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災難です、駄女神様!  作者: 此花サギリ


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第14話 魔王に問う、世界の未来

 魔王城の廊下は、夜が深くなるほど静かになっていた。


 昼間であれば、城内には使用人たちが行き交い、兵士たちが交代のために歩き、料理人たちが厨房から厨房へと忙しそうに移動しているため、どこにいても何かしらの人の気配を感じることができる。しかし、今はもう夜もかなり深く、城の大部分は静寂に包まれていた。


 私とルナが歩く足音だけが、長い廊下の先へ吸い込まれていく。


 壁に設置された魔導灯が、一定の間隔で淡い光を放っている。その光は地球の電灯ほど明るくはないものの、暗闇を歩くには十分な明るさを保っており、石造りの床や壁に二人の影を細長く映し出していた。


 私は、その影を見ながら歩いていた。


 隣を歩くルナの影。


 そして、その隣にある私の影。


 二つの影が、時折重なっては離れていく。


 何となく、その光景が今の私たちの関係を表しているような気がした。


 私は、この世界の人間ではない。


 地球で生まれ、地球で育ち、普通の会社員として働いていた。


 ルナは、この世界で生まれた。


 魔王の娘として育ち、魔族の王女として生きてきた。


 本来ならば。


 私たちが出会うことなどなかったはずだ。


 それなのに。


 今。


 私は、彼女と一緒に歩いている。


 しかも。


 私がこれからしようとしていることは。


 この世界の未来を左右するかもしれない。


「……」


 私は、懐に手を入れた。


 指先が、女神チケットの表面に触れる。


 ひんやりとした感触が伝わってきた。


 女神チケット。


 ありとあらゆる願いを叶えることができる、神の力を宿した一枚のチケット。


 私は、それを握りしめたまま歩いていた。


「ヒヨリ」


「……何?」


 隣からルナの声が聞こえた。


「さっきから、ずっと難しい顔してる」


「そう?」


「うん」


 私は。


 少し。


 考えた。


「……考えてるの」


「何を?」


「私が、これからどうするのか」


「……」


「地球へ帰るのか」


「……」


「この世界に残るのか」


「……」


「それとも」


 私は。


 少し。


 言葉を止めた。


「別の何かを選ぶのか」


 ルナは。


 しばらく。


 黙っていた。


 そして。


 静かに。


 口を開いた。


「……ヒヨリ」


「うん」


「私は」


 ルナが。


 私を見る。


「ヒヨリが何を選んでも、応援するよ」


「……」


「地球に帰っても」


「……」


「この世界に残っても」


「……」


「どこか別の場所へ行っても」


「……」


 ルナは。


 少しだけ。


 笑った。


「私は、ヒヨリが決めたことなら、応援する」


「……」


 私は。


 その言葉を聞いて。


 胸の奥が。


 少しだけ。


 痛くなった。


「……ありがとう」


「うん」


「でも」


 私は。


 歩きながら。


 ルナを見る。


「一つだけ」


「何?」


「もし私が地球に帰ったら」


「……」


「あなたが寂しいと思ってくれるなら」


「……」


 私は。


 少し。


 笑った。


「それだけで、私は嬉しいと思う」


 ルナが。


 目を見開いた。


「……ヒヨリ」


「何?」


「それって」


「……」


「帰らないってこと?」


「……」


「それとも、帰るってこと?」


「……」


「どっち?」


「……」


 私は。


 思わず。


 笑ってしまった。


「分からない」


「もう!」


「本当に分からないのよ」


「……」


「だから」


 私は。


 ルナの頭を。


 軽く撫でた。


「一緒に考えて」


「……」


「私がどうするべきなのか」


 ルナは。


 少しだけ。


 驚いた顔をした。


 そして。


 やがて。


 ゆっくりと。


 笑った。


「うん」


 その返事を聞いて。


 私は。


 少しだけ。


 心が軽くなった気がした。


 やがて。


 私たちは。


 魔王の執務室の前へ。


 到着した。


 巨大な扉。


 その前には。


 夜間警備の兵士が二人。


 私たちの姿を見ると。


 すぐに。


 頭を下げた。


「ヒヨリ様」


「ヴァルディアに会いたいんだけど」


「……」


 二人の兵士が。


 互いに。


 顔を見合わせた。


「陛下は現在、執務中ですが」


「入っていい?」


「……」


「今すぐ」


「……」


 兵士の一人が。


 困ったような顔をする。


「ヒヨリ様」


「何?」


「陛下は現在、重要な書類を確認されておりますので」


「……」


「できれば明日に」


「駄目」


「……」


「今日じゃないと駄目なの」


「……」


「あと一時間しかないから」


「……」


 兵士が。


 固まった。


「……一時間?」


「うん」


「何がですか?」


「私の期限」


「……」


 兵士の顔が。


 さらに。


 困惑する。


「……」


「……」


 私は。


 説明するのが面倒になった。


「とにかく」


 私は。


 扉を見る。


「入るわね」


「ヒヨリ様!」


「大丈夫」


「しかし!」


「ヴァルディアなら怒らないから」


「……」


 私は。


 そのまま。


 扉を開けた。


「……」


 執務室の中には。


 大量の書類が。


 山のように積まれていた。


 そして。


 その中央に。


 魔王ヴァルディアが。


 一人。


 座っていた。


 ヴァルディアは。


 顔を上げる。


「……ヒヨリか」


「うん」


「どうした」


「聞きたいことがある」


「……」


 ヴァルディアは。


 私の隣にいるルナを見る。


「ルナもか」


「はい」


「……」


 ヴァルディアが。


 小さく。


 息を吐く。


「何だ」


 私は。


 部屋の中へ入った。


「座っていい?」


「好きにしろ」


「ありがとう」


 私は。


 近くの椅子へ。


 腰を下ろした。


 ルナも。


 私の隣へ座る。


 ヴァルディアは。


 私たちを。


 じっと。


 見つめていた。


「それで」


「……」


「何を聞きたい」


 私は。


 少し。


 考えた。


「魔王様」


「何だ」


「この世界は」


「……」


「これから、どうなるの?」


「……」


 ヴァルディアの表情が。


 変わった。


「……」


「どういう意味だ」


「そのままの意味」


「……」


「人族と魔族」


「……」


「これからも、ずっと戦争を続けるの?」


「……」


「それとも」


 私は。


 ヴァルディアを見る。


「終わらせることができる?」


 ヴァルディアは。


 しばらく。


 黙っていた。


 そして。


 ゆっくり。


 口を開いた。


「……終わらせることはできる」


「……」


「だが」


「……」


「簡単ではない」


「どうして?」


「憎しみがあるからだ」


「……」


 ヴァルディアが。


 窓の外を見る。


「魔族は人族を憎んでいる」


「……」


「人族も魔族を恐れている」


「……」


「長い年月をかけて積み重なった恐怖と憎悪は、そう簡単には消えん」


「……」


「戦争を終わらせることだけならば簡単だ」


「……」


「だが」


 ヴァルディアが。


 私を見る。


「戦争を終わらせた後に、どう生きるか」


「……」


「そこが難しい」


 私は。


 黙って。


 話を聞いていた。


「……」


 それは。


 地球でも。


 同じだった。


 戦争を終わらせること。


 それ自体は。


 もしかしたら。


 誰かが。


 強大な力を使えば。


 できるかもしれない。


 けれど。


 その後。


 人々が。


 どう生きるのか。


 どうやって。


 共に暮らすのか。


 そこまで。


 考えなければ。


 意味がない。


「……」


 私は。


 女神チケットを見る。


「もし」


「……」


「魔族と人族が」


「……」


「仲良く暮らせる世界を作ってって願ったら」


「……」


 ヴァルディアが。


 私を見る。


「それができるなら」


「……」


「どうする?」


 私は。


 質問を返した。


「……」


 ヴァルディアは。


 しばらく。


 黙っていた。


 そして。


「俺は」


 低い声で。


 答えた。


「望む」


「……」


「魔族が人族を殺す必要のない世界を」


「……」


「人族が魔族を恐れる必要のない世界を」


「……」


「俺は」


 ヴァルディアが。


 拳を。


 握りしめる。


「娘が」


 ルナを見る。


「怯えて暮らさなくていい世界を望む」


「……」


 ルナが。


 目を見開いた。


 ヴァルディアは。


 そんな娘を。


 まっすぐ。


 見つめている。


「……お父様」


「……」


「私」


 ルナが。


 小さな声で。


 呟いた。


「怖くないよ」


「……」


「ヒヨリがいるから」


「……」


 ヴァルディアが。


 一瞬。


 私を見る。


「……」


 私は。


 何とも言えない顔になった。


「私を盾にしないでね」


「してないよ」


「……」


「本当に」


「……」


 私は。


 思わず。


 笑った。


 その時だった。


 執務室の壁に。


 大きな。


 魔法陣が。


 突然。


 浮かび上がった。


「……!」


 私は。


 立ち上がった。


「何?」


 ヴァルディアも。


 すぐに。


 立ち上がる。


 魔法陣から。


 大量の光が。


 溢れ出す。


 そして。


 空中に。


 一つの映像が。


 浮かび上がった。


 そこに。


 映っていたのは。


 人族の街。


 巨大な都市。


 そして。


 その上空に。


 黒い亀裂が。


 走っている。


「……何?」


 私は。


 映像を見る。


 ヴァルディアの表情が。


 険しくなった。


「……これは」


「知ってるの?」


「……」


「ヴァルディア?」


「知らん」


「……」


「だが」


 ヴァルディアが。


 映像を見る。


「これは」


 次の瞬間。


 空に浮かぶ亀裂が。


 大きく。


 広がった。


 そこから。


 黒い何かが。


 流れ出してくる。


 魔物。


 いや。


 魔物という言葉では。


 表現できない。


 形が。


 定まっていない。


 黒い霧のようなもの。


 それが。


 街へ。


 落ちていく。


 そして。


 街が。


 悲鳴に包まれた。


「……」


 私は。


 息を呑んだ。


「何なの?」


「……分からん」


「解析鑑定」


 私は。


 スキルを発動した。


 ――――――――――


 【解析不能】


 【対象:???】


 【種族:???】


 【危険度:測定不能】


 【存在階位:???】


 ――――――――――


「……」


 私は。


 絶句した。


 解析鑑定∞。


 私が。


 これまで。


 見たことのない。


 表示。


「……解析できない」


 ヴァルディアが。


 私を見る。


「お前でもか?」


「うん」


「……」


「こんなの」


 私は。


 映像を見る。


「初めて」


 その時。


 私の懐にある。


 女神チケットが。


 突然。


 熱くなった。


「……!」


 私は。


 チケットを。


 取り出す。


 白銀色の紙が。


 強い光を。


 放っている。


「何だ?」


「……」


 私は。


 チケットを見る。


 そこに。


 新しい文字が。


 浮かび上がっていた。


 ――――――――――


 【警告】


 【世界崩壊因子を確認】


 【対象世界:ウォーズ】


 【世界崩壊まで】


 【残り時間:不明】


 ――――――――――


「……」


 私は。


 息を止めた。


「……世界崩壊」


 ルナが。


 私を見る。


「ヒヨリ?」


「……」


 私は。


 もう一度。


 文字を見る。


 世界崩壊。


 その言葉が。


 頭の中で。


 何度も。


 繰り返された。


 私は。


 天照大神の言葉を。


 思い出した。


 ――あなたは、いずれ大きな選択を迫られる。


 そして。


 私は。


 謎の少女の言葉を。


 思い出した。


 ――あなたは、この世界を作った側の人間。


 私は。


 ゆっくり。


 女神チケットを見る。


「……」


 そして。


 理解した。


 もしかしたら。


 私が。


 この世界へ。


 来た理由は。


 単なる。


 誤召喚では。


 ないのかもしれない。


「……ユーノー」


 私は。


 呟いた。


 その瞬間。


 部屋の中に。


 声が響いた。


『……』


「……!」


 誰も。


 口を開いていない。


 なのに。


 声が。


 聞こえる。


『ヒヨリ』


「……ユーノー?」


『……』


「どこにいるの?」


『私は』


 声が。


 少し。


 震えていた。


『あなたに謝らなければならない』


「……」


 私は。


 目を見開いた。


「何を?」


『私は』


「……」


『あなたを召喚した』


「……」


『それは間違いだった』


「……」


『けれど』


 声が。


 途切れる。


『すべてが、間違いだったわけではない』


「……どういう意味?」


『あなたを呼んだのは』


「……」


『私ではない』


「……」


 私は。


 言葉を失った。


「……何?」


『私が召喚したと思っていた』


「……」


『しかし』


 ユーノーの声が。


 遠ざかる。


『私は』


 そして。


『あなたを呼ぶための扉を開けただけ』


「……」


 私は。


 叫んだ。


「待って!」


『……』


「誰が私を呼んだの!?」


『……』


「ユーノー!」


 返事は。


 ない。


「誰なの!?」


 私は。


 叫んだ。


 けれど。


 返事は。


 なかった。


 ただ。


 目の前の映像が。


 さらに。


 変化する。


 人族の街。


 魔族の領地。


 そして。


 その間に。


 広がる。


 巨大な黒い亀裂。


 それは。


 まるで。


 世界そのものを。


 食い破ろうとしているようだった。


「……」


 私は。


 ゆっくり。


 息を吐いた。


 そして。


 その瞬間。


 頭の中に。


 一つの答えが。


 浮かんだ。


 私は。


 地球へ帰ることができる。


 女神チケットを使えば。


 今すぐ。


 帰れる。


 けれど。


 この世界が。


 崩壊するかもしれない。


 その可能性を知って。


 私は。


 何もせずに。


 帰れるだろうか。


「……」


 私は。


 目を閉じた。


 地球へ帰りたい。


 それは。


 今でも。


 本心だ。


 地球は。


 私の故郷。


 私の家。


 私の人生が。


 そこにある。


 けれど。


 私は。


 もう。


 知ってしまった。


 この世界に。


 私を待っている人がいる。


 ルナがいる。


 魔王がいる。


 料理人たちがいる。


 農民たちがいる。


 そして。


 この世界そのものが。


 崩壊するかもしれない。


 私は。


 女神チケットを。


 握りしめた。


「……」


 そして。


 ゆっくり。


 目を開いた。


「ヴァルディア」


「何だ」


「一つだけ」


「……」


「お願いがある」


「……」


 ヴァルディアが。


 私を見る。


「何だ」


「この世界を」


 私は。


 女神チケットを見る。


「守りたい」


「……」


 ルナが。


 息を呑む。


「ヒヨリ……」


「でも」


 私は。


 続ける。


「私一人で」


「……」


「全部を解決するつもりはない」


「……」


「魔族と人族の問題も」


「……」


「世界の崩壊も」


「……」


「全部、私が願って終わらせるつもりはない」


 ヴァルディアが。


 目を細める。


「……何故だ」


「だって」


 私は。


 笑った。


「それじゃあ、この世界に住んでる人たちが、自分で未来を選べないでしょう?」


「……」


「私は」


 私は。


 女神チケットを。


 胸元へ。


 押し当てる。


「この世界の未来を、誰かに決めてもらいたくない」


「……」


「神様にも」


「……」


「女神にも」


「……」


「私自身にも」


「……」


 私は。


 ヴァルディアを見る。


「だから」


「……」


「私は」


 その時。


 女神チケットが。


 眩い光を放った。


 そして。


 私の前に。


 一つの選択肢が。


 表示された。


 ――――――――――


 【女神チケットを使用しますか?】


 【YES】


 【NO】


 ――――――――――


 私は。


 その表示を。


 見つめた。


 けれど。


 私は。


 まだ。


 YESを押さなかった。


 私は。


 女神チケットの使い道を。


 決めたわけではない。


 ただ。


 私は。


 初めて。


 自分の願いを。


 明確にした。


 私は。


 地球へ帰りたい。


 でも。


 この世界も。


 守りたい。


 だったら。


 両方を。


 諦めなければいい。


「……」


 私は。


 思った。


 それが。


 私の答えだった。


 地球か。


 ウォーズか。


 ???か。


 そんな三択ではない。


 私が。


 欲しいものは。


 一つだけ。


「……全部」


 私は。


 小さく。


 呟いた。


「全部、欲しい」


 地球も。


 この世界も。


 ルナも。


 私自身の人生も。


 何一つ。


 諦めたくない。


 その瞬間。


 女神チケットの表示が。


 大きく。


 変化した。


 ――――――――――


 【特殊条件を確認】


 【願望の矛盾を確認】


 【通常の願望処理では対応できません】


 【特殊権限を解放します】


 ――――――――――


「……」


 私は。


 目を見開いた。


「特殊権限?」


 その文字の下に。


 さらに。


 新しい文字が。


 浮かび上がる。


 ――――――――――


 【世界間移動権限】


 【世界創造権限】


 【世界接続権限】


 【権限使用者:秋月燈由】


 ――――――――――


「……」


 私は。


 完全に。


 固まった。


「……ちょっと待って」


 私の声が。


 震えた。


「世界創造?」


 ルナが。


 隣から。


 表示を見る。


「……」


 ヴァルディアも。


 何も。


 言わない。


 私は。


 ゆっくり。


 チケットを。


 見つめた。


 その瞬間。


 頭の中に。


 あの少女の声が。


 響いた。


 ――あなたは、この世界を作った側の人間。


「……」


 私は。


 理解した。


 私は。


 ただの。


 異世界転移者ではない。


 そして。


 女神チケットも。


 ただの。


 願いを叶える道具ではない。


 これは。


 私自身が。


 世界を選択するための。


 鍵なのだ。


 その時。


 時計の針が。


 午前零時を指した。


 鐘が。


 魔王城全体に。


 鳴り響く。


 ――ゴーン。


 ――ゴーン。


 ――ゴーン。


 私は。


 ゆっくり。


 顔を上げた。


 そして。


 目の前に。


 新しい文字が。


 浮かび上がった。


 ――――――――――


 【五日目の選択】


 【期限到達】


 【選択を開始します】


 ――――――――――


 私は。


 息を呑んだ。


 そして。


 その直後。


 世界全体が。


 大きく。


 揺れた。


「……!」


 城が。


 揺れる。


 床が。


 震える。


 ルナが。


 私の腕を。


 掴んだ。


「ヒヨリ!」


「大丈夫!」


 私は。


 叫んだ。


 しかし。


 次の瞬間。


 空が。


 割れた。


 魔王城の窓から。


 見えた空に。


 巨大な。


 亀裂が。


 走る。


「……」


 私は。


 それを。


 見上げた。


 黒い亀裂。


 それは。


 先ほど。


 映像で見たものと。


 同じだった。


 世界崩壊因子。


 その言葉が。


 頭をよぎる。


 そして。


 その亀裂の向こうから。


 何かが。


 こちらを。


 見ていた。


「……」


 私は。


 それを。


 見た。


 目。


 巨大な。


 目。


 そして。


 その目が。


 私を見た。


 瞬間。


 私の頭の中に。


 声が響いた。


『――見つけた』


「……!」


 私は。


 息を呑む。


『やっと』


 その声は。


 あの少女のものだった。


『見つけたよ』


 私は。


 窓の外を見る。


 そこに。


 少女の姿は。


 ない。


 けれど。


 声だけが。


 確かに。


 聞こえている。


『燈由』


「……」


『あなたが』


 少女が。


 笑う。


『世界を選ぶ時間だよ』


「……」


 私は。


 女神チケットを。


 握りしめる。


『地球へ帰る?』


「……」


『この世界に残る?』


「……」


『それとも』


 声が。


 楽しそうに。


 笑う。


『全部、壊す?』


「……」


 私は。


 ゆっくり。


 顔を上げた。


「……嫌」


『……』


「私は」


 私は。


 女神チケットを。


 強く。


 握りしめる。


「何も壊さない」


『……』


「地球も」


 私は。


 言葉を続ける。


「ウォーズも」


「……」


「ルナも」


「……」


「私自身も」


「……」


 私は。


 目の前の。


 巨大な亀裂を見る。


「全部」


「……」


「私が守る」


 その瞬間。


 女神チケットが。


 眩い光を。


 放った。


 世界が。


 震える。


 そして。


 私の目の前に。


 最後の表示が。


 浮かび上がった。


 ――――――――――


 【願いを入力してください】


 ――――――――――


「……」


 私は。


 その文字を。


 見つめた。


 私は。


 何を願うのか。


 もう。


 迷わなかった。


 私は。


 ゆっくり。


 口を開く。


「私の願いは――」


 その瞬間。


 世界が。


 静止した。


 音が。


 消える。


 風も。


 止まる。


 ルナも。


 ヴァルディアも。


 何も。


 動かない。


 世界全体が。


 私の言葉を。


 待っている。


 私は。


 女神チケットを。


 掲げた。


「――私が、私の意思で、いつでも地球とウォーズを行き来できる世界にして」


 沈黙。


 そして。


「その上で」


 私は。


 続けた。


「この世界に住む全ての人が、自分自身の意思で未来を選べる世界にして」


 チケットが。


 さらに。


 強く。


 輝く。


「そして」


 私は。


 最後の願いを。


 口にした。


「この世界を壊そうとしている存在から、この世界を守る力を、私に与えて」


 光が。


 爆発した。


 世界が。


 震える。


 そして。


 私の目の前に。


 新しい文字が。


 浮かび上がった。


 ――――――――――


 【女神チケットを使用しました】


 【願いを受理します】


 【世界間移動権限を付与】


 【世界創造権限を付与】


 【世界接続権限を付与】


 【世界崩壊因子への対抗権限を付与】


 ――――――――――


「……」


 私は。


 息を呑んだ。


 けれど。


 その下に。


 さらに。


 一つ。


 表示があった。


 ――――――――――


 【重要】


 【あなたの願いにより】


 【この世界の管理者権限が】


 【秋月燈由へ移行します】


 ――――――――――


「……え?」


 私は。


 思わず。


 声を漏らした。


「管理者権限?」


 その瞬間。


 私の頭の中に。


 大量の情報が。


 流れ込んできた。


 世界の地図。


 魔族領。


 人族領。


 魔王。


 勇者。


 聖女。


 冒険者。


 魔物。


 神殿。


 そして。


 この世界そのものを。


 構成している。


 巨大な。


 システム。


「……」


 私は。


 それを。


 理解した。


 この世界は。


 ゲームではない。


 けれど。


 ゲームのような。


 システムを持っている。


 そして。


 私は。


 そのシステムへ。


 アクセスできる。


 いや。


 アクセスできるどころか。


 今。


 私は。


 その管理者になった。


「……」


 私は。


 震える手で。


 ステータスを。


 開いた。


 ――――――――――


 名前:ヒヨリ(秋月燈由)


 種族:魔族


 レベル:99


 職業:忍者


 ……


 称号:


 【異世界転移者】


 【世界間旅人】


 【女神の選択者】


 【世界管理者】


 ……


 権限:


 【世界間移動∞】


 【世界創造∞】


 【世界接続∞】


 【世界管理∞】


 【世界崩壊耐性∞】


 ――――――――――


「……」


 私は。


 絶句した。


「……何これ」


 ルナが。


 私を見る。


「どうしたの?」


「……」


「ヒヨリ?」


 私は。


 ゆっくり。


 ルナを見る。


「私」


「……」


「世界の管理者になったみたい」


「……」


「……」


「……」


 ルナが。


 固まった。


 ヴァルディアも。


 固まった。


 そして。


 数秒後。


「……は?」


 ヴァルディアが。


 初めて。


 明確な。


 困惑の声を。


 上げた。


 私は。


 それを聞いて。


 思わず。


 笑ってしまった。


「……私も、そう思う」


 けれど。


 その瞬間。


 空に浮かんでいた。


 巨大な亀裂が。


 さらに。


 大きく。


 広がった。


 世界の外側から。


 黒い影が。


 こちらへ。


 侵入してくる。


 私は。


 それを。


 見上げた。


 そして。


 初めて。


 理解した。


 これから。


 私が。


 しなければならないことを。


 私は。


 世界管理者になった。


 けれど。


 それは。


 世界を好き勝手に変えるためではない。


 この世界に住む人々が。


 自分自身の意思で。


 未来を選べるようにするため。


 そして。


 この世界を。


 壊そうとしている存在から。


 守るため。


 私は。


 拳を握った。


「……」


 すると。


 私の頭の中に。


 新しいクエストが。


 表示された。


 ――――――――――


 【緊急クエスト】


 【世界崩壊因子を討伐せよ】


 【推奨レベル:測定不能】


 【報酬:???】


 【失敗時:世界消滅】


 ――――――――――


「……」


 私は。


 それを見て。


 ため息を吐いた。


「……本当に」


 私は。


 空を見上げた。


「異世界生活って」


 そして。


 刀。


 妖刀村正を。


 抜いた。


「楽じゃないわね」


 漆黒の刀身が。


 月明かりを。


 反射する。


 ルナが。


 私を見る。


「ヒヨリ」


「何?」


「戦うの?」


「うん」


「……」


「だって」


 私は。


 笑った。


「私、世界管理者なんでしょう?」


「……」


「だったら」


 私は。


 刀を。


 構えた。


「この世界を守るのは」


 そして。


 空を。


 睨みつける。


「私の仕事でしょう?」


 その時。


 世界の外側から。


 巨大な声が。


 響いた。


『――管理者を確認』


「……」


『――対象、秋月燈由』


「……」


『――排除を開始します』


 世界が。


 再び。


 揺れた。


 私は。


 その声を聞きながら。


 静かに。


 笑った。


「……上等じゃない」


 そして。


 私は。


 初めて。


 自分の意思で。


 この世界の未来を。


 選んだ。


 地球へ帰る道を。


 捨てたわけではない。


 この世界に。


 永遠に縛られることを。


 選んだわけでもない。


 私は。


 どちらも。


 選んだ。


 そして。


 どちらも。


 守ることを。


 選んだ。


 それが。


 私。


 秋月燈由の。


 五日目の選択だった。


 けれど。


 私には。


 まだ。


 知らないことが。


 一つだけ。


 残っていた。


 私が。


 世界管理者となった。


 その瞬間。


 世界のどこかで。


 一人の少女が。


 笑っていた。


「……やっと」


 少女が。


 空を見上げる。


「やっと、思い出したね」


 そして。


 少女は。


 誰もいない場所で。


 静かに。


 呟いた。


「おかえりなさい」


 その声は。


 私には。


 届かなかった。


 けれど。


 少女の手元には。


 一冊の古い本が。


 あった。


 その表紙には。


 こう書かれていた。


 ――『世界創世記』


 少女は。


 その本を。


 ゆっくり。


 開いた。


 最初のページ。


 そこには。


 一人の少女の姿が。


 描かれている。


 銀色の髪。


 紫色の瞳。


 そして。


 その隣に。


 もう一人。


 黒髪の少女が。


 描かれていた。


 その少女の名は。


 ――秋月燈由。


 そして。


 そのページの下には。


 古代文字で。


 こう記されていた。


 ――世界を創りし者。


 ――世界を捨てし者。


 ――そして。


 ――いつか。


 ――世界へ帰還する者。


 少女は。


 その文字を。


 指でなぞった。


「……」


 そして。


 小さく。


 笑う。


「今度こそ」


 少女が。


 本を閉じる。


「あなたは、最後まで逃げないでね」


 その瞬間。


 魔王城の上空で。


 巨大な亀裂が。


 完全に。


 開いた。


 そして。


 そこから。


 何かが。


 姿を現す。


 私は。


 妖刀村正を。


 構えた。


 隣には。


 ルナがいる。


 背後には。


 ヴァルディアがいる。


 私は。


 世界管理者になったばかり。


 この力を。


 どう使えばいいのか。


 まだ。


 何も分からない。


 けれど。


 それでも。


 私は。


 一歩。


 前へ出た。


 世界の未来を。


 誰かに。


 決めさせないために。


 そして。


 いつか。


 地球へ帰るために。


 私は。


 この世界を。


 守る。


 ――異世界生活五日目。


 平凡なOLだった私の人生は。


 この日。


 完全に。


 平凡ではなくなった。


 そして。


 世界管理者となった私の。


 新しい異世界生活が。


 ここから。


 始まることになる。


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