宿坊あやかし奇憚 外伝 篁2
それから篁が夜の闇に紛れ御簾内に入るのに幾日も掛からなかった
1度通じると2夜3夜・・
「共に在れば・・・夢幻・・ それともこの夜が幻か・・」
篁の訪いに媛珠も寄り添い 縋る様に言い募る
『ここが現・・・共に在るではないか。』
篁は媛珠を現に結ぶが如く強く抱き締める
「2人、明けの明星を見る事も叶わず・・・
夫と呼ぶ事も叶わず・・・兄様・・」
湛えた悲しみに潤んだ瞳もまた美しい
『媛珠・・兄と呼んでくれるな・・』
「兄であろうと愛しい。悔やんだ事などありません
それが罪だと言うのなら・・地獄の咎も受けましょう」
異母兄妹・・婚為が禁じられたのは何時からなのか
允恭天皇の御世
禁じられた妹と皇太子の恋は同母兄妹だったはず
『地獄の沙汰なら私が聞こう。そなたは憂い無くこの手におればよい』
儚げな肢体を確かめる様に抱き愛撫する
「篁・・・」
媛珠の時々洩らす吐息が甘く篁の心に響く
―― たとえ罪でろうとも・・永遠に放すまい
「月の障りがありません・・・」
篁が何時もの様に訪れたある夜・・媛珠は俯き消え入りそうな声で伝えた
産める筈がない・・そう思っての事だろう
『そうか。・・そなた似なら美しい子になるに違いないな』
禁じられた愛の末・・事もサラリと篁は言った
「篁様似なら武勇に文才に優れましょう」
嬉しそうに話す媛珠
『共に此処を離れよう』
笑顔に見とれながら篁が言うと
「篁様となら何処までも・・」
空かさず媛珠が答える
篁22才・媛珠15才の頃
此処を離れる算段をしながらも篁が媛珠を気遣う様 昼夜問わず
母親がそれを怪しみ月の障りが無いのに気が付くのに そう時は掛からなかった
慈しみ育てた娘に昼は水を浴びせ 夜は冷たい土蔵に放り込む
「母様。止めて! ここから出して! 子が・・子が・・」
「そんな不義の子、流れてしまえ!!」
泣き叫ぶ媛珠に母の声は呪詛如く返す
『媛珠。・・媛珠。』
「篁様?」
『飯と橘を持ってきた・・あと着替えを・・』
闇に紛れて篁が訪れると高窓に縋る様に両手を伸ばす媛珠
「橘を・・」
『先に着替えよ』
温もる衣より飢えを補う飯より橙の酸い物を乞う媛珠
母に成るとはこういうものか・・
狩篭めの中 女は母の顔で橙の実を嬉しそうに食む
水攻めにも絶食にも耐え・・・子は下りない
「不義の子 恐ろしき」
篁の訪れを知らない母親は業を煮やし戸板の戒めを外すと
「母上なにを・・っ・・うっ・・んっ・・っ・・」
購う娘の口を無理やり開けさせ薬を1煎 流し込む
「・・・は・・母上・・」
これで禊になると母は安堵の顔を見せるが 媛珠には鬼とも魔にも映る
その姿を見るまいと顔を背けた刹那
「くっ・・・うっ・・うぅぅぅぅ」
腹の奥底から突き上がるような痛みが媛珠を襲うと
それを見て母がニタリと嗤う
「は・・母・・な・・にを・・・・」
苦しみに空を掴む手が強張る
「・・・た・・か・・むら・・」
ゴボリと濁った音と共に緋色の液体が土床を汚す
「ひぃぃぃぃ」
喉を突いて出た声は魔と見た母のものか 凶事を語る鵺のものか・・・




