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「おはよう!」
軽快な挨拶と共に、水を浴びせられる。
急に体温を奪われた体が悲鳴を上げ、頭が一気に覚醒する。
「いや〜、この起こし方、顔と布団が同時に洗えて一石二鳥だね」
私は声のする方向を見る。廊下へ抜ける窓が、いつのまにか開けられていた。
案の定、窓からこちらに身を乗り出す茶髪の男——モズがいた。
モズは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、こちらを見ている。
ここで不快であると顔に出したり、目の前の男を睨み付けたりしてはいけない。
前に一度だけ睨み返したとき、水に氷を入れられた。
モズの機嫌ひとつで、この建物の奴隷の今日が決まる。
私も、その一人だ。
袖まで濡れた服に、部屋のすきま風が通る。身震いを噛み殺した。
モズの嫌がらせには慣れているが、真冬にこれを選ぶのは悪意しかない。
「……何の用件でしょうか?」
水で濡れた髪が顔に張り付く。前髪を後ろに流した。
会話を終わらせて、早く体を拭きたい。
「昨日は仕事お疲れさん!警備も多かったでしょ?よく頑張ったね〜」
モズは子供にするように、私の頭を無遠慮になでてくる。
頭を揺らされて、落ちきっていない鉄の匂いが立つ。
こいつのおもちゃにされるより、あのまま寝かして貰うほうがよほど労いになる。
「で、本題に入るけど、次の仕事して貰える?」
頭の上から手が消えた。代わりに、面倒くさそうな声が降ってくる。
「帰ってきて早々悪いな〜とは思ってるんだけど、なる早でやりたいんだってさ」
全く悪びれる様子もなく、モズは告げる。
「次の仕事は、マフィアの拠点の調査。具体的にはそこのボスの弱みを掴んできてほしい」
「……調査?」
モズが私に頼む仕事は、大体が暗殺だ。
時間、場所、顔の情報を渡し、「殺してこい」で終わりだ。
奴隷同士で口をきくことはない。
だから、調査には調査の担当がいるのだろうと勝手に思っていた。
「そう、調査。前任者、あ〜、だれくんだっけ?
まあ、いいや。その子殺されちゃったから、他に適任者がいないんだよね〜」
私が疑問に感じたことを読み取ったのだろう。モズは答えた。
使えない奴隷は、組織に処分されて死ぬ。
使える奴隷は、高難度の命令を遂行して死ぬ。
別に死ぬこと自体を恐れているわけではない。
ただ、どちらにしても楽に殺して貰えないことをよく知っている。
「しかも、前任者くんが失敗したせいで向こうの警戒度MAXなんだよね」
嫌な情報が追加される。
もちろん、私に拒否権はない。調査対象が間抜けであることを祈るのみだ。
「本当はね、君に暗殺以外の仕事を任せるのは嫌なんだよ」
モズが唇を尖らせ、窓の縁を指で叩く。
どうやら私が暗殺ばかり任されているのは、この男の采配だったらしい。
生き延びてきた分だけ、自分に向いているのだとは思う。
だが、人を殺す才能を育てられたことに、感謝はできない。
「君は僕が育ててきた中でも、最高傑作だしね」
ねっとりとしたモズの声が、私の思考を邪魔した。
どこまでも続く闇のような黒い目を見て、背筋が震える。
「だから、今回もちゃんと帰ってきてね」
穏やかな笑みのまま、モズは窓を閉めた。
前任者も、同じ言葉で送り出されたのだろうか。




