第12話 五日目、女神チケットの使い道
魔王領へ戻った翌日から、私の生活は、それまでとは比べものにならないほど忙しくなった。
忙しいと言っても、冒険者として魔物を討伐していた頃のように、朝から晩まで危険な場所を走り回っていたわけではない。むしろ、その逆だった。私は魔王城の中に閉じこもることもなく、広大な農地を歩き回り、土を調べ、作物の生育状況を確認し、魔王領の農業を担当している役人たちと話をし、さらに料理人たちとカレーの試作を繰り返していた。
そして、その合間を縫うようにして、私は米の栽培について考えていた。
私がこの世界へ来る前、MMORPGウォーズというゲームをプレイしていたとき、ゲーム内には当然ながら米という食材も存在していた。けれど、ゲームの中で米は、単なる食材アイテムの一つに過ぎなかった。収穫された米を料理スキルで調理すれば、回復効果のある料理になる。それだけの存在だった。
だから私は、この世界に来るまで、米を作るということがどれほど大変なのかなど、真剣に考えたことはなかった。
ゲームなら、農地を選択して、種を植えて、時間が経てば収穫できる。
けれど、現実はそう簡単ではない。
土壌の状態を確認し、水をどう引くかを考え、種籾を準備し、苗を育て、田植えをし、雑草を取り、害虫や病気への対策を考え、成長した稲を刈り取り、脱穀し、籾殻を取り除いて、ようやく食卓に並べられる米になる。
しかも、この世界には、地球と同じ品種の米が存在するとは限らない。
だから私は、まず最初に農地へ向かった。
魔王領の中でも比較的温暖な地域にある農村を訪れ、そこにある水源と土地を確認した私は、農民たちと一緒になって田んぼを作ることにした。
……とはいえ。
「ヒヨリ様」
「何?」
「その……本当に、ご自分でやられるのですか?」
「もちろん」
「しかし、魔王城の賓客であるヒヨリ様が、このような泥の中に入られる必要は……」
「必要があるのよ」
「……」
農民の男性が、困ったような顔で私を見ている。
私は、その視線を気にすることなく、長靴を履いた足を田んぼの泥の中へ踏み入れた。
ぐにゅり、と。
足元から何とも言えない感触が伝わってくる。
正直に言えば、気持ち悪い。
けれど、私はそのまま一歩、また一歩と進んだ。
周囲では、農民たちが驚いたように私を見ている。
私の隣には、当然のようにルナもいた。
ただし、ルナは田んぼの中には入っていない。
何故なら。
「ヒヨリ、頑張って!」
「……」
「応援してる!」
「……」
彼女は畦道から、満面の笑顔で私を応援しているだけだからだ。
「ルナ」
「なに?」
「あなたも来なさい」
「えっ?」
「田植え」
「……」
ルナが固まった。
「私も?」
「そう」
「……」
ルナが自分の足元を見る。
それから田んぼを見る。
そして、もう一度私を見る。
「……私、魔王の娘なんだけど」
「私だって元OLよ」
「……」
「関係ないでしょう」
「……」
ルナは困ったように笑った。
そして。
「……はい」
渋々、田んぼへ入ってきた。
泥に足を取られながら歩いてくるルナを見て、私は思わず笑ってしまった。
魔王の娘が。
泥まみれになっている。
それも、私の作るカレーに使う米を作るために。
何だか。
おかしかった。
私は、この世界に来たばかりの頃の自分を思い出した。
あの時の私は、とにかく地球へ帰ることしか考えていなかった。
ユーノーに対する怒りもあった。
突然、何の説明もなく異世界へ召喚されたことへの恐怖もあった。
自分がこれからどうなるのか分からない不安もあった。
だから、私は生き残るためにスキルを取得した。
ボーナスポイントを使い、必要なスキルを片っ端から取得した。
料理。
裁縫。
鍛冶。
隠密。
隠蔽。
索敵。
投擲。
生活魔法。
錬金。
そして。
空間支配∞。
言語最適化∞。
解析鑑定∞。
完全記憶∞。
成長促進∞。
経験値倍化∞。
信託∞。
私は、異世界で生き残るために必要だと思ったものを、ひたすら手に入れた。
けれど。
今。
私は。
生き残るためではなく。
ただ。
美味しいカレーを食べるために。
泥の中にいる。
「……」
私は。
自分でも。
少し。
笑ってしまった。
「ヒヨリ?」
ルナが。
不思議そうに。
私を見る。
「何でもないわ」
「そう?」
「ええ」
私は。
田植えを続けた。
その日の夕方。
魔王城へ戻った私は、疲れ果てていた。
肉体的に疲れているわけではない。
私のステータスを考えれば、これくらいの作業で疲労することなどあり得ない。
けれど。
精神的には。
かなり疲れていた。
私は。
自分の部屋にある椅子へ腰を下ろした。
「……」
窓の外を見る。
夕焼けに染まった魔王領の景色が広がっていた。
私は。
しばらく。
何も考えずに。
その景色を見ていた。
すると。
突然。
空間が。
僅かに。
揺れた。
「……?」
私は。
すぐに。
立ち上がった。
この感覚。
知っている。
転移魔法。
けれど。
この魔力。
私は。
知っている。
「……天照大神?」
次の瞬間。
部屋の中央に。
光が現れた。
その光は。
徐々に。
人の形へ変わっていく。
長い黒髪。
白い衣。
柔らかな笑顔。
そして。
神々しい光を纏った女性。
私は。
目の前に現れた存在を見て。
思わず。
息を呑んだ。
「久しぶりですね、燈由」
「……」
私は。
ゆっくり。
立ち上がった。
「天照大神」
「ええ」
「どうしてここに?」
「あなたに会いに来たのですよ」
「……」
私は。
警戒した。
「何か用?」
「随分と警戒するようになりましたね」
「当たり前でしょう」
私は。
腕を組んだ。
「この世界に来てから、いろいろありすぎたもの」
「……」
「ユーノーに召喚されて、五日間地球に滞在したら強制転移すると言われて、魔王に会って、カレーを作って、米を作って……」
「……」
「その上、謎の少女まで出てきた」
私は。
天照大神を。
じっと見る。
「何か知っているんでしょう?」
「……」
「昨日の少女」
天照大神の。
表情が。
僅かに。
変わった。
ほんの僅かな変化だった。
普通の人なら気づかないだろう。
けれど。
私には。
解析鑑定∞がある。
そして。
完全記憶∞もある。
私は。
見逃さなかった。
「……やっぱり」
「何がですか?」
「知ってる」
「……」
「あなた、あの少女のことを知っている」
天照大神は。
しばらく。
黙っていた。
そして。
小さく。
息を吐いた。
「……ええ」
「やっぱり」
「ですが」
天照大神は。
私を見つめる。
「今のあなたに話すことはできません」
「……」
「何故?」
「あなた自身が、まだ答えを見つけていないからです」
「……」
私は。
眉をひそめた。
「何の答え?」
「それは」
天照大神が。
微笑む。
「あなたが、自分で見つけなければならない答えです」
「……」
私は。
少し。
苛立った。
「神様って」
「はい」
「そういう言い方するの好きよね」
「……」
「何か知ってるくせに、肝心なところは教えてくれない」
「……」
「意味深なことだけ言って、後は自分で考えろって」
「……」
天照大神が。
少し。
困ったように。
笑った。
「耳が痛いですね」
「でしょう?」
「ですが」
天照大神は。
懐から。
一枚の紙を取り出した。
それは。
チケットだった。
白銀色の紙。
中央には。
太陽の紋章。
私は。
それを見た瞬間。
目を見開いた。
「……女神チケット」
「はい」
天照大神は。
それを。
私へ差し出した。
「あなたが持っている女神チケットです」
「……」
私は。
それを受け取らなかった。
「これ」
「はい」
「本当に、何でも願いが叶うの?」
「ええ」
「何でも?」
「あなたが望むことであれば」
「……」
私は。
チケットを見る。
「じゃあ」
私は。
ゆっくり。
口を開いた。
「地球に帰りたいって願ったら?」
「帰れます」
「……」
私は。
黙った。
「じゃあ」
次の質問をする。
「ユーノーの召喚をなかったことにしてって願ったら?」
「可能です」
「……」
「あなたがこの世界へ召喚されたという事実そのものを消すこともできます」
「……」
私は。
息を呑んだ。
「じゃあ」
私は。
さらに。
尋ねた。
「この世界を」
私の声が。
少し。
震えた。
「私が元いたゲームの世界に戻してって願ったら?」
「……」
天照大神が。
私を見る。
「可能です」
私は。
その場で。
動けなくなった。
何でも。
できる。
地球へ帰れる。
召喚そのものをなかったことにできる。
この世界そのものを変えることもできる。
なら。
私は。
何故。
今まで。
使わなかったのだろう。
いや。
正確には。
使えなかった。
怖かったのだ。
女神チケットというものが。
あまりにも強すぎる力だったから。
何でも願いを叶えられる。
そんなもの。
普通の人間が持っていいものではない。
だから。
私は。
ずっと。
使うことを避けていた。
けれど。
今。
天照大神から。
直接。
その力の大きさを聞かされた。
私は。
チケットを見つめる。
「……ねえ」
「はい」
「これ」
「……」
「何で私にくれたの?」
天照大神が。
黙った。
「ユーノーが私を召喚した」
「……」
「そして、あなたが私に加護を与えた」
「……」
「女神チケットまでくれた」
「……」
「どう考えても」
私は。
天照大神を。
まっすぐ。
見つめた。
「何か裏があるでしょう?」
天照大神が。
苦笑した。
「あなたは、本当に鋭くなりましたね」
「褒めてる?」
「もちろん」
「じゃあ答えて」
「……」
「私に女神チケットを渡した理由」
天照大神は。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
ゆっくり。
口を開いた。
「あなたが」
その声は。
とても。
静かだった。
「いずれ、大きな選択を迫られるからです」
「……」
「あなた自身の人生だけではありません」
「……」
「この世界の未来を左右する選択を」
「……」
私は。
言葉を失った。
「……私が?」
「はい」
「何で?」
「それは」
天照大神が。
微笑んだ。
「あなたが、あなた自身の意思で決めなければならないことです」
「……」
私は。
何も。
言えなかった。
「……」
天照大神は。
そのまま。
私を見つめていた。
私は。
女神チケットを見る。
何でも。
願いが叶う。
なら。
私が。
願えば。
この世界を。
救えるのだろうか。
魔族と人族の争いを終わらせることも。
魔王と勇者の対立を消すことも。
魔物を消すことも。
飢えや貧困をなくすことも。
この世界に存在するすべての問題を。
たった一つの願いで。
解決できるのだろうか。
「……」
私は。
チケットを。
見つめた。
そして。
ふと。
思った。
それなら。
私が。
この世界に来た意味は。
何なのだろう。
私が。
自分の力で。
何かをする必要なんて。
最初から。
なかったのではないか。
女神チケットを。
使えば。
すべて終わる。
全部。
解決する。
私は。
そう思った。
けれど。
その瞬間。
頭の中に。
ルナの顔が浮かんだ。
田んぼの中で。
泥だらけになった彼女。
私の作ったカレーを。
美味しそうに食べていた彼女。
そして。
私が地球へ帰れると知ったとき。
少しだけ。
寂しそうな顔をした彼女。
私は。
目を閉じた。
「……」
女神チケットを。
使えば。
私は。
帰れる。
けれど。
その瞬間。
私は。
ルナと。
もう会えなくなるかもしれない。
魔王領の人々とも。
料理人たちとも。
そして。
この世界で。
これから出会うはずだった人々とも。
私は。
永遠に。
別れることになる。
「……」
私は。
女神チケットを。
握りしめた。
「……今は」
「……」
「使わない」
天照大神が。
静かに。
私を見る。
「……よろしいのですか?」
「うん」
「地球へ帰ることもできますよ」
「分かってる」
「ならば、何故?」
私は。
少しだけ。
笑った。
「まだ」
私は。
窓の外を見る。
夕暮れの空。
魔王領の大地。
遠くには。
今日植えたばかりの。
小さな稲の苗。
「まだ、やりたいことがあるから」
「……」
「カレーも広めたい」
「……」
「米も作りたい」
「……」
「香辛料も作りたい」
「……」
「それに」
私は。
少し。
笑った。
「この世界をもっと見てみたい」
天照大神は。
何も言わなかった。
「それに」
私は。
女神チケットを。
懐へしまう。
「このチケット」
「……」
「今使う必要はないでしょう?」
「……」
「本当に何でも願いが叶うなら」
私は。
笑った。
「最後の最後まで、とっておくわ」
天照大神の。
目が。
僅かに。
細くなった。
「……あなたらしいですね」
「そう?」
「ええ」
天照大神は。
静かに。
笑った。
「では」
「……」
「一つだけ、忠告しておきましょう」
「何?」
「五日目が来ます」
「……」
私は。
黙った。
「あなたが地球へ戻る期限です」
「……」
「その時」
天照大神が。
私を見る。
「あなたは、選ばなければなりません」
「……」
「この世界に残るのか」
「……」
「それとも」
「……」
「地球へ帰るのか」
「……」
私は。
ゆっくり。
息を吐いた。
「……分かってる」
「本当に?」
「……」
「あなたは」
天照大神が。
微笑む。
「まだ、答えを決めていない」
「……」
私は。
何も。
言い返せなかった。
その通りだった。
私は。
地球へ帰りたい。
けれど。
この世界にも。
少しずつ。
未練ができている。
だから。
今の私は。
どちらも。
選べない。
「……」
天照大神の姿が。
徐々に。
光へ変わっていく。
「待って」
「はい?」
「最後に一つ」
「何でしょう」
「あの少女」
「……」
「やっぱり、何か知ってるんでしょう?」
天照大神は。
少し。
黙った。
「……」
「教えて」
「……」
そして。
天照大神は。
ほんの僅かに。
笑った。
「彼女の名は」
その瞬間。
私の。
解析鑑定∞が。
反応した。
――――――――――
【神格反応を確認】
【対象の情報を取得できません】
【権限不足】
――――――――――
「……!」
私は。
驚いた。
解析鑑定∞で。
見えない。
そんなことが。
あるのか。
「……彼女は」
天照大神が。
静かに。
告げる。
「あなたが、この世界に来るよりも遥か昔から存在している存在です」
「……」
「そして」
天照大神の姿が。
完全に。
光へ変わる。
「ユーノーよりも古い」
「……!」
私は。
思わず。
立ち上がった。
「ちょっと待って!」
「……」
「それって」
「……」
「神様より古いってこと?」
天照大神は。
答えなかった。
ただ。
最後に。
一言だけ。
残した。
「気をつけなさい、燈由」
そして。
「彼女は」
光が。
消える。
「あなたを知っています」
部屋が。
静かになる。
「……」
私は。
しばらく。
動けなかった。
やがて。
ゆっくり。
椅子へ腰を下ろす。
「……」
私は。
頭を抱えた。
「……何なのよ」
異世界に来た。
魔王に会った。
カレーを作った。
米を作った。
謎の少女に会った。
女神から。
世界を左右する選択を迫られると言われた。
そして。
その少女は。
ユーノーよりも古い存在。
……。
「……」
私は。
深く。
ため息を吐いた。
「私、ただのOLだったんだけど」
返事は。
ない。
私は。
そのまま。
窓の外を見る。
もう。
夕日は沈み。
夜が。
魔王領を包み始めていた。
明日は。
五日目。
地球へ戻る期限。
私は。
まだ。
決めていない。
けれど。
そんな私を。
待ち受けていたのは。
さらに。
予想外の出来事だった。
その夜。
私は。
眠りについた。
そして。
夢を見た。
真っ暗な場所。
何もない。
上下も。
左右も。
分からない。
ただ。
遠くに。
一つだけ。
光があった。
私は。
その光へ。
歩いていく。
すると。
「……」
声が聞こえた。
『ヒヨリ』
私は。
立ち止まった。
「……誰?」
『忘れた?』
「……」
『あなたは』
その声を。
私は。
聞いたことがあった。
『私に会ったことがあるでしょう?』
「……」
私は。
目を見開いた。
「……ユーノー?」
『違う』
「……」
『私は』
光が。
ゆっくり。
形を変える。
そして。
そこに。
あの少女が。
立っていた。
「……!」
『あなたが、この世界へ来る前』
少女が。
私を見る。
『あなたは』
そして。
少女が。
微笑んだ。
『私を知っていた』
「……」
「……何を言ってるの?」
『まだ思い出していないだけ』
「……」
『でも』
少女が。
一歩。
近づく。
『もうすぐ』
「……」
『思い出すよ』
私は。
後ろへ。
一歩。
下がった。
「何を?」
『あなたが』
少女が。
手を伸ばす。
『この世界に来た本当の理由』
「……」
『あなたが』
その手が。
私の額へ。
触れた。
『何者なのか』
瞬間。
頭の中に。
大量の映像が。
流れ込んできた。
見知らぬ世界。
巨大な神殿。
無数の人々。
戦争。
炎。
そして。
空に浮かぶ。
巨大な亀裂。
私は。
その光景を見て。
息を呑んだ。
「……これ」
『そう』
少女の声が。
聞こえる。
『あなたが来る前の世界』
「……」
『そして』
映像が。
変わる。
地球。
私がいた世界。
私の暮らしていた街。
私の会社。
私の家。
そして。
私は。
自分自身を。
見た。
けれど。
そこにいた私は。
今の私とは。
違っていた。
「……」
私は。
目を見開いた。
映像の中の私は。
誰かと。
話している。
その相手は。
見えない。
けれど。
私は。
確かに。
その人物へ。
こう言っていた。
『いつか』
『私が、この世界を救う』
「……」
私は。
息を呑んだ。
そして。
次の瞬間。
目を覚ました。
「……!」
私は。
ベッドの上で。
飛び起きた。
全身に。
汗をかいている。
「……夢?」
私は。
荒い呼吸を。
繰り返した。
けれど。
その時。
私の目の前に。
見慣れない文字が。
浮かび上がった。
――――――――――
【特殊クエストが発生しました】
【クエスト名】
『五日目の選択』
【達成条件】
あなた自身の意思で選択すること。
【報酬】
???
【失敗条件】
???
――――――――――
「……」
私は。
その表示を。
じっと見つめた。
そして。
理解した。
今日。
私は。
選ばなければならない。
地球へ帰るのか。
この世界に残るのか。
女神チケットを使うのか。
使わないのか。
魔王領を離れるのか。
ルナと別れるのか。
そして。
私は。
まだ。
知らなかった。
この選択が。
私自身だけではなく。
魔王領。
人族領。
そして。
この世界そのものの運命を。
大きく変えることになるということを。
私は。
ベッドから降りた。
そして。
窓の外を見る。
夜明け前の。
薄暗い空。
今日。
五日目。
私は。
地球へ帰る。
そのはずだった。
けれど。
私は。
もう一つ。
決めなければならないことがあった。
――女神チケットを。
いつ。
何のために。
使うのか。
私は。
懐に手を入れた。
そこには。
白銀色のチケットが。
静かに。
眠っていた。
「……」
私は。
小さく。
呟いた。
「……まだ」
そして。
「使わない」
そう決めた。
けれど。
その瞬間。
私の背後から。
声がした。
「――本当に?」
「……!」
私は。
勢いよく。
振り返った。
そこには。
誰も。
いなかった。
ただ。
開いた窓から。
冷たい夜風が。
吹き込んでいる。
そして。
床には。
一枚の紙が。
落ちていた。
私は。
それを拾い上げる。
そこに。
書かれていた文字を見て。
私は。
言葉を失った。
――――――――――
【五日目】
【地球へ帰還する時刻】
【午前零時】
【ただし】
【あなたが望むなら】
【帰還先を変更することができます】
――――――――――
「……」
私は。
その文字を。
何度も。
読み返した。
そして。
最後に。
小さく。
書かれていた。
――――――――――
【選択肢】
【地球】
【ウォーズ】
【???】
――――――――――
私は。
その最後の文字を見て。
息を止めた。
「……???」
この世界でも。
地球でもない。
第三の場所。
私は。
その意味を考えながら。
ゆっくり。
紙を握りしめた。
五日目。
私の異世界生活は。
今日。
新たな分岐点を。
迎えることになった。




