第4話 下回ることってあるんだ
――朝。
「~♪」
廊下を上機嫌に闊歩する。
なぜなら昨日、口を開けば煽り小馬鹿にしてくる女王様な幼なじみ、眞白に対して攻めの手ごたえを得たから。
「(名誉挽回の大チャンス……!)」
なんて思いながら教室に入ろうとして、扉付近で女子生徒とぶつかりそうになった。
「あっ、すみま……」
「あっ、ごめんな……」
目が合い、すぐに認識する。
「なんだ眞白か」
「…………」
「な、なんだよそんな睨んで」
「…………別に」
眞白の俺を見る目がいつもより鋭い気がする。
いや、でも眞白は……。
「――というかそこ、早くどいてくれる? 兼助に私の行く手を阻む権利なんて今もそれから未来永劫ないはずなのだけれど」
目だけじゃなくて言葉もより鋭かった。
「わ、悪い」
「フンっ」
俺がどくと、眞白はつかつかと歩いていった。
……あ、あれ?
平常運転どころか、前よりキツくなってないか?
――ガコン。
自販機からジュースが落ちてくる。
それを取りながら、俺は今朝の違和感を胸の中で転がしていた。
おかしい。
こないだあれだけ眞白の牙城を崩したと思ったのに……。
「あ」
「……あ」
またしても、ちょうど自販機にやってきた眞白と目が合う。
その一瞬のほころびを俺は見逃さなかった。
「……何間抜けなツラして自販機漁ってるのよ」
「漁ってるんじゃなくて買ったんだよ」
「そう。買ったのに漁っているように見えてしまうのは、兼助がパッと見卑しいからね。可哀そうに。同情はしていないけれど」
「悪態をつくのが本当にお好きでお上手ですね……」
「好きじゃないわよ? だって兼助が相手だと悪態が否応なしに出てしまうだけだもの。不可抗力のいい例ね。みんなそうでしょ?」
「眞白以外いないからそんな人」
「……自己防衛で都合のいいように解釈してるのね。哀れだわ。もちろん、同情はしていないけれど」
「締めの一言が余計なんだよな……」
わざわざ言うところに謎の美学を感じるけど。
「で、早くどいてくれる? 私の邪魔をすることが随分と好きみたいだけれど、そんなことで構ったりなんかしてあげないから。というか邪魔。すごく邪魔」
眞白が俺を押しのけようとしてくる。
いつもの俺だったら、今朝のように言うことを聞いていただろう。
――しかし。
「だ、だからどきなさいよ」
「いや、どかない」
「は、はぁ?」
困惑する眞白に対し、俺は自信満々に言い放った。
「強がってるのがバレバレだな、眞白」
「っ⁉」
眞白が後ずさりする。
ここからは俺のターン。
「そうやって前みたいに強気に出れば、俺に屈した事実ごと俺を丸め込めるとでも思ってるんだろうけど……その考え、めちゃくちゃ甘いぞ」
「な、何を言っているの? さっぱり意味が分からないのだけれど」
「今までとは状況が違うんだよ。眞白は俺を舐めすぎだ」
「違うって……と、というか、兼助は舐められて当然の人間でしょ? だって……」
「だって、なんだ?」
「っ!!!」
顔をグッと近づけると、眞白が慌ててふいっとそっぽを向いた。
間違いない。
眞白を女王とした城はもう崩れかけている。
「昔から眞白って、変に強がるところあるよな。小動物の威嚇みたいだ」
「は、はぁ? 強がってはいないのだけれど?」
「いーや、強がってるね。それもだいぶ」
「だっ……!」
「そんなに俺の上にいたいのか? 今更? あれだけの醜態をさらしておいて?」
「しゅ、醜態って……そ、それを言うなら兼助が……」
「俺がなんだって?」
「っ!! う、うるさいわね……」
「眞白ってすぐうるさいとか言うよな、直した方がいいぞ? その口癖」
「はぁ⁉ 調子に乗らないでくれる⁉ 意気地なしのく……」
眞白が言いかけて固まる。
もう眞白の常套句は使えない。
だって――
「意気地なしじゃないのはもう知ってるだろ?」
「っ!!!!!!」
なんだろう。
普段眞白に言われっぱなしだったせいか、全く柄じゃないオラオラ系が楽しくて仕方がない。特に、あの眞白が相手だと。
「そっ、それは……し、知らないというか、覚えていないというか、覚えるに値しないというか……第一、兼助のために割くリソースは私の中にないというか、自意識過剰もそこらへんにしてほしいというか……」
「とか言いながら、めちゃくちゃ俺を意識してたから強がってるんだろ? いつにも増して」
「だ、だから強がってないって言っているでしょ⁉」
「あ、今も強がってる」
「なっ……!」
「眞白のプライド的に許せないんだろうな。俺に負けたって思うのが」
「っ! べ、別にそんなんじゃ……」
俺は思わず笑みをこぼし、煽るように言い放った。
「案外、眞白も可愛らしいところあるんだな」
「っ!!!!!!!!!!!!」
眞白が頬を真っ赤に染め、虚勢を張るように腕を組む。
口先を尖らせ、目をぐるぐると回しながら言った。
「……か、可愛くなんて…………な、ない、から…………さいあく、よ……もう……」
それから。
ふたりして買ったジュースを手のひらで転がしながら教室に向かう。
「…………」
「…………」
その間、俺たちに会話はなく微妙に気まずい雰囲気が流れていた。
主な原因はもちろん、どこか拗ねた様子で黙り込む眞白である。
気まずさに堪えかねて、さすがに何か話そうと思ったそのとき。
「あっれ~、ましろんと北っちじゃ~ん。めっずら~すぃ~」
前から長谷がヘラヘラとやってきた。
「こんなとこで何して……ん?」
長谷が俺と眞白を交互に見る。
眞白は慌てて我に返り、
「や、八江子こそこんなところで何をしているの? もうすぐ授業が始まるのに……」
「……あのさ、もしかしてなんだけど~」
長谷がいたずらっ子の笑みを浮かべる。
直感的にマズいと思った。
長谷はやけに鋭いところがあるし、俺と眞白のこともよく知っている。
だから、あのことを悟られるんじゃないかと思ったのだ。
つまり、あのこととは――俺と眞白が一線を越えてしまったということ。
「は、長谷。そういや……」
それに気づいて話題をそらそうとするも、時すでに遅し。
長谷はニヤリと笑ったまま、俺たちを見て言った。
「おふたりさん、ちゅーとかしちゃったんじゃない?」
「「…………え?」」
ちゅ、ちゅー?
「あ~、その反応はやっぱしちゃったんだ~。ほら、アニメとかでよくあるじゃん? 幼なじみと事故で……みたいな、お決まりの。そんなカンジすんだよね~今のおふたり。雰囲気的にさ~。で、どう? あたりっしょ~?」
・・・。
「そ、そんなわけないだろ?」
「そうよ。事故でも兼助とち……なんてしたら、気まずいなんて騒ぎじゃないわ。今すぐ唇を削いだ方がマシよ」
「え?」
「……え?」
「いや、なんていうか……」
「っ! け、兼助? 何を言おうとしているの?」
「……別に?」
「その顔が言葉以上に何かを物語っているでしょ⁉ 慎みなさい! ほんと……えっと……ば、馬鹿なの⁉」
「そうだな、俺は馬鹿だな。大馬鹿野郎だな」
「やめさないよその反応! 調子に乗って……あ、ありえない……から……」
眞白が俯いたところで、ふたり同時に我に返る。
目の前では、ニマニマと俺たちを見ている長谷がいて……。
「やっぱ、ちゅーしたんだ?」
「してないわよ!!」
いや、実際にはした。
というか……普通にそれ以上。
「え~、でもなんかさ~」
「や、八江子! ほら行くわよ! もう授業始まるから」
「え~ん、もうちょっと話したいのに~」
長谷の腕を掴み、眞白が前を歩いていく。
さすがの長谷も想像できなかったみたいだ。
というか普通、想像できるわけがない。
幼なじみというだけで、そこまで仲良くない俺と眞白が……なんて。
「あ、ハグだ。それか胸触られたとか? はたまたパンチラか~?」
「ハウス八江子!」
「にゃんにゃん~」
「鳴くならワンよ!」
「わお~ん」
こういうのって、事実を下回ることあるんだな……。
▽ ▽ ▽
それから。
また眞白は俺を意識的に避けるようになった。
どうやら俺に強気に出られるのは、本当に嫌らしい。
前はこっちが来るなと言っても俺の家で勝手にくつろいでいたのに、あれ以来敷居をまたぎすらしなくなったし……。
――ピンポーン。
「ん? はいはーい」
扉を開けると、そこには――
「鈍いわね……三秒で出なさいよ」
仏頂面の幼なじみが、鍋を持って立っていた。
「……眞白、鍋似合わないな」
「どんな悪口よ!!」
眞白、あれ以来初の現場訪問――
――二時間後。
散らかった部屋。
俺は眞白を押し倒していて、眞白の真っ赤な顔の横には開いたコンドームの箱。
「な、何してんのよ……ど、どきなさいよ……」
……いくらラブコメのお約束とはいえ。
ど、どうしてこうなった……。




