第1話 幼なじみと朝チュン
――朝。
「いってきまーす」
「いってきます」
家を出てすぐに立ち止まり、となりを見る。
なぜなら、この感覚を昔から何度も感じたことがあるからで、
「「……あ」」
となりの家から出てきた彼女と、偶然目が合った。
「……何? もしかして朝から私に見惚れているの?」
「見惚れるほど新顔じゃないだろ」
「だから聞いたのよ」
フンっと不機嫌そうに目をそらす彼女。
――上黒川眞白。
黒髪ロングに黒タイツ、色白美白のクールビューティー。
切れ長の目とツンとした表情が特徴的で他を寄せ付けないオーラを放っており、“高嶺の花”と呼ばれるにふさわしい正真正銘の美少女だ。
眞白と並んで歩き始める。
一緒に登校する約束はしていないが向かう先、高校は同じだから。
「ちょっと近いのだけれど。離れてくれる? 最低でも十メートルは」
「不可能な距離を提示して楽しいか?」
「楽しいわよ? もはや兼助を楽しむ方法なんてこれくらいしかないんだから」
「それは楽しむ側の引き出しの少なさに問題があると思うんだけど」
「十何年も私のとなりをほっつき歩いて、その程度しか引き出せていない凡庸な兼助の問題よ。自覚して反省して転生しなさい」
「嬉しいだろうな、ドMなら」
残念ながら、俺に偏った癖はない。
不満げにしていると、眞白がため息をついた。
「私に何か言われるのが癪なら、自分磨きを頑張ることね。その意気地なしで臆病な性格とか、その他諸々……まぁ全部? 大変ね。頑張って? 応援はしていないけれど」
「言う必要ないことばっかだな……」
ほんと、いつからこんな嫌な奴になったんだか……。
昔はただのわがまま少女って感じで、まだ可愛げがあったのに。
遠くから「眞白~!」と呼ぶ声が聞こえてくる。
そこには同じクラスの女子が数人いて、眞白は手を振り返した。
「よかったわね。憂鬱な月曜日に私と少しだけでも登校できて。兼助のくせに」
「そりゃどうも」
投げやりに言うと、眞白は「フンっ」と鼻を鳴らしさっさとクラスの女子たちと合流した。
「おはよ~眞白」
「北くんと一緒なんて珍しくない?」
「幼なじみなんだっけ?」
「そうね。誠に遺憾ながら」
余計な一言を……。
「あ、もしかして付き合ってるとか?」
昔から度々言われてきた言葉に、眞白がぷっと笑った。
「そんなわけないでしょ? 兼助はよく言って下っ端。恋人みたいな対等の関係なんて――ありえないもの」
「へーそうなんだ」
「いっつも仲いいのか悪いのかわかんない距離感だもんね」
「そんなものよ、現実の幼なじみなんて」
眞白とクラスの女子たちが、どんどん先へ歩いていく。
俺はぼんやりとその背中を眺めながら思うのだった。
「……はぁ、ほんと」
今日も今日とて俺の幼なじみは強気で、まるで女王様のような振る舞いである。
二年D組、朝の教室。
騒がしい中、俺は自席で小テストの勉強をしていた。
同じクラスの眞白はというと、眞白の席を中心に集団で楽しそうに話していた。
横目でなんとなく見ていると、となりの机にドサッと鞄が置かれる。
「そんなにましろん見てどしたん~? 話聞こか~?」
「する話ないから」
「うっはー今日も北っちするどー」
ヘラヘラと笑う女子生徒。
――長谷八江子。
ゆるふわ金髪が特徴的な派手な見た目のちょいギャル。
何を考えているのかわからない、掴みどころのない性格だがクラスの人気者であり、眞白の数少ない友人のうちの一人だ。
「ま、男の子なら見ちゃうよねー。おべっかなしで、学校で一番可愛いし? スタイルも抜群で男の子から大人気なのに、告白はきっぱり断るSっ気とガードの硬さがあって『リアル高嶺の花!』ってカンジだし~?」
「なんで説明口調?」
「そーゆーの、男心をくすぐっちゃうんでしょ~?」
「……まぁ、そうだな」
「へー、素直に認めるんだ。もしかして北っち……ましろん好きなん?」
「そんなわけないだろ? 十何年も一緒にいんだし、最近は下っ端扱いで馬鹿にされてばっかだし」
長谷が「ふーん」と俺を見て、さらりと言った。
「でもムラっとはくるっしょ?」
長谷の言葉に思わず吹き出してしまう。
「なな何言ってんだお前は!」
「えーくるっしょー?」
「来ねぇよ!」
「……つよがりさん?」
「強がってもない!」
ほんとだよ? ほ、ほんとだし。
「やこー」
眞白のいる集団のうちの一人が長谷を手招きする。
長谷はのろのろと教科書を机にしまうと、「はいはーい」と集団に混ざっていった。
「八江子、兼助と何を話していたの? というか、兼助と話すことある? ないわよね? うん、言うまでもなくないわ」
「うっはー今日のましろんするっどー」
「何よそのうっはーって」
楽しそうに話す眞白と長谷をちらりと見て、窓の外に視線を移した。
「(……やっぱ最近の眞白、俺のこと小馬鹿にしすぎじゃね?)」
うん、ちょっとムカっとします。
……長谷の言う通りムラっとも、ぶっちゃけたまにします。
ここだけの話だけど。
――夜。
夕飯を食べ終え、気分的にもゆっくりしたい時間。
リビングでテレビでも見ようかと思っていたのだが……。
「チャンネル勝手に変えないでくれる? 私が見てるんだから」
眞白がソファーとチャンネル操作権を独占し、我が物顔でくつろいでいた。
「なんでまた俺の家にいるんだよ。眞白の家はとなりだろ?」
「そうね。不服ながら」
また余計な一言を……。
「あのな……」
「くつろぐにはちょうどいいのよ。兼助以外いないし、広いし静かだしお菓子もあるし」
「ウチはフリースペースじゃない」
「おばさんたちには許可もらってるから。以上」
「勝手に話を眞白の勝利で終わらせるなよ……」
こうして、眞白が俺の家に来てくつろぐことがたまにある。
俺の両親は海外出張が多いため基本家を空けており、ほぼ俺の一人暮らし。
眞白にとって俺はいないも同然だろうから、我が家は心置きなく羽を伸ばせるのだろう。
「…………」
とはいえ、俺も健全な男子高校生だ。
いくら俺と眞白の関係が冷めていて、さらに上下関係がはっきりしているとはいえ。
ダボっとしたTシャツにショートパンツという刺激の強い格好をしていて、たまにちらりと下着やお腹が見えれば当然ムラっとするわけで。
女王様気取りでムカつくけど、美少女なのは間違いないし……ぶっちゃけかなりエロいわけで。
「……眞白」
「何よ」
「さすがにその格好はどうなんだ?」
「その格好?」
眞白が自分の体を見やる。
「……何? もしかして兼助、私に欲情しているの?」
「いやっ、欲情はしてない、けど……危ないだろ、普通に。いくら幼なじみとはいえ、年頃の男がいる前でそんな……もう小学生じゃないんだし」
たどたどしくも言うと、返ってきたのは眞白の嘲笑だった。
「何を言っているの? 私が意気地なしの兼助なんかを意識して、わざわざ気を付けるわけがないじゃない」
「は、はぁ⁉ なんだよそれ!」
「そんなお行儀のいいことを言っても、兼助は私に何もできないでしょ? 女の子と手が触れるだけで顔を真っ赤にするような、話しかけることすら十分にできないような意気地なしなんだから」
「そ、そんなことは……」
「一丁前なことを言いたいのなら、兼助はもっと自分の弱さ臆病さ意気地のなさを受け入れるべきね。頑張って? 応援はしていないけれど」
「っ! 楽しいかそんなに俺を小馬鹿にして!」
俺が言うと、眞白がフッと笑みをこぼして言った。
「楽しいわよ? もはや兼助を楽しむ方法なんてこれくらいしかないんだから」
今日二度目の言葉がこのとき、何故か俺の頭を強く揺らした。
「……いいから、ちゃんとしろよ」
「まだ言っているの? ……はぁ。ほんと、兼助には呆れるわね。そんなこと言ったって――」
そして眞白は、心底俺を馬鹿にしたように言うのだった。
「どうせ押し倒す度胸もないくせに」
ここ最近、眞白に何度も何度も口癖のように言われてきた言葉。
言われた瞬間、俺の中でプツンと何かが切れた音がした。
「私に指一本触れる勇気すらないでしょ? 照れてしまうものね。可哀想に。同情はしていないけれど」
「…………」
「そういうことは私を押し倒せるくらいの度胸を身につけてから言いなさい。まぁ、兼助にそんな日は未来永劫訪れないと思うけれど」
「……あぁ、そうか。そうですか」
「わかったなら水持ってきてくれる? 喉乾いたから」
「いいよ、やってやるよ」
「そ、よろし――きゃっ」
眞白の肩をガッと掴む。
そしてそのまま、ソファに押し倒した。
デカい態度のわりに華奢な体だった。
「け、兼助? な、何をしているの?」
「……散々煽ってくれたな」
「は? 意味が分からないのだけれど……」
もうムカついた。
そんでもって――
ムラついた!!!
「兼助⁉」
眞白を抱き上げ、二階の部屋のベッドまで運びこむ。
眞白は混乱しているのか顔を真っ赤にして、固まっていた。
「…………へ?」
押し倒し、眞白の顔の横に両手を突いて覆いかぶさる。
もう逃げられない。ってか逃がしてたまるか!
「け、兼助……?」
眞白がうるっとした瞳で俺を見つめる。
頬は紅潮していて、艶っぽい表情がさらに俺を刺激した。
「意気地なしとか臆病とか、押し倒す度胸もないとか散々煽ってくれたな……ってかここ最近ずっと」
「お、怒っているの? 何をされても言われても怒らないところが、兼助の唯一マシなところだったのに……」
眞白の顔に、ガッと顔を近づける。
ビクン、と反応する眞白。
「な、何するつもりよ。まさか私に手を出す気?」
「押し倒すどころか今夜は寝かせない度胸があるからな、俺には」
「は、はぁ⁉ 正気⁉ そんなことして許されるとでも思って……」
「まさか眞白、散々煽っといて今更ビビってるなんてことないよな?」
「っ! ……そ、そんなわけないでしょ? 何とも思わないわよ……兼助ごときに」
くっ……そっちがそうくるなら。
「ひゃっ! け、兼助⁉ んぁっ……な、何耳触って……あっ、ちょっ……」
眞白の右頬から顔のラインに沿って手を滑り込ませる。
眞白の口から、熱を帯びた甘い吐息が漏れた。
それに合わせて眞白のツンとした顔も解けていく。
「なんだよその顔。照れてるのか?」
「て、照れてるわけないでしょ? 兼助なんかに……」
「へ、へぇ? だったら……」
ゴクリと唾を飲み込み、手を顔からゆっくりと下に滑らせていく。
眞白の体が再び、ビクンと反応した。
「っ⁉ け、兼助⁉ ど、どこ触って……!」
正直、熱いし恥ずかしいし、何が何だかわからない。
だけど、どこを触っても柔らかい眞白の体とか甘い匂いとかそもそもこの状況とか――全部全部、エロすぎてどうでもいい!
「ちょっ……やっ、やめっ……け、兼助……!」
「いざ押し倒されたら眞白は降参するんだな。散々煽って馬鹿にした俺に、呆気なく」
「っ!!!」
眞白が顔を真っ赤にしながら俺を睨んでくる。
「そ、そんなわけないでしょ? ……で、できるものならやってみなさいよ……この意気地なし」
「っ! ……あとで後悔しても知らないからな?」
「後悔するのは兼助の方よ。――どうせ、結局何もできないんだから」
その言葉が、最後だった。
「っ!!! そんなとこ……んっ、け、兼助……! あっ……ちょっ……」
眞白の女王様フェイスがボロボロと崩れ、初心な乙女が姿を現す。
もう耐えられない。このまま引き下がれない。
だから……俺は……!
「んぁっ……やっ……け、兼助っ……!!!」
眞白に対し、俺は今までにない力強さで言い放つのだった。
「――眞白、お前が言ったんだからな」
――翌朝。
鳥がチュンチュンと鳴いていた。
ベッドには、裸の男女が――ふたり。
つまり、いわゆる朝チュン。
「っ…………!!!!」
となりで全裸の眞白が顔を押さえていた。
耳は真っ赤で昨日の威勢など全くなくて、ただただ恥ずかしそうにしていた。
「っ! …………み、見ない……でよ…………」
眞白が俺の視線に気が付き、布団を深めに被る。
……あ、やった。
………………ヤった。
強気な幼なじみと…………ヤってしまった。




