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第3話のあとで 証明写真機

 いつのまにか、あの証明写真機がなくなっていた。


 まあ、そうかと思う。

 便利ではあるけれど、実際に使っている人はあまり見なかった。

 急に必要になるくせに、急にしか必要にならない機械だった。

 採算が取れなかったのだろう。


 そしてその場所には、今度は最新のプリクラ機が入っていた。


 なるほど、と思う。

 本人確認のための顔より、盛るための顔のほうが商売になるらしい。

 ずいぶん率直な時代である。


 証明写真機は、現実を突きつけてくる機械だった。

 機嫌が悪かろうが、寝不足だろうが、老けて見えようが、

「これが今のあなたです」

 と数センチ四方に容赦なく出してくる。


 しかも、別に安くもない。

 現実を売る商売ほど、なぜか強気である。

 盛れもしないのに、値段だけは未来に向かっていく。


 その跡に来たプリクラ機は、たぶん逆だ。

 少しでも目を大きくし、肌を整え、輪郭を削り、

 現実にそのまま従わなくてもいい顔を作ってくれる。


 正直、少しうらやましい。

 盛り放題というやつを、一度くらいやってみたい気持ちはある。

 どこまで別人になれるのか見てみたい。

 今さら現実で取り返せないものほど、機械の中では簡単に補正できそうで腹立たしい。


 ただ、年を取るとプリクラには少し入りにくい。

 年齢制限があるわけでも、誰かに止められるわけでもないのに、

 こちらだけが勝手に場違いな気分になる。

 若い子の遊び場に、うっかり生活感を持ち込んでしまう感じがある。


 しかも最近のものは、操作もだいぶ複雑そうだ。

 昔みたいに入って撮って終わり、ではないらしい。

 カウントダウンに急かされて、ポーズを決めきれないまま、

 結局よく分からないピースで終わりそうである。


 撮ったあとも落ち着かない。

 すぐに狭い落書きスペースへ移動させられて、

 今度は目の大きさだの輪郭だの、

 何が正解かも分からない項目を選ばされる。

 親切というより、もはや判断力のテストである。


 そこまでして整えて、最後に出てきた写真が

「……誰これ?」

 では、成功なのか失敗なのかもよく分からない。


 今どきは縦長だったり、上からだったり、角度まで流行があるらしい。

 どこを見ればいいのか分からない時点で、もう半分負けている。


 しかも撮り終わったあとものんびり余韻に浸る暇もなく、

 今度はQRコードでデータを取れと言われる。

 次の人の気配まで感じたら、もう思い出どころではない。

 こちらが思い出になる前に、操作で疲れそうである。


 それでいて、プリクラも最近は七百円だの八百円だのするらしい。

 ずいぶん高くなったものだと思う。

 ただ、少なくともあちらは盛れる。

 目を大きくして、肌を整えて、輪郭まで何とかしてくれるなら、

 まだ払う意味が分からなくもない。


 証明写真のほうは、現実を突きつけるだけ突きつけてこの値段なのだから、

 なかなか容赦がない。

 現実というのは、夢より高くつく。


 しかも、ほんとかどうか分からないが、学割まである場所もあるらしい。

 若い人は盛る自由まで少し安い。

 年を取ると、夢を見るにも追加料金がかかるらしい。


 スーパーの隅に置くなら、買い物クーポンのひとつで付けてくれたらいいのにと思う。

「本日のお買い上げでプリクラ百円引き」

 そのくらいの後押しがあれば、午後二時過ぎの小さな勇気も、もう少し出しやすい。


 だから午後二時過ぎくらいの、人の少ない時間ならいいのかもしれない。

 学生も少なく、後ろに並ばれることもなく、

 この年齢でプリクラに入るための小さな勇気も、たぶん最小限で済む。


 そこまでして入りたいのかと言われると、自分でも少し分からない。


 でも、本人確認のための機械には入れても、

 少しでもましに写るための機械には気後れする、というのも妙な話である。


 どうせ同じ顔なのに、

 現実を出されるほうには黙って従えて、

 少し夢を見せてくれるほうには遠慮してしまう。


 それなら一度くらい、午後二時過ぎのスーパーの隅で、

 誰にも期待されていない盛り放題を試してみてもいいのかもしれない。


 もしそこで、アイドル並みに仕上がったらどうしよう、と思う。

 まだ私の顔にも、案外伸びしろがあったということなのだろうか。


 もっとも、その盛った顔のベースが本当に自分なのかは、

 少し AIに聞いてみたい。


 まだ撮ってもいないプリクラに、ここまで妄想できる自分を、

 我ながら少し愛おしい。

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