条件を確認】
【願望の矛盾を確認】
【通常の願望処理では対応できません】
【特殊権限を解放します】
――――――――――
「……」
私は。
目を見開いた。
「特殊権限?」
その文字の下に。
さらに。
新しい文字が。
浮かび上がる。
――――――――――
【世界間移動権限】
【世界創造権限】
【世界接続権限】
【権限使用者:秋月燈由】
――――――――――
「……」
私は。
完全に。
固まった。
「……ちょっと待って」
私の声が。
震えた。
「世界創造?」
ルナが。
隣から。
表示を見る。
「……」
ヴァルディアも。
何も。
言わない。
私は。
ゆっくり。
チケットを。
見つめた。
その瞬間。
頭の中に。
あの少女の声が。
響いた。
――あなたは、この世界を作った側の人間。
「……」
私は。
理解した。
私は。
ただの。
異世界転移者ではない。
そして。
女神チケットも。
ただの。
願いを叶える道具ではない。
これは。
私自身が。
世界を選択するための。
鍵なのだ。
その時。
時計の針が。
午前零時を指した。
鐘が。
魔王城全体に。
鳴り響く。
――ゴーン。
――ゴーン。
――ゴーン。
私は。
ゆっくり。
顔を上げた。
そして。
目の前に。
新しい文字が。
浮かび上がった。
――――――――――
【五日目の選択】
【期限到達】
【選択を開始します】
――――――――――
私は。
息を呑んだ。
そして。
その直後。
世界全体が。
大きく。
揺れた。
「……!」
城が。
揺れる。
床が。
震える。
ルナが。
私の腕を。
掴んだ。
「ヒヨリ!」
「大丈夫!」
私は。
叫んだ。
しかし。
次の瞬間。
空が。
割れた。
魔王城の窓から。
見えた空に。
巨大な。
亀裂が。
走る。
「……」
私は。
それを。
見上げた。
黒い亀裂。
それは。
先ほど。
映像で見たものと。
同じだった。
世界崩壊因子。
その言葉が。
頭をよぎる。
そして。
その亀裂の向こうから。
何かが。
こちらを。
見ていた。
「……」
私は。
それを。
見た。
目。
巨大な。
目。
そして。
その目が。
私を見た。
瞬間。
私の頭の中に。
声が響いた。
『――見つけた』
「……!」
私は。
息を呑む。
『やっと』
その声は。
あの少女のものだった。
『見つけたよ』
私は。
窓の外を見る。
そこに。
少女の姿は。
ない。
けれど。
声だけが。
確かに。
聞こえている。
『燈由』
「……」
『あなたが』
少女が。
笑う。
『世界を選ぶ時間だよ』
「……」
私は。
女神チケットを。
握りしめる。
『地球へ帰る?』
「……」
『この世界に残る?』
「……」
『それとも』
声が。
楽しそうに。
笑う。
『全部、壊す?』
「……」
私は。
ゆっくり。
顔を上げた。
「……嫌」
『……』
「私は」
私は。
女神チケットを。
強く。
握りしめる。
「何も壊さない」
『……』
「地球も」
私は。
言葉を続ける。
「ウォーズも」
「……」
「ルナも」
「……」
「私自身も」
「……」
私は。
目の前の。
巨大な亀裂を見る。
「全部」
「……」
「私が守る」
その瞬間。
女神チケットが。
眩い光を。
放った。
世界が。
震える。
そして。
私の目の前に。
最後の表示が。
浮かび上がった。
――――――――――
【願いを入力してください】
――――――――――
「……」
私は。
その文字を。
見つめた。
私は。
何を願うのか。
もう。
迷わなかった。
私は。
ゆっくり。
口を開く。
「私の願いは――」
その瞬間。
世界が。
静止した。
音が。
消える。
風も。
止まる。
ルナも。
ヴァルディアも。
何も。
動かない。
世界全体が。
私の言葉を。
待っている。
私は。
女神チケットを。
掲げた。
「――私が、私の意思で、いつでも地球とウォーズを行き来できる世界にして」
沈黙。
そして。
「その上で」
私は。
続けた。
「この世界に住む全ての人が、自分自身の意思で未来を選べる世界にして」
チケットが。
さらに。
強く。
輝く。
「そして」
私は。
最後の願いを。
口にした。
「この世界を壊そうとしている存在から、この世界を守る力を、私に与えて」
光が。
爆発した。
世界が。
震える。
そして。
私の目の前に。
新しい文字が。
浮かび上がった。
――――――――――
【女神チケットを使用しました】
【願いを受理します】
【世界間移動権限を付与】
【世界創造権限を付与】
【世界接続権限を付与】
【世界崩壊因子への対抗権限を付与】
――――――――――
「……」
私は。
息を呑んだ。
けれど。
その下に。
さらに。
一つ。
表示があった。
――――――――――
【重要】
【あなたの願いにより】
【この世界の管理者権限が】
【秋月燈由へ移行します】
――――――――――
「……え?」
私は。
思わず。
声を漏らした。
「管理者権限?」
その瞬間。
私の頭の中に。
大量の情報が。
流れ込んできた。
世界の地図。
魔族領。
人族領。
魔王。
勇者。
聖女。
冒険者。
魔物。
神殿。
そして。
この世界そのものを。
構成している。
巨大な。
システム。
「……」
私は。
それを。
理解した。
この世界は。
ゲームではない。
けれど。
ゲームのような。
システムを持っている。
そして。
私は。
そのシステムへ。
アクセスできる。
いや。
アクセスできるどころか。
今。
私は。
その管理者になった。
「……」
私は。
震える手で。
ステータスを。
開いた。
――――――――――
名前:ヒヨリ(秋月燈由)
種族:魔族
レベル:99
職業:忍者
……
称号:
【異世界転移者】
【世界間旅人】
【女神の選択者】
【世界管理者】
……
権限:
【世界間移動∞】
【世界創造∞】
【世界接続∞】
【世界管理∞】
【世界崩壊耐性∞】
――――――――――
「……」
私は。
絶句した。
「……何これ」
ルナが。
私を見る。
「どうしたの?」
「……」
「ヒヨリ?」
私は。
ゆっくり。
ルナを見る。
「私」
「……」
「世界の管理者になったみたい」
「……」
「……」
「……」
ルナが。
固まった。
ヴァルディアも。
固まった。
そして。
数秒後。
「……は?」
ヴァルディアが。
初めて。
明確な。
困惑の声を。
上げた。
私は。
それを聞いて。
思わず。
笑ってしまった。
「……私も、そう思う」
けれど。
その瞬間。
空に浮かんでいた。
巨大な亀裂が。
さらに。
大きく。
広がった。
世界の外側から。
黒い影が。
こちらへ。
侵入してくる。
私は。
それを。
見上げた。
そして。
初めて。
理解した。
これから。
私が。
しなければならないことを。
私は。
世界管理者になった。
けれど。
それは。
世界を好き勝手に変えるためではない。
この世界に住む人々が。
自分自身の意思で。
未来を選べるようにするため。
そして。
この世界を。
壊そうとしている存在から。
守るため。
私は。
拳を握った。
「……」
すると。
私の頭の中に。
新しいクエストが。
表示された。
――――――――――
【緊急クエスト】
【世界崩壊因子を討伐せよ】
【推奨レベル:測定不能】
【報酬:???】
【失敗時:世界消滅】
――――――――――
「……」
私は。
それを見て。
ため息を吐いた。
「……本当に」
私は。
空を見上げた。
「異世界生活って」
そして。
刀。
妖刀村正を。
抜いた。
「楽じゃないわね」
漆黒の刀身が。
月明かりを。
反射する。
ルナが。
私を見る。
「ヒヨリ」
「何?」
「戦うの?」
「うん」
「……」
「だって」
私は。
笑った。
「私、世界管理者なんでしょう?」
「……」
「だったら」
私は。
刀を。
構えた。
「この世界を守るのは」
そして。
空を。
睨みつける。
「私の仕事でしょう?」
その時。
世界の外側から。
巨大な声が。
響いた。
『――管理者を確認』
「……」
『――対象、秋月燈由』
「……」
『――排除を開始します』
世界が。
再び。
揺れた。
私は。
その声を聞きながら。
静かに。
笑った。
「……上等じゃない」
そして。
私は。
初めて。
自分の意思で。
この世界の未来を。
選んだ。
地球へ帰る道を。
捨てたわけではない。
この世界に。
永遠に縛られることを。
選んだわけでもない。
私は。
どちらも。
選んだ。
そして。
どちらも。
守ることを。
選んだ。
それが。
私。
秋月燈由の。
五日目の選択だった。
けれど。
私には。
まだ。
知らないことが。
一つだけ。
残っていた。
私が。
世界管理者となった。
その瞬間。
世界のどこかで。
一人の少女が。
笑っていた。
「……やっと」
少女が。
空を見上げる。
「やっと、思い出したね」
そして。
少女は。
誰もいない場所で。
静かに。
呟いた。
「おかえりなさい」
その声は。
私には。
届かなかった。
けれど。
少女の手元には。
一冊の古い本が。
あった。
その表紙には。
こう書かれていた。
――『世界創世記』
少女は。
その本を。
ゆっくり。
開いた。
最初のページ。
そこには。
一人の少女の姿が。
描かれている。
銀色の髪。
紫色の瞳。
そして。
その隣に。
もう一人。
黒髪の少女が。
描かれていた。
その少女の名は。
――秋月燈由。
そして。
そのページの下には。
古代文字で。
こう記されていた。
――世界を創りし者。
――世界を捨てし者。
――そして。
――いつか。
――世界へ帰還する者。
少女は。
その文字を。
指でなぞった。
「……」
そして。
小さく。
笑う。
「今度こそ」
少女が。
本を閉じる。
「あなたは、最後まで逃げないでね」
その瞬間。
魔王城の上空で。
巨大な亀裂が。
完全に。
開いた。
そして。
そこから。
何かが。
姿を現す。
私は。
妖刀村正を。
構えた。
隣には。
ルナがいる。
背後には。
ヴァルディアがいる。
私は。
世界管理者になったばかり。
この力を。
どう使えばいいのか。
まだ。
何も分からない。
けれど。
それでも。
私は。
一歩。
前へ出た。
世界の未来を。
誰かに。
決めさせないために。
そして。
いつか。
地球へ帰るために。
私は。
この世界を。
守る。
――異世界生活五日目。
平凡なOLだった私の人生は。
この日。
完全に。
平凡ではなくなった。
そして。
世界管理者となった私の。
新しい異世界生活が。
ここから。
始まることになる。




