第3話 デレへの入り口に立つ
「ありゃしたー」
結局、コンビニで何も買わずに出てきてしまった俺と眞白。
「…………」
「…………」
店の前で立ち止まり、そして――
「っ!!!!!!」
「眞白⁉」
眞白が急に走り始める。
しかし、眞白は足があまり速くないため簡単に追いつき、腕を掴んだ。
「おい、眞白!」
「っ⁉ な、何一丁前に私の腕を触っているのよ! 離しなさい! 離さないと正当防衛を大きく逸脱した威力で殴るわよ!!」
「そう言いながら蹴ってるのはなんだ⁉ 今の無意味な事前警告はなんだ⁉」
「このっ! 兼助! ヘタレ! へっぽこ! へ……ヘタレ!」
「今日日聞かない罵倒の語彙だな!」
混乱しているのか、眞白の罵倒の語彙が明らかに弱い。
それに精一杯振りほどこうとしているのだろうが、力が弱すぎて抵抗になっていなかった。
眞白って暴言の攻撃力は高いけど、実際の攻撃力は一般的な女子高校生のそれ以下だし。
「いいから落ち着け!」
眞白を強引に引き寄せる。
「っ⁉」
眞白はいとも簡単に俺の体にぽすっとおさまった。
「なななにしてんのよ……わ、私を引き留めるなん、て……!」
「眞白が急に逃げるからだろ? それに最近、明らかに俺のこと避けてるし」
「そ、それは兼助が……と、というか別に避けてないし……兼助のことなんて、ど……どうでもいい……もの……ふ、フンっ。…………というか近い、から」
「あ。わ、悪い」
眞白が俺から距離を取る。
やはりだいぶ怒っているみたいだ。
「なぁ眞白。一回ちゃんと話さないか? このままっていうのもなんか……嫌、だし」
「……兼助と話すことなんて何もないわ。むしろ、話すことで失われる私の時間とエネルギーがもったいないもの。というかそもそも、兼助と話すのは退屈極まりなくてつまらないし。あとつまらない。そして、つまらない」
「つ、つまらない……」
最もストレートに傷つく言葉だな……ついでにみたいなノリで三回言われたし。
「た、頼むよ。ここ最近眞白に避けられて、色々考えたっていうか……やっぱり、眞白にちゃんと言わなきゃダメだよなって思ったし」
「し、知らないわよそんなの。第一、兼助ごときが色々考えたところで小二の作文にすら敵わない国語力なのよ? 言葉にするだけ振動させられた空気の頑張り損だわ。空気に同情しちゃうわね。空気可哀そう」
「うぐっ……頼むよ!」
「っ! ……い、嫌よ。私、暇じゃないもの。帰ったらしなきゃいけないことだってあるし、兼助なんかに構ってられないわ」
「眞白!!」
俺が言うと、眞白はそっぽを向き腕を組みながら言った。
「だ、だから言っているでしょ? 兼助に構ってあげられるほど私も暇じゃないの。兼助と話すことに何の価値も感じないし……もう、帰るから」
近所の公園。
「…………」
「…………」
古びたベンチに並んで座った俺と眞白。
まさか、眞白が来てくれるなんて思わなかった。
これまでの眞白だったら絶対に俺のお願いなんて聞いてくれなかったのに……。
「で、何? 私に話したい事って。手短に済ませてくれる?」
眞白が鋭い目つきで俺に促す。
「あ、あぁ。まぁ、その……なんだ? こないだのことなんだけど……」
「っ⁉ ま、まさか兼助、調子に乗って次はこ、こ、こ……でなんて……!!」
「え?」
「…………こほん。な、なんでもないわ。続けて」
よくわからないけど、お言葉に甘えて。
「なんていうか、あのときは眞白に煽られたのがカチンと来て……まぁその前から散々言われてたし……意気地なしとか、甲斐性ないとか、色々」
「……で?」
「それでこう、売り言葉に買い言葉というか、『そんなに言ってくるなら』って感じで眞白を押し倒して、そのまま……」
「……で?」
「最後までするつもりはなかったんだよ。いくら感情的になってたとはいえ、ほんとに……でも、眞白に煽られ続けて、俺も止まれなくなって……」
「っ! …………で? 何? 結局何が言いたいわけ?」
「だから、その……」
俺は眞白をまっすぐ見て、言った。
「ごめん! 俺が悪かった!!」
眞白に頭を下げる。
驚いたように目を見開き、眞白はすぐにそっぽを向いた。
「べ、別に。そこまで謝られると逆に困るのだけれど」
「そ、そうか?」
「そうよ。それに……兼助が考えているほど怒っていないというか、私の方こそ……」
「え?」
「い、いやっ! 怒ってるわよ! 怒ってるに決まってるじゃない! 無茶苦茶怒ってるわ! 怒ってる! 怒ってるから!!」
「わかったわかった! 怒ってるのはめちゃくちゃ分かったから!」
怒り方が不自然な気がしたが……気のせいってことにしておこう。うん、今はそれがいい。
「でも、そりゃ怒るよな。いくらあんな状況だったとはいえ、眞白もはじめてだったわけだし……」
「――は?」
「……え?」
「な、何私がはじめてだって勝手に決めつけているのよ」
「いや、だって反応的に……」
「はぁ⁉ は、反応が何だって言うのよ!」
「いや、慣れてなさそうだったというか、そもそもいつも強がっておいて、実際のところ男に免疫あるタイプじゃないし……」
「っ! ば、馬鹿にしないでくれる⁉ 兼助が私を馬鹿にするなんてあ、ありえないわよ! 立場は私が上! 圧倒的に上! わかっているの⁉」
「わかってますわかってます!」
「くっ……!」
眞白が涙目で俺を睨んでくる。
「じゃ、じゃあはじめてじゃなかったのか?」
「っ! そ、それは……はじめてに相応しい相手がいなかったというか、そもそも私に釣り合うような人がいないのが原因というか、要因というか……私個人の問題ではなく、相手の問題、ひいては世界の問題というか……」
「? じゃあはじめてで合ってるのか?」
「っ!!! そ、それは……」
俺から視線をそらし、横目でちらりと見ながら言った。
「わ、悪い……?」
そう言う眞白の頬は熱を帯びたように赤くなっていた。
「いや、悪くない。全然悪くない、けど」
「ふ、フンっ。相変わらずつまらない返答ね」
「貶すことに隙が無いな……」
その点は本当に変わらない。
「そ、そういう兼助は、その……」
「なんだ?」
「……いや、なんでもな……くはないけれど、でも……きになっ……いや……でも……」
「なんだよ」
「ちょ、ちょっと急かさないでくれる?」
「聞きたいことがあるなら聞けばいいだろ?」
「は、はぁ? 兼助のくせに生意気ね。意気地なしのく……」
「く?」
「……な、なんでもないわ!」
「いや、聞きたいことがあるなら言ってくれ。ちゃんと答えるから」
「っ! う、うるさいわね……」
「うるさい? 別にうるさくはないだろ」
「う、うるさいわよ! しつこく聞いてきて……」
「それは眞白が柄にもなく言いよどんでるからで、別に今更俺に聞きづらいことなんて……」
「わ、わかったわよ! 聞けばいいんでしょ聞けば!」
「……なんでキレてるんだ?」
「うるさいわねほんと! じゃあ聞くけれどね!」
眞白が立ち上がり、俺を見降ろす。
「け、兼助! けん、すけ……兼助!!」
拳をぎゅっと握り、力強く言い放つ――かと思いきや。
崩れた女王様フェイスで、しおらしく言うのだった。
「け、兼助は…………はじめてじゃないの?」
「…………え?」
「だ、だってやけに慣れてた感じだったし、それに……へ、部屋にゴムあったし……」
「ゴム?」
「…………こ、コンドーム……よ……言わせないでよ……」
そうか。
だからコンビニであんなにコンドームを見てたのか。
「シたことあるんでしょ……? 私のとなりの家で、兼助にやすやすと抱かれるような、馬鹿な女を連れ込んで……」
「馬鹿な女って……」
じゃあ眞白はどうなんだよ、と聞きかけてやめた。
絶対に逆鱗に触れるだろうから。
「ど、どうなのよ。言いなさいよ……ばかけんすけ」
眞白に言われ、思わず……。
「ぷっ。あははははっ!」
「はぁ⁉ な、何笑ってるのよ!」
「いや、そんなこと気になってたんだなって思って」
「っ! べ、別に気になっては……」
「気になってたんだろ? わざわざ俺に聞くってことは?」
「そっそんなこと……!」
「コンビニでも見てたし」
「っ……!!! …………べ、べつに……し、知らないし……」
どんどん眞白が弱っていく。
口を開けば俺を小馬鹿にしていたあの眞白が、しおらしくなっていく。
やっぱりだ。
眞白のやつ……。
「……ど、どうなのよ」
眞白がちらりと俺を見てくる。
別に引っ張る話でもないため、さらりと言った。
「はじめてだよ、こないだが」
「……ふ、ふーん。そう。……だ、だと思ったわ」
「それは今更無理があるだろ」
「っ! ほ、ほんとに思ってたのよ! 兼助の割には私を押し倒す度胸があのときはあったみたいだけれど? 終始ガチガチで……き、緊張しっぱなしだったし? それにふ、普通に下手くそだったわ! 結局独りよがりで、これっぽっちも……」
「終始ガチガチだったのは眞白の方だろ?」
「っ!! そ、そんなこと……」
「それに下手くそって、あんなエロい顔しといて?」
「あんなえっ……な、何を言ってるのかさっぱり……な、なのだけれど……」
「されるがままのわりに途中から受け入れる感じ出してたし、声とか体の反応とか表情的にも眞白、結構感じて……」
「っ!!!!!!!!」
眞白の顔が塗ったように真っ赤になる。
「わた……しは……わたし……は……っ……!!!」
そして眞白は――また走り出した。
「わぁあああああああああああっ!!!!」
「また⁉」
ひとり、ベンチに取り残される。
「なんなんだよ……」
やはり、今日の眞白は様子がおかしかった。
これまでの眞白とは違う、言うなれば――崩壊の予感。
「ハッ! もしかして……形勢が逆転した?」
俺を下っ端のように扱い、煽り、小馬鹿にしていた女王様の眞白が、俺が強気に出れば揺らぎ、そしてしおらしくなった。
間違いない。俺の勘違いじゃない。これは……。
「か、革命だ……」
――この日、革命が起きたことを俺は自覚した。
さらに、あの眞白が俺の出方によっては弱弱しく、しおらしくなるという手ごたえをこの手に掴んだのだった。
――そして。
このときの俺は少しも予想していなかった。
手ごたえを掴んだことで、あの眞白が、俺を散々煽っていた眞白が……。
「……兼助、あなたの生涯全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部、全部私に捧げなさい。私のためだけに生きて、私だけを見続けて、私だけを愛しなさい。その代わり――私のすべてを兼助だけにあげるから。拒否権はないわ。断れば今、ここで一緒に死ぬだけだもの。いいわよね? 誓ってくれるわよね? ――兼助?」
紆余曲折を経て、しおらしさを通り越して、俺のせいでおかしくなってしまうということを。




