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夕日は既に沈み、闇が街を覆っている。
その闇に抗うように、街の建物は室内から漏れ出るガス灯の明かりでオレンジに照らされている。
その明かりの一つが、目当ての酒場から漏れている。
酒場の扉からは喧噪が届き、繁盛していることが分かる。
私は外套のフードを深く被り、扉を開ける。
中はバーカウンターとテーブル席。壁には動物の剥製が掛かり、ガス灯が据えられている。
テーブル席は満席だ。
客は二十五、六人ほどいて、もう出来上がっているのも何人かいる。
私は他の客に絡まれないうちに、すぐ左手にあるバーカウンターに向かう。
味のある木製の天板の向こうには、褐色肌にスキンヘッドの大男がいる。
バーテンダーの男はグラスを拭いていた手を止め、こちらを見る。
頬には私と同じ、奴隷であることを示す焼き印がある。
「いらっしゃい」
私はカウンターの席に座る。
バーテンダーの後ろにある棚に並ぶ酒のボトルの一つを指さす。
「主様があれを一つ買ってこいと。ついでに飯も食えと」
私はバーテンダーの前に硬貨を置く。
「何が食いたい?」
正直食べたいものは特にない。
だが目的のために、出来るだけ手間がかかるものを選ばなくてはならない。
「……魚のフライで」
「分かった」
バーテンダーは給仕のひとりに声をかける。
「魚のフライ1皿。今日獲れたのがあるだろ? それを揚げてくれ」
給仕はこくりと頷き、奥に入っていく。
バーテンダーは、グラスを拭く作業に戻る。
私は料理を待っている間、その手つきを眺めるフリをする。
耳を澄ませ、後ろのテーブルの会話を探る。
「お前、入って何年目?」
低く落ち着いた男の声だ。遅すぎず早すぎない喋り方には余裕が感じられる。
「3年目っす。荷運び仕切ってたやつが死んだんで、次お前なってここに連れてこられた感じです」
よく通る若い男の声が、間を置かずに返す。
「あ〜、まぁ給金増えただろ。良かったんじゃないか?」
「そうっすね。弟たちが食い盛りなんで助かりました」
コトッと、木に硬いものが置かれる。ジョッキの底が鳴る、鈍い響きだ。
椅子の脚が床を擦る音。声が一段低くなり、卓の上に置かれるように近くなる。
「……ここの建物なんだが、3階には絶対に入るなよ」
「なんでなんすか? 人がいますよね、たまに足音するんで」
若い声だけが、音量を落とさない。
「女だよ、ボスの。これ以上は長生きしたかったら聞くなよ?」
「……うっす」
若い声が、初めて小さくなった。
——3階、女。
皿の油の匂いが鼻に届く。いつの間にか、料理が目の前に置かれている。
私は魚のフライを咀嚼する。舌が油を感じている間も、頭は3階への侵入方法を考えていた。




