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まずい、階段にいる時点で見られずに脱出するのは無理だ。
リアがベッドから立ち、私の腕を掴み歩き出した。クローゼットの前まで移動すると扉を開け、中に入るように促す。私が入り込むと、リアは音を立てないように扉を閉める。
視界が真っ暗になる。身を縮め、耳を澄ます。
足音の人物は階段を上り終えると、執務室の扉を開けた。しばらく物を置いたり、移動したりする音が聞こえた。足音が迫っている。執務机とこの部屋への扉が近いからだろう。
金属がこすれ合う音が耳に届いた。鍵かもしれない。
ピッキングの痕跡は全く残していない。だが、部屋への鍵は開いた状態だ。閉めたはずなのに開いていれば、違和感を持つだろう。
——頼む、開けずに去ってくれ
だが願いも空しく、部屋の扉が開かれた。私は息を殺し、気配を消す。
「ノックもなしに入るなんて失礼じゃないかしら」
リアが叱責混じりに言う。
「……鍵が開いていた」
低い声が短く答える。声の主はおそらくアエトスだろう。
「この部屋の? 閉め忘れたんじゃないかしら」
誤魔化してくれているようだ。怪しさを微塵も感じさせない堂々とした声に内心驚く。だが、それで通用するのだろうか。観察した限り、彼はかなり用心深い性格だ。
しばらく間があった。
「君が、いなくなったんじゃないかと」
アエトスがぽつりと呟く。その声にはどこか寂しさがにじんでいた。
「開いていたなら、逃げれば良かったわ」
リアが素っ気なくそう答える。彼女の態度は私に対してのものとは違う。相手が男だからか、あるいは閉じ込めている張本人だからかは分からない。
ことん、と何かが置かれる音がする。
「菓子だ。日持ちはするから好きなときに食べてくれ」
リアとは違う足音が遠ざかり、扉が開いて閉じる。
私は見つからなかったことに安堵のため息を漏らす。これで彼が明日仕事に向かえば、その隙に逃げられる。
そんなことを考えていると、ガチャ、と外から閉められる音が耳に届く。
帰りはより困難になりそうだ。
◇◇◇
それから一晩明け、次の日。
「もう、いいわよ」
凜とした声と同時に明かりが差し込む。私はまぶしさに目を細める。体が痛い。ゆっくりクローゼットから出て、立ち上がる。全身をほぐすためにボキボキと体を鳴らす。
「凄い音ね」
私はジトッとした目でリアを見る。アエトスは帰ってこないんじゃなかったのか、そう言おうとしてやめた。彼女だって予測出来なかったんだ。それに匿ってくれた。
「ありがとう」
ここ最近、この言葉ばかり口にしている。前は、言う相手もいなかったのに。
「いいわよ。あなたが捕まったら私も困るもの」
リアが胸を張る。私が捕まったら困ることなんてあっただろうか。
「まさか忘れてないわよね? 私を逃がしてくれるんでしょ!」
リアが腕を組み、疑うような視線を向けてくる。
逃げる手助けをするとは言ったが逃がすとは言っていない。でも、ここまで協力してくれたんだ。それぐらいやったっていいだろう。
「忘れてない。約束は必ず守る」
「ええ、必ずよ!」
リアの食いつくような反応に、私はふっと笑った。




