第13話 五日目の選択、その答え
私は、手の中にある一枚の紙を、何度も何度も読み返していた。
そこに書かれている内容は、決して長いものではなかった。むしろ、短い。短いからこそ、そこに記された一つ一つの言葉が、私の思考をどこまでも深いところへ引きずり込んでいく。
地球。
ウォーズ。
そして。
???
たった三つ。
それだけなのに、私はどうしても、その三番目から目を離すことができなかった。
「……何なのよ、これ」
誰に聞くでもなく、私は小さく呟いた。
もちろん、答えてくれる相手などいない。
部屋の中は静まり返っている。先ほどまで私の背後から聞こえていた声も、もう聞こえない。開け放たれた窓からは夜明け前の冷たい風が入り込み、カーテンを静かに揺らしているだけだった。
私は、もう一度紙を見る。
そこには確かに、三つの選択肢が表示されていた。
地球。
ウォーズ。
???。
私は、この世界のことをウォーズと呼んでいる。
正確には、私が地球にいた頃にプレイしていたMMORPGウォーズを模した世界であり、ゲームそのものではないということは、もう理解しているつもりだった。
だから、「ウォーズ」という選択肢が、この世界そのものを意味していることは分かる。
地球へ戻る。
この世界に残る。
そこまでは理解できる。
問題は。
「……三番目」
私は、紙の上に表示された「???」を指でなぞった。
「これだけ、何も分からないじゃない」
選べと言われても。
選べるわけがない。
そもそも、どこへ行くのか分からない場所を選ぶ人間がいるだろうか。
いや。
いるかもしれない。
少なくとも、私の目の前にいるユーノーという女神なら、平然と選びそうな気がする。
そして。
その結果が。
今の私なのだ。
「……」
私は、深いため息を吐いた。
ベッドの端へ腰を下ろし、両手で頭を抱える。
異世界転移。
魔王。
女神。
謎の少女。
女神チケット。
そして、五日目の選択。
どうして私の人生は、こんなにも次から次へと訳の分からないことが起こるのだろう。
地球にいた頃の私は、本当に普通だった。
もちろん、ゲームは好きだった。
MMORPGウォーズも好きだった。
仕事が終わって帰宅した後、食事を済ませてからログインし、夜遅くまでモンスターを倒して、レベルを上げて、装備を集めて、時にはフレンドたちとダンジョンへ潜る。
そんな日々が、私は好きだった。
けれど。
それはあくまでもゲームだった。
まさか、そのゲームに似た世界へ自分自身が転移するなんて、誰が想像するだろう。
しかも。
私は。
今。
その世界で。
魔王の娘と一緒に米を作っている。
「……」
私は。
急に。
おかしくなった。
「ふふっ」
小さく笑いが漏れる。
「何なのよ、本当に」
笑いながら、私は思った。
これまでの私は、地球へ帰ることだけを考えていた。
帰る。
帰らなければならない。
そう思っていた。
けれど。
今。
女神チケットがある。
地球へ帰れる。
しかも、好きなタイミングで。
それなのに。
私は。
まだ。
帰る決断ができない。
それが。
少しだけ。
不思議だった。
私は、懐から女神チケットを取り出した。
白銀色の紙片。
そこには太陽を思わせる紋章が刻まれている。
これ一枚で。
ありとあらゆる願いが叶う。
天照大神はそう言った。
地球へ帰ることもできる。
召喚そのものをなかったことにもできる。
この世界を変えることもできる。
なら。
私は。
何を願えばいいのだろう。
私は。
少しだけ。
考えた。
「……」
そして。
すぐに。
思考を止めた。
「分からない」
今の私には。
何も。
決められない。
だったら。
決めなくていい。
私は。
女神チケットを。
懐へ戻した。
「今日は」
私は。
窓の外を見る。
東の空が。
少しずつ。
明るくなっている。
「いつも通りにしよう」
そう決めた。
五日目だから。
地球へ帰る期限だから。
だからといって。
今日一日を。
不安なまま過ごす必要はない。
私は。
いつものように。
朝食を食べて。
畑へ行って。
米の様子を見て。
カレーの試作をして。
そして。
夜になったら。
考えればいい。
そう思った。
けれど。
私のその考えは。
部屋を出た直後に。
あっさり。
打ち砕かれた。
「ヒヨリ!」
廊下を歩いていた私のところへ、ルナが駆け寄ってきた。
その表情は、普段とは少し違っていた。
どこか焦っている。
そして。
何より。
泣きそうな顔をしていた。
「ルナ?」
「……」
私は。
足を止める。
「どうしたの?」
「……ヒヨリ」
「うん」
「今日」
「……」
「帰るの?」
私は。
言葉を失った。
ルナは。
私を見上げている。
その瞳には。
不安が浮かんでいた。
「……」
私は。
すぐには答えられなかった。
「地球へ」
「……」
「帰るの?」
「……」
私は。
困った。
本当に。
困った。
私は。
まだ。
決めていない。
けれど。
ルナは。
私の答えを待っている。
「……分からない」
私は。
正直に答えた。
「え?」
「まだ決めてないの」
「……」
「地球へ帰ることもできる」
「……」
「でも」
私は。
ルナを見る。
「ここに残ることもできる」
「……」
ルナの顔が。
少しだけ。
明るくなった。
「……本当に?」
「うん」
「じゃあ」
「……」
「残ってくれる?」
その言葉に。
私は。
胸を。
掴まれたような気がした。
「……ルナ」
「……」
「私は」
私は。
少し。
考えた。
「まだ分からない」
ルナの表情が。
僅かに。
曇る。
私は。
慌てて。
言葉を続けた。
「でも」
「……」
「今日すぐに帰るって決めたわけじゃないから」
「……」
「少なくとも」
私は。
ルナの頭へ。
手を置いた。
「今日一日は、一緒にいられるでしょう?」
「……」
ルナが。
私を見る。
そして。
ゆっくり。
頷いた。
「うん」
「じゃあ」
私は。
笑った。
「朝ご飯食べに行こう」
「……」
「お腹空いたでしょう?」
「……うん」
ルナが。
笑った。
その笑顔を見て。
私は。
少しだけ。
胸が痛くなった。
もし。
私が。
地球へ帰ったら。
この笑顔を。
もう。
見られない。
そう思った。
私は。
その瞬間。
初めて。
自分が。
この世界に。
思っていた以上に。
大きな未練を持っていることに気づいた。
朝食を終えた私は。
ルナと一緒に。
農地へ向かった。
昨日。
私たちが植えたばかりの苗は。
まだ小さい。
風が吹けば。
細い葉が。
揺れる。
それだけ。
けれど。
私には。
その景色が。
とても。
大切なものに見えた。
「……」
私は。
しゃがみ込んで。
苗を見る。
「ちゃんと育つかな」
「育つよ」
ルナが。
隣にしゃがむ。
「お父様が、農業担当の人たちに協力するよう命令したから」
「……」
「水路も作るって」
「……」
「肥料も研究するって」
「……」
「それから」
ルナが。
楽しそうに。
話す。
「カレー専門の料理店も作るって」
「……」
私は。
顔を上げた。
「え?」
「カレー専門の料理店」
「……」
「魔王城の料理人が作るんだって」
「……」
「魔王領の各地に出すらしいよ」
「……」
私は。
頭を抱えた。
「ちょっと待って」
「何?」
「話が早すぎない?」
「そう?」
「私、昨日まで米を植えていたんだけど」
「うん」
「それなのに、もう店を作る話になってるの?」
「うん」
「……」
私は。
空を見上げた。
「……魔王って行動が早すぎるでしょう」
「お父様は、気に入ったものには凄く積極的だから」
「……」
私は。
何とも言えない顔になった。
けれど。
その一方で。
少しだけ。
嬉しかった。
私が作ったカレーが。
この世界の人々に。
広がっていく。
私が植えた米が。
この世界の人々の食卓に。
並ぶかもしれない。
それは。
考えてみれば。
とても。
不思議なことだった。
私が地球に帰ったとしても。
ここには。
私が残したものが。
残る。
それは。
何となく。
嬉しかった。
その日の昼。
私は。
厨房へ向かった。
料理人たちは。
私の姿を見るなり。
一斉に。
頭を下げた。
「ヒヨリ様!」
「……」
「お待ちしておりました!」
「え?」
私は。
嫌な予感がした。
「何か?」
「実は!」
料理人の一人が。
勢いよく。
鍋を。
指差した。
「新しいカレーが完成しました!」
「……」
「こちらを!」
「……」
私は。
鍋の中を覗いた。
そこには。
見覚えのある。
カレーが。
入っていた。
「……」
私は。
少し。
驚いた。
「これ」
「はい!」
「私が教えたレシピ?」
「いいえ!」
「……」
「我々で改良しました!」
「……」
私は。
鍋を。
じっと見る。
香りが。
違う。
私が作ったものより。
少し。
香ばしい。
「食べてもいい?」
「もちろんです!」
私は。
スプーンで。
少しだけ。
すくった。
そして。
口に入れる。
「……」
美味しい。
私は。
驚いた。
「……美味しい」
「本当ですか!?」
「ええ」
料理人たちが。
嬉しそうに。
笑う。
「ヒヨリ様!」
「……」
「我々は、あなたが教えてくださったカレーを、もっと多くの人に食べてもらいたいのです!」
「……」
「だから」
料理人の一人が。
頭を下げた。
「どうか」
私は。
その姿を。
見つめた。
「我々に、続きを教えてください」
「……」
私は。
言葉を失った。
地球に帰る。
その選択肢が。
頭の中に。
浮かぶ。
けれど。
今。
目の前にいる人たちは。
私が。
この世界へ来たからこそ。
出会えた人たちだ。
私は。
ゆっくり。
笑った。
「もちろん」
料理人たちの顔が。
明るくなる。
「ただし」
「はい!」
「私が地球へ帰ったとしても」
「……」
「あなたたちは、自分たちで料理を作ってね」
「……」
「私がいなくても、カレーを作れるようにならないと」
「……」
料理人たちは。
一瞬。
黙った。
そして。
「……はい!」
力強く。
返事をした。
私は。
その声を聞いて。
胸の奥が。
少し。
熱くなった。
午後。
私は。
魔王の執務室へ呼ばれた。
「……」
嫌な予感がする。
私は。
部屋へ入る。
そこには。
ヴァルディアと。
宰相がいた。
「来たか」
「……」
「うむ」
「……」
私は。
二人を見る。
「何?」
「お前は」
ヴァルディアが。
口を開いた。
「今日、地球へ帰る可能性があるそうだな」
「……」
私は。
驚いた。
「誰から聞いたの?」
「ルナだ」
「……」
私は。
頭を抱えた。
「ルナ……」
「悪気はない」
ヴァルディアが。
淡々と言う。
「分かってる」
「……」
「だが」
ヴァルディアが。
私を見る。
「一つだけ聞きたい」
「何?」
「お前は」
その声は。
いつもより。
少し。
低かった。
「この世界が嫌いか?」
「……」
私は。
驚いた。
「どうして?」
「お前は」
ヴァルディアが。
私を見る。
「この世界に来てから、帰ることばかり考えていた」
「……」
「ならば」
ヴァルディアは。
少し。
間を置いた。
「この世界が嫌いなのだろうと思った」
「……」
私は。
少し。
考えた。
「……嫌いじゃない」
「……」
「むしろ」
私は。
窓の外を見る。
「好きになってきた」
「……」
ヴァルディアが。
黙る。
「最初は」
私は。
ゆっくり。
話した。
「帰りたかった」
「……」
「怖かったから」
「……」
「この世界のことを何も知らなかったし、誰も知らなかった」
「……」
「だから、地球へ帰ることが一番正しいと思ってた」
私は。
笑った。
「でも」
「……」
「今は違う」
私は。
ヴァルディアを見る。
「この世界には」
私は。
言葉を探した。
「私が、ここに来たからこそ出会えた人たちがいる」
「……」
「ルナも」
「……」
「料理人たちも」
「……」
「農民たちも」
「……」
「だから」
私は。
少し。
笑った。
「嫌いじゃない」
ヴァルディアは。
しばらく。
黙っていた。
やがて。
『……そうか』
その声は。
いつもの魔王のものだった。
けれど。
私は。
その目が。
少しだけ。
優しくなったことに。
気づいた。
「ただ」
「……」
「地球も」
「……」
「私にとっては大切な場所だから」
「……」
「だから、まだ決められない」
ヴァルディアは。
何も言わなかった。
その代わり。
宰相が。
静かに。
口を開いた。
「ヒヨリ殿」
「はい」
「もし」
「……」
「あなたが地球へ帰ることになったとしても」
「……」
「魔王領は、あなたを歓迎いたします」
「……」
「いつでも」
「……」
「戻ってきてください」
私は。
思わず。
宰相を見る。
「……」
その言葉が。
胸に。
響いた。
「……ありがとう」
私は。
小さく。
頭を下げた。
そして。
その日の夜。
私は。
魔王城の屋上へ。
一人で。
上がった。
空には。
無数の星が。
輝いていた。
地球で見ていた星空と。
同じようで。
少し。
違う。
私は。
手すりに。
寄りかかった。
懐から。
女神チケットを取り出す。
「……」
私は。
それを。
月明かりに。
かざした。
これを使えば。
すべてが。
決まる。
地球へ帰ることも。
この世界に残ることも。
別の場所へ行くことも。
私の願い一つで。
決められる。
でも。
私は。
ふと思った。
女神チケットを使って。
自分の未来を。
誰かに決めてもらうのは。
本当に。
私が望んでいることなのだろうか。
私は。
考えた。
そして。
やめた。
「……違う」
私は。
チケットを。
握りしめた。
「私は」
自分で。
決めたい。
地球へ帰るのか。
この世界に残るのか。
それとも。
第三の選択をするのか。
誰かに。
決めてもらうのではなく。
私自身が。
決めたい。
その瞬間。
私の目の前に。
再び。
システムウィンドウが。
浮かび上がった。
――――――――――
【特殊クエスト『五日目の選択』】
【最終選択の時刻まで】
【残り三時間】
――――――――――
「……」
私は。
その表示を。
見つめた。
残り三時間。
午前零時。
私は。
それまでに。
決めなければならない。
私は。
屋上から。
魔王領を見下ろした。
遠くに。
小さな灯りが。
見える。
あれは。
村だろう。
そこでは。
今日も。
人々が暮らしている。
私が。
カレーを作ったことなど。
まだ。
知らない人たちも。
たくさんいる。
これから。
カレーを食べる人も。
いるだろう。
そして。
私は。
その中に。
自分の未来が。
あるような気がした。
「……」
私は。
ゆっくり。
目を閉じた。
すると。
その時。
「ヒヨリ」
声がした。
私は。
振り返る。
そこには。
ルナが。
立っていた。
「……ルナ?」
「うん」
「どうしてここに?」
「探した」
「……」
「ヒヨリがいなかったから」
ルナは。
私の隣まで。
歩いてきた。
そして。
私と同じように。
夜空を見る。
「……今日」
「うん」
「ヒヨリが帰るかもしれないって聞いて」
「……」
「ずっと」
ルナが。
少し。
俯く。
「怖かった」
「……」
私は。
何も言わない。
「でも」
ルナが。
顔を上げる。
「私」
「……」
「ヒヨリに、帰らないでって言いたくない」
「……」
「だって」
ルナが。
笑う。
「ヒヨリが帰りたいなら、帰ったほうがいいと思うから」
「……」
「地球っていう場所が、ヒヨリにとって大切なんでしょう?」
「……うん」
「だったら」
ルナは。
笑った。
「帰っていいよ」
「……」
その言葉が。
胸に。
突き刺さった。
「……ルナ」
「でも」
ルナが。
続ける。
「もし」
その声が。
少し。
震えた。
「もし、いつか」
ルナが。
私を見る。
「帰ってきたくなったら」
「……」
「その時は」
ルナが。
笑った。
「私が迎えるから」
「……」
私は。
何も。
言えなかった。
ただ。
ルナを。
抱きしめた。
「……」
ルナの体温が。
伝わってくる。
私は。
その瞬間。
理解した。
私が。
怖かったのは。
地球へ帰ることではない。
この世界を。
失うことだった。
ルナを。
失うことだった。
この世界で。
私が築き始めたものを。
全部。
手放すことだった。
けれど。
私は。
同時に。
地球を捨てることも。
できない。
なら。
私は。
どうすればいい。
その時だった。
私の頭の中で。
何かが。
繋がった。
「……」
私は。
ゆっくり。
ルナから。
離れた。
「ヒヨリ?」
「……」
私は。
女神チケットを見る。
そして。
システムウィンドウを見る。
地球。
ウォーズ。
???
私は。
思った。
「……これ」
「……?」
「もしかして」
私は。
呟いた。
「三択じゃない」
「え?」
私は。
女神チケットを。
握りしめる。
「私が」
「……」
「選ぶんじゃない」
私は。
気づいた。
今まで。
私は。
選択肢を。
与えられていると。
思っていた。
地球へ帰る。
ウォーズに残る。
???へ行く。
けれど。
違う。
「……」
これは。
選択肢ではない。
これは。
場所だ。
私が。
自分で。
決めるべきなのは。
どこへ行くかではない。
「私は」
私は。
女神チケットを。
強く。
握りしめた。
「何を願うか」
その瞬間。
システムウィンドウが。
大きく。
揺れた。
――――――――――
【特殊クエスト『五日目の選択』】
【条件を満たしました】
【真なる選択肢が解放されます】
――――――――――
「……!」
私は。
息を呑んだ。
そして。
新しい文字が。
浮かび上がった。
――――――――――
【地球】
【ウォーズ】
【???】
【自分で作る】
――――――――――
「……」
私は。
その文字を。
見つめた。
「……自分で」
ルナが。
不思議そうに。
私を見る。
「作る?」
私は。
ゆっくり。
笑った。
「……そういうこと」
私は。
理解した。
女神チケット。
ありとあらゆる願いを叶える。
なら。
私が。
願えばいい。
地球へ帰るのではなく。
この世界に残るのでもなく。
別の世界へ行くのでもない。
私は。
私自身が。
望む場所を。
作る。
「……」
私は。
空を見上げた。
そして。
初めて。
自分の未来を。
自分自身の意思で。
決めようとした。
その時。
魔王城の鐘が。
鳴り響いた。
夜。
十一時。
残り一時間。
私は。
女神チケットを。
手にしたまま。
立ち上がった。
「……ルナ」
「うん」
「私」
「……」
「魔王様に会いに行く」
「今から?」
「今から」
「……」
「そして」
私は。
笑った。
「聞きたいことがある」
「何を?」
私は。
答えた。
「この世界の未来について」
そして。
私は。
ルナと共に。
屋上を後にした。
けれど。
私たちは。
まだ。
知らなかった。
魔王城の最深部。
誰も知らない地下深くで。
あの銀髪の少女が。
私たちの会話を。
すべて。
聞いていたことを。
「……自分で作る、か」
暗闇の中。
少女が。
一人。
微笑んでいた。
「やっと」
その紫色の瞳が。
妖しく。
輝く。
「思い出し始めたね」
少女の前には。
一枚の古びた石板が。
浮かんでいる。
そこに。
刻まれていたのは。
私の名前。
――秋月燈由。
そして。
その横には。
私が。
地球で生きていた年月よりも。
遥かに長い。
古い日付が。
記されていた。
「あなたは」
少女が。
石板へ。
そっと。
手を触れる。
「この世界の外から来たんじゃない」
少女が。
笑う。
「あなたは」
そして。
静かに。
呟いた。
「この世界を作った側の人間なんだから」
その言葉を。
私は。
まだ。
知らない。
私が。
これから。
魔王に聞こうとしていることも。
私が。
女神チケットを使って。
何を願おうとしているのかも。
そして。
私自身が。
何者なのかも。
何も。
知らない。
ただ。
五日目の夜。
午前零時まで。
残り一時間。
私は。
魔王ヴァルディアのいる執務室へ向かっていた。
私の人生を変える。
いや。
この世界そのものを変えるかもしれない。
そんな選択をするために。
私は。
初めて。
自分自身の意思で。
扉を。
開こうとしていた。




