宿坊あやかし奇憚 外伝 篁
「未来が先程、帰りました」
一応報告を・・と死神が電話を寄越したのは遅い時間だった
それにも関わらず
『家に飲みに来ないか?』
篁は報告を黙って聞くと死神を飲みに誘った
「私が落ち込んでるとでも思ってるんですか?」
冷静な声で死神が問うと
『いいや。俺が飲みたい気分だったんだよ』
何故だか疲れたように篁は言う
「・・・珍しいですね」
『まぁ・・・な・・』
「では。窺います」
死神は快諾すると酒を1本セラーから取り出しだ
「主様、お酒と菜をお持ちしました」
『媛珠・・・』
「これは奥方、ありがとうございます。突然押しかけてすみません」
妻を嗜めようとした篁の言葉を遮り、死神は秀麗な笑みを浮かべお礼を伸べる
「いいえ。こんな物しか用意出来ませんでしたが・・
ゆっくりしていって下さいね?
主様は死神様が気に入ってる様で」
媛珠と呼ばれた女はテーブルに酒を置きクスクスと笑う
『媛珠。余計な事を言うな・・』
篁は罰の悪そうな表情で妻を嗜めた
小動物を思わせる黒目勝ちな瞳
初雪程の白い肌 頬はふっくらと艶のあるようで
紅梅の様な唇は今は悪戯っぽく窄められている
「私がお邪魔しては難ですね。では。失礼します」
そう言うと会釈をし出て行った
「まぁ。良いじゃないですか・・・客は私ですし」
『あぁ・・』
2人になると死神が空かさずフォローをするが篁は納得行かない顔だ
「名を呼んで貰えないのが不服なんですか?」
死神とは付き合いも長く・・・こちらの事情も知っている
衒い無く死神が聞くと不服顔の篁が黙って頷いた
「惚れ合っているなら良いでしょうに・・・」
酒を注ぎ篁のグラスを満たすと死神は呆れ顔で言い放つ
篁は黙ってグラスを取ると酒を煽り
『今日会った半蔵という男・・何だか昔の自分を見ている様だった・・』
早く話してしまいたい事の様に切り出した
『全てを敵に回してもという憎悪を込めた瞳・・未来ちゃんを離さない構え・・
あの時の俺もこんな風だったのか?と思った。』
篁は確認するような目付きで死神を見つめていた
『手習い・・・ですか? この私が?』
突然の父の申し出に篁は面食らった
「何を今更・・お前ではない。
妙齢には少し早い程の少女なのだが・・
歌の才も優れていてな
これの母がもう少し教養をつけたいと申しているんだ」
『それで私に?』
「あぁ。漢文を・・という事でな」
2人が出会ったのは篁が21才、媛珠14才の頃だった
妙齢に早いとは言え才も美貌も兼ね備えた媛珠を心配し
御簾内に衝立まで立て男の目に触れぬ様に学ばせる
それでも月日が経つ内に2人が打解ると御簾内に入り込む篁
そうなってしまえば御簾も衝立も2人を隠す物となる
「・・ここの手が少し上手く行きません」
う~ん?と細い首を傾げ篁の書と自分の書を見比べている
『どれ・・』
媛珠の可憐な手の上から篁は手を重ね筆を動かす
想いが伝わるのでは?と思う程、触れた手が熱く
やっとの思いで震えを止め手解きに集中しようと思えば胸が高鳴る
「できた♪」
嬉しそうに見上げる媛珠の顔は思いがけず・・吐息がかかる程近かった




