第5話 ラブコメのお約束は…?
眞白が久しぶりに我が家のリビングに入る。
服装は普通のTシャツに長ジャージ。
どうやらこないだのことを踏まえて、少しは気にしているみたいだ。
「カレー、ここに置いておくから」
「あぁ、ありがとう」
「……フンっ」
テーブルに鍋を置くと、眞白が何も言わずリビングから出ていこうとする。
「え、もう帰るのか?」
「そうだけど」
「眞白も食べていけよ」
「はぁ? 兼助はどうしようもなく馬鹿なの? というか馬鹿よね? あぁ、馬鹿だったわ。うん、馬鹿ね。ばかでバカで馬鹿だわ。馬鹿。馬鹿ばっかの馬鹿」
「自己完結したうえで馬鹿の砲撃浴びせないでくれる?」
もう悪意とかの次元じゃない。
「お裾分けなんだから、もう家で食べたに決まっているでしょ? 阿呆なの?」
「阿呆のバリエーションも出さなくていいから。あー、そうだ。お茶出すよ」
「いらないわ」
「えーっと……あ、母さんから送られてきたお菓子あるぞ。イギリスのお菓子」
「! ……い、いらないわ」
今ちょっと反応した。
眞白、甘い物には目がないからな……。
「何? 私を引き留めたいの? 引き留めてどうしたいの?」
「どうしたいって……」
「……はぁ。最近の兼助は勘違いしているようだから、この際はっきり言ってあげるわ。いい? よく聞きなさい?」
眞白は腰に手を当てて、俺をキリっと睨んで言った。
「こないだはこないだ。今は今、だから。勘違いしないで。じゃ」
眞白が言い切り、リビングのドアノブに手をかける。
俺は必死に策を考え、はっと閃いた。
――眞白なら、間違いなく乗ってくる。
「あれだけ大口叩いておいて、眞白は逃げるのか。そういうタイプだったのかー。あー、残念だなー」
ピクリ、と眞白の手が止まった。
「な、何?」
「いや別に? 前は勝手にウチにいるくらいだったのに、一切来なくなったよなーって思って。それも、あれ以来」
「っ!! べ、別に逃げてなんかないわよ。それに今言ったでしょ? こないだはこないだで、今は今だって……」
「ほんとか? あんなに煽ったり小馬鹿にした手前、眞白のプライド的に逃げたいんじゃないのか? 俺と立場が逆転するのが怖いんじゃないのか?」
「そっ、そんなことは……な、ないに決まっているというか、なんというか……な、ないわよ、別に。意識なんて一ミリもしていないわ」
「へぇ、ほんとに?」
「ほ、ほんとよ! 兼助なんて何とも思わないんだから」
「――だったら、俺の家でくつろぐくらい余裕だよな?」
俺の完璧な誘導に、眞白はドアノブから手を離して言った。
「あ、当たり前じゃない。フンっ」
偉そうに眞白が椅子に座る。
……なんだろう。
ここまで来ると、眞白がチョロいんじゃないかと思えてくる。
いや、たぶんチョロいんだけど。
「ごちそうさまでした」
「…………そ」
上黒川家からお裾分けしてもらったカレーを平らげ、食後のコーヒーを飲む。
目の前では眞白がお菓子を夢中で食べ、優雅に紅茶を飲んでいた。
「これ美味しいわね……ん、こっちも美味しい……ムカつくわね」
お菓子にまでムカつくってなんだよ。
心の中でツッコむと、眞白が俺の視線に気が付き睨み返してきた。
「何よ。また欲情?」
「見てるだけで欲情判定するのはやめろ」
「それは無理な話ね。だって……」
眞白が言いかけて固まる。
やがて顔をぼふっと真っ赤にさせた。
「……何思い出してたんだよ」
「べっ、別に何も思い出してなんかないわよ。別に、何も……けほっけほっ」
「…………」
「むせてなんかないわよ⁉」
「それは無理があるだろ」
俺をさらに睨みつけてくる眞白を見て、思わず笑ってしまった。
「っ! な、何がおかしいの⁉ というか、最近の兼助こそおかしいわよ! 調子に乗って……い、一回くらい私とせ、せ…………あ、あれしたからって、いい気にならないでくれる⁉」
「……え、“せ”がなんて?」
「っ! わ、わかるでしょ? 言わなくたって……」
「恥ずかしいのか? え、俺に言うのが? ただの言葉なのに?」
俺が煽ると、眞白は屈辱そうにギュッと拳を握りしめた。
「は、恥ずかしいわけないでしょ? それも兼助ごときに……」
「へぇ、じゃあ――“せ”がなんて?」
「くっ……!」
一気に紅茶を飲み干すと、眞白は顔を真っ赤にして言った。
「せ……せ……せ…………セックスよ!!!!」
・・・。
「無視してんじゃ……ないわよ!!」
「ぐへぇっ!」
眞白が身を乗り出し、俺の首を絞めてくる。
眞白もちゃんと、俺とセックスした自覚あったのか……じゃなくて。
「おい眞白! 落ち着け死ぬ死ぬ!」
「死になさい……私にここまで恥をかかせたこと、地獄で土下座しながら後悔しなさい!!」
「ごめんって! ほんとごめんって!」
――閑話休題。
「はぁ……はぁ……はぁ……三途の川見えた……」
「フンっ」
眞白が腕を組み、不機嫌そうにそっぽを向く。
「兼助のくせに調子乗って……気持ち悪い。キモいと省略することすらもったいないほど気持ち悪いわ。あと、気持ち悪い」
「最後のいらないだろ……」
「……フンっ」
鼻を鳴らす眞白を見て、またしても笑えてきてしまった。
「っ⁉ また笑って……おかしいのは元からだけれど、酸欠でもっとおかしくなったの⁉」
「ごめんごめん。なんか懐かしい気がして」
「はぁ? 懐かしい? 意味が分からないのだけれど……」
「懐かしいも変だけど、昔からずっとこんな感じだったなって、俺たち」
眞白が困惑の色を深める。
俺は言葉を探しながら続けた。
「いや、よくわかんないんだけどさ。昔から俺、眞白に振り回されてたなっていうか、怒られてたなっていうか……ほんっとわがままだよな、昔から」
「爽やかな入り口で中身は私に対する悪口じゃない……というか、さっきは兼助が私に……」
「いや、俺は事実を述べただけだ。実際、最近の眞白は振り回すどころか俺を下っ端扱いしてるし。まだ幼なじみの方が格的には上だった」
「ベラベラと適当に……昔は私にはいはいついてくるだけだったから、まだマシだったのだけれど。ほんっと、よくない成長をしたわね」
「それを言うなら眞白だろ」
「そういうところよ」
やはり眞白とは、妙なところで波長が合っている。
幼なじみと言っても友達ではないし、知り合いほど遠くもない。
家族みたいなものだけど、もちろん家族とは言えないし、俺と眞白は表立って仲がいいとは言えない。
でも、初めて会った日からずっと近い距離で関わり続けているし、言葉を交わせば何かで、そしてどこかでつながっているのを感じる。
「変だよな、幼なじみって」
思わず呟くと、眞白は紅茶を一口飲んで頷いた。
「……そうね」
コト、とマグカップを置く音が響く。
「…………まぁ、その……俺と眞白、この感じでシちゃったわけなんだけど」
「ブハッ!!!」
「眞白⁉」
「なな何を急に言っているの⁉ 馬鹿なの⁉ 阿呆なの⁉ 幼なじみなの⁉」
「幼なじみは前のふたつと同列じゃないぞ⁉」
眞白が口元を拭き、バン! とテーブルを叩いた。
「というか、変なのは兼助でしょ⁉ 幼なじみという一括りで私も変にしないで! への字も私に触れさせないで! 兼助ひとりで爆発して!!」
「そうねって言ってなかったか⁉」
「へ、変なのよ兼助は! 変! へ……へ、変態!!」
「いやいや、それを言うなら眞白の方こそ……」
「なっ……わっ、私は変態じゃないわよ!!!」
「変の方な? 変態の方は言おうとしてなかったぞ? ……いや、でもあの状況であんなエロい顔してたわけだし……」
「っ……!! あ、ありえないから……最低よ!!!」
眞白の目力が一段と強くなる。
「兼助はさぞこないだの一件で私に一泡吹かせることが出来たって、自信満々にふんぞり返っているのかもしれないけれど……わ、私は知っているのよ!」
「何がだよ」
「け、兼助が……昔好きだった白浜さんの写真を、え、え、え……えっちな本に挟んでいることを!!! 今の時代に珍しく、アナログなところがより変態なのよ変態!!!」
「………………え、なんで知ってんの?」
なんで知ってんの?
「なんで知ってんの? なんで知ってんの、なんで知ってんの、なんで知ってんの、なんで知ってんの、なんで知ってんのそれぇ!」
冷や汗が止まらない。
そんな俺を見て、眞白が好戦的な目をし始めた。
「フフフフ……最近の兼助には教育が必要だと思っていたのよ。私に一丁前に強気に出て……わからせないといけないわね。自分の立場というものを……!」
「アァーッ!!」
眞白がリビングを飛び出し、俺の部屋がある二階へとかけ上がる。
「やめろ! やめろ眞白ぉ!!」
慌てて追いかけると、眞白は俺の部屋を荒らしていた。
「ここにあったはずよ……あれ? 場所を変えた? もしかしてまた……っ! へ、変態ね! やはり変態に間違いはない……変態男だわ!!」
「落ち着け眞白! 頼むから落ち着いてくれ!」
「兼助にはお仕置きが必要なのよ……臆病で意気地なしで甲斐性がないのが兼助の本質なのよ! それを思い出させてあげるわ……いや、一生忘れられないように刻み込んであげるわ! 二度と私に歯向かえないようにね!!」
「怖いって! なぁ眞白! なぁって――うわっ!」
眞白に手を伸ばそうとして、物につまずいて体勢を崩す。
その勢いのまま眞白の方に倒れ込み、激しい物音が部屋に響いた。
「いたたたた……」
「何してるのよ……」
少しして、眞白と目が合う。
「っ!!!」
俺が眞白を押し倒すような体勢。
そして、眞白の顔のすぐ横に――こないだ開けたコンドームの箱。
「「っ!!!!!!」」
あまりにドタバタな展開、状況に頭がパニックに陥る。
そんな状態で、最初に視界に飛び込んできたのが頬を赤く染め、妙に艶めかしい表情をしている眞白で。
Tシャツは豊満な胸のふくらみを強調し、魅惑的な甘い匂いがした。
そして、この状態があの日の、あの夜の記憶と結びつく。
「えっ、と……」
ここは男として、はっきり言おう。
むっちゃくちゃ、ムラっときた。
「な、何してんのよ……ど、どきなさいよ……」
さらに、強がろうとして強がりきれていない、どっちつかずの眞白の態度がより情欲を掻き立ててくる。
「…………」
――普通だったら。
こんなラッキースケベな展開が来れば、横やりが入っていいところで中断されるのがお決まりだ。
それも二回目。うん、ありえない。
「や、やっぱり欲情してるじゃない……信じられない。情けなくて意気地なしのくせに……ちょ、調子に乗っているだけの兼助のくせに……ど、どきなさいっ……け、けんす、け……」
と、言いながら動かない眞白。
ありえない。そうだありえない。ありえないんだって…………。
――翌朝。
鳥がチュンチュンと鳴いていた。
ベッドには、裸の男女が――ふたり。
つまり、いわゆる朝チュン。
「…………」
…………え、ヤった。




