第4話 スーパーの移動販売車(キッチンカー)
スーパーの移動販売車は、ふだんはおしゃれな外装で、地味な駐車場の隅に非日常を連れてくる。
人気のワーゲンバスでも来ていたら、商品だけでなく車体まで見たくなるし、できれば写真も撮りたい。
いつもの買い物のついでにしか来ていないはずなのに、そこだけ少し行楽地かイベント会場の入口みたいな空気になる。
しかも毎日きっちり会えるわけではないから、見かけた日は少し当たりを引いた気分になる。
行楽地や催事で見かけるようなものが、もう少し現実的な値段で、日常の生活圏まで降りてきている感じもいい。
そして、移動販売車というと、どうせ高いのだろうと思ってしまう。
私も最初はそうだった。
ところが、案外そうでもない。
行楽地や大型イベントほど場所代が高いわけでもなさそうだし、祭りの雰囲気に乗せて、ちょっと強気の値段をつけるのも難しい。
ここはスーパーの駐車場だ。
客は遊びに来ているわけではない。
大根を買い、牛乳を買い、特売の卵を確認したついでに、移動販売車をのぞいている。
当然、値段を見る目も現実的になる。
しかも、店内には惣菜もパンもある。
「こっちより高いけど、それだけの価値ある?」
客の側には、比較対象がいくらでもある。
なかなか厳しい。
だからこそ、継続的に来る移動販売車なら、一回で最大限もうけるより、「また買ってもらえる値段」にするほうが大事なのかもしれない。
これはあくまで私の勝手な想像だけれど。
それでも、行楽地や催事で見かけるような商品が、少し冷静な値段で日常の駐車場に降りてくる。
私は、そこがけっこう好きだ。
もちろん、毎回お買い得とは限らない。
どう見ても高い日もある。
そこはちゃんと自分の財布と相談する。
移動販売車を見つけた瞬間、理性まで移動販売車に乗せてきてはいけない。
買うときは、最後まで自己責任である。
それでも、のぞいてみる価値はあると思う。
どうせ高いのだろうと最初から避けていたら、思いがけず好みの一品に出会うこともある。
運がよければ、ちょっとした運命の出会いだ。
もちろん食べ物との。
人間関係より、こちらのほうが話は早い。
もちろん実際によく売れるのは、カレーや丼もの、クレープや唐揚げのような、説明がいらなくて勢いで買えるものなのだろう。
それでも私としては、屋台の延長ではない、もう少しプレミアムでおしゃれなものに来てほしい。
フレンチの惣菜や高級アイス、クリスマス前の見慣れない外国風ケーキ、バレンタインの高級チョコ。
そういう、少し場違いなくらい洒落たものが、スーパーの駐車場には案外よく似合う。
もし私が経営者なら、月替わりでこんな店を呼ぶ。
1月
熱々のビーフシチューパイ
さくっと割ると中から濃いソースがのぞく冬向きのごちそう。
行楽地なら強気の値段がつきそうなごちそうも、駐車場の冷気の中ならすんなり財布の紐が緩む。
宝石箱みたいな海鮮丼
まぐろ、サーモン、いくらの色がきれいで、運がよければ旬のウニも少し入る。
観光地の海鮮市場ほど気負わず買えるなら、それだけで価値がある。
ガレット・デ・ロワ
フランスの新年菓子。
さくさくの生地の中にアーモンドクリームが入っていて、知らない名前でも一度食べると妙に記憶に残る。
真理子のコメント:
海鮮丼は観光地だと景色代まで払わされている気がするので、駐車場で少し冷静な値段だとうれしい。
2月
ボンボンショコラの詰め合わせ
洋酒、ナッツ、柑橘など一粒ずつ表情が違う高級チョコ。
バレンタイン催事だと気後れする値段でも、移動販売車で少し手が届くなら試したい。
濃厚ホットチョコレート
とろりと重たく、飲むというより食べるに近い冬の甘さ。
寒い駐車場で買うと妙に似合う。
発酵バターのシュガークレープ
地味に見えて香りで勝つタイプ。
イベント会場の行列価格より少しでも良心的なら、それだけで好感度が上がる。
真理子のコメント:
バレンタインの高級チョコは、百貨店だと人混みで疲れる。
駐車場で買えたら、自分へのご褒美にしたい。
3月
いちごのフレジエ
いちごをきれいに並べたフランス風の春ケーキ。
名前は知らなくても、断面を見たらたぶん負ける。
だし巻きたまごサンド
やわらかいたまごの厚みだけで幸せになれる、持ち帰り向きの一品。
駅ナカや観光地より少しお買い得なら、昼用と明日の朝用で二つほしい。
炙りサーモン丼
表面だけ香ばしくしたサーモンに、たれの照りが少しかかる。
丼ものと書かれると味気ないが、これは立派にごちそう。
真理子のコメント:
フレジエは、これがあったら絶対買う。
春は桜味より、いちごを正面から出してくるほうが好き。
4月
キッシュ
卵と生クリームとチーズに、ほうれん草やベーコンを合わせて焼いた塩味のタルト。
花見シーズンに持ち帰るのにちょうどいい。
ローストビーフ丼
肉の赤みがきれいで、温泉卵がのっていたらなおいい。
イベントで食べると妙に高くつくので、スーパーで少し理性ある価格だとありがたい。
フルーツタルト
色だけで春っぽさが完成している。
持ち帰って切り分ける時間まで含めて楽しい。
真理子のコメント:
キッシュは、ちゃんとしたホテルの朝食で食べるとおいしいやつ、という印象がある。
駐車場で会えたらだいぶうれしい。
5月
高級アイス
ミルクの濃さやナッツの香りがきちんと立っている、少し上等なご褒美。
これは持ち帰りではなく、その場で食べても許される例外。
マルゲリータ
シンプルなのに、生地とチーズがよければ十分贅沢。
観光地のテイクアウト価格よりおとなしいなら、夕飯用に買いたい。
レモンタルト
酸味がはっきりしていて、初夏の空気に似合う。
黄色が見えるだけで少し気分が上がる。
真理子のコメント:
高級アイスは値段を見て一度迷うけれど、暑い日はだいたい負ける。
6月
二種盛りスパイスカレー
副菜の色まできれいで、ただのカレーライスでは終わらない。
イベントなら雰囲気で高くなりがちなところ、スーパーで少し良心的なら試しやすい。
ヴィクトリアケーキ
ふんわりした生地にジャムとクリームをはさんだ、イギリスの古風なお菓子。
派手ではないのに妙に気になる。
焼き立てフィナンシェ
小さいのにバターの香りが濃く、袋を開けた瞬間がいちばん危険。
雨の日の持ち帰りおやつにちょうどいい。
真理子のコメント:
スパイスカレーは、紙容器のままでも少し文化的な昼食に見えるのがいい。
7月
クラフトジェラート
桃やピスタチオなど、味の名前だけで少し旅っぽい。
観光地だと強気の値段になりがちなので、スーパーで見かけると試したくなる。
冷製ヴィシソワーズ
じゃがいもの冷たいポタージュ。
さらっとしているのにこくがあって、夏でもきちんとしたものを食べた気になる。
桃のショートケーキ
いちごの季節が終わったあとに来る、少し大人しい華やかさ。
真理子のコメント:
ヴィシソワーズは名前がまず少し気取っていていい。
こういうのが駐車場にいると、ちょっと笑ってしまうけれど買う。
8月
アサイーボウル
冷たくて軽いのに、果物の色でちゃんと満足感がある。
海辺や観光地よりも身近な場所で買えるなら、流行に乗るのも悪くない。
粗挽きソーセージのホットドッグ
これは現実ランキング枠。
パンからはみ出す太さなら、単純にうれしい。
パステル・デ・ナタ
ポルトガルのエッグタルト。
表面の香ばしさと中のとろりが強く、ひとつで印象に残る。
真理子のコメント:
パステル・デ・ナタは、テレビの海外街歩き番組で見てから気になっている。
あったらたぶん買う。
9月
モンブラン
秋の始まりをいちばんわかりやすく知らせてくる。
見かけると季節に負けてしまう。
カオマンガイ
鶏のだしを吸ったごはんがじわっとおいしい、見た目以上に記憶に残る一皿。
イベント会場だと「エスニック代」まで乗りそうなので、少しお買い得ならうれしい。
焼き栗のデニッシュ
香ばしさと甘さが秋らしく、パン売り場にはなさそうでありそうでない。
真理子のコメント:
モンブランは説明不要。
秋は理性より栗が勝つ。
10月
タルト・タタン
りんごを濃くキャラメリゼして焼く、普通のアップルパイより少し大人っぽい秋菓子。
欧風ビーフカレー
黒に近い濃い茶色で、牛肉がほどけそうなくらい煮込まれていると理想的。
かぼちゃのキッシュ
甘くないハロウィン感があって、夕食にも朝食にも使える。
真理子のコメント:
アップルパイももちろん好きだけれど、タルト・タタンと書いてあるほうを選びたくなる。
そういう見栄はある。
11月
アップルパイ
湯気の似合う季節になると急に強くなる。
家で温め直す前提で買いたい。
炭火香る焼き鳥
現実ランキング枠。
夕方の駐車場で匂いに抗える人は少ないと思う。
シュケット
小さなシュー生地に粒砂糖をのせて焼いたフランス菓子。
軽いのにバターの気配はしっかりあって、気づくと数が減る。
真理子のコメント:
シュケットみたいな、知らなかったのに急に好きになる菓子に出会えると得した気分になる。
12月
見慣れない外国風クリスマスケーキ
名前がすぐ読めなくてもいい。
説明札を読んで、へえと思って、思い切って持ち帰るところまでが楽しい。
高級チーズのキッシュ
人が来る日の一皿にもなりそうで、年末の冷蔵庫にあると少し安心する。
スモークサーモンとディルのサンド
少しホテルのラウンジみたいな顔をしていて、慌ただしい年末にだけ許される気取り方がある。
真理子のコメント:
クリスマスは、知っている味より、知らない名前の外国菓子に賭けたい。
外したとしても、その失敗まで年末っぽい。
年末の別枠
自動餅つき機の実演販売
ふだんはフレンチだの高級アイスだの言っていても、年末だけは白いライトエースが強い。
外で餅つき機が動いていると、結局みんな正月には勝てないのだと思う。
真理子のコメント:
一年かけておしゃれを追いかけても、最後は餅に回収される。
年末はそういうもの。
スーパーの移動販売車は、ただ物を売っているだけではない。
いつもの買い物に、少し別の空気を混ぜてくれる。
駐車場の隅にいるだけで、日常の生活圏にほんの少し行楽地のような華やぎが差し込む。
しかも、行楽地やイベント会場でしか買わないようなものが、少し現実的な値段で現れることがある。
だから、最初から「どうせ高い」と決めつけて通り過ぎるのは、少しもったいない。
もちろん、値札は見る。
雰囲気だけで財布を開くほど、私は若くない。
毎回必ず当たりとは限らないし、買わずに通り過ぎる日もある。
それでも、ときどき目で驚かせ、味で驚かせてくれるなら、それで十分うれしい。
はずれの日があったとしても、トータルで少し人生が華やげばいい。
たまには、そういう小さなご褒美があってもいい。
午後二時過ぎのスーパー。
駐車場の隅に停まった一台の車が、いつもの日常に、ほんの少しだけ別の景色を持ってきてくれる。
私はそんな移動販売車を、けっこう楽しみにしている。




