あやかし宿坊奇憚 外伝 閻魔
『あ~ぁ 死んじまったか・・』
青年は花畑に佇み独りごちる
『しかし俺も呆気なく死んだもんだな~』
とぼとぼと花畑を歩きながらあっち見こっち見すると
異なる季節の花々が咲き誇り美しさと共に香りも競う様だ
『こういう時は死んだ母ちゃんがこっちに来るな~って言ってくれるとか・・
何とか無いものなのか?
そうそう。ああゆう橋の向こう側とかから』
独り言を言いながら歩いていると
石を積んだ塔がゴロゴロある河原と太鼓橋が見えてきた
只管に白い空に朱の欄干が栄える
『・・・・。まぁそう都合良く行かないのが俺だよな?』
誰にも引き返せとは言われないままに橋の側まで来ると
茶屋の様な造りの建物の前に並んでる人々が見える
青年は何だか並ばなければならない気がして最後尾に並んだ
「次の方どうぞ~」
―― やっと俺の番かよ・・
待ち草臥れた青年が漸く呼ばれる
―― そうだ俺・・・
刺されていきなり死んじまったから渡し賃持ってないじゃないか!?
渡し賃入れてくれそうな身寄りもねぇし・・
袖にでも入っていないか?慌てて青年は袖を振り懐を探る
その間に順番を告げた女は上から下まで舐める様に青年を見つめていた
上背はやや高め、髷は細めにして刷毛先を粋に曲げている
整えた眉の下には意志の強そうな瞳が・・・これがいささか・・
いや。大いに目付きが悪い
女は目を合わせない様にすると続いて下まで眺める
丸に魚と書かれた藍の半纏を・・今はパタパタと忙しく振り慌しい
―― 魚屋???
「さぁその半纏を脱いでそちらにかけて」
女は半信半疑にそう言うと川端にある一本の木を指し示す
『はぁ・・?』
青年は示されるまま半纏を脱ぎ木の枝にかけた
ピクリとも撓らない
―― あれ?さっきの奴は枝が大きく撓っていたよな?
男が不思議に思っていると
「うわぁ~凄い!!橋渡しなんて何百年ぶりかしら?ううん。千年ぶり?!」
枝が撓らないから橋渡しだと女が突然興奮したように声を上げ 周囲がどよめく
男が半纏をかけた木は衣領樹。生前の罪の重さで枝を撓らせる
女・・・着物に縫いつけた長方形の布には【脱依婆】と書かれているから
脱依婆なのだろう・・婆と言うには気が引ける程若い女性なのだが・・
脱依婆は興奮気味に続ける
「貴方。僧侶?」
『何でこの格好で僧侶だ!魚屋に決まってるだろ!』
「歌舞いてる坊主・・・とか?」
『在り得ないだろ!』
「だって~橋渡しの善人と言えば嘘を吐かない事は勿論だけど
酒を呑まない・女犯をしないだなんて・・・
それこそ在り得ないでしょ?」
『俺は下戸なんだ!』
青年は声を荒げる
「・・・女は?」
『五月蝿ぇ!!』
何故だか一層不機嫌になった青年は脱依婆を睨むと怒鳴った
「ま・・まぁ良いわ。あそこの太鼓橋渡ってあちら側に行って
係りの者が居る筈だから」
脱依婆は目を逸らすと橋を指差す
青年は不機嫌な顔のままそちらを目指し歩き出した
『筈ったってなぁ・・・』
来た時と同じようにとぼとぼと歩き出した青年の目の前に程なくして
太鼓橋が現れる
ここから先が【あちら側】・・・
青年はゴクリと唾を飲み込むと1歩 橋へと踏み出した




