ささやかな幸福と悪い話ともっと悪い話
屍を晒す二体のオーク。
その顔は決して穏やかな表情で最後の時を迎えたわけでおらず、死体をひっくり返してその顔を覗き込んだときはあまりの醜悪さに手放したほどだった。
足がロープに引っかかったまま宙づりのオークは首に切れ込みを入れて、血抜きを行う。
冬の寒さの中にむせ返るような血の臭いが広がる。周囲を今一度確認して安全を確保すると、飛び散る血だまりを蹴飛ばして岩の下敷きになったオークに向かう。
「ああもったない」
その言葉の意味が示すのは流れ出る血液だ。
これが安全と時間が確保されている町中であれば血液は鉄バケツに組んで泡立て、ソーセージに用いることが出来るのだが今は廃棄する他あるまい。
血は嵩張るし、これほど大量の液体を収納する袋を持ち合わせていないからだ。
次にオークを岩の下敷きから引きずり出して近くに仕掛けていた別の罠に向かう。そしてオークの死体の足を罠に引っ掛けると、罠が作動してオークが一匹目と同じように釣り上げられる。
これで解体が楽になった。
そこから血抜きを行い、股下からロングソードを差し込んで裂いて行き、中から内臓と魔石を分離させる。
高音で売れる魔石は胸ポケットに、内臓は雪をかき集めて保冷剤としてそれごと背嚢に入れる。
無駄のないオークと手助けしてくれる自然の恵みに感謝を捧げる。
同様に二匹に処理を行った僕は、一匹の足にかかったロープを引っ張り上げて木に寄せて枝に隠す。流石に2匹も運ぶ重量を持てないからだ。
そして地面に屍を晒すように横たえたオークの片足を抱え込むように持つと、オークの上で受け身をとるように転がる。
所謂レンジャーロール。意識のない人間を素早く担ぎ上げる方法でオークを肩に担ぐ。
「行ける……‼ 行けるぞ‼ やったぞ‼」
そして何とか中腰から立ち上がると、もうね興奮が止まらなくて命を奪ったからっていうよりもはやこれから訪れるだろう金のチャリンチャリンという音を想像して破顔一笑した。肉の高騰による金の魔性のきらめきが瞼を閉じると浮かんで見えるのだから。最後の心配であった、これほどの重さを持ち帰れれるのかという問題も杞憂に終わった。
オークの重さでスキップできないが僕はスキップ気分でいてもたってもいられず持ち帰った。
「おお、ルーク立派になって……ちょっと待ってろ、解体するだろ? 女房達にやらせるけどいいな? いいだろ? 今息子に呼びに行かせるから」
オークを背負って、途中で何度か休憩で下ろしながらも町を遠目に見えたところで、逆に門で暇していた門番のおっさんの方が見つけてくれて、態々こっちに来てまでオークを肩代わりしてくれた。
まあ、言いたいことは分かる。人がタダで親切するわけがない。言葉にしていないが、言外に幾らか融通しろということだ。
それに町の女性連中、しかも兵士だったり騎士連中の女房を敵に回すのは非常にまずい。
「あのもう一体あるんでそっち任せていいですか?」
「マジか、頼りないと思ってたけどお前意外とやるなあ。わかった、二人つけてやるからこっちは任せとけ。何だったら売り捌くのもこっちでやろうか?」
「あーなら、ある程度残しといてください。僕も食べるんで」
こういう所が門番の良い所だろうか。冒険者が獲物を手に戻ってくると、顔見知りだから融通が利いてある程度身内を優先できる。
役得って奴だ。
それから更に加わった二人の門番のおっさん達が森を目指す。良いのだろうか門番が門をほったらかしにしてと思ったが、交代制で暇を持て余している連中がいるようだ。ならいいか。
そして戦いという戦いも起きず平穏な森を無事進んでもう一体のオークを隠していた木から下ろすと、どうやら二人が運んでくれるらしい。ならば僕は地面に転がっている戦利品であるオークの武器を持って町に帰る。
オークは宣言通り集められた女性たちが、解体を手伝ってくれて食品加工されることとなった。
熱湯につけて、大腸をひっくり返して洗浄して睾丸の中身は薬として売られ、膨らまされて肉詰め袋にされる。顔面の柔らかい皮膚部分が包丁で刻み、心臓や肝臓に塩を塗して手押し挽肉器にかけられる。
立役者である僕は疲れ果ててそれを見るだけだ。
けれど戦いが終わった今でも思い出すだけで息が荒れ、胸は高鳴って激しく上下する。
罠を作る為の岩を運ぶより長い距離を重いものを運んだのに、アドレナリンがドバドバ出て疲れを忘れられた。
しかしやり遂げたときは嘗てない満足感と充足感を得られた。やってやった。自分もまだまだ捨てたもんじゃないと自信はついた。これが一番の成果かもしれない。もう一度同じことしてくれって言うのは勘弁だが。
魔石や睾丸部分などのすぐに売れる売却部分は即日現金化し、可食部分は後日金をまとめた顔見知りの門番が僕に手渡すこととなった。
金額にしては期待してくれということだ。
そうして久しぶりに休暇をとったら途端に体のあちこちが筋肉痛で痛みだして、けどそれが気持ちよくて新しい世界に目覚めそうだった。
換金して膨らんだ財布を抱えながら意味もなくにまにましてしまい、笑みが日常でよくこぼれた。
肉が高騰している中のこの戦績は我ながら勲章者だ。ある程度残してもらった可食部はギルドの調理場と宿に肉を分ける代金がわりで貯蔵してもらった。
冬が終わったら、いや下手したらこの高騰はそれ以降でも止まらない可能性があったからだ。これで僕だけは食料が高騰しても肉が食べられるだろう。
ただ幸福と不幸の天秤は均衡を保つようにできているのだろうか。
悪いニュースとさらに悪いニュースを聞いたのはそのすぐ後だった。
僕は体を労わって筋肉痛が治るまでギルドでゆったり技術本を読んでいたのだが、入口から人が慌ただしく入ってきて騒がしくなった。
思わず喧噪さに本から目をあげると冬で人が減ってしかも討伐隊でこぞって更にいなくなった冬の一日だというのに人の出入りが多くて、バタバタしているのだ。埃が散って鬱陶しく、手で扇ぐが一向に騒ぎは収束が見られない。
しきりに中に入ってきたり出たりと落ち着きがない。
何だ? 討伐隊は依頼を終えて帰ってきたのか? 確かもう数日かかるみたいな経過報告を受けたギルド職員が世間話をしていたのに。
そんな中ローゲル医師……だけでない。他にも町の回復魔法使いが入ってきて年甲斐もなくわめいている。
僕は本で目線を隠しながら耳を澄まして聞いてみると、どうやらあの薬草園の洞窟の魔物討伐帯が失敗したということだった。
それを聞いたときは吹き出すところだった。あの顔ぶれで失敗したというのか。どこをどう転がればあんな先鋭連中が敗北するのだ。
何が起きたというのだ。
本を棚に戻した僕は居ても立っても居られずに謙遜の中に入り込んでいった。
何が起きたか情報を得るために。
「あのテッドがねえ」
答えは簡単にわかった。皆怒り心頭でそのことばかり噂をしていたからだ。あの馬鹿テッドがやりやがったらしい。
そう、洞窟を崩壊させたのだ。狭い中で、魔物に追い詰められたか血迷っただかで周囲の抑止を振り切ってどでかい魔法をぶっ放した。その魔法は確かに敵の群れを薙ぎ払ったが同時に洞窟の天井を崩し、同行していた冒険者たちも巻き込まれて大半が崩落で生き埋め。
そして本人だけは持ち前の魔法でちゃっかり生還。
薬草園は事実上壊滅して存続の危機。派遣した町の冒険者ギルドは戦力が大幅に削れた上に責任を問われて大損害。
そうしてグレン先輩だ。彼は同行していた冒険者の一員で、何とか崩壊した洞窟から生還して激怒している他の生き残った冒険者と一緒にテッドを問い詰めて、というかいっそそのまま亡き者にしようとする勢いだったらしい。
けれどストップをかけたのは現場指揮に参加していた領主の伯爵嫡男だ。テッドは貴族だ。しかもここの町を治める領主の寄り親、ローズ王国北部地方の貴族を束ねる公爵の息子だ。
それが領内で殺されたとしたら問題である。
ストップをかけられていち早く理性的に戻ったグレン先輩は他冒険者を何とか留めようとするも力及ばず怒り狂う冒険者たちに怪我を負わされ、先輩の抑止を振り切ったその冒険者たちはテッドを襲って返り討ちにあった。
結果、せっかく洞窟の崩壊から生還した冒険者も余計死んだり負傷し、町の冒険者戦力が大幅に減った事実だけが残って今回の依頼は失敗で終了。
薬草の供給が以前以上に絶望的になったところで更に怪我人だらけを抱えてしまった。
ここまでが悪い話だ。
それでもっと悪い話は、王都で物資を集めていた理由は隣国で発生した流行病が東部の国境から入り込み、感染封じ込めを失敗したからだった。
泣きっ面に蜂。まさにこのことである。
幸いなことは病があちこちに流行って当分周辺国も戦争する余裕がないことだろうか。
確かに僕は冒険者でのし上がってやろうとか、上に行きたいと思っていたことは事実だ。
けどそれは自身の力を研鑽し弛まぬ努力の末に冒険者稼業で活躍してだ。
上の人たちがこぞって居なくなってしまって相対的自分が上がることは望んでいなかった。
何ていう日だ。




