6
ほこりと闇で満たされた空間に今日も身を潜める。身動きが取れず、体温を奪われていくが、屋根の隙間から漏れる光がほのかに私を暖める。
リアに見つかってから一晩明けた。あれから、彼女は助けを呼んだり、誰かに伝えたりする様子はなかった。 “誰か”といっても、リアが唯一会っているのはアエトスだけだ。
「今日もいるんでしょ?」
アエトスが出て行って、かなりの時間が経った。用心しているのか、それとも単に暇になったのか、ベッドから起き上がり腰掛けたと思ったら赤い瞳がこちらを見た。
「なぜ今なんだ?」
疑問を口にすると、リアが思案するように顎に手を添える。
「あなたがいついるのかなんて、正確には分からないんだもの」
少し間を置いてリアが答える。つまり、私がいると分かったときだけ話しかけているのか。音を立てるような真似はしていないはずだ。
「もったいぶらずに教えてあげるわ。匂いよ」
考えていると、リアが答えを言った。
「匂い?」
私が返すと、リアが得意げに言い放つ。
「そうよ、あの男の匂いが消えたと思ったらかすかに別の人の匂いがしたの」
私は自分の匂いを嗅ごうとして、やめた。嗅がなくてもほこりの匂いがずっと鼻を侵している。汗はかいていないはずだし、そもそも天井の裏にいる人間の匂いを嗅ぎ分ける方が異常だ。
「前に私と別のやつがいただろう。そいつのことをバラしたのはお前か?」
私は確信したことを口にした。なぜ前任者のことはアエトスに教え、私のことは言わないのかはっきりさせたい。単に話し相手として飽きられたら、アエトスに教えるのかもしれない。後者の場合はここからさっさと逃げるべきだ。私は口が上手くない。
「あら、もうバレちゃったのね」
私が迫ると、悪事が見つかった子どものようにリアが笑う。
「なぜ、私のことはバラさないんだ?」
「あなたが女の子だから。私、男は嫌いなの。そもそも異性に生活を覗かれるのは気持ち悪いわ」
同性でも覗かれるのは嫌だろ。覗く側は日常のようなものだが、覗かれることはあまりない。奴隷だったら覗かれる側が当たり前かもしれない。その点においては、あの男の放任主義に感謝しよう。
「その異性に生活のすべてを支配されているじゃないか」
武骨な鉄格子のはまった窓を見る。後から付けたように部屋の雰囲気を壊している。
「うるさいわね。私だって望んでこうなったわけじゃないわ。お父様が生きていたら、こんなことには……」
リアはうつむき、声が徐々に小さくなった。
「お父様?」
言葉遣いや所作から、なんとなく推測していたが彼女は生まれつきの奴隷だったわけではないらしい。
「さっきから聞いてばっかりね。そろそろ、あなたの話をしてよ」
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。彼女は腕を組んで、私を睨み付けてくる。
「……」
「自己開示って言葉をご存じかしら? 私の情報が欲しければ、あなたからも情報を出す事ね」
私の方が上にいるのに、上から目線だ。
「……私はただの奴隷だ。それ以上の情報はない」
あまり情報は与えたくない。そもそも与えられる情報なんてほとんどないが。
「名前は? 私はリア・スト……いえ、ただのリアよ」
さっきまでの強気な態度が霧散した。得意げになったり、苛ついたり、落ち込んだりとせわしないやつだ。今の様子を見るにリアは家名を名乗ろうとしてやめたのだろう。奴隷になる前は貴族だったようだ。
「ワタ」
名前を呼ばれることがほとんどないからか、口にするまでに時間がかかった。
「ワタは前にここに来た男の子と仲が良かったの?」
リアが恐る恐るといった形で聞いた。
「見たことはあるが、話したことはない」
正直に答える。見たことがあれば、容姿と性別からどんなやつだったかは大体分かる。容姿だけで性格なんかは知らないが。
「仲間で話さないの?」
リアが首を傾げ、金髪が肩から流れ落ちる。
「仲間……か、ただ集められただけだから、そういうのじゃないな」
仲間意識は全くない。モズに買われてすぐの時は幼い私を守ってくれる人がいた。私はその人のことを慕っていたが、今はもういない。
「ふ〜ん、それで集められた先で何をしているの?」
この方面で話を広げられるのは困る。私の仕事内容に触れそうだ。暗殺しているなんて言ったら、警戒されてしまう。
「悪いが他の話にしてくれないか?」
話題を変えて貰うことにした。もっと自然に切り替え、なんならリアから望みの情報を取れればいいが、私には出来そうにない。
「いいわよ、時間はあるものね」
話題を変えたことに文句を言わずにリアは話を続けた。それから私は街がオレンジに染まるまで、雑談に付き合わされた。




