VSオーク
ギルドで薬草が買える村の依頼を誰が受注するか、大規模な遠征討伐隊が組まれた。
僕はというとそれに実力不足で加われず、蚊帳の外でボーっと眺めていた。
何というか小学校の頃にサッカーで、どっちのチームに入れるかのチーム分けで売れ残っていたのを思い出して、ぐはぁと何故か一人勝手に心に傷を負っていた。
気を取り直して僕は参加は出来なくとも、組まれる討伐隊と予定日程で町の冒険者が減って、町で起きるだろう買取素材を含めた市場価格調査を抜け目なくせこせこ付け入らせてもらう。
例えばこれで、高騰している町の薬草を含めた医薬品の類の価格は下がる。
今、市場で薬草類を買うのはお勧めできない。買うなら値下がりした後だ。逆に森でちまちま集めている薬草採取はさっさと納品しないと、薬草の供給が安定したら途端に値下がりするだろう。
ブルーオーシャン、そして来たるレッドオーシャン。所謂経営戦略論だ。個人のしかも貧乏人レベルでは子供のおままごとレベルだが。
もう既に薬草市場価格は、この依頼を商人が目ざとく聞きつけて依頼を見越した価格調整に入っているかもしれない。
これから動く市場価格で何が売れるか、逆に何が値崩れするか。
それと僕が出来ることを結び付けると出来るのは、森での狩猟者である冒険者が少なくなるから、やはり今まで通りの肉類。それに町での医療を左右する大事な案件だから中堅帯以上の先鋭の人が依頼に当たるらしく、その中にはテッドやグレン先輩も含まれている。
つまりここで、中堅レベルで狩れる獲物を僕が持ってこれたら高めに買い取ってもらえることは想像に難くない。というか実際、物理的に買取の値札の数値が上がっているから想像でもなく現実だ。
そう言うわけで町で大規模クエストが発注されて討伐隊が出発したのを見送り、一方僕は全く関係のない所存であるがいつもの森で久しぶりの戦闘らしい戦闘を繰り広げていた。
やはり仕掛けた新型の罠が気になるもので、当然オーク用の罠を巡っていた。
そしてオークが一匹罠にかかって逆さ吊りされている中、もう一匹のオークが助けようとしているところに出くわした。2匹とも罠にかかっていれば言うことなしだが、人生そうもうまくいかない。
だが罠にかかっている方は罠にかかった拍子に落としたのだろう。武器が地面に落ちている。たぶん自力では助からないと思われる。
だって僕でも同じ状況になったら助からないから。
呼吸を数度。数秒思案。
行くか行かないか迷って、覚悟を決めた。これ以上ないチャンスだった。
あと3分も遅くここに到着していたら、罠を解除されて逃げられていたのだ。これを運命と言わずして何というか。
何の保証も無いが何故か勝てると昂ぶる逸る思いで確信していた。
状況は圧倒的有利。敵は仲間を助けようとしていて背後を向けていて、先手が容易にとれる。加えて人質というか豚だが、足を引っ張らせて利用できる敵までいる。逃げてもいいし、重傷を負わせて距離を置いて出血死するまで待ってもいい。
息を止めて雪を枝に貯えた屹立する雄々しい大木の裏をひらりひらりと身を隠しながら近づいていく。
雪を踏むごとに音が鳴るが、宙づりのオークが今も激しくブヒブヒ鼻息荒くBGMを流してくれるからいい感じに音がまぎれる。
罠にかかりしかも騒音を立てて敵を利するオークを見て、オークにも落ちこぼれがいることに親近感が溢れる。
僕は木の陰から飛び出して仲間助けようとしているオークを背後から襲った。
先手は予想通り敵が前方に集中していて警戒が薄く容易に背後を取れた。
ロングソードでの横一線。冬の寒さと、迷いを断ち切るような一撃だった。
それはオークの肩肉を裂き、本来なら肩甲骨を切断ではなくも叩き潰して突き進んで一撃で殺すないし勝敗を決める致命傷になるはずだった。
しかしそこで突如反転したオークによって初手は期待よりも浅いものとして終わった。
罠にかかっている方のオークが僕に気づいて、甲高く啼いて仲間に危機を知らせたのだ。
―――しくじった‼
僕はそこで距離を取って、苛立ちをぶつけるように罠にかかっている無防備なオークの方を死なない程度に首を切り付けた。
だが殺してはいない。人質は生きているからこそ意味を成す。このオークを守らせて動きを制限するのだ。
最悪負けそうになっても仲間を優先して僕を追ってこないかもしれないという打算もある。
宙づりの仲間とそして他でもない自分自身を傷つけられたオークは見てわかるほど激昂して、手にするウォーグレイブを鼻息荒く凪いだ。
それを盾で受けた僕はたった初手の一撃の重さに余裕が途端に崩れて、波打ち際に寄る波のように焦燥感が襲ってきた。
―――まずい‼ コイツ僕より少しだけ強い。手傷を負っている状態だというのに。
たった一手で彼我の戦力差を思い知るほど、その教撃は予想以上に重いものだった。指の数が少ない左手でそう何度も受け切れないと思わせる程度には威力が乗っていた。これで初手で肩を負傷させられていなかったら、一撃目で下手すれば盾ごと叩き切られて殺されていたかもしれない。
カッと体の芯から熱くなって、肩で息をする。
タイミングだ。肝心なのは相手の攻撃を読むのだ。幸い吊るされているオークに手を出そうとすると守ろうと手を打ってくる。
吊るされているオークは首から流れ出る血を抑えながらフガフガ叫んでいる。俺のことは見捨てろ、みたいなカッコいいことを言っているのだろうか。吊るされてくるくる回転していて滑稽だが。
敵の振り下ろしを避け、突き上げを盾の角度を豚角という、先輩に教えてもらった盾の厚さをいかす角度ではじき返し、こちらからは小さく堅実に反攻を繰り出す。
わかっている。こいつらは皮膚が、脂肪が厚い。こんな小さいダメージを稼いでも良いのを一発貰えばひっくり返される。僕の力じゃあかなり踏んばらないと有効打にならないが、最初の奇襲の一撃で負傷した肩は痛々しく皮膚がデロンとたれている。ねらい目だ。
剣で倒そうとか考えるな。もう少し傷口を抉って出血を強いれば、後は逃げて時間を稼げば出血死すると自分に言い聞かせる。勝利の糸口は見えているのだ。
まったく一撃目で決まっていたら綺麗な勝ち方だったのに。泥臭く汚い戦いだ。だがそれもあと少しだ。軽くてもいい、負傷箇所なら防御を貫通する。傷口を広げるか、深くする。たったそれだけでもう相手は終わるのだ。
オークの血と黄色い脂肪が血溝を伝って、鍔を濡らして生ぬるく手に垂れてくる。だが、それは相手も同じだ。自身の血が垂れてグレイブに垂れてきている。
握りを確かめるように再度握りしめると前に出る。
そこだ! 狙いたがわず敵を打ち付けるよう剣を突き込もうとして―――
「―――フゴ‼」「ぬおっ‼」
何もできないと決めつけていた吊るされているオークがブランコのように反動をつけて、ぶつかってきたのだ。
クソ、宙に浮いてて無音だったのが裏目に出た。
そして体勢を崩したそんな隙を敵は見逃すわけも無く、オークの振りかぶった大ぶりが迫る。
唸るように風を切って迫るグレイブを見て確実に片腕で止められないと悟ったら、いつの間にかロングソードを捨てていた。
凶刃と体の間にねじ込んだ盾が甲高い音と共に衝突面に衝撃が走って火花が散る。
左腕を曲げ、更に右手を添えて両腕で盾で受けたというのに体ごと浮かされ、勢い余って一回転後ろに転がって尻もちをついた。
な、何とか防げれたけどやばい‼ 武器を落とした!
だが敵もこんな無防備を見逃す馬鹿じゃない。オークが今にも決着をつけるべく迫ってくる。
なら打てる手はこれしかない。立ち上がって体勢を整える時間を稼ぐべく盾を投擲。
フリスビーのように飛んでいった盾は予想以上に素早く打ち払われたが、その間にケツを向けて無様に逃げだして一本の大木の所まで逃げるのに成功する。剣も盾も全て捨てた身軽にしかできない芸当だ。
駆けこむように木の裏に隠れると、地にしっかり根を張る巨木を盾にするよう間に挟む。
そうしてじゃんけんをしたわけでもないのに捕まったら殺される本格派鬼ごっこが開始される。問題はこの後のことを何も考えていないことだ。敵を倒す武器も身を守る盾すら捨ててしまった。これからどうすればいいんだ……‼
だがそこで僕は足元に一つの罠を見つける。オークは群れるから一匹罠にはめても仲間のオークが助けるから、その仲間も罠にかけちゃおうと増設した罠だ。苦労して岩を大量に運んだ甲斐があった物だ。危うく自分で引っかかるところだったが。
………これだ。生き残るにはこれを利用するしかないだろう。
木をぐるぐる回りながら相手を誘導する。間違いなく相手は優勢で僕を追い込んでいるからこそ追ってくるはず。
普段ならもう少し慎重だろうが、誰が見ても圧倒的優勢で敵が無防備とわかれば相手は突っ込んできやすいものだ。
そして遂に相手は罠に足を踏いれて―――
よし、よし引っかかった! そう思った瞬間敵のオークは素早い動きで罠を踏み抜いて引っかかる前に足をひっこめた。明らかに罠がわかっていた動きだ。
何故だと相手を見ると残虐そうににやにやしていた。その目にはどういたぶろうか考えている知性が宿っている。露骨に罠を見すぎて感づかれたのか! やはり仲間が罠にかかったからこそ慎重に警戒
していたのか‼
空振ったことで近くで必死こいて釣り上げた岩の集まりがあざ笑うように無残に落ちる音がした。
「それで勝ったとでも思ったか‼」
――――だから僕もそれと同じ動きをした。
ここには実は罠が三つあるのだ。
一つはそこで捕まっているオークのやつ。もう一つは今先ほど看破されたのだ。
そして最後のもう一つは今僕が足を素早く引っこませて発動させたのだ。当然最後の罠も獲物がすばやく足をひっこめたから一つ前の罠と同じ運命をたどって不発に終わるのだが、狙いはそれでない。
重りとしてあげていた岩だ。
これは僕が汗水流し丹精込めてオークを釣り上げるくらい集めた重量がある岩の集合体だ。二つ目の罠が失敗した時絶望したけど、落下した岩を見てそれを思いつき、しかもちょうど重りがオークの上にあったからできたのだ。
それがオークの上から落ちて来て、勝ち誇って笑っていたその笑顔ごと押しつぶした。ピクリともしない即死だった。
「へっへっへっ、……あーはっはっはっはっ‼」
まさかの展開だった。これだから冒険者稼業は何が起きるかわからない。
震える足で屈んで念のため敵の長物のグレイブを奪うと、距離をとって首に刃先を押し込んだがその最後まで敵は抵抗も無く皮を切り裂かれて血を滝のように噴出した。
これで確実に死んだ。
そしてそれを見ていた吊るされているオークは抗議するように泣いていたが僕はそんなこと受けつけない。あっけないものだ。
正面からやりあえば負けるのはわかったけど実際勝利したのは僕だ。
備えあれば憂いなし。僕は最後まで油断しない。
死にぞこないがバタバタ暴れたがリーチのあるグレイブで後ろに回り込んでずぶりと殺した。
そうして僕は決心した。オークはまだ早いと。
今回はホント運が良かった。




