第2話 乱れて戸惑う女王様
乱れたシーツ、散らばった枕。
箱ティッシュは定位置になく、ゴミ箱には使用済みのティッシュとゴムが捨てられていた。
床には着ていた服が生々しく散乱し、その中には白いキャミソールと女性用下着もあった。
「…………」
「…………」
同じベッド、同じ布団。
その中に、乱れてもなお艶やかな黒髪ロングの、そして全裸の――幼なじみ。
……あ、そうだ。俺、眞白とヤったんだ。
「っ……!! な、何見てるの……よ……」
眞白が布団を手繰り寄せ、ぬけるように白い肌を隠す。
「い、いや……別に……」
「だから見ないでって言って……る、でしょ……」
言葉はしりすぼみになり、眞白の顔はどんどん赤くなっていった。
「…………」
「…………」
沈黙が流れ、否応なしに思い出してしまう。
昨晩の眞白との行為を。
「さ、最悪……ほんとに最悪……最低最悪最低最悪最低……さい、あく……っ!」
「ま、眞白?」
「!!! きゅ、急に話しかけないでくれる⁉」
「急だったか?」
「急よ! 急、なんだから…………」
眞白が布団に顔を埋める。
強気で女王様気取りだった幼なじみが、確実に弱っていた。
『だ、だめっ……んぁっ……け、兼助……』
その姿が昨晩の姿と重なり、鼓動が速くなる。
「これだから兼助はつまらないし臆病だし、意気地なしだし甲斐性もな……」
眞白が言いかけてやめ、ばふんと顔を真っ赤にした。
「な、な、な……いし、きっと将来お先真っ暗だし、私と肩を並べる日なんてありえ……ない下っ端ナヨ助野郎だし……だ、し……!」
「下っ端ナヨ助野郎って……」
「口を挟まないでくれる⁉ 兼助のく……く……く……っ! こっち見ないでって言ってるでしょ⁉」
「お前は何に怒りたいんだよ!」
もうめちゃくちゃだ。
……そりゃ、めちゃくちゃだ。
また眞白は布団に顔を押し当て、絞り出すように呟くのだった。
「……うぅ…………何なのよ…………」
それから。
自分の家に帰った眞白とは別々に登校した。
今朝はさすがに動揺した様子だったが、学校では至っていつも通り。
高嶺の花と呼ばれるにふさわしい美少女オーラを振りまいている。
「…………! …………」
とはいえ、チラチラと俺を見ている気はするけど。
そして、かくいう俺はというと不思議と落ち着いていた。
もっと昨晩の過ちを後悔するとか、逆に余韻に浸るとかそういう忙しなさがあると思っていた。
でも……なんだろう。
そりゃ思い出したらドキドキするけど……。
「(そうか。俺……)」
目を閉じて、心の中で言った。
「(大賢者、なんだな)」
世界が違って見える、気がする。
もう俺は子供じゃない。大人になったのだ。
息子と共に、大人の階段を上ったのだ。
しかもあの、俺を散々煽っては小馬鹿にしてきた、強気な幼なじみと……。
「え、何どしたん悟り開いたみたいな顔して」
「うおぉおっ長谷か。お、おはよう……いや、ごきげんよう」
「やっぱ悟り開いてんじゃん」
「母なる大地に感謝を」
「祈り捧げてんじゃん」
長谷が机に鞄を置き、じーっと俺を見てくる。
「…………」
「……な、なんだよ」
「…………朝からヌイてきた?」
「「ブハッ!!!!!」」
思わず吹き出してしまった。
しかも何故か、遠くでクラスメイトたちと話していた眞白も同時に。
「んんっ…………んっんんっんっ」
「上黒川さん、急にどしたの?」
「い、いえ。なんでもないわ」
眞白がすぐに俺から視線を逸らす。
長谷は眞白と俺を交互に見て、
「……おかずはましろんか」
「違うわ!!!」
おかずじゃない、主食だ。じゃねぇわ。
それからも、眞白は何事もなかったかのように平然と過ごしていた。
ただ、やはり時折眞白から視線を感じることがあり……。
それは休み時間、廊下ですれ違った時、授業でプリントを後ろに回した時、板書して席に戻る途中など、度々目が合うもすぐにそらされた。
間違いなく、眞白は俺のことを気にしていた。
その結果――
「何なの? そんなに私のことをチラチラ見て、欲情でもしているの? 学校で? ありえないのだけれど」
校舎裏で壁際に追い込まれ、眞白に威圧されていた。
傍から見ればカツアゲ現場にしか見えないだろう。
「いやいや、見てるのは眞白の方だろ?」
「は? 自分の変態さを私に押し付けるなんてついにどうかしちゃったの? ここまで舐め腐った中身、もとい魂だと転生しても救いようがないと思うのだけれど」
「なんで将来の選択肢に転生が当然のように入ってるんだよ」
「もし私が兼助なら、迷わず転生を狙うからに決まっているじゃない。これが兼助に足りない他者への想像力よ。義務教育で取りこぼしたのね。可哀そうに。同情はしていないけれど」
「めちゃくちゃ言うな……」
昨晩、そして今朝の乱れがどこにもない。
女王様上黒川眞白、完全復活である。
「とにかく、これ以上私のことを見ないで。発情しないで。気持ち悪い。近寄りもしないで。私が吐いた微量の酸素で呼吸することもしないで。やめて息絶えて」
「完全に死の宣告なんだよな……」
いつもの俺なら、女王様モードの眞白に頷くことしかできなかった。
……でも、なんでだろう。
全然怖くないし、眞白が俺の上にいる気がしない。
「わかったなら尻尾を振ってハウスしなさい。それから――」
「威勢よく頑張ってるのが見え見えだな、眞白」
「っ⁉⁉⁉」
形勢逆転。
今度は俺が眞白を壁際に追い込む。
「な、何してるのよ!」
「キャンキャン吠えて、威嚇のつもりか?」
「ほ、吠えてなんかないわよ! 大体兼助が……!」
「やっぱり、犬なのは眞白の方だな」
「いぬっ……は、はぁ⁉ よくも私にそんな……!」
「もう忘れたのか? 昨日の夜、ベッドの上で俺に屈服したことを」
「っ!!!!」
眞白の顔が一瞬にして真っ赤になる。
「なななに言って……!」
「意気地なしとか度胸がないとか散々言ってたけど、全部間違いだってわかっただろ? 眞白の、その身をもって」
「っ! べ、別に私は……兼助に屈してなんかないし、な、何も……」
「へぇ? 『もう無理って』あんなエロい顔でお願いしてきたのに?」
「っ!!!」
眞白が俺から目をそらす。
「つ、付き合ってあげただけに決まってるでしょ? 可哀そうな幼なじみが……ど、どうしようもない欲求を……持て余し……て……」
「持て余してたのはどっちなんだろうな、眞白?」
「っ!!!!!!」
眞白が力いっぱい、俺を突き放そうとする。
しかし、力が弱すぎてふらつきすらしない。
「はっ、離れなさいよ! け、兼助のくせに……!」
「なんだよそっぽ向いて。いつも睨んでくるくせに」
「み、見ると目が汚れるからよ! ど、どいて!」
「そう言うわりには力弱いけどな?」
「っ! ちょ、調子に……こ、これ以上……は……!」
どんどん弱弱しくなり、ツンとした顔がやわらかくなっていった――そんなときだった。
「あっ……ちょっ、ちょっと、こんなとこでだめだって……」
聞こえてくる、艶めかしい声。
声のする方を見ると、物陰で密着している男女がいた。
「いいじゃん。由美子もそういう気分なんでしょ?」
「やんっ。だめだってぇ~」
ダメと言いながらも、女子生徒が男子生徒の首に腕を回す。
やがて唇を重ねると、そのまま舌を絡ませて……。
「「っ…………!!!!!」」
生々しい光景を見て、強烈に昨日のことがフラッシュバックする。
柔らかい唇の感触と、混ざり溶け合うことの多幸感。
俺たちだって、昨晩はあんな風に……。
「…………」
「…………」
目を合わせる、顔を真っ赤にした俺と眞白。
「っ! ど、どいて……」
眞白が俺の体を押しのけようとして、不意に指先が触れ合い、
「んぁっ……」
眞白の甘い吐息が漏れた。
自分で自分に驚き、口を押えてあたふたする眞白。
それは昨晩の湿度が高くて生々しくて、あまりに官能的な雰囲気を取り戻すには十分すぎるもので。
ゴクリと唾を飲み込む。
再び見つめ合う、俺と眞白。
そして……。
「…………わ」
「……わ?」
「わぁああああああああっ!!!!」
「眞白⁉」
眞白が叫び、走って逃げて行った。
▽ ▽ ▽
それから。
眞白は俺を分かりやすく避けるようになった。
朝、同じタイミングで家を出ようものなら走って先に行くし、もちろん俺の家にも来ない。
学校でも不自然なくらいに話さないし、目も合わそうとしなかった。
そんな日々が続き、さすがに俺もやりすぎたんじゃないかと反省していた、そんなある日のこと。
夜ご飯を食べたあと、なんとなくアイスが食べたくなって近所のコンビニに入った。
するとそこに、見慣れた姿があった。
「…………あ」
眞白がキョロキョロと店内を歩いていた。
こんな時間にコンビニにいるなんて珍しいなと思っていると、眞白はとあるコーナーで立ち止まり、じーっと凝視する。
何をそんなに見ているのか気になって近づいてみると……。
「え?」
「…………へっ?」
思わず声が出てしまい、眞白とばっちり目が合った。
「けけけけけけ兼助⁉ な、なんでここに……」
「いや、それはこっちのセリフというか……ってか」
っていうか。
「なんでそんな凝視してるんだよ……コンドームを」
「っ!!! こ、これはっ……ちがっ……け、兼助っ……!!!」




