第3話のあとで コイン精米機
一年後に行ったら、精米機がなくなっていた。
そうなると、あのへんで米粒を拾っていた鳩の餌場も、一つ消えたのかもしれない。
そこで私は勝手に考える。
そのうち誰かが、
「精米機の撤去は鳩の生存権を脅かしています」
などと苦情を入れるのではないか。
いや、今どきならありうる。
「餌場を奪われた鳩が可哀そうです」
「スーパーには説明責任があります」
「せめて代替の配慮を」
──見出しまで浮かぶ。
そこまで言うなら、お前のベランダに米をまいて面倒を見てやれ、と少し意地の悪いことも思う。
もっとも、本当に苦情を言いたいのは、そういう人ではなく鳩のほうかもしれない。
餌場を奪われた当事者なのだから。
ライターとして見出しを付けるなら、たぶんこのへんだ。
《精米機撤去、鳩の餌場奪う スーパーの隅で静かに進む再開発》
《米粒なき時代へ 鳩にも厳しいキャッシュレス社会》
《“餌場を返して” 鳩の陳情は届くのか》
《精米機消滅で行き場失う鳩 問われるスーパーの説明責任》
《その便利さ、鳩の同意は得ていますか》
ない苦情に、ない見出しまでつけているあたり、我ながら仕事の癖は面倒くさい。
ゴウン、ゴウンとうるさいわりに妙に頼もしかった機械が消えると、跡地はただの空白である。
こういう空白は、今どき放ってはおかれない。
どうせそのうち、電気自動車の充電BOXとか、電動自転車用の何かとか、そういう意識の高い設備が来るのだろう。
五年後には、買い物補助ロボの待機所になっているかもしれない。
荷物を持ち、買い物リストのルートを案内し、
あの面倒な袋詰めもしてくれ、車まで運んでくれる。
クーポンの最適解も教えてくれる。
私がよくやる、
「クーポンを使ったつもりが、
レシートを見ると割引されていない」
という悲しい事件も、もう起きない。
ロボは棚の前で言う。
「そのクーポン、旧パッケージの26個入りだけ対象です。
あなたが手に取っているのは新パッケージ28個入りなので、
割引されません。
レジで“だまされた感”を味わう前に止めました」
客の味方のふりをして、
優しい声で近づいてくる。
でも本当は、
ビッグデータで懐事情まで解析している。
給料日前は、
「今日は無駄遣いしないほうがいいですよ」
と、妙に優しい。
給料日後は、
「せっかくですから、こちらのほうが満足度が高いですよ」
と、妙に誘惑してくる。
便利だなと思う一方で、
自分の生活の弱さを全部見抜かれている気がして、
少し落ち着かない。
未来はいつも、
便利さと一緒に“自分への痛み”まで連れてくる。
十年後には──
跡地がスーパー本体まで飲み込み、
最新式完全オートメーションの配送倉庫に建て替わる。
もちろん、これは真理子の妄想。
現実にはまだ何も起きていない。
ただ、空白を見た瞬間に、
ライターとしての癖が勝手に未来を作り始める。
店内はほぼ空で、棚も照明も半分消えている。
人が歩くための通路は、もう必要ない。
あの買い物補助ロボだけが、AI配達車への詰め込みの手伝いをしている。
精米機のゴウンという生活の音は、完全に過去になった。
買い物補助ロボは、
私の生活の弱点を十年分記録している。
給料日前の節約モードも、
給料日後の物欲刺激モードも、
夜に食べるお菓子も、
気分で買う化粧水も、
全部覚えている。
真理子は思う。
「未来って、便利になるほど人の姿が消えるんだな。
精米機のゴウンという音のほうが、まだ生活の気配があった」
そうなったらもう、そこが米を搗いていた場所だとは誰も思うまい。
スーパーの隅だけ、先に未来へ行ってしまう。
こちらはまだ、無洗米を買って帰るくらいで精いっぱいなのに。




